閉塞の地探索:装備選択
灰色の外は雪が吹きつけていて、窓枠に雪が張り付いている。王都で二週間ほど入院をして、東方に戻ってきても療養とリハビリという名の隔離入院を強制された。二重窓が二枚あるという、厳重な防寒仕様の病室でひとり左手のデッサンをしていると、病室の引き戸が引かれた。
「おーす、おす!元気?天才君!」
「暇つぶし、もってきてやったぞ」
ひょっこりと顔を出したのは、探索者協会の制服を着たセロ。そして、癖のある髪を伸びたい放題に、ぶかぶかのツナギの裾をまくり上げて着て、顔の半分を隠すゴーグルをつけた小柄な女性が入ってきた。長い袖を揺らして大股で跳ねるように歩く女性の背中から、ガチャガチャと様々な音がした。
「ナーナミとセロ、どうして来たの?」
彼女は、ナーナミ・セブンススター。義塾の同級生で、魔法工学と魔法具開発の才媛だ。研究開発が大好きで、文字で表現することが大の苦手である。何故か私のことを天才と呼び、学生時代は魔法を付与したガラス玉の耐久実験に毎日付き合い、数多というガラス玉を破壊して在庫を消し飛ばした仲である。雑な風貌をしているが、おめかしすると人形のように見えるので、美貌を隠しているらしい。
「んふー!閉塞の地に行く天才君に、お願いしに来たの」
そう言ってベッド傍に来たナーナミの癖毛の艶は美しく、ゴーグルをつけた下の頬にはくすみもない。色とりどりの染料やペンキまみれのツナギからは石鹸の香りがかすかにした。偏屈に見せかけて、擬態しきれていない所が彼女らしい。
「俺は本当に暇つぶしだぞ」
セロはビニールの袋から出てきたプリンのカップを押し付けられて、「内緒だからな」と不敵に笑った。
「わあーん!セロがふたつもプリン食べたー」
「お腹減って仕方ねーよなー」
「ふふ、ありがとう」
棒読みで声をあげるふたりに、思わず吹き出す。昨日、塩味がない野菜も肉もドロドロになった茶色の御粥を見て、気にかけてくれたのだろう。手元のスケッチブックをベッドのわきによけて、プリンのカップに受け取った木のスプーンを差し込む。久しぶりの甘味だ。心躍らせて頬張れば、眉間にしわが寄った。
「酸っぱい……」
「味覚異常は、健在と」
「スプーンが悪いのかも。金属系は……ないから、樹脂系の食器とかにしてみる?紙スプーンもあるよ」
背中のリュックを下ろしたナーナミに紙スプーンを借りて、小声で話しながらプリンを食べた。甘さがあるから食べられるが、慣れない酸味に不思議な感覚になる。
半分食べたところで気分が悪くなってきた。申し訳なく思いつつセロに渡すと、五秒後には空になっていた。早食いが過ぎる。
「で、なんで閉塞の地に行くなんで話が王家からきた?」
唇を舐めるセロに渡されたのは、探索者協会からの依頼書。指名依頼と書かれていて、依頼主は王家となっている。王位継承の儀のことを話すと、セロは眉尻を動かした。
「また西に行くのか。何度介護したか分からんのだが……」
「今後も、お世話になります」
「まったく……一応、薬の方は作っておいてやるよ」
命が掛かっている仕事をこなしながら、合間をぬって手の掛かる友人の介護をしてくれている。思わず指で目尻を抑えてしまった。
「なんでこんなにもマメな男に、彼女はいないのか……」
「見た目脳筋なのに、スペック高すぎて女性が逃げるのよー。かわいそ!」
「うるせえ!いつ死ぬか解らない職場で、妻帯できるか!!」
にやつくナーナミに、セロは拳骨を落とす。ナーナミはひらりと躱して、拳はベッドに埋まった。友人二人が睨み合うと、セロは視線を切って話を戻した。
「で、行かないって選択はしないのか?」
顔を見ればわかると言いたげなセロに、申し訳なくて眉を下げる。
「お前じゃないと駄目だ、って言われると……しょうがないな、って思うでしょ?」
王女に、私が良いと言わせたのだ。そんなつもりはなくても、頼られているというのは嬉しく思う。セロは腕を組んでため息を吐いた。
「俺は閉塞の地なんて魔境に行くのは御免だ。西の貴族は嫌いだし、金を積まれても行かない。やめるべきだと思う」
絶対、と言って両手をあげたセロの脇腹に、ナーナミが手刀を差し込んだ。セロの呻き声が響く。
「閉塞の地は幻霧郷の二十層以下より魔素が濃くて、灯光の証まみれで狂化動物が多いって聞くよね。天才君、本当なの?」
