閉塞の地探索:開闢の尖塔地下
「なあぁぁぁんでえぇぇぇ!!」
滑るすり鉢に吸い込まれ、細い管の中を滑り落ちる。螺旋を描いて滑っているようで、落ちるのを止められなくても叫ぶ余裕はあった。ただ、バックパックから何かを取り出すほどの空間の余裕はない。なすすべもなく滑り落ちていくしかなかった。
「導きの怨嗟って、こういう意味かよおぉぉぉ!!」
そう叫び散らすと、管から暗い空間に放り出されて、水に落ちた。骨まで凍りそうな水から必死に顔を出した。
「ぶふぁ!」
浮かび上がる荷物を頼りに、水の流れに揉まれていると、直ぐに足がついた。水から出て、目の前にあった階段を這いあがり、コンクリートの高台で四つん這いになって、何とか息を吸う。そして、やらなければならないことを頭の中から引っ張り出した。
「し、しぬ」
ぬれたバックパックの水滴を掃って、中からマットと乾いたタオルを出し、ぬれた靴と服を着替えていく。急ぐ時ほど、丁寧に。歯をガチガチと鳴らして凍える全身に残る水気を出来るだけ拭き取り、ぬれた髪の毛をタオルでまとめて、服に濡れがない事を確認して身に付けていく。最後に濡れていない靴を履いて袖ありのポンチョを被り、濡れがない事を再度確認して、マットの上に座った。
「ひ、火を……」
頭まで被ったポンチョの中で山座りをして、バックパックから太い蝋燭と小皿を出して、震える指で擂ったマッチの火をつける。広げた膝の下に蠟燭を立てて、裾の隙間を靴で踏んだ。ほのかな温かさに、ようやく腹に空気が入ってきた気がした。
義父直伝の緊急訓練をしていて良かった。でも、髪が乾いていない。乾いているタオルをもう一枚出してぬれた髪に被せると、信じられないほど暖かく感じた。
次は熱源補給だと、キャラメルシナモンミルク味の白いチョコレートバーを口にくわえる。すると、一息ついたからか、身体の内側から怒りが湧き上がり、チョコバーをかみ砕いて叫んだ。
「変な言い回し、しやがってぇー!!」
王冠の台座に書かれていた内容は、遠回しに生贄を用意しろということだ。台座の中央に人を誘導するのも、危機感を抱かせないようにするのも、生贄が逃げ出さないようにするため。透明な床の上に立てるのは、聖具持ちと同じ、灯光の証を身に宿す者のみ。
信頼していた人物すらも切り捨ててまで、治政に関わる覚悟があるのかと試す装置か、選民意識を植え付けるための差別的な装置なのだろう。
どちらにせよ本当に人を落としている時点で、考案設計した関係者全員に冷水の湖の中心に放り込みたい。重石も付けて、這いあがれないようにしてやろうかとも思う。
チョコバーをよく噛んで呑み込み、もう一本くわえた。まったく、死にかけたじゃないか。「融雪洪水が起こるかも」と危惧して、すべての装備を撥水加工でそろえておいて大正解だった。
怒りで満ちていた頭が分析に向かい始めると、周囲のことにも目が向く。高い天井を支える壁にある大筒から、水が滝のように落ちている。水音は激しく、よく響いているせいか、叫び声などかき消されているだろう。出来るだけ長く息を吐いて、よい事実を探した。
「フォスターさん、大丈夫だったよね」
手袋がなくなった手を見て、かすかな安堵を覚える。足と手が見えない床から貫通していたので、フォスターもこの水路に落ちる運命だった。魔素を透過しないコートのおかげで、見えない床と反発して落ちずに済んだはずだ。
彼女が落ちていたら、装備不足で死んでいた可能性が高い。そういう意味では、私が落ちるべきだったのだろう。
「はぁー……良かった……」
チョコバーを噛んで、続くはずだった言葉を呑みこむ。良かったと言わなければ、また苛立ちそうで仕方なかった。
