閉塞の地探索:地下道と開闢の尖塔
「では、出発する」
一夜を明かし設営したテントを畳んで装甲車の中にしまった後、朝食も軽く済ませて、直ぐに出発する事になった。空一面の白の下、戦争にでも行くのかと思うような金属の装備と小さ目のバックパックを身に着けて集まった皆と、行動食を口にくわえて笠を被る自身を見比べて、想定環境を間違えたと気付いた。
王家の後継を決めるのだ。雪山の行軍ではなく、覇権争いの内戦を覚悟すべきだった。金属装備を魔法で強化できない私には意味がないし、防寒にふり切って他の面々の治療を優先しているとしよう。そう言い聞かせて、ソフィアの指示でブライアンを先頭に装甲車の天井の上に登った。
そう言えば、分厚い雪の中からどこに向かうのか。首を傾げたら、ソフィアが左手を振った。すると装甲車の一台が浮き上がって、煙が多く立ち上るトンネルそばの広場の方へ動き出した。よろけて隣にいた弟の腕を掴むと、そばにいた王女がかすかに首をひねった。
「何故よろけているのだ?」
体幹がないと思われただろうか。表立って言われるとは思わず、ショックを受けていたら、弟が笑った。
「ソフィの魔術範囲に兄さんは入らないからですよ」
「あぁ、そう言う事か」
ソフィアの魔術は、人だけでなく物を移動させることもできる。装甲車を丸ごと移動させるが、私だけ魔術の対象にならなくて、振り落とされるとことだったのか。納得していると、装甲車は茶色に汚れた雪がまばらにある広場に降り立った。音もなく着地すれば、煮炊きしている兵士たちがこちらを見て敬礼をした。そんな中から黒のコートを着込んだ集団が近寄ってきた。その先頭に第二王子が居た。
「おはようございます、姉上。ずいぶんと装備を固めて、忙しそうですね」
「おはよう。お前は軽装が過ぎる」
「私には強力な魔法具があるのでね。姉上こそ、聖具をお使いになれば良いのでは?」
両手を広げて言う様は、どこか舞台役者のようにも見える。いや、舞台を見たことがないから、双方に失礼か。姉弟の問答をよそに考え事をしていると、視界に青いローブを見つけた。腰の曲がった様子の青ローブは、こちらをじっと見ていた。身体も視線も合わせてみると、そそくさとテントの中に隠れていった。後ろにいるシリスに確認する。
「シリス様、青いローブを着ていた方は、ご存知ですか?」
「青いローブですか?見ていませんが……」
シリスは首を緩やかにふって否定した。灯光の賢者かと思ったのだが、また後で確認しよう。「そうですか」と微笑むと、足元で雪玉が飛んできて砕けた。雪玉の中には石が入っていた。
「はは!皆も姉上は相応しくないと言っているようだな!」
次々に雪玉が投げ込まれてくる。誰だ、こんな危険物を投げているのは。雪玉が飛んできた方向を向いた瞬間、笠に雪玉が激突した。大きく揺れた笠に呆気にとられていたら、雪玉が投げつけられなくなった。紐をほどき、笠にのった雪を払っていると、違和感に気付く。
「お、おい、大丈夫か?」
王女やシリス、弟までも一歩私から離れて、気まずそうにしている。姉に嫌味を言っていた男ですら気まずそうに声をかけてきた。笠を被って紐を括り、男に向き直る。
「怪我はないですが、普通に暴力です。やめさせてください」
雪玉は、冬限定の武器だ。本気で作れば人を入院させられるだけの威力がでる。笠の縁を持って微笑めば、男は引きつった顔で「わかった」と言って逃げるようにテントへ戻っていった。戻った先は、青ローブのいるテントだった。
雪玉を投げる人がいないと確認すると、王女が歩み寄ってきた。
「すまない……レイ殿は悪くないというのに」
何故王女は謝っているのか。「大丈夫ですよ?」と首をかしげると、弟とソフィアが揃って息をはいた。
「大丈夫ではありませんわ、お義兄様」
「どうして?」
「呪術系の魔法をくらって無事なの、おかしいからね?」
王女を含めた八人が大きく頷く。まばたきをしてから、腰に手を当てておどけてみた。
