閉塞の地探索:帰還
王弟殿下の計らいで右肩の怪我を処置してもらった後に、私はテントの下で熱を出してうなされていた。風邪をひかない代わりに、怪我をすると毎度の様に熱を出すので、慣れたものだと思っていた。
「あつい……」
額から落ちてきた汗が目にしみて、ぐっしょりと濡れた服は肌に張り付いて気持ち悪い。努めて息をゆっくり吐きだすと熱い息が喉を通って、不味い状態だと何度も心身に伝えてきた。
湿布を張って包帯を巻いてから、身体が熱くて仕方ないのだ。王弟殿下に出してもらった紅茶のおかげかと最初は喜んだが、それで説明できないような熱が襲ってきた。セロの薬も飲んでいて、ナーナミの救急キットが問題とも言い切れない。取り合わせが悪かったのだろうか。原因究明は後にまわして、息をして熱を吐き出すことに努めた。
「氷嚢を持ってこさせる」
監視をしている王弟殿下は暇つぶしと称して、私の白い手袋をはめて額の汗を拭ってくれる。王族に看病された人って、天蓋島に何人いるのだろうか。感謝を伝えると、「ここまで来て死なないでくれ」と真顔で言われた。王弟殿下の命も掛かっていると思うと、弱音は吐けなくなった。
とはいっても、熱に浮かされて何かを考える余裕もない。持ってきてもらった氷嚢を頭の後ろに入れると、穏やかな冷たさで眠たくなってきた。そこに顔を拭うタオルが襲ってくる。
「寝てくれるな」
「……はい」
彼の保護下で、眠ったまま死なれたら困るのだろう。王弟殿下の背後にいる所長に睨まれつつ、ため息を隠して吐けば、ふと思った。
自称神様は、私の魔術に事象の鎮静効果があると言っていた。「消えろ」と願って水をかけると灯光の証が消えるのなら、「平熱になれ」と願いながら水をかければ、この発熱も収まるのでは。いいや駄目だ、と内心で首を振る。
どんなに熱くて、テント内の温度が丁度良くても、冬場の野外で水に濡れるのは危険だ。服を着替える事が難しい代わりに、衛生兵さんが服と肌の間にタオルを入れて、何度も取り替えてくれているほど。冷えるのは厳禁だ。
じゃあ、水を飲むのはどうだろう?気になったので、「水を頂けますか」と頼んだ。起き上がって届いたコップを受け取ると、おぼつかない手を見て王弟殿下が背中を支えてくれた。
「飲ませようか?」
「いえ、大丈夫です」
微笑みを作って向ければ、王弟殿下は頷いてこちらを見てくる。気持ちを落ち着けて、コップの中の水に念じながら口を付けた。平熱になれ!
ぐっと水を飲めば、思わずむせた。吐き出すように咳をすれば、肩が痛んで目尻に涙が出た。
「大丈夫か?」
「す、すみませ……大丈夫、です」
切れ切れの息を整えて問題無いというと、王弟殿下は眉を下げた。心を砕いてくれている相手に申し訳なく思いつつ、頭では起こった事をまとめるのに必死だった。
何故か、甘い果物のシロップみたいな味がした。口の中から喉の奥まで、すべてが甘い。もはや砂糖みたいな甘さなのに、甘味のある香りはしないし、水の様にさらりとしている。恐る恐る唇に残る水を舐めてみれば、顔をしかめたくなる甘さが舌先に広がる。そして、呆然とした。
変化は起こせた。けれど、この結果は、魔術を使ったと、言って良いのだろうか。
喜ばしいはずなのに、うれしくない。釈然としないまま水を眺めて、水になれと念じて飲んでみた。すると、口が焼ける甘さが消えていた。残っていた水を飲み干すと、王弟殿下がそっと言った。
「もう一杯飲むか?」
「いただきます」
よく考えれば、体調不良の時にする事ではなかった。家に帰るまで、実験はしない。そう決めて水をたっぷりとった。
直後からゆっくりと、汗が引いていった。身体にだるさは残っているが、眠気と息がし難い喉の熱も引いていく。たったひと口を飲んだだけでも、念じた効果はあったようだ。急激な温度変化に寒さを感じる事もなく、空腹を訴える音まで鳴った。
良い意味での容体の急変に驚く衛生兵さんからスープを頂いて、食べながらこの現象に仮説を立ててみる。
念じるだけで良いのなら、何でもできそうだ。けれど、魔法術式を介した浮遊魔法は発動しなかった。空を飛ぶ感覚を知らないか、平熱の感覚を知っているか。自称神様の言葉を前提にすれば、自身の変化を理解できる状況だったか否か、の違いなのか。