水筒に入れておいたお湯を飲みながら、歯にくっついたキャラメルを舐めて周りを確かめる。薄暗い空間の天井に白い線を見つけた。広い空間に注がれている水は導かれるように白い線が続く先の水路に流れ、水路に沿ってコンクリートの道も続いているようだ。両手で頬を叩いて、前を向いた。
「よし、頑張るぞ」
生き残った以上は、より長生きしようじゃないか。髪が乾いて体温が戻ったら、水の行先に進もう。蝋燭の火の暖かさを感じながら、タオルで髪をさすった。
髪が乾いた事を確認し、手袋を着けた。蠟燭の灯を消し、荷物をバックパックに収める。長時間動かないのも疲れるから、元気なうちに移動しよう。忘れ物はないかと確かめると、視界が広い気がした。目元に手のひらをあてると、白眼鏡がなくなっていた。
「え、どこに行った?」
新しい奴なのに、落としてしまったか。辺りを見回せば、黒い水の流れの水際に白いものを見つけた。水に落ちた時に外れのかも。よかったと階段を下りてピッケルで拾い上げた。白いそれは、歯が残る骨だった。無言で水の中に戻し、水路から顔を逸らした。
「あごのほね……かよ……」
水路に降りる階段は、数えて十段ある。深さは底が見えないから解らないが、水が落ちるところは深くなっているはず。水量が少なければ、水底に直撃して死んでいたかもしれない。自身の幸運に身を震わせながら、水路に沿ってコンクリートの通路を進んだ。
薄暗いにしては通路の様子はよく見えて、ひび割れや錆は見当たらず、どこも劣化を感じない。通路を道なりに進んでいると、初めて壁に汚れを見つけた。胸の高さにある汚れは、黒い文字だった。
だまされた、私たちは嘘をつかれた。
古代文字で書かれた一文に、生唾を飲んだ。目をそらして通路を進めば、また古代文字で書かれた黒い文章が壁にあった。
導く天輪に、させられる。
書きなぐられた文字は警告のようで、通路をひとつ曲がると、等間隔に文章が書かれていた。
壊れている。上は知っているのか。死にたくない。どうやって出る。何処に行けばいい。水か火を選ぶしかないのか。助けて。死んでからならまだしも。自殺しろと言うのか。さむい、あついのも嫌。癒しの光は、悪しき炎にもなる。天輪など、手にするべきではない。
歩くほどに文章は増えて、壁は汚れていく。眉間のしわを揉んで呟いた。
「やめてほしい……」
こちらは生きようとしているのに、死ぬような雰囲気を出されると気力が削れる。いっそのこと、この文章を書いた人にも怒っておこう。ふざけるなよ、と内心で吐き捨てて、足音を大きくたてて通路の奥へと向かった。
通路は僅かに下り坂で、螺旋を描くように下へ向かっている。水も同じ様に下っていて、水位に変動は見られない。何処まで下っていくのだろう。五回目の角を曲がったところで、変化があった。思わず声が出た。
「……なんじゃこりゃあ……」
円形に開けた場所に出た。水路の天井の白い線の灯りが途切れて、遠くなった天井に青白い光がゆらめいている。正面には巨大な黒壁が円形を切り、水を遮るように立っている。壁の足元には白い石の扉があって、その前で白い物が山になっていた。近寄らなくてもわかる。人骨だ。
水の行き場がないはずなのに、水位は変わらない。壁の下に排水口があるのだろう。通路は人骨の山にしか続いていなかった。諦めて転がった人骨を踏まないように歩いて、扉の前に辿り着く。扉には、塗装の禿げた金属板にひっかいた文字があった。
開闢の光炉に破損あり、天輪の炎が道を塞ぐ。
「はあ……?」
天輪の炎はおそらく灯光の証のことだと思うが、開闢の光炉ってなんだ?