「らしいけど……詳しい事は行かないと分からないよ」
閉塞の地に関する文献は少ない。分かっていることは、文明があった地上は魔素で溢れた樹海と化し、狂暴化した動植物が襲ってくる。地下には用水路や生活道路があり、どこも灯光の証が燃え盛っているらしい。脇腹をさするセロは忌々し気にナーナミを睨む。
「幻霧郷でもきついのに、異界門の階層より危険な場所にした奴らの所に行く気が知れん」
大気の魔素量が増えてしまい、魔法具と灯光の証を制御出来なくなって、天蓋島に逃げ込んできた人々。それが王家と西方貴族の祖先である。
東方地区に居た住民たちの方が先住民で、技術力の方向性の違いで東に追いやられてしまっている。幻霧郷と東方地区の住人の仲が良いのは、西にしてやられているからだ、というのも半分は嘘ではない。
東峰地区育ちらしい言葉に、曖昧な笑顔を作ると、ナーナミはセロの背中を叩く。
「天才には私たちの前を行ってくれないと困るからね。不貞腐れてないで、セロも天才君を応援しなよ」
「……ナーナミは頼まれたら行くのかよ」
「わたし?西の魔法工学の基盤技術は気になるけど、浄化装置で追いつかない狂化生物がいっぱいの廃棄区画とか、ムリムリー」
ナーナミは余った袖と首を振った。可能性が少しでも想像できれば、出来ないと言わない質なので、本当に出来ないと思っているようだ。珍しいものを見た。腕を組んでふたりの会話と手刀のやり取りを見ていて、首を傾げた。
「そう言えば、ナーナミのお願いって、なにかな?」
訪問理由のお願いをきいていない。ナーナミは待っていたとばかりにリュックを漁り、手提げが付いた小ぶりな段ボールの包みをベッドに置いた。そして「ジャジャーン!」と両手を天井に広げた。
「魔素干渉なしでも使えるー、外傷用救急セットー!!」
「えぇ?!」
「既存のキットより一回り大きい。けれど、重量が半分以下!防水、耐火、凍結防止加工済みの優れものー!!」
現代の治療行為は、魔素や魔法で動作したり、魔法を付与して回復を促進したり、魔素が関与する治療法が主流だ。魔法付与が主な仕事の魔法工学の天才が、専門性を捨てて時代に逆行した道具を作るとは思えない。ナーナミは腰に手を当てて胸を張った。
「幻霧郷十五層以下の治療道具を開発する依頼を受けたの。魔素濃度が高くて医療系の魔法具が壊れて使えないなら、魔法的付与や魔素干渉を受けにくいものを作ろうってなったわけ」
ちらりとセロを見れば、「探索者協会からの依頼だ」と頷く。探索中の怪我は、大小関わらず生存率を著しく下げる。その生存率を上げる道具となれば、多くの命を救い新たな発見をもたらすだろう。「すごい」と感想を呟けば、ナーナミは箱を開けた。
中には、包帯や絆創膏、黒いペアンや曲がった針と糸、度数の高いアルコールなどが、小分けにされた銀の袋の透明な窓から見えていた。
「ここに使っている素材は、回復効果や有害菌の増殖を抑える効果が見込める素材で、魔法ほどじゃなくても回復が速いと予想している」
予想とナーナミが口にした瞬間、察した。
「これは試作品なのか」
「そう!だから、魔法も魔素すらも干渉を受けない天才君に使ってほしい!」
ナーナミはこもった拍手をひとつして頭を下げた。セロは腕を組んで言う。
「協会東方支部も、一部の探索者と職員で試用実験をしている。使用感は悪くないし、探索者資格四級以上の面々にも好評だ」
「でも、回復力が魔素濃度で変わらないとは言い切れないでしょ?だから、天才君が使ったらどうなるかを教えてほしいな」
探索者の治療道具の開発の一助になるなら、断る理由はない。改めて頭を下げるナーナミに、笑いかけた。
「使う場面がないことが望ましいけれど、ありがたく使わせてもらうよ」
「やったー!ありがと!」
その場で小躍りをはじめるナーナミをよそに、セロが腰をかがめて言った。
「使用感は探索者協会東方支部で、対面で受け付ける」
念を押すようにいったセロは不敵に笑った。
「絶対、帰ってくるだろ?」
「うん」
軽く肩を叩かれた。心配は尽きないとしても、期待の言葉にされれば応えたくなる。気遣いが溢れる言葉に笑顔をかえせば、ナーナミがはっと気づいた様子でセロと私を交互に見た。
「もしや、ふたりは恋人だったり……?!」
「ん?」
「はぁ?」
意味が解らない言葉に眉を寄せた。恋愛経験が無いので、恋愛対象という概念を掴めていない。そんな風に見えたのだろうか。