魔法魔術を行使する人は、空想を描くというより、空想が現実だと実感する必要があるのだろうか。考えるよりも先に、あるべき様にある、という言葉にも通じる。それが事実だとしたら、魔術使いは幻覚を見ている事になってしまう気もする。
「すみません、バックパックから荷物を取っても良いでしょうか?」
バックパックから小さなスケッチブックと鉛筆を出して、所感と疑問点を記号交えて書き出していく。王弟殿下は手元を覗き込んで顎を撫でた。
「研究のメモか?」
「あ……その、そうです」
魔法が使えなかったことを書いていた。読まれたとしたら、すごく恥ずかしい。顔を逸らしながら言えば、「ふむ」と王弟殿下の視線が別の方向に向いた。
「研究者というのは、熱心な者が多いのだな」
読まれていなかったようだが、研究の種を集める奇特な研究者だと思ったのだろうか。そこまでではないと言いかけて、そうなるように行動を変えていこうと思った。
「まだまだ、足りませんが……熱心でありたいです」
「そうか。無理はしてくれるなよ」
表情の読めない声で返された。手探りでも、自分を変えていけるかもしれない。自然と口角は上がっていた。
新緑のテントの隙間から、だんだんと明るさがなくなってきた。そこに慌ただしい声が響いた。「どこにいるの?!」「はやくあわせて!」と焦った風の声と一緒に足音が近付いてきて、テントの入り口の幕が大きく開けられた。
「お帰り」
白い布を握りしめて白いシャツの肩を上下する弟に、左手を小さく上げて微笑めば、ベッドに弟が飛び込んできた。
「うあぁぁ……にいさぁあぁん!」
「いだだだだ!!」
白い布を被せられて、がっしりと横から抱きしめられた。弟の筋肉たくましい二の腕におされた胸の骨が悲鳴を上げる。こいつ、入口からベッドを四つ飛び越したぞ?!どんな跳躍力だと考える頭をよそに、弟の腕を左手で剥がしてみる。しかし、一向にはがれず、弟の腕を拳で殴った。
「痛いってば!」
「ごめん」
腕が緩み、白い布もとい私のコートを剥がせば、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔がこちらを向いた。赤茶の眼はこちらの身体を見回して、ベッドに突っ伏した。
「生きて、るぅ……うぅ……!」
「はい、生きていますよ」
息を引きつらせながら、弟は声をベッドに押し付けて泣いている。王弟殿下は突然現れた弟に、目を白黒させていた。シーツを替える手間を増やすなと言いかけて、呆れ混じりに弟の頭を、手袋を着けたまま撫でた。
「お前も無事でよかったよ」
流石に、素手で人に触れるのは出来ない。実験をする時でもない。そっと撫でれば、「うん」とベッドに突っ伏したまま弟は返事した。
「血で汚れているけれど、怪我はないな?」
「うん」
「打ち身とかもないな?」
「うん」
シーツを握ってしわを作る弟は、泣きながら返事をするだけだった。袖や膝に赤黒い跡があって、赤茶の髪にも黒いしみで束になったところがある。撫でながら、質問を重ねる。
「誰かが怪我をしたのか?」
「……天井が、落ちて、きた」
弟の頭を、軽く手のひらで叩く。
「誰が、怪我をしたの?」
「……フォスターとモーガン、ソフィが……」
「おい、嫁の傍に居ろよ、馬鹿」
服についた血のしみは大きい。赤の詰め襟を着ていないから、上半身はもっと血で濡れていたに違いない。なのに自分が生涯を共にすると誓った相手を放置すると宣言して、本当に放置するなんて。
眉を寄せて見下ろしていると、弟は額をベッドにこすりつけて言った。
「やだ」
「やだって、なんだよ。子供じゃあるまいし」
「やなのは、やなの……!」
呻く声で言い切った後、弟はまた泣き始めてしまった。良い年の男が、駄々をこねている。呆れ半分で傍に居る王弟殿下を見れば、目を伏せて腕を組んでいた。挨拶をしない不敬は、見逃してくれるらしい。そこに「報告します!」と入り口から人が入ってきた。王弟殿下は立ち上がる。
「話せ」
「地下道の崩落事故が発生!第二王子の部隊と共に、第一王女の部隊にも負傷者多数!治療の救援を求むと要請がありました」