首をひねりつつも、扉のハンドルを押した。動かない。引いてみると壁の中に扉が動き、開いた隙間の真っ白な世界から熱風が吹きつけた。「ぎゃ!」と変な声を出して扉を閉めた。
「はあ?!あっつ!」
顔をはたいて髪が燃えていないかを確かめる。服にも焦げがない事を確かめて、壁に書かれた数々の文章の意味を理解した。
灯光の証が本来あるべきでない場所にあって、脱出できなくなっている。扉を開けて閉めるというやり取りに、嫌な既視感を覚える。
「懲罰房かよ!」
灯光教の聖堂と懲罰房の位置関係とそっくりだ。言い様のない不快感にコンクリートの床を蹴ると、骨がからんと音を立てた。はっと気が付けば、足元には多くの人の骨が集まっている。しゃがんで、骨の山に呟いた。
「熱いどころの話じゃ、ないですよね……」
灯光の証は、魔素を吸収して物理的に発光している。炎のように感じるのは、本当に炎だからだと思っている。魔素を持つ人々は自身の魔素で守られていて、灯光の証を体内に宿す人は、炎を宿せる変異体なのだと。物は燃えない説明を出来ないし、個人の体感の推測は、天蓋島では異端になる。
けれど、壁にあった文章には、炎や火という単語が並んでいた。この場で倒れた彼らには、灯光の証が燃え盛る火だと思っていたのだろう。転がる数々の人々に、共感しつつ寂しく思えた。
「本当は、ご一緒すべきなのかもしれませんが、遠慮します」
水を被れば、すこしは熱さを我慢できる。最悪の場合には、水をぶちまければ消せる体質だ。この人たちよりも、この先に進めると希望を抱ける。自死か餓死か、入水を強要された人々の苦悩を、同じ様に共感することは出来ない。
かわりにと、拳を作って笑顔で言い切った。
「死ぬほど熱い中を進んで、ここから出てみせます。そして、この塔を作った人々の子孫に、あなたたちの文句も伝えます。どうか、応援してください!」
立ち上がって拳を突き上げても、返事はない。当然のことだとしても、こぶしをあげたまま斜め上を見た。青いゆらめきを睨んで、口の端が上がった。急いでバックパックの底に腕を突っ込んで、銀色の筒をとり出してズボンのポケットに入れた。
「何なら、実験しちゃうぞ……!」
ヤエコさん特性の魔素分解ポーションの実地試験をしてやる。ふひひ、と小さく笑う。死ぬかもしれないという可能性が、忘れるなと頭をよぎっても、そんなの知るかと蓋をして、扉のハンドルを握った。
吹きつける熱風から逃げるように、身体を壁に押し付ける。少し扉を引けば、隙間から熱風と一緒に淡い光を吐き出す。隙間から一メートルほど離れたゆらめく光に手を差し込むと、熱い風が冷えの残る手を温めた。
「うーん……水を温めて、被るか」
熱い場所に行くとは言え、冷水を被るのは厳しい。バックパックから風呂敷を出して端を結び、底に笠を入れて、白骨の人に「お邪魔します」と声をかけて水をすくい取った。水が入った風呂敷を叩くと、氷水の様に冷たい。水に触れないように気を付けながら、風呂敷の口をきつく縛って、扉の隙間の前に置いた。しばらく待てば、風呂敷は人肌ほどに温くなった。
「よし、行こう」
バックパックもろとも風呂敷の水を被る。温い水に浸っていたいが、冷えないうちに笠を被って、風呂敷にまた水を入れて縛った。
扉を大きく開ける。白い世界の熱風を全身に受け止めて、笠の陰に顔を隠して扉の奥に入った。両足を入れてハンドルから手を離せば、なぜか扉が勝手にしまった。内側のハンドルを引けば、開かなかった。
「罠か、よ……」
言葉をこぼして、慌てて口元を押さえた。唇を開くだけで火傷するかと思った。懲罰房よりも熱いぞ。身体を屈めて白い世界を歩いていくと、吹きつける風の音が大きくなっていった。しかし、周りは何があるのか、道を進んでいるのかも解らなかった。
被った水が肌の上で沸騰しているのではと錯覚を起こす。目を出来る限り細めて、前に前にと進めば、腕に何かがぶつかった。ぶつかった何かが有るはずの前方に目を凝らすと、薄く切れ込みがみえた。肘で軽く叩くと、どうやら壁のようだった。
壁沿いに扉とか、ないのかな。壁を左に、腕で壁のざらつきを確かめながら曲がった。二度ぶつかって右に曲がれば、嫌な予感がした。当然のように扉のハンドルを見つけて、吐きかけた息を呑みこんだ。
さらに進んで一度右に曲がると、突如として暗い色の箱が壁に現れた。近寄ると、丸形に目盛りが付いて針が小刻みに動いていた。四つある何かの数値を表示しているようだが、右端の針がピクリとも動いていなかった。
壊れているって、この目盛のことか?他に分かる事はないかと、箱を丹念に見ていく。
箱の上部にある板に、光炉管理盤と書かれている。円形の表示の上には、なんの数値かを示す言葉はない。腰辺りに取手を見つけて、引っ張ってみた。すると、鈍い音を立てて管理盤が開いた。中には、三本の白く光る線があり、一本が暗いままになっていた。
地下道の天井の白い線は灯光の証が通っていて、ここが大元の場所。だけど、一本が大元で壊れて、管理できなくなったということか。予想は出来たが、腑に落ちない。
もし、予想が合っていたとして、人を地下に落とす理由は何なのか。管理する場所に、主人や仲間に裏切られたと嘆く人を送るだろうか。謀反を起されてしまうと、不安に思うのでは?