「魔素干渉系の魔法相手は無敵なので、呪術対策はお任せください」
大丈夫と明るく振る舞っておいた。全員が眉を下げ、「そう言う事じゃない」と視線で言っていた。
王女は王弟殿下の天幕に入っていって、王女一派は地下道に真っ先に入る事になった。第二王子の一団は二時間遅れで、王弟殿下は正午近くに地下道に入るらしい。トンネルにある障害を先んじて掃ったので、今度はこちらが先に行け、ということらしい。
地下道の入り口は、海底トンネル前の広場からすぐそばにあった。雪が積もって壁の様になっている中に、一か所だけ雪が少なくなっている。近付けば、水が流れる音と一緒に温かい風が薄暗い階段を下りた先から吹いてきた。
灯光の証で溢れているという話だったのに、思ったよりも暗い。錆びついて跡形もない手すりだったらしいものを見ながら階段を下れば、薄暗い中で皆が一様に目を細めて、誰かが唾を呑んだ音がした。
「ここから進入する。お義兄様、先導をお願い致します」
「わかりました。幾つかの経路を予想してあるので、ひび割れなどがない通路を使っていきます。よそ見しないよう、ぜひ私の笠を目印にして下さい」
バックパックから地図を出し、折り曲げて使う照明を折らずに右手に持った。
通路は人が四人並んでも歩ける幅があり、ブライアンの背中にあるハンマーを振り回すには低い天井だ。頼りない白い発光した線が天井の中央にひとつ伸びていて、コンクリートで固められた地面に滲んだ水を照らしていた。
水の音の出所は通路の左右にある側溝からしていて、外にある小川の水の臭いが辺りを満たしている。植物や動物の気配のような香りや物はなく、通路そのものにひび割れもない。「進みます」と一言いってから歩きはじめる。足音が通路に響く中、シリスが呟いた。
「思ったより、頑丈そうです」
「劣化対策があるらしいですよ」
「五百年近く前のものだとは思えません」
地図を渡された後、読み込んでいたら、地下道についての説明もみつけた。地下道は灯光の証で解けた雪の排水を担っている。床に熱を送って暖かくする暖房と似ている。地震による災害もあるため、水の上に浮いたお盆の様に、地下道がある層全体が揺れ動く仕様でもあるらしい。
地上の建物や雪の重さに耐えられるだけの設計なのだろうか。地上を見た時に、雪と山並みと二階建て程度の建物の屋根ぐらいしか見えなかった。建築にも制限があるのかも。
細い通路を何度も曲がり、時に現れる太い水路にかかった橋を渡って、ひび割れのある通路を避けて進んでいく。もう三十分は歩いただろうか、周りの空気が蒸し暑くなってきた。湿った空気を右手で仰ぎながら進めば、明るい大きな通路に出た。
水路の水音は川のようで、小さな通路が無数に繋がっていて、見上げるほど高くなった天井には白い線が集まって四本に増えていた。左右には見通せない程の暗闇が行き先を隠している。
水路を渡って通路に出ると、かすかな傾斜を感じる。皆が周りを見回し、弟が顔をしかめた。
「眩しいね」
フォスターを見れば、俯いていた。魔素濃度が高いのだろう。バックパックを下ろし、コートを脱いで手を叩いた。
「皆さん、水路の上流に行けば、尖塔があります。お渡しするロープを付けて、私の周りを歩いて下さい。魔素で苦しくても、絶対に走って抜けようなどとは考えないように」
声に集まってきた皆にロープとカラビナを渡して、私の周りに輪を作ってもらう。その隙に、コートをフォスターにかけてあげた。
「動きにくいかもしれませんが、使ってください」
裾が地面に付いているので、おはしょりを作ってロープで括ると、フォスターは困惑した目を宙で迷わせていた。
「これは貴方の装備では」
「今のあなたに必要な装備です。十分以内に出ますから、これで耐えてください」
「ありがとうございます」
フォスターの感謝に応えつつ、強制的にコートの袖に細い腕を通して、フードを被らせて襟を整える。背中にあるバックパックを包んでしまったけれど、元よりロープで離れられないから、動きやすさよりも体調維持を優先しよう。
