閉塞の地探索:海底トンネル①
車と列車を乗り継いで、王都すらも通り越し、天蓋島の西に伸びる半島の先、海底トンネルの前に来た。崩れた建物に這う木々の上に、白い雪が覆いかぶさって過去の遺物を隠していく。その奥に、真っ黒の半円が、人や橙色の照明をつけたキャタピラで動く箱を呑みこんでいた。
王家の紋章を描いたコンテナに荷物を運び込む兵士さんたちを眺めながら、呼び出された深緑のテントに向かった。温かみのある水色の旗が揺れるテントの入り口で「失礼します」と頭を下げると、中でテーブルを立って囲んでいる人々がこちらを向いた。
「来たな、作戦の要が」
深緑の軍服に銀色の胸当てと紫のマントを付けた王女がかすかに口角をあげた。テーブルの輪に入ると、大きなため息が聞こえた。
「兄さん、僕は許していないからね」
深紅の詰め襟に、黒光りするひさしの付いた帽子。腰には白い柄の剣をはいている弟が腕を組んで、こちらを睨んできた。
「何を?」
許すも何も、何に怒っているのか解らない。首をかしげると、弟は苦い顔で言った。
「同行することだよ!なんで、あんな極寒の魔素地獄に兄さんを……!!」
両腕を抱いて身震いした弟の頭に扇子が振り下ろされ、いい音が深緑のテントの中に響いた。
「決定事項に文句を言わない」
「だってさー!!」
「お義兄様、我らが第一王女の戦列にようこそ。この文句を垂れ流す男は無視してくださいまし」
扇子と一緒に首を傾けたソフィアは、王家の紋章がある軍服に黒いコートをはおって、いつも巻いている髪を頭の上の方でまとめている。ソフィアの従者さんたちも揃っていた。ふたりにも会釈すると、深緑の軍服の面々の方から声が上がった。
「こちらが、導きの賢者さまですか?」
背が低めで顔の印象が薄い、どこか消え入りそうな風合いで、軍隊で言うところの休めの姿勢をとっている茶髪の人がこちらを見ていた。他にも黒にも筋肉質なスキンヘッドの男と、金髪イケメンとヘッドドレスを付けた黒髪の女性が、黒にも見える深緑のコートを着込んで同じ姿勢をとっている。よくよく見れば、列車の中で見かけた侍従の人の体格に似ている。
あの時の背景に溶け込むような印象だったのに、東方の友人たちのような威圧感が見える。強さを隠さなくていいと言った感じだろうか。見知った相手というのも助かるが、儀礼的な挨拶は必要だろう。バックパックを足元に下ろして、フードをとらずに挨拶をした。
「冒険者資格三級のレイ・グランドと申します。特技資格三番の八級です。平時は異能魔術研究所にて研究員をしております。第一王女の要請を受け、閉塞の地の探索任務に参加します。どうぞ、よろしくお願いします」
軍属ではないので、出来る限りのお辞儀で挨拶を締める。三秒待って頭をあげれば、テーブルの雰囲気に緊張が見えた。そこにソフィアが扇子をわざと開いた。
「各員、傾聴」
ざっとソフィアに向かって全員の身体が向いた。慌ててソフィアの方を向けば、ソフィアの瞳が微笑んだ。
「レイ殿は、現場の状況を見ることが出来る目をお持ちだ。そして、この天蓋島で最も魔素濃度が高い場所で救難活動が出来る人材である。衛生班に配属となる彼の不況を買えば、この場の全員が見捨てられると思え」
硬い口調になったソフィアに、私以外の全員が敬礼をした。私が見捨てられる、の間違いではなかろうか。何とも言えない気持ちでソフィアを見れば、扇子を閉じてにっこりと笑かけてきた。
「お義兄様、ひとつ伺いたいことが」
「はい、何でしょう」
「ご自身が出向いた先で、最も魔素濃度が高かった場所はどこです?」
聞き馴染みのある口調に戻ったことに戸惑いつつ、ソフィアの質問に答えた。
「そうですね……探索者協会が数値認定した場所であれば、幻霧郷第ニ十層、際限無常の第五十六層、異界門自治特区の陽光江華の変異階層、それぞれの魔素異常特区が最高値だったかと」
「数値を伺っても?」
「記録では、28です」
「へ?」
ソフィアの傍に立っている弟が眉を最大限に下げて、驚きをこぼした。ソフィアは笑みを深めたが、ゆったりと首を傾げた。
「18と言ったかしら?」
「いいえ、28です。魔素濃度検査用の感応紙による、小数点以下の値は切り捨ての公式記録です」
「計測機器の不具合ではないのよね?」
