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緊急要請:毒見業務


 じい様の助言の後に正式に所長からの最後のお願いを受けて即日、北方にある大図書館――国立天蓋大図書館に向かう事になった。どのような情報が欲しいのかを確認し、眼鏡も眼帯も付けず、痛み止めと辛いセロ特製薬を肩掛け鞄につっこんで出発した。

 西日の眩しい駅の北方行き列車のホームは冷たい風が吹き始めている。手をさすりながら、ホームのベンチで人を待っていた。砂塵山河で四日以内に帰って来るはずが、一か月以上帰ってこなかった失敗を受けて、道中のお目付け役が付く事になったのである。

 所長に「適任者を選ぶよ」と言われたのだが、そろそろ北方行きの列車がなくなってしまう。日暮れの駅を眺めていると、見慣れない塗装を施された列車がホームに停まった。

 薄紫に暖かな黄色の帯が中腹にあり、通勤用の列車とは違って等間隔にある窓にはカーテンが掛かっていた。カーテンが開いている所から見える中には、お酒の棚とグラスが見えた。すこし列車に近付いて長さを見ると、列車の車両は四台しかなかった。

 高級寝台列車にしては短すぎるし、紫の塗装なんて高位貴族の個人所有の列車か?個人の生活を見るのは失礼かと列車から離れる。すると、足音が近付いてきた。振り返れば、いかにも貴族ですと立ち姿が言っている、身ぎれいな人が目の前で立ち止まった。

「レイ・グランド殿かな?」

「はい……?」

 コートのフードを取って頭を下げようとした。けれど、どこかで見たような顔だったので、数度まばたきをしてしまった。

 その人は、色の薄い金の短髪に大ぶりな黄色の石をぶら下げたイヤリングを付けて、暖かそうな水色のコートを着込んでいる。鼻筋の通った彫りの深い目元では、赤紫の瞳がこちらを見てきていた。

 そっと視線を下に向けると、手袋をした左手首にブレスレットがある。意匠には、六枚の羽根と紫の石が夕日に照らされ輝いていた。視線をその人の目線に戻すと、にっこりと微笑まれた。

「お初にお目にかかる。ホーリア・フォス・ハイロゥだ」

 何度も瞬きをしてみても、目の前の風景は変わらない。そっとその人の後ろに視線を動かせば、黒のコートを着込んだ男性二人と女性が二人、じっとこちらを見ていた。どことなく印象が薄い人たちだった。

「幻霧郷領主ゼロ殿の推薦人、道中はよろしく頼む」

 差し出された右手に、戸惑う間もなく右手を差し出した。手袋越しに握られたので、そっと握り返すとその人は笑った。

「会えてうれしいよ」

 そして控えていた人たちに誘われるままに、列車に乗り込んだ。床に敷かれた絨毯を踏み、列車の中になぜかあるダイニングテーブルについて、クッションが心地よい座席に赤紫の瞳の人と向かい合って座り、車窓の風景が後ろに流れ始めた頃にようやく思考が追い付いた。

 この人、第一王女では?

 その仮説が浮かんだ瞬間、頭を抱えたくなった。しかし、珈琲を受け取る王女らしき人の前で姿勢を崩す訳にもいかない。内心で紙に描いた所長を破っていると、ホーリアと名乗った女性は微笑みを絶やさず口を開いた。

「その様子だと、ゼロ殿からなにも聞かされていないようだ」

 女性は、あの人らしいなと呟いた。そこにコートを脱いだ侍女服の人が、封筒を乗せた銀のお盆を持ってきた。手紙の宛名は私の名前で、手に取って裏を見れば、「所長だよー」と憎たらしい素顔の所長の似顔絵が書かれていた。ヤエコさんにあげよう。

 中身を確かめると、事務的な文面が並んでいた。

 第一王女は、立太子のために各地の領主の推挙を求めて外遊に出ている。道中の魔法や物理的な警備に不安はないものの、暗殺で最も多い毒殺に関して対策が難しい。禁忌魔法で作成された劇物を検出できる魔法や魔術はないため、東方地区を出発し北方地区の国立天蓋大図書館に到着するまでの間、道中の毒見役を行うこと。対価として、毒物を検出した際の身体的損傷についての補填を、王家が全面的に行う。