皆の腰にカラビナでロープがつながっていることを確かめて、ロープの端を自身の腰に巻き付けて結んだ。
「ロープを確認、進みます」
ぞろぞろと十人の塊が歩き出す。歩きやすいように一歩ほど離れてくれているが、すこし離れると私以外の人は前後不覚になりかねない。早歩きにならない程度に急いで進めば、左隣に居る王女が深く息をはいた。
「レイ殿、感謝申し上げる」
「殿下が依頼した仕事をしているだけですよ」
早口で答えれば、「そうかもな」と苦笑交じりのつぶやきが聞こえた。水音と足音を聞きながら、地下道の先を急いだ。
かすかな傾斜に嫌な疲労感を覚えながら、大きな通路のつきあたりに来た。水音の代わりに、巨大な何かがきしむ音が聞こえる。正面には、上に続く階段を一切錆のない金属の柵が阻んでいた。階段からは冷えた空気が降りてきて、足元に白い靄が漂っている。
柵には鍵が見当たらない。近付いて取手を引けば、難なく開いた。上を見上げれば、折れ曲がる階段の上の方に青白い光に照らされた壁が見えた。振り返って、報告をする。
「この上が尖塔になります。階段がありますので、私が登って確認してから、ひとりずつ上がりましょう。上がった先で、魔素を整えるための小休止を提案します」
「了解した」
「提案を受理、許可します」
王女とソフィアに許可を貰い、腰のロープを解いて階段を上がる。魔法的要素はないし、割れや落下の危険はなさそうだ。青白い光をさしこんでいる窓の下に扉を見つけて、開くと明るさと一緒に冷たい風が全身を襲った。
扉から外を覗き見ると、色ガラスの天窓のような模様の天井から揺れる水面の様に光が降りていて、床の幾何学模様のタイルを浮かび上がらせていた。壁は正確に切り出した石を組んだような見かけをしているが、大小さまざまに組まれている。全てが青い空間に嫌な感覚を覚えながら、ペグを出して扉を開けはなし、階段を下った。
「上階に出る扉を開けてあります。私がしんがりをいたしますので、ロープを付けたまま、ひとりずつ上がってください」
指示を出して、フォスターから順に登っていく。弟の「全員登りきったよー」という声を聞いて、柵を閉めて階段を上がった。
登り切って一息つけば、いつの間にかこわばっていた肩が緩んでいった。
「ふう……ついた」
目的地に辿り着いた。噂ほど危険を感じなかった。良い事だなと伸びをすれば、冷たい空気が身体に突き刺さってきた。笠をとって防寒着をもう一枚着込むと、方々から大きなため息が聞こえた。
「何事もなくて良かった」
ブライアンは腕を組んで首を振った。ソフィアは手元の手帳を閉じて頷く。
「魔素過多な場所に来た事があるとはいえ、襲われたら散り散りになっていたでしょう」
「あの中で独りは、苦しいですね」
シリスも続いて胸を撫でおろすと、一番平気そうな弟が頭の後ろで腕を組んで言った。
「出発して一時間で到着とか、予想できる訳ないよね」
「そのおかげで、体力の温存も出来ている」
王女が微笑んで、こちらを見てくる。「よかったです」と微笑み返してロープの端でまとめていると、フォスターがうつむいたままロープを差し出してきた。膝をついてゴーグルの下の表情を探るも、揺れる光が邪魔をしていた。
「御加減は如何ですか?」
「すこし、酔うような感覚がまだ……」
「でしたら、このコートを預かっていただけますか」
床と壁を見ると、嫌な風合いの術式が見え隠れしている。魔素に作用する魔法や呪術であれば、このコートは呪い返し代わりになる。真剣な顔を向けて言えば、フォスターはかすかに顔をあげた。
「ありがとうございます、破らないようにいたします」
「お願いします。……少し、裾を整えましょうか」
背丈に合うように、ベルトで調節しながらコートを折る。フォスターがバックパックを背負った所で、ソフィアが手を叩いた。