口元を覆う手のひらの中でつぶやいた。
「そうなったから……こんなことになった?」
ここに来る人には役割があったけれど、落とされた人がこの場の物を壊して、誰も出られないようにした。という話なら筋が通っている気がする。そう予想するなら、出口があるはずだ。
管理盤を閉じて壁を左に伝えば、すぐにハンドルを見つけた。引いてみると、扉は壁の中に入り込んで、引っ掛かりもなく開いた。飛び出すように出ると、暗い世界から冷たい空気が通り抜け、突き刺すように身体を冷やした。
「さっむ!!」
しまる扉を手で止めて、急激な温度差の緩衝地帯を作る。深く息を吐けば、水どころか汗も乾ききっていて、手にある水の風呂敷に触れれば暖かくなっていた。
「出られた、よかったぁ……」
暫く待てば、周りの暗さに慣れて、先に続く通路も見えてきた。先に進むか、と思った矢先。なぜか後ろ髪を引かれた。
半開きのままにしている扉が、じりじりと閉まっていくのを手で止めた。なぜこんな事を、と思ったけれど、理由はすぐに分かった。頭の後ろをかいて、誰も居ないのに言い訳をした。
「えー、本当に馬鹿だと思います。ですが」
出られるのは分かった。でも、なんか、すぐに出るのは違うと思った。理由なんて、単純だ。
「なんか気にくわないので、もう少し頑張ります」
もはや湯船のお湯になった風呂敷の水を被る。扉を全開にして、ピッケルを扉が入り込んだ隙間に捩じ込んだ。そして「閉まったらぶち壊す、閉めてきたら殺す」と呪詛を吐きながら、ハンマーでペグを上下に捩じ込み、誰かが来ても絶対に閉まらないようにした。
灼熱の部屋に冷たい空気が入り込んで、少し息が出来た。「よおし!」と叫んで振り返れば、白い部屋の全貌も見えた。
手をまわしても届かないほど太い白い柱が、天井から床に伸びている。部屋の角にいるようで、入ってきた扉が柱の合間に見えた。白い柱は四本あって、壁と似た素材で出来ているらしい。それぞれに番号がふられていて、四番と書かれた柱の側面に亀裂が入っていた。
亀裂に近寄ると、白い光が吹き出ている。これは、触ったら骨もろとも焼けるかもしれない。顔をしかめつつ、どうやって壊したのかを考えた。
灯光の証を保管する火鉢と呼ばれるものは、石のように見えて、魔法で作られた特殊な素材だ。魔法でしか作れないので、修復も魔法で行われる。破壊する方法は、聖具の賢者とその部下にしか伝えられない秘法だ。
「秘法以外で壊せるのか?」
首をひねっても、魔法が使えないので検証するすべがない。やれることは、魔素を分解するか、水をかけて灯光の証を消すことくらい。
何もわからないならば、他の実験をしよう。おもむろにポケットに手を突っ込んで、銀色の筒を取り出した。
「ふっふっふ……これを試せるのは、私だけ……」
銀色の筒の両端を掴んで引っ張り、蓋を取った。霧吹きの口を吹き出す白い光に向ける。そして、霧吹きの頭のボタンを押した。
吹き出る低い音の中に、しゅ、と小さな音がした。霧は出たが、光に変化はない。頭を抱えた。
「分からん!」
出力が強すぎるのか、効果がないのか、使い方が違うのか。どれが正しいのか、判別できない。魔素を分解するポーションが灯光の証を消せるなら、灯光の証が魔素由来の現象であると証明できるのに!