「受ける。すぐに向かわせると伝えろ」
「了解しました!」
走って出ていった兵士を見送った後、王弟殿下は処置室にいる衛生兵を呼びつけた。
「衛生兵はふたりを残して、治療に向かえ。他の者に第二王子の設営場所にテントを増設させる。空気を温めてから負傷者をいれろ」
短く指示を出して、テントの外が慌ただしくなった。ふと息を吐いた王太子殿下と目が合った。その視線だけで、言いたい事は分かった。
「歩けますので、第一王女殿下の所に戻ろうと思います」
「たのむ」
小さく頷かれた。人が増える前にと、弟の背を叩きながらテントを出た。
コートを羽織って、走る兵士さんを横目に歩いていく。空は暗く、続々と温かい光がテントやタープの中に灯されていく。慌ただしさの中、バックパックを背負ってくれた弟は静かで、ふたりの周りだけ切り取られた世界にいるような感覚がした。
弟は左手を握って、離そうとしない。横目で見れば、俯いて表情もうかがえなかった。弟の方が身長も体格も大きいはずなのに、何故か子供の様に小さく見えた。
「なんで、そんなに落ち込んでいるの?」
そっと訊ねれば、弟は左手をぎゅっと握り返してくるだけだった。その腕はかすかに震えている。唇は何かを言いかけているが、声は出てこなかった。前を向いて白い息を吐いた。
「怖かったのか。しょうがないやつだな」
視界の端で、弟が堪えるように声を詰まらせた。握る手は痛くはないが、絶対に離さないと言いたげに、両手で手首まで掴んできた。
「死ぬかもって思った、私に気を使わせてどうするよ」
怖い思いをした人間が心配をしていた人を宥めるって、治療の一番の妨害だろう。看護の基本だろ、と呆れてため息をつけば、「だって……!」と弟は声をあげた。仕方ないので、左手を振って笑顔を空に向けた。
「むしろ、褒めてくれよ」
頭上は、黄色と赤が混ざる黒を水筆で引いて、紙を張っていなかったせいか波打ったような風合いと似ていた。「雪でも降りそうだ」と呟いても、揺れる腕は止まらなかった。
「倒れるような怪我もしていない。損失もほとんどなし。何なら、すごいものを持ち帰った自覚まであるのに」
腕を振って明るく言えば、突然腕を離された。立ち止まると、弟は叫んだ。
「兄さんは、僕が守らないといけない!!」
肩を丸めても、鼻息は荒くこちらを睨んできた。赤茶の眼は泣きはらしてまぶたが重そうだった。
「魔法は使えない!身体は弱い!知識ばっかりで、実践に乏しい人は……僕みたいなやつが守らないといけないのに!!」
「は?」
悔しそうに喉の奥で叫ぶのを堪える弟を見下ろして、察した。
「兄さんは……僕が守りたいひとなのに……!」
「お前なのか」
酷く低い声だと思った。いけないと思ったときには遅くて、弟が目を丸くしてこちらを見上げていた。ただ、言葉がこみ上げてきて、口を閉ざせなかった。
「お前も、そう思っていたのか」
気持ちが湧き上がって仕方がなかった弟の顔から、赤みが消えた。そしてゆっくりと口を指でとがめたのを見て、私は納得した。気にかけてくれていた弟は、私には出来ないと信じていたらしい。
内心では、弟に悪態を投げつけたいと酷い言葉が並ぶ。なんとか言葉を呑み込んで、何とか息を吐いた。それでも目から暖かいものが溢れて、弟を見ていられなかった。
「あ……いや……」
「そうだな、私も、そうだと思っていた」
コートの袖で拭って、息を吐いた。努めて、出来る限り、言葉を選ばなければならないと、内心で言い聞かせて言った。
「アレン、私は……魔術使いだぞ?」
未熟だと言葉を足したかったが、おどけて弱さを隠す。首をかしげて眉をあげれば、弟の見開かれた眼が揺れていた。
「弱いと思われていたのは、心外だな」
「そんなこと……」
「強くなってお前の隣に立てたらいいなと思ったのに」
やっぱり口から酷い言葉が出てしまった。馬鹿なのはどっちだと、内心で自分を殴る。怒りを抑えるというのは、やはり難しいな。弟が言葉を紡げずに手を伸ばしてきたのを見て、頭をかいて取り繕うのを諦めた。
「無理だな」
「……にいさ」
言いかけた弟の手を取る。そして引っ張って歩き出した。足をもつれさせて戸惑う弟に、表情を作らずに言った。