魔素濃度が二十の先に踏み込んだ探索者は、思いのほか居るものである。ソフィアの呟きの様に、魔素濃度が高すぎて計測器が壊れていると思われることが大半なので、正確な数値を把握できている所は少ないだけだ。二十以下なら、セロは厳しくても、じい様や所長は気にせず散歩しているだろう。
実績を周囲に認知してもらうための説明なら、馴染みのある話にするべきか。少し考えて、分かりやすい事実を伝えた。
「魔素暴走の救急浄化事案に十五回以上参加しております。魔素暴走の解除と魔素だけが吹き荒れる場から人をひとりずつ運び出す程度は出来ます。魔素が多い場所の探索はお任せください」
物理的な現象に対しては、とても非力です。遠回しに伝えると、ソフィアは咳払いをした。
「……各員、聞いた通り、魔素暴走の浄化を行える数少ない人材だ。敬意を払え。作戦概要を伝える」
改めて私以外の全員が敬礼をした。弟の眼が嬉しそうに輝いている気がしたが、情緒不安定な子だなと、眼を逸らしておいた。
閉塞の地において行う事の確認は、簡単に終わった。終わったと同時に、テントの外に連れ出され、何故か参加する面々と焚火を囲んでいた。
予定としては、過去の地下道の地図を頼りに尖塔に向かう。尖塔の中にあるはずの王冠を探す。帰還する。それだけだが、周囲にまとわりつく、数多の妨害要素と他の王太子候補に先を越されない、という要素が難しい。
王女とソフィアは詳しい作戦を詰める為に、テントの中に戻って話し込んでいる。ヘッドドレスを付けた女性はテントの入り口で、「何処で罠をかける」「兵の怪我の規模を加減して」と恐ろしい会話をすまし顔で聞き流していた。微動もしないでかかとを揃えて、最上位貴族の侍女は軍人以上の訓練を叩きこまれた人なのだろう。
雪が降りそうな寒空で、焚火にあたりながら小鍋のお湯が沸くのを待っていると、左隣に座る弟が肩を組んできた。
「兄さん、寒いなら僕と一緒にいるといいよ」
拒否するよりも先に抱き寄せられていて、半眼で弟を押しのけた。
「見た目が寒いから、お前もコートを着てくれ」
弟は体温が少し高いのか、寒さに強いらしい。寒冷地に向いた体質なのは羨ましいが、詰め襟を開いて腕まくりをしていて、見ているこちらが凍えそうだ。不満げに「暑いからさ」と言う弟の奥で、スキンヘッドの男性は腕を組んでいった。
「アレン殿、その装備は目立つ故、隠していただきたい」
「……わかりました」
その一言で、とぼとぼ弟はテントの中に戻っていった。立場上、スキンヘッドの男性が上司なのかな。
この場の序列の把握すらできないまま外に出されたので、一番下として振る舞うべきか。泡が浮き上がり始めた鍋の底を見ていると、右隣に座る口元を隠した人に軽い金属のコップを差し出された。コップの底には白味がかった茶色の粉と乾燥した小さなパンが入っている。香りを聴けば、即席のスープの粉だった。
沸き立つ手前のお湯を注ぎ、上司らしきスキンヘッドの男性に渡そうとすると、「まて」と焚火を挟んだ向かいに座る金髪イケメンに止められた。
「それは貴方のものだ」
「え?」
「こちらの分はある」
口元を隠した人の膝に隠れたお盆を持ち上げた。取手の色が異なる九つのコップが並んでいて、金髪イケメンは湧いたお湯をコップに注いだ。なんで私には直接渡したのか。イケメンのお湯を注ぐ手を見ていたら、「ふむ」とスキンヘッドの男性が腕を組んだ。
「同じものを食べて、友諠の証とする儀礼がある。しかし、その盆に触れてもらっては困るのでな」
スキンヘッドの男性と口元を隠した人にスープが行き渡ると、金髪イケメンがお盆をもって立ち上がった。見えたお盆の底には解毒作用のある魔法陣が印刷されていた。「いい術式ですね」と微笑めば、残ったふたりは顔を見合わせた。
「魔法陣でも読み解けるのですか?」
「はい。一応、魔法学を修めていますので……」
「古い型の魔法陣だというのに、よく知っているな」
「魔法の基礎構造は五百年近く変わっていませんから、魔法の骨組みさえわかれば、後は効果を予想するだけです。皆さんが扱う身体強化系の魔法陣と似ていると思うのですが……」
基礎を作って、効果を決めて、稼働させる。魔法術式は、機械そのものと言える。変更点をくわえて日々の自身に合わせて調節できるものが、魔術だろう。結果を見て魔法陣を想像するのは難しくても、答えそのものがあるなら難しくない。