「休憩、終了。開闢の尖塔の調査探索任務に移行する」
立ち上がると、シリス以外の全員が敬礼をした。足音が響いて話し声がかき消える中、近寄ってきたシリスが囁いた。
「気がかりがありますか?」
眼鏡越しでもわかるほどだったのか、頬を撫でながら頷いた。
「この床も、壁も、模様で隠されていますが、変な魔法術式が書かれています」
シリスはまばたきをした後に周りを見渡していると、先頭に居たブライアンが声をあげた。
「王冠があったぞ」
指をさす先、青白い光が差し込む広間の中央の白い台座に、宙に漂い揺れる冠がある。見つけた王冠に引き寄せられるように、皆がつま先を広間に向けた。私はとっさに声をあげた。
「ちょっと待って!」
びたっと、皆の脚が止まり、ゆっくりと振り返ったので、両手で何度も空気を下に押さえつけた。
「皆さん、集まって私の話を聞いてくれませんか」
モーガンと弟がかすかに眉を寄せたが、真剣な顔を崩さないでいると、全員が私の元に集まった。
「異能魔術研究所の研究員として、発言いたします。この場は、魔法術式の影響下にあります」
「どのような?」
素早くソフィアが訊ねてきた。効果によっては全滅もあり得る事態だ。足元と壁と天井を改めて見回してみる。
「正確な術式内容は、意図的に隠蔽されています。見える範囲全体に及んでいるので、塔全体に関わる……かなりの大規模な機構か、魔法が組まれていると予想します」
「失効している可能性は?」
腕を組んだモーガンが、遠回しに気にし過ぎだと言ってきた。他の面々には緊張が見えていて、不安をあおる発言をしたくない。けれど、言うしかない。口を引き結んで頭を下げた。
「わからないので、調査を行わせてください」
「目前に迫った目標を、個人の気がかりで掴むなと?」
モーガンは王女に王冠を手にして欲しいのだろう。調査する時間も惜しいかもしれない。でも、目の前の危険を示唆しないわけにはいかない。
「調査を行わないとしても、危険な魔法の影響下にあるかもしれないという事、帰還不能になる場合がありえるという事を念頭に、行動してください。お願いします」
切に、念を押すように、言い聞かせた。すると、皆は引き締まった顔でうなずいた。規則だった感覚で歩き始めて、調査はさせてくれないと察した。後ろ髪を引かれるように周りを見渡すと、シリスが耳打ちしてきた。
「気を引き締めろと言う提言ですか?」
「いいえ」
そんな生易しい警告だと思われたのなら、心外である。唇を噛むと、シリスは顎に手を当てていった。
「危険性を感じる理由を伺っても?」
「その危機感を削ぐ魔法と似ている部分があるからですよ」
悔しさと憤りを必死に堪えて言えば、シリスは息を呑んだ。
「他にも、不安を取り除く魔法、注意を逸らす魔法、注意を集める魔法の要素が含まれ……どれもこれも、微弱な要素をかき集めて、人を誘導している気がしてならないのです」
微弱な魔法も使い方と組み合わせ次第で、禁書相当の効果を得られる。この青い光の中の空間全体に、そんな魔法要素が散らばっている。先を行く皆が歓声を上げるなか、シリスはこちらを伺いながら言った。
「誘導されている先は、どこですか?」
私は右手に持った照明の棒を前に指し示す。丁度、ブライアンと弟の間に、王冠が見えていた。王冠がある広間に嫌々踏み込むと、天井から明るい光が降り注いできた。皆は周りを見回して目を輝かせている。急いでいたはずなのに、目的からそれて物見をしている時点で、魔法の影響下にあると分かった。
ゆらめく青い光は円形の広間を照らしている。踏み込んだ広間の壁には、十種の武具が中央にある王冠と同じように浮かんでいた。光できらめく武具と王冠は、どれも見た事がある形をしている。
「兄さん、聖具だよ」
弟は小走りで近寄ってきて、服の袖を引っ張ってくる。険しい表情をしているはずの私を気にも留めず、引っ張って聖剣の前に立たせた。見上げる先にある剣と腰にある剣を見比べている弟をよそに、剣の下の壁に砂ぼこりで埋まった文字を見つけた。