「格好つけるの、無理だ。先に言っておく、ごめん」
「へ?」
「戻ったテントで、ムカついた事を全部言って、お前を詰る。許して」
これからすることを宣言すると、隣から息を呑んだ音がした。
「おこって」
「当たり前だ……!ふざけるなよ?兄さんは弱いまま成長しないで欲しい、って言ったのと同じだからな?」
「あ、その」
痛む右手の指をつきつける。本当に子供じみているな。弟は口を半開きに眉を下げて、こちらを見てくるだけだった。
「あと、お前のこと、嫌いになった」
「いや、いやだ!」
「全面的に好きな方が気持ち悪いだろ」
「でも!」
「良いだろ。双子で、兄弟で、ライバルになるだけだから」
短く息を吐いて前を向けば、人が行き交う中に外で焚火の火を弄るブライアンを見つけた。その隣には大きな寸胴鍋を抱えた侍女さんも居た。王女が居るテントだろう。横切る車と人の切れ間を待っている所で、顎をすこし持ち上げて、背を丸めたままの弟を見下ろした。
自分がやったことは、自分に帰ってくる。出来ないと嘆いて、出来ることで誰かを見下ろした結果、私も弟に弱者だと見下された。こんな思いをしないようにするために、気分のいいものが来るように仕向けるしかないだろう。
「お前に、兄さんには敵わないって、格好いいって言わせてやる……!お前も追いつけない速さで、成長してやるからな!」
最後に不敵に笑って息を吐けば、弟は半開きの口を閉じてうつむいた。
「ずるいよ……」
「はぁ?お前の方がずるいだろうが」
生まれながらの才能と努力を怠らない精神の持ち主が、なにを言いだすかと思えば。「冗談が過ぎる」と眉を寄せて鼻で笑えば、弟は言った。
「敵わないよ」
「はぁー?!!なんで、おま」
「格好いいなぁ、兄さん」
泣き出しそうな顔なのに、とても嬉しそうだった。その言葉に、私は愕然とする。
「ふ……ふざけるな!もっと、こう……いい区切りの時に言えよ!」
「あはは」
魔術を完成させたときとか、天蓋ぶっ壊して空を見たときとか、格好いいタイミングをこれから実現しようというのに。なんでだ、と言葉にならない不快感を身振りで言えば、弟は笑って往来の切れ目に歩を進めた。遅れないように付いて横を歩けば、弟は言った。
「僕が腹立ったら、剣を抜いちゃうもの」
「それは、収めておけよ」
「ソフィが居ないと難しいよ……」
「人に頼るところじゃないから!」
顔を引きつらせて言えば、弟は照れくさそうに「ごめん」と頭をかいた。そこに「帰って来たのか!」とブライアンの声がかかってきた。
テントに入れば、皆に出迎えてもらえた。怪我人が多数であることを踏まえて、報告は明日に持ち越しとなった。
時間があるならちょうどいいと、テントの端で弟とひざを突き合わせ、説教とお互いの改善点を言い合った。しおれた弟と口の悪さを前面に出した私をみて、周りは気まずそうにしていた。けれど、左腕を首に吊ったソフィアに「もっとやって」と微笑まれ、弟に言いたいことを言い切った。もちろん、最後に「それでも、許せるのはお前だからだぞ」と下心を添えておいた。
消灯の時間になり、暗いテントの角を見て思った。言い過ぎたな。酷い言葉の数々を思い出せば、嫌われたかもしれない。そっと隣で横になった弟を見れば、こちらを見ていた。驚いたまま視線が合うと、満面の笑みで弟は言った。
「大好きだよ、兄さん」
そう言った後、弟は身をよじって顔を反対向きにした。ため息交じりに返した。
「私も、だよ」
誰かが歓喜のまま息を呑んだ音が聞こえたが、無視して目を瞑った。起床の合図で起きたとき、弟の顔が緩み切っていたが、これもまた無視しておいた。
朝食を食べた後。すぐに報告会となった。お湯が入ったカップ片手に、テントの焚火を囲った。手当の包帯や身体を支える杖を椅子の傍に置く面々の中にフォスターが見当たらないまま、ソフィアが椅子に座ったまま大げさに扇子を開いた。
「では、はじめます。まず、こちらの損害についてです」
普段の口調のままのソフィアが語ったのは、王女が王冠を手にした後の話だった。私が地下に落ちた後、塔が変形して閉じ込められたらしい。
