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閉塞の地探索:王弟殿下主催の茶会


 自称神様と話していたら、いつの間にか海に出ていた。コンクリートの床と壁は、ごつごつとした洞窟になっていた。振り返れば、貝がへばりついた階段の先に、塗装が剥げて錆びた扉があった。太い鎖が巻き付いた取手に鍵がかけられていて、錆びてもなお分厚い金属が扉の四辺を覆っている。

 どんなに見回しても、金髪の三つ編みは見当たらない。鍵の掛かった扉から来たとも思えないのに、左手の指が離そうとしないランタンの火が、現実の出来事だといっていた。

「変化を願え……おまけ?」

 二重ガラスのランタンの中には、見た事もない小さな白い火が揺れている。弱弱しくみえるのに、覗き見ようと顔を近づけただけで、目の前から熱を感じる。そっとガラスに触れれば、手袋越しでも暖かかった。

 最後の言葉は何だったのだろうか。おまけというのは、ランタンことなのか。文脈を考えて、魔術を使って変化を起せという事だろうか。よく解らない。ただ、突き付けられた正論に、うつむく。

 助言の落とし込み方そのものを、間違えていたかもしれない。したいと願う事が未だ靄を掴むような理由は、他人が想像し使うものを作ろうとしているからかもしれない。例え話も、異能の名前も、皆は言葉を変えて「お前の本当にしたい事はそれなのか」と確かめてくれていた、かもしれない。

 かもしれない、が幾つも頭に浮かび、ふと苦笑してしまった。

「読み違えは常とはいえども」

 息を吐いて、肩を上げ下げしてから眼前の海を見た。青さはない、黒と灰色に暖かい黄色の光が差し込んでいる。その光がランタンの火と三つ編みの金髪の色と似ていて、「なるほど」と納得してしまった。

「すべての言葉が、おまけですか」

 一緒に歩いて、話して、間違っていると教えてくれたのだ。人生で初めて、異能を制御出来ているとも言ってくれた。自称とは言え神様が、言葉を紡いだ。この事実を褒賞と言わずに、何と言うのだろう。

「ありがとうございます。……また間違うかもしれませんが、あなたの言葉を忘れず精進します」

 いつだって確信はない。でも、嬉しい言葉を胸に、ほんの少し自信を抱いても良いはずだ。

「異能を、いや、魔術を使いこなして……夢も叶えてみせます」

 言葉を変えて、大海原に誓った。足元に波が大きく返ってきた。濡れなかったけれど、あの人が返事をしてくれたように思えた。


「それで、ここはどこなの」

 腰に手をあてて、生存のための思考に切り替える。海の中に入れないし、どこに出たかもわからない。扉前の階段の貝を見るに、潮が満ちれば膝上まで浸かってしまうだろう。何としても水に濡れない上にあがりたいところだ。

「ひとまず、外をみるか」

 岩の上を歩いて、洞窟の外に顔を出す。岩場のうえにコンクリートの擁壁が続き、左手の海にかすむ小島が見えた。潮風が頬を冷やして、水しぶきが耳を打つ。上を見上げて、右にも首を回すと、壁が続いている。高さは自身の身長の二倍以上。穴や凹みはなく、指に掛かる凹凸もない。アイゼンとピッケルを打ち付けても、素人に毛が生えた程度の力では、ちょっとの風で支えきれなくなる。落下して、水に濡れるうえに、怪我をするかも。