首をかしげてセロの方を見れば、不快そうにナーナミを見下ろしていた。まずいと思ったときには、床を這う虫を見つけたときよりも酷い顔をしていて、ナーナミは青い顔で笑顔を作り両手を振った。
「あ、うん、ごめん!……うっかりー、うっかりー!」
「俺の好みは、料理が上手なカッコイイ女性だ!」
病室で逃げ回るナーナミを、セロが「一発殴らせろ!」と追いかけ始めた。賑やかで、楽しく暇つぶしになっている。ふたりのやり取りを見ながら、段ボールの箱を指でなぞった。帰ってきてほしいと思ってくれている人がいる。旅先での思い出を話して欲しいと待っている人が居る。
「あのさ、この後に運動しに行くのだけど……」
怖さと不安を片隅にしまって、段ボール箱の蓋を閉めた。
東方に帰ってきて一週間。療養を終えて、閉塞の地に向かう準備を始めた。といっても、やる事は荷造りだけだ。雪が積もった自宅の庭を横目に、必要そうなものを畳に並べて、義父とじい様と頭を悩ませていた。
「ここにテントとベッドをいれます……これ以上は、容量的に増やせないです。重量はかなり抑えられている方かと」
「行動食をもう少し積みたいな……」
「まったく足りん。服を減らすべきじゃないか?」
二週間で雪の山越えをするために必要な荷物を準備している。雪が降りしきる中ひとり取り残された時に、海底トンネルに戻る程度の装備は必要だと考えたうえでの想定だ。
水の確保に燃料が必要となるし、寒さと風は容赦なく人を殺すので、防寒装備は厳重に詰め込む。現地で登攀をしないとは言い切れず、ピッケルにロープ、アイゼンやスノーシューも持って行く。行動食は軽量でエネルギー量が多いものを選んでいた。
けれど、食料が心もとないとふたりは言う。じい様は悩ましげに義父に提案した。
「ソウジ、やはり洗濯をさせないか?」
「寒冷地の単独行動を想定する時に、水に触れるのも、手間が掛かる事も、厳禁です」
義父は頑なに首を振る。雪山の登山を毎年経験している人の意見を優先したい。
「バックパックのサイズを大きくしますか?」
もう一回り大きな物を手に取ると、義父は眉を寄せて首をひねる。
「個人の荷物以外にも持たされるだろうから、もう少し、容量を減らしたいのだけれど」
「では、何を減らす」
「燃料と照明が、問題なのですよね」
義父の視線の先を探せば、銀色の可燃ガスが入った筒が五本、太い蝋燭が十二本入った箱、折って使う蛍光に光る照明が三種十本ずつ。魔法具が使える登山や異界門階層に行くときには、全く必要ないものである。肩を丸めると、じい様もため息をついた。
「だが、環境が魔法具を許さん。これらは抜けぬ」
「他の面々が動けないという事もあるでしょうし、魔法魔術に依存しない前提の装備にしたいです。駄目ですか?」
「……仕方ない、一回り大きくしましょう。代わりに、食料と燃料を追加しつつ、容量をすこし余らせること」
荷物が増えるのを覚悟して、容量を増やす事になった。ひとりだけ大所帯で目立ちそうだな、と苦笑いが漏れた。食品の包装を出来るだけ剥がして、耐水の容器に入れ直していく。義父は部屋を出て、じい様が傍に座ってきた。
「調子はどうだ」
口を指さして訊ねてきたので、肩を落とした。
「未だに、酸味がきつくて、辛味は痛いです。体力は戻っているとは思うのですけど……」
療養中、すぐにでも出発できるように、重りを背負って歩く時間を作っていた。筋力の低下はしていないはずだし、栄養も過不足なく取れているはず。なのに、味覚障害は未だ残っていた。
朝ごはんの生姜をいれた味噌汁が辛くて残してしまったと眉を下げていえば、じい様は顎を撫でた。
「後で身体を見よう。布団を借りるぞ」
「お願いします」
小さく頭を下げると、じい様は縁側に出た後に姿を消した。身体をほぐしてくれるのだろうが、痛くないといいな。
黙々と食品を詰め替えていくと、香ばしい匂いが漂ってきた。手元の行動食は甘いもので、香ばしさとは無縁の香りだ。出所を探ると、台所の方から義父が戻ってきた。手には小皿がふたつあった。
「食べなさい」
渡された小皿には、白いおかきと薄皮が付いたままの落花生がのっていた。小皿はほんのりと温かく、かすかな甘さと塩味のある香りが食欲をそそる。封を切った行動食を脇において、落花生を摘まんで食べる。かり、と砕けると濃厚な甘さが口に広がった。