脱出をするには、王女がもともと契約していた聖具との契約を解除する必要がある。しかし、王冠以外の聖具との契約は、聖具の賢者しか方法を知らない。結果、王女は王位を継承できないと判断し、王冠を台座に戻した。
つまり、私は無駄に落とされたことになる。激怒した弟が王女に切りかかったところを、ソフィアが魔術で生命維持活動以外を止めた。呆れて何も言えずに弟を見れば、肩を落として「反省しています」と呟いた。
なんとかソフィアが弟を言いくるめて、海底トンネル前に戻ろうというところに、第二王子の先遣隊と鉢合わせた。交戦を拒否するまえに、先制攻撃を受けた。攻撃の宣言もなかったらしい。
「不意打ちでフォスターが負傷し重傷。アレンと殿下に対応していただき、難を逃れましたが、相手が退散する際に置き土産の爆弾をいただきました。結果、天井が崩落。殿下をかばったモーガンとわたくしが負傷。派生して第二王子の本隊にも損害、第二王子本人も重症です」
その後は、殿下が聖具を使って、地下道から海底トンネル前に続く壁を全て撃ち抜き、脱出した。激しく揺れていたのは、爆発と王女の攻撃だったようだ。歴史的遺産が人命の為に壊されるのはしょうがないか。眉を下げていると、ソフィアは扇子を閉じて言った。
「フォスターは現在、医務室で治療中です。使用できる魔法具は少ないですが、意識はある。失ったものは、第一王女の王位継承権と消耗品が幾つか。強いてあげるなら、アレンが暴れた時に壊れた、ブライアンの大槌だけね」
「ごめんなさい……」
「以上です。では、お義兄様、報告をして下さいます?」
苦い顔で謝った弟を無視して、ソフィアは首をかしげて言った。返事をして、起きてすぐに紙にまとめた内容を読み上げた。
「損害は、補填できる物品のみ。地下で何があったかは、この地の歴史や建築に魔術など、多岐にわたるため……割愛させていただきます。代わりにというわけではありませんが、シリス様に引き受けていただきたい物品がございます」
名前を呼ばれたシリスは姿勢を正した。後ろに置いてあったバックパックからランタンを取り出すと「それは!」とシリスは声をあげた。
「火の色を見るに、灯光の証かも知れないので……灯光教の賢者であるシリス様がお持ちください。報告は以上となります」
席の前に行き、宙をさ迷うシリスの腕にランタンを押し付けた。明らかに動揺しているシリスに、身体の前に手を重ねて言った。
「その、消してしまうのは問題になるので……お願いします」
頭を下げると、ソフィアの扇子が開く音がした。顔をあげれば、扇子を仰いでソフィアは目を細めていた。
「報告というには、お話にならないほど薄っぺらいですわ」
「では、地下水路にあった先人の叫びの数々と大量の死体、壊れた開闢の光炉という地下施設など……このすべてを、用語の補足まで含めつつ、隅々まで話す時間はありますか?」
手元のメモには、大筋の事が書いてあるが、話すほどに引っ掛かりを覚えて説明を求めたくなる話題ばかりだ。王弟殿下から頂いた情報は秘匿しておくにしても、本当に長くなる。遠回しに本当に聞くのかと訊ねれば、ソフィアは扇子を閉じて溜息をついた。
「公式文書で我慢いたしましょう。一週間以内に、探索者協会の公式記録形式で提出を求めます」
「了解しました」
返事をした所で、ソフィアは立ち上がった。
「我々、第一王女の選抜隊は、これより天蓋島への帰還を開始。天蓋島側の拠点の整備を行い、負傷者の移送準備を行います」
了解、と言わんばかりにシリス以外が立ち上がって敬礼をした後。王女は全員を見回して言った。
「私が王位に立てないという事を知るために、ここまで支えてくれたこと、感謝する。本当にありがとう」
そしてかかとと手を合わせてお辞儀した。面食らっている間に、王女は頭をあげて、すっきりとした表情で言った。
「私は叔父上を推挙しようと思う。そのせいで今後も迷惑をかけるはずだ。今後もよろしく頼む」
晴れ晴れとした笑顔は、周りも笑顔にした。
人的損害は軽微、死者無し。世界で有数の危険地帯の探索は、終わりを迎えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
次話は制作中です。2026.9.27