 ベッドを梯子代わりにしようにも、足場が悪くて立てかけられない。別の洞窟や用水路の口を探してみる時間があるとも思えない。少し考えて扉の方に戻った。

「……一回、試してみるか」

 階段に腰掛け、バックパックから小さなスケッチブックと鉛筆を出す。鉛筆を握って、白い頁に魔法術式を書く。

「重量がこんなもので、範囲を指定して……風のことを考えると」

 さらさらと書き出し一頁に収めて、剥がし取る。そして、左手の手袋をとって、剥がし取った紙を掲げた。

「浮け!」

 両手を広げて叫ぶと、狭い洞窟の波音にかき消されて響かなかった。そして、何も起こらなかった。「ハズカシイ!」と熱くなった顔を両手で隠して、その場にしゃがみ込んだ。

 幼い頃に魔法とか魔術を試しても使えなかった。最近は使おうとも考える事もなかった。でも、試してみたいと思えたのは変化ではある。

 案の定、発動しなかった。心持が変わろうとも、出来ない事は出来ない。羞恥で顔をゆがめながら、術式を眺めて、首を振った。

「もしかしたら、この魔法と魔素が相性悪いだけかもしれないし!」

 体質的に魔法魔術の傾向が合わないこともある。たかが失敗、されど失敗。ここから考えられることを探すぞ。魔法術式と睨めっこをして、はたと気付く。

「いや、今は脱出の方が大事だろ……!」

 研究をしている場合じゃない。なにをしているのかと、頭を抱えて身もだえしていると、さざなみの音が変わった気がした。ふと洞窟の外に意識を向ければ、人の声が聞こえた気がした。慎重に足場を選んで外を見上げると、はっきりと声がした。

「誰かいるのですかー?」

 人の姿どころか髪の毛も見えない。幻聴だとしても、聞こえた声に向かって声を張った。

「すみません!誰か!コンクリートの壁の下です!助けてください!!」

 すると、真上から声がふってきた。

「あ、本当にいた!」

 深緑の軍服を着て、帽子を被った人が顔を出していた。詰め襟に、白のリボンが揺れている。その人の目と目が合うと、その人は口を弧にしていった。

「梯子もってきますね!」

 助けてくれたのは、王弟殿下付きの近衛さんだった。トンネル前の広場の外れで、見回りをしていたところに私の叫び声が聞こえて、地下道に迷った人かと探してくれたらしい。怪我や体調不良がない事を確認して、近衛さんは王弟殿下派閥のテントに招き入れてくれた。

 広くも暖かいテントの中には、作戦内容を貼り付けた板とテーブルの奥に、衝立が立っていた。近衛さんが衝立の奥に踏み込むと絨毯が簀の子の上に敷かれていて、贅を技に振り切った棚やテーブルが揃う中に、黒髪の筋骨整った軍服を着た人が本を開いて座っていた。王弟殿下だ。

「殿下、第一王女の部隊に配属された探索者を保護いたしました」

「そうか、感謝する」

 王弟殿下は、静かに本を閉じた。手には湯気を立たせたカップがあり、テントの中には甘いニッキの香りが漂っている。その王弟殿下の傍には椅子があり、テーブルの上には二人分のティーセットとお菓子の皿が整えられていた。近衛さんが「失礼いたします」と胸に手を当ててお辞儀したかと思えば、そっとささやかれた。

「ここで、お寛ぎください」

 ぎょっとしている間に、近衛さんは小走りでテントを出ていってしまった。王弟殿下の方に視線を動かせば、何かを注ぐ音がした。

「探索者資格免許三級、特技資格三番八級のレイ・グランド殿、こちらへ」

 テーブルにあったポットから、空だったカップに赤茶の液体を王弟殿下が注いでいた。名前を呼ばれてその場で姿勢を正すと、シナモンと生姜の香りと一緒に、紫と濃い灰色の眼がこちらに向いた。

「茶会でも如何かね」

 張りのある低い声が、圧もないのに身体に響く。言葉を呑み込めないまま、荷物を置いて、靴を脱いで空いている席に座った。

「君がここに来ることは分かっていた」

 湯気の立つカップを受け取り、香りを確かめていると、王弟殿下は言った。「どうしてですか」と訊ねれば、殿下はかすかに眉と口元を動かして微笑んだ気がした。そして左の灰色の目元を指でなでた。

「未来視があるのだ」

「すごいですね」

「夢で見る程度で、精度は低いぞ」

 そう言ってカップを傾けた。雰囲気は穏やかで、どこか王女と似ている気がした。

 王弟殿下にならってカップの中の液体を口に含むと、生姜の辛みが舌に刺さった。顔をしかめてミルクをカップに注ぐと、王弟殿下は薄いクッキーをトングでつまんで空いている小皿に置く。その小皿を私の膝にのせると、王弟殿下は隠すように息を吐いた。

「こうやって、相手に適切な物も用意できぬからな」

「いえ、美味しいですよ」

 体に合っていないだけだ。申し訳なくて謝りかけた時に、身体が揺れた。下から突き上げるような揺れに、棚の中からカタカタと音がした。紅茶をこぼさないように周りに意識を向けると、揺れの最中に王弟殿下が口を開いた。