三十年前まで現役稼働していた魔法陣を古いというのは、世間との価値観の違いを思い知らされる。頬をかきながら、首を傾げた。
「魔法でも、魔術でも、ほとんどが丸暗記です」
口元を隠した人がコップを両手で包んで呟いた。丸暗記なんて、したことがない。驚いて、ふたりを交互に見てしまう。
「学校で魔法具作成の授業をやるものでは?」
「魔法具を自分専用に作ってもらうことが普通だ。私は覚えてすらいないぞ」
「授業では、基礎理論を学ぶだけですね」
スープを飲んで頷くふたりに、開いた口がふさがらない。スキンヘッドの男性曰く、西方地区では魔法は職人が作った魔法具によってもたらされるものらしい。家庭でおまじないと称して簡易の魔法具を作ることが日常の東方とは違って、魔法具を作るという感覚がないということ。魔法術式に触れる機会が少ないのだろう。
「文化の違いですね……」
驚きを言葉にすれば、口元を隠した人がこちらを見てきた。
「それに身体強化系は、感覚的に出来ますからね」
「小難しい事を考えるよりも先に、勝手に動くものだからな」
何の疑いもない目で言われてしまった。ふと、じい様の言葉を思い出した。彼らの感覚こそ、あるべきまま、あるということか。知識ばかりが先行して、考え過ぎと言われるのも仕方がない。そこにある事は当然で、変わっていても当然なのかもしれない。
魔法に対しての価値観を揺さぶられた気分だ。コップ片手に考え込むと、金髪イケメンと弟が戻ってきた。
「お待たせしましたー」
「では、友諠の宣誓をいたしましょう」
戻ってきたふたりも焚火を囲むと、四人はカップを掲げた。続いてカップを顔の傍に掲げると、スキンヘッドの男性が言った。
「ブライアン・グレグソン、皆の盾として立つ。後方は頼んだ」
「モーガン・エクスと申します。皆の剣として、災いを払いましょう」
「フォスター・フォグ、陰に隠れる風を見つけます。どうぞよろしく」
金髪イケメンと、口元を隠した人が続く。私の順番だろうが、何を言えばいいのか。周りを見まわせば、弟が笑みを深めた。
「この依頼で、自分は何をするのか、宣言すればいいよ」
それはわかっているが、どうも詩的な表現に気後れする。言葉に迷いながらも、言ってみた。
「レイ・グランドです。魔素に溢れる道の先陣を切ります。宜しくお願いいたします」
「アレン・グランド、敵を等しく灰燼にしてみせる。よろしくお願いします」
最後に弟が頭上高くコップを掲げると、「乾杯」とブライアンが言った。焚火の上でコップを突き合わせてぶつけた。鈍い音をさせて、コップの中が揺れて中身がこぼれそうになる。なんとかこぼさずに済み、各々がスープを口にする。私もスープを飲んでみて、顔が鼻に向かって寄った。
「……しょっぱい」
「え?普通だよ、兄さん」
驚く弟に、首を振った。玉ねぎの風味と味が濃い。焚火にかけられたままの小鍋のお湯を足すと、ブライアンが「料理は薄味にしよう」と口の端をあげた。モーガンとフォスターも「良いですよ」と言った。
「お願いします」
涙が目尻に滲むまま頭を下げてあげれば、三人が微笑んだ。形式だけでも、仲間として認めてもらえた気がした。
スープを飲みながら焚火にあたっていると、白いローブを着てフードを被った人がやってきた。焚火の輪の前で立ち止まると、フードをとった。
「皆様、大変お待たせいたしました。第一王女殿下にお目通りを願います」
白ローブはシリスだった。立ち上がって会釈をすると、テントの入り口から足音が向かってくる。王女とソフィア、名前をきいていない侍女さんも焚火に集まってきた。王女が我々を見回した後、かかとを揃えていった。
「揃ったな。では、出発準備にかかるぞ。各員、運搬車の荷物を最終点検と持ち場の装備を装着せよ」
「準備中、道中の作戦通達を個々人に行う。それぞれが何を任されるかは簡潔に説明を行うが、詳しい部分は詮索するな」
ソフィアが扇子で口を隠しながら、淡々と言った。皆が敬礼する中で、遅れて手を掲げるとソフィアと視線が合った。
「お義兄様、まずはあなたからです」
「はい」
手招きされてテントに入ると、銀色の髪が素早く揺れてソフィアがこちらに振り返る。詰め寄られて、小声で訊かれた。
「体調はいかがです?」
「体力は、若干落ちています。味覚障害がありますので、食事に関して迷惑をかけるかもしれません」