「これと、黒豆を炒っておきました。粗熱をとれたら、入れなさい」
「行動食ですか?」
おかきと落花生はわかるが、炒り豆はかなり硬い。おかきを摘まみながら訊けば、隣に座った義父は小皿の上のおかきと落花生を口に流し込んだ。豪快な音がしばらく続いた後、義父はそっと言った。
「緊張続きの中に食べ慣れたものがあると、安心するものです。食べにくいなら、お茶にでもしなさい」
探索者の中で、危険地帯の唯一の癒しは食事だと言う人は多い。現地の食べ物に手を出す余裕などないし、食べなれたものは心の余裕をうむのだろう。納得して頷くと、義父が胡坐の膝に頬杖を付いた。
「レイには、いつも苦しい事ばかりが来るな」
そう呟いた義父の顔は見えない。おかきを一粒食べて、何も言えずにいると、義父は深くため息をついた。とっさに言葉が出た。
「心配をかけます」
すると義父の表情が見えた。
「心配はしていないよ。ただ、苦しい思いはしてほしくないだけだ」
眉を下げて笑う義父は、そっと肩を撫でてきた。服に触れるだけのような、優しすぎる手に申し訳なくなる。おかきを食べる手を止めると、義父は「まったく」と苦笑した。
「そんな顔をせず、すこしは楽しんで行きなさい。誰でも行ける場所ではないのだから」
「そうしたいですけれど」
自分が出来ることはするが、出来ないことに気がかりが多すぎる。不安が出ていたかと頬を撫でれば、義父は笑い飛ばす。
「ずいぶんと弱気じゃないか。天蓋を消し飛ばすと、列車の中で言っていた男とは思えないぞ」
「それは」
「なんだ、天蓋を壊して、空を見るのか?」
ふらりと現れたじい様が、義父の隣にすとんと座った。着物の袖に手を隠して、じい様は僅かに首をひねった。義父は頷く。
「天蓋をぶっ壊して、一時間でも空を見えるようにすると言ってのけた気風の良い男は、居なくなってしまったようで」
「ほう、それは残念だ」
大げさにため息をつく義父に、じい様は不敵に笑ってこちらを見てくる。不安はどうしようもないだろう。根拠のない自信を持てるほど、心身の余裕もない。どうしろというのか。肩を丸めてバックパックの口を閉じると、じい様が言った。
「お前さんは考えすぎる。ざっくり、柔軟に決めなさい」
「……ざっくり、柔軟」
数多という人々から助言を頂くが、じい様の言葉が一番難解である。ざっくりって、大雑把とか形を大まかに取るみたいな印象で、柔軟とは意味合いが被る感覚がない。どうすれば良いのかよく解らないぞ。
手を止めて天井の木目を仰ぎ見れば、義父に肩を揺らされた。
「考えるなとは言わないけれど、もう少し答えを決めつけて良い、という事ですよ」
「……そうですかね?」
言葉に対しての答えは、得てして間違っている事がほとんどだ。首をかしげると、じい様は腕を組んで肩をすくめた。
「身体そっちのけで考えるからな。仕方あるまい」
「そうですね」
頷く義父に口を尖らせれば、肩を叩かれ、何かを差し出された。
「仲間がいるのです。存分に頼りなさい」
渡されたのは、手のひらより大きい銀色の円筒形のなにかと、白黒の紐で括られたふくさだった。ヤエコさんが開発した、魔素を分解するポーションの霧吹きでは。
「これって」
「ヤエコからだ」
「帰ってくるのですよ、皆が待っていますから」
ふたりは頷き、微笑むだけ。けれど、すこし身体のこわばりが晴れたのは、気のせいじゃないはずだ。
装備を準備して、二日後の朝。自宅の前に車がやってきた。降りてきた人は、王女からの手紙を持ってきた詰め襟の金髪のイケメンさんだった。装備を背負って、コートの上に防寒着を着込んだ私を見れば、大きく頷いた。
「それでは、向かいましょう」
「はい、宜しくお願いします」
深くお辞儀をして顔をあげると、車に乗るように手で呼ばれた。振り返って自宅に手を振る。
「行ってきます」
その言葉の先には誰も居なかったけれど、帰ってくるための呪文として家にかけておいた。
思いやりと期待を詰め込んだバックパックを背負って、閉塞の地に向かった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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