「こうえん、の、つるぎ……まを、やく……てんりんの、かけら」
「古代文字も読めるのか?」
王女が傍に居た。感情が一切読めない侍女さんとモーガンがついていて、威圧感を覚えた。逃げるように壁の埃を払い見やすくすれば、三行も現れた。
「魔法言語の原型ですからね。簡単なものは習得しています」
「ふむ、確かに形は似ている」
「兄さん、解読してよ」
魔法の影響下にあるかもしれないという話をすっかり忘れていそうだ。興味津々といった様子の弟が言うので、渋々読み上げた。
「紅炎の剣、魔を焼く天輪の欠片、導きの怨嗟を……忘れることなかれ……」
最後の一文をなぞると、ふと嫌な思い出が頭をよぎった。関係ないだろうと首を振れば、王女が壁の文章に近付いて唸る。
「……そんな訳になるのか」
難しいとこぼす王女をよそに、弟が「こっちにもある」と手招きしてきた。すべての武具の下の壁をまわって訳すと、武具の名前と補足説明と、導きの怨嗟を忘れることなかれ、という文言が必ず添えられていた。
釘をさすような文言は、王冠にもあるのかと中央の台座の前に立った。台座には文字が書かれた石板が嵌めこまれていた。文字を埋めるように詰まった砂を払うと、文章が浮かび上がる。王女が中央に来たからか、十人全員が王冠の周りに集まっていた。
文章は五行あった。王女の顔を伺えば、頷いた。
「読んでくれ」
「では、読みあげます。原初の冠、栄光の炎を統べる天輪、起つべき者は選ばれる……導きの怨嗟は足元に、犠牲で濡れた大地に立てるか……」
「これは……開闢記をなぞっていますね」
シリスがそっと呟いた。頷く私以外が首をひねったので、シリスは頬に手を当てた。
「灯光教経典、第一巻の五章。はじまりの塔、この尖塔に灯光の証を灯した際に、先住民と多くの同胞の犠牲が出たと書かれています。それを忘れることはならない、という事かと」
西方から来た人々は灯光教と共に歩み、その歩んだ道の下には多くの犠牲と血を流し、天蓋島にきた。王国には、その事実を忘れることも、書き換えることも禁止する憲法が存在する。王の選定に必要な文言と言われれば、納得できる内容だ。
それよりも気になる事がある。足元からかすかに水の香りがするのだ。水音はしないが、壁際に水の気配はなかった。あと、どうして文字が砂埃で埋まっているのだろう。違和感だらけのなかに、王女が声を張った。
「私は、過去も現在も、未来も……多くの犠牲を出す。それを忘れぬと誓う」
装備もバックパックも背負ったまま、無骨で細かな傷のある靴を履いて、王女らしからぬ格好で王冠に手を伸ばした。王冠に王女の指がふれ、両手に収まった。
瞬間、ガシャン、と金属の破片が散らばる音と、浮遊感を覚えた。
「わ?!」
よろけた拍子に足元が見えたと思ったら、幾何学模様がすり鉢状の金属の上を滑って、真ん中にある暗闇に落ちていった。気が付けば白い台座を右手で掴んでいて、ぎしり、と肩が悲鳴をあげる。手袋が滑りそうだ。歯を食いしばって上を見れば、王女の厚い靴底が目の前にあった。
そのまま上に視線をあげれば、王女と目が合う。ゆっくりと見開かれた眼から、視線を下げて気付いた。
私以外が、見えぬ床に立っている。いや、尻もちをついたフォスターは見えぬ床から手足を突き出して、白いコートに埋まっている。台座を掴もうと左手をあげてみると、右手の手袋が滑って掴み損ねた。
「兄さん!」
弟の叫び声と駆け寄る足音が聞こえた。左手を伸ばした。弟の手は何かに阻まれ、届かない。弟は膝をついて、透明な床を叩いて叫ぶ。
「兄さん!!」
手袋が右手を追い出して、暗いすり鉢の底に落ちた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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