「ホーリアとアレン・グランドが暴れているだけだ。じきに収まる」

 再び地面が揺れた。波打つカップの中を眺めて、そっと訊ねた。

「暴れている、のですか?」

 未来視が出来ると言っても、人によって見え方が違うので、理由までは解らないかもしれない。それでも確かめてみると、王弟殿下はこちらに視線を寄こしてから目を伏せた。

「君を失ったからだ」

「……いますけれど」

「言い方が悪かった。王女派閥は君が不在となれば、聖具を使わないと地下道の魔素を対処できない」

 私が不在となれば、灯光の証を使って魔素を消費しながら帰る事になる。その帰還の最中に第二王子派閥と接触し、交戦する。ふたりが灯光の証を振り回さないと他の面々の戦う場所を確保できない。

 全力を出すことを強要されて、一騎当千の実力者が地下道で戦っているということか。納得しかけたところに、また揺れが起こった。

「それにしても、揺れ過ぎでは?」

「まだ良い方だ。私も参戦していたら、尖塔前の一帯が陥没する」

 そう言った後、王弟殿下は紅茶をすすった。地面が揺れる中、外からの戸惑う声が聞こえてきて思い出した。

 テントの周りには、焚火をする人が集まっていて、食事の煮炊きする香りが白い煙と一緒に上がっていた。その人数は護衛としては多く、配属された大隊がここにいるようだった。

「王弟殿下は、尖塔に向かわれないのですか?」

「言っただろう。陥没するのだ」

「……殿下がお亡くなりになると?」

「私は足を失う。候補二人は重体、ホーリアは王都に戻れば死ぬ。他にも多くの者が、命を落とす」

 悲惨な未来視をしたらしい。閉ざされた眼を見て、訊ねた。

「行動を変えれば、未来が変わるのですか」

「そうだ。私が選定の儀から降りれば、死者はひとりだけで済む予定だった」

 頷きながらも、王弟殿下の表情は硬く、口角は下を向いている。何故だろう、とクッキーをかじれば、紫と灰色の眼がこちらを見た。

「その死者は、君だ」

「へ」

 クッキーの欠片が膝にこぼれた。唇から落としかけているクッキーを口に押し込んで噛むと、生姜の香りが鼻の奥に広がった。

「君が死んでも、気にも留めなかったが……グランド家が貴族位を返却、王都は聖具持ちのふたりを失い、幻霧郷から宣戦布告をされる……そこまでを見た」

「はぇ……」

 合いの手を入れることすらも出来なくなっていた。所長は私とじい様がいるから戦争できないと言っていたけれど、私が居なくなるだけで戦争を起こすだろうか。首をかしげると、王弟殿下は初めて口角を動かして言った。

「幻霧の宣戦布告には、私宛の書簡が付いていた。幻霧郷領主の直筆で、お前の怠慢で側近が死んだと書かれていた。読み終わった瞬間、目が覚めた」

 苦笑しながら口元を抑えるので、テーブルにあるナプキンを差し出した。王弟殿下は受け取って続けた。

「未来視の夢に介入を受けたのは、初めてだった。以降は必死に君を探す日々だ」

 所長からの警告を受けて以降、毎日のように同じ夢を見たらしい。何度も繰り返し、崩落事故を防いだ時もあったが、どうにも見つからなかったそうで。

「君が見つかる場所は、決まって地下道だった。場所は変わろうとも、早く見つければ良いと捜索の手数を増やした。だが、何度やっても君は死んでいた。だから、一度だけ、ここに来ても何もしないことにした」

「そうしたら見つかったのですか?」

「いや、行方不明という扱いになった。継承の儀が終わった後、捜索隊を派遣した。海岸から地下道とつながる扉の前で、息を引き取っていた」

 もしや、さっきいた場所だろうか。身震いをすると、王弟殿下は淡々という。

「崩落した石で足を折っていた。身動きが取れなくて、君は何人もの相手に手紙を書いていた。その手紙でグランド家を引き留めることが出来たが、宣戦布告と共に書簡が来た」

 所長は、私が死んだら戦争を起こすと王弟殿下を脅していたのか。人の夢見を邪魔するなんて、酷いよ。申し訳なくても、何と言えばいいのか悩んでいると、王弟殿下は小さくため息をついた。

「残り三回までに生きて連れ帰れなければ、実際の結果がどうなろうとお前を殺すと。好きな死に方を選べとも書かれていた。翌日の夢では見つけることが出来たが、幻霧郷領主は厳しい。君が大きな怪我をする前に助けろと言うのだから……」