小声で返せば、テントの外にいる人々の声や足音がよく聞こえる。ソフィアは小さく息をはいて一歩下がってテーブルの方へ歩いていった。
「魔素については、いかがですか」
「呼吸が楽なので、すこぶるよいかと」
「よろしい。では、お義兄様には、地図の原本を持っていただきます」
テーブルの傍に来ると、古ぼけた色の分厚い本のような物が差し出される。中身を確かめると、硬さのある見慣れない地図が何頁にもわたっていた。耐水加工がされている気がする。表紙に戻ってくると、ソフィアは表紙を開いて、天蓋島の最南端が見切れた地図の一点を扇子で示した。そこには海底トンネルと書かれていた。
「現在地はここ。このトンネルを出た先で、共同拠点を設営します」
色の抜けた海に伸びる点線をなぞって、天蓋島の対岸にある陸地の一点を、扇子は小さく円を描いて囲む。そして地図の下の方にある円形の建物を指した。
「その後、地下道を進み、尖塔へと向かいます」
「地下道の地図はこの本にあるのですか?」
ソフィアは一度雑誌を閉じて裏表紙から数枚をめくった。そこには表題の文字が一部滲んで読めない地図があった。
「こちらですが、見えますか?」
「ソフィアさんには見えないのですか?」
「お義兄さま?」
底冷えする声がして、視線をあげた。そこには微笑みを湛えたソフィアが居て、はっと思いだした。
「あ、そ、ソフィ……には見えないのですか」
「魔素感応インクで汚されているのです。前半部分は無事ですが、この頁を意図的に隠そうとした結果でしょう」
どっとでた冷や汗を拭って、地図の本を閉じて受け取る。愛称呼びは一生しなければならないらしい。
「控えを一応頂いていますが、間違っているかもしれません。お義兄様に確認してもらい、わたくしが再度地図を作りながら進む予定です」
「貴重な原本をお預かりしても大丈夫なのですか?」
「これもまた写しなので、紛失しても問題ありません」
本物は三つの大図書館の特別保管庫に収められているらしい。胸を撫でおろすと、ソフィアは小さく息をはいた。
「わたくしは、お義兄さまを客人として、常に言葉遣いで特別扱いをいたします」
命令違反をしたら、普段通りの口調で詰られるのだろう。姿勢を正したソフィアに姿勢で応えると、微笑みを向けられた。
「ですが、あなた様は皆一様に振る舞って、出来ることをしてくださいまし」
参加する人に等しく敬意を払い、無駄な口出しや仕事をするなという事か。「わかりました」と頷けば、ソフィアは楽しそうに揺れながらテントの出入り口に向かう。通達は終わったらしい。ブライアンを呼び、テントに戻るソフィアの表情には楽しさが消えていた。首をかしげてテントを出て、バックパックを背負う。すると駆け寄ってきた弟に救急キットと書かれたトランクを渡された。
「これ、兄さんの荷物ね」
バックパックに収まりそうな大きさのトランクを左手に持つと、「こっちです」という声が通った。
焚火の傍には、車輪がキャタピラになって十人が乗り込めそうな巨大な車が二台ついていた。木箱を運び込むフォスターとモーガンの隣にはソフィアの従者さんもいる。そして、人が乗り込む箱の上には、ノボル先輩が扱いそうな大きさの銃が備え付けられていた。
「……戦車?」
「装甲車だよ。あれは狂化動物を追い払う魔弾銃ね」
引き金を引き続けると、魔法付与された弾が何発も発射するらしい。戦車と何が違うのか。反動が凄いという弟に、ノボル先輩なら扱いきれるのだろうなとぼんやりしかけた所に、ふと思い出す。
「そう言えば、王女殿下に付く兵士って何人いるの?」
戦列にようこそと歓迎され、衛生班に入るとも言われたのだ。ほかの人にも挨拶したいと言えば、弟は腕を組んだ。
笛の音がして、奥に見えるトンネルに青紫の旗を掲げたキャタピラが何台も進んでいく。それを見送った後に、弟に訊ねた。
「王弟殿下と第二王子に大隊が付いているけど、僕らに必要だと思う?」
眉をかすかに上げて鼻で笑った弟を見ただけで、うすら寒い風が吹いた気がした。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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