灯光の証を研究対象に出来るのは、教会の人だけだ。天蓋島では絶対に出来ない事をしたと思ったのに!もっと条件を考えねば、と思ってみたが、必要な機材や道具を作れそうもない。諦めて、深くため息をついた。
「なんで、私が持った水は、灯光の証が消せるのか」
ヤエコさんの霧吹きを、手のひらで転がしながら首をひねる。
私の魔素は、魔素を分解することはわかっている。加えて現象である、灯光の証を消せる。弱ければ触るだけでも、私が触れた水でも、ある程度の大きさなら消せる。それは、事実としてあるのだ。
なのに、私の魔素が水へ溶け出ているかと思ったら、魔素が崩れて意味がないという。持ち続けたとしても崩れていて、魔素を分解する効果は移せないのである。
「なんでだ?」
首をひねりっぱなしのまま考えてみても、よく解らなかった。そういうもの、というふうに割り切るべきなのだろうか。
何か変わった事が起これ、と霧吹きのボタンを押した。すると、霧がひび割れた柱にかかって、亀裂の端が消えた。
「は?!」
長く縦に伸びていた亀裂が、少し短くなった。何度まばたきをしても、短いままだった。もう一度柱の亀裂に霧を吹きかけると、亀裂が消えていく。一歩下がって腕を組んだ。
「阻害系なのか、それとも空間作用の魔法で亀裂風の穴をあけたのか、どっちだ?」
突然現れた魔法由来の特殊素材の破壊する技術の示唆に戸惑う。
地図の中にあった劣化対策が自己修復の魔法だった場合は、魔素干渉系で治せないようにした上で、破壊する魔法を使われたか、劣化で亀裂が入ったかのどちらかになる。
空間作用系の魔法なら、柱の中と外を転移門のような物で繋げて、亀裂のように見せかけていたという事になる。
後者は趣味が悪いが、技術があれば誰にでもできる。前者の二択も、修復の魔法を阻害されたという部分までは、知識で何とかなる範囲だ。柱がいつ壊れたかにもよるけれど、空間作用の魔法の習得をしている人なら、自力で地上に帰るか、地上への連絡手段を作れるはず。ならば、修復できないようにされていると考えるべきか。
弾かれたように管理盤の蓋を見た。針は変わらず動いていない。もし、あの亀裂を直せるとしたら。
しかし、浮かび上がった事実に反して、好奇心が急激に冷めた。
「……直さない方が良い、のか?」
天井の白い線とつながっているとして、きっと海底トンネル近くまでの広い範囲に及ぶ装置のはずだ。直した事で、弟やソフィア、王女たちに他の王太子候補と兵士さんたちに、よくない影響や被害が出ない保証はない。
「例えば、灯光の証の流入量が増えて、雪が一瞬で溶けたとしたら……地下道にいる人は溺死する、か」
すぐに霧吹きの蓋をして、亀裂を直さずに出口に向かった。よくよく考えて、歴史的価値のある謎の装置を直すのは、文化財保護の観点ではよろしくない。腹がたったと言って器物をいじるのは、子供のする事だ。「恥ずかしい」と扉のペグを手早く引っこ抜き、部屋を出て扉を閉めきった。
「はぁ……なんかな……」
ハンドルをもう一度引けば、やはり開かない。一方通行の扉に、額を当てて目を伏せた。
本当は亀裂を直したかった。無念を晴らすとか、そんな殊勝な気持ちではない。出来ることに対して、しないと選択をするという事が、勿体ないと思ってしまう。出来ないことが多いと思っているからこそ、出来ることを逃したくないだけだ。
でも、私の行動が人命を危険にさらすというのなら、しないという選択をするべきだとも思う。
「道を覚えて戻ってくれば、この扉を誰かに壊して、直せる機会もあるでしょう!」
声を張って、扉を背にした。今のままでは、機材も仮説も不十分。一度帰って、安全を確保して、また来ればいいのだ。
そう言って、実現しない目標が数多とあると知っている。子供っぽい未練に蓋をするには、そう自分に言い聞かせることしか知らない。
「帰るぞー!」
声を出して、前を向く。バックパックの折り曲げる照明を出して、青白い光を灯して暗い通路を進んだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話は制作中です。2026.9.18