 王女と第二王子の部隊が交戦すると、洞窟の壁が崩れて怪我をする。なので、交戦前に発見するべく、命令を下しやすい近衛兵に見回りをさせていたらしい。訳もなく見回りはさせられないので、「秘密にしていた未来視を、腹心に打ち明ける事になった」と嘆いていた。

 大きく肩を落とす王弟殿下に、釣られて肩を丸めた。右肩に痛みが走って、怪我をしたのだと今更思い出した。その痛みを無視してカップを置き、王弟殿下に頭を下げた。

「助命いただき、誠にありがとうございます。こちらの所長がご迷惑をお掛けしました」

「いや、君の不在は、王国と幻霧郷に不利益なのだろう。代わりに、私から得た情報は外に出さぬように頼む」

「かしこまりました」

 帰ったら所長に文句を伝えようかな。頭をあげて頷くと、王弟殿下は私の眼を見て言った。

「伝言だが、そのランタンは盲目の賢者に引き渡せ……との事だ」

「所長からですか?」

 王弟殿下は頷いた。王族経由で伝言板扱いしないで。所長への文句を追加しつつ、首を傾げた。ランタンを見れば、中の火が揺れずに真っ直ぐ伸びている。王弟殿下もランタンの方を見て、視線をこちらに戻した。

「そのランタンは、原初の日篭と言われる魔法具に似ている」

「ひかご……?」

「灯光の証の起源である、開闢の光炉の火を移すために作られたとされている。失われた宝具だ」

 王弟殿下の視線を合わせれば、紫と灰色が「嘘ではない」と言っていた。

「灯光の賢者も、聖具の賢者も、引き渡せと迫るだろうが、シリス殿に渡してほしい」

 地下で見聞きした単語を、当たり前のように口にしたことに驚いた。もしや、王女に落とされたという事がありえるのか?私の反応が薄かったせいか、王弟殿下はかすかに目を細めた。

「不都合があるのか?」

「あ……いえ、引き渡しは構わないのですが……」

 言いよどむと、視線が「言え」と迫ってきたので、渋々訊ねてみた。

「開闢の光炉、という言葉は王族にとって常識なのですか?」

「君の手紙に出てきた単語で、覚えていただけだ。他者には開示した事はない」

 王女が地下施設について知っているという事はなかったらしい。落とされたかと思って、びっくりした。安堵のため息をつくと、右の首筋に痛みが走った。そっと左手でなでると、触れた所に痛みが広がる。その所作を見て、王弟殿下が目を細めた。

「怪我しているのか?」

「その、右肩を痛めまして……」

 意識したら、痛みが徐々に広がっていく。出来るだけ笑顔を作ってみたが、王弟殿下はカップをすぐに置いた。

「衛生兵を呼ぶ」

 そう言って王弟殿下は人を呼び、治療用のテントに連れ込まれた。新緑の大きなテントにはいくつもベッドが並んでいて、入ってすぐの診察室と書かれた看板がぶら下がる半透明なカーテンをくぐった。服を脱いでみせると、肩が大きく腫れていた。事情を説明すると、衛生兵さんと王弟殿下の表情が抜け落ちて、すぐに処置が始まった。

 持ってきたナーナミの試作品救急キットを使って治療を施してもらう。出血はないが、湿布と包帯で固定されて、テントの一番奥にある患者用ベッドに横になった。

 靴下も脱いで、布団の中でまどろんでいると、王弟殿下がバックパックを手にベッドにやってきた。

「中にランタンを入れておいた」

 王弟殿下がバックパックの口を開くと、白い火が中でゆらめいていた。「ありがとうございます」と告げると、王弟殿下はバックパックを置いて、そばにある椅子に腰かけた。

「悪いが、ここに居させてもらう」

 戸惑う衛生兵に王弟殿下は声をかけた。慌ただしくなったテントの中で、王弟殿下は腕を組んだままこちらを見てきた。その眼は一挙手一投足を逃さないと言いたげに、もはや睨まれているようだった。嫌な予感がして、訊ねてみた。

「……所長が何か言いましたか?」

「目を離すと、何があるか分からない」

 視線を外して王弟殿下は遠い目を宙に向けた。情報を話さないだけでなく、王弟殿下にお詫びを贈るべきなのではと思った。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話は制作中です。2026.9.25

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