 つまり、目の前の人は正真正銘の王女であり、彼女の食の安全の盾になる代わりに、北方に向かう為の路銀を出してもらいなさいという事だ。王女と同じポットから注がれた珈琲のカップから漂う香りで動揺を宥めてから、手紙を丁寧に畳んで浮かんだ質問を口にした。

「知識もお求めですか?」

 毒見の仕事は、列車が出発した時点で拒否できない。それ以上の物事を求められているのかと訊ねると、王女は置いたカップの前に手を合わせて微笑んだ。

「特技資格三番の八級のみ取得閲覧可能な、書籍や図録に興味はある。しかし、それを提供できないことは知っている」

 あくまでも毒見としての仕事しか求めないらしい。機密保持違反で終身刑で捕まる事も、王族に対する不敬罪で死刑になる事もなさそうだ。安堵で胸を撫でおろすと、こちらの目線を王女の赤紫の眼で射止めてきた。

「私の毒見役は、この二か月で三人も入れ替わっている」

 ひとりは焼き菓子を食べて神経をやられ、ひとりは果実水を飲んで失明した。残る人はサラダのドレッシングを舐めて、赤い泡を吹いて亡くなった。出された珈琲の香りを聴きながら、思い浮かぶ毒物を思い出せば、複雑な感情が浮かんで言葉がこぼれた。

「似ていますね」

「……なにが、かな?」

「いえ、こちらの話です。毒見役の依頼、お受けいたします」

 カップを手に取り珈琲を一口飲んだ。続いて、テーブルの上にある角砂糖をトングでつまんでカップの中に落とす。スプーンでよく混ぜて、また口に含む。数秒経っても何も起こらない。ミルクが入ったピッチャーを傾けて注ぎまぜて、再び飲む。やはり何も起こらなかった。カップを置いて、王女を見つめた。

「どうぞ、お使いください」

 ミルクのピッチャーを差し出すと、王女はかすかに唇を引き結んでから珈琲にミルクを注いだ。

「禁忌魔法類の劇物以外の排除は、徹底してください。私にはほとんど、わからないので」

 周りにいる黒服の人々を見回して、最後に王女の眼に戻ってくる。微笑んで緊張を和らげるべきだが、とても出来そうになかった。

「あと……禁忌魔法劇物はすべて苦しいですし、二日は寝込みます。その時には、弱音は吐かせてもらいますね」

 譲れないことを伝えれば、王女は表情を消して深く頷いた。


 大図書館までの旅程は、三日間。その間の王女が口にするもの全てを毒見する。王族と一般市民の生活が重なる部分などないので、夕食までの時間を別室で控えていようと思ったら、話し相手に指名された。

 東方から最も近い北方地区の駅に向かうには、険しい山越えをしなければならない。列車のトンネル工事は度重なる災害と北方地区にのみある特殊な生態系保護の為に断念されており、直線では半日で行ける距離を二日かけて進む事になる。その間は駅もなく、車内で過ごすしかないのだ。

 王女は探索者資格免許を持っている。粗雑な面々とも探索に出た事もあるし、弟と一緒に防衛に出た事もある。気にしないからと、申し出を受けることにした。ただ、何を話せばいいのか、分からなかった。

 向かい合っても話題はなく、列車の中は線路の切れ目が小気味よく音を響いている。車窓の傍で使い込まれたひじ掛けに頬杖を付く王女を眺めている訳にもいかない。暗い木々の幹を列車の灯りが照らす中、大きな傾斜をものともしない列車の構造を想像していたら、ふと視界の端で薄い金色が揺れた。

「グランド殿は、静かだな」

 頬杖を付き直した王女の眼がこちらを向いている。目線をしっかりと合わせて、ゆっくりと瞬きをしてから王女の言葉に耳を傾ける。

「興味を向けられないようにされたのは、初めてだ」

 かすかに片方の口元をあげた王女に、何も言わずに頭を下げた。国の頂点に立たされている一族のひとりなのだから、見られることは慣れていても、見られないというのは不思議な感覚なのかもしれない。そっと頭をあげると、王女は苦笑した。

「話し相手だというのに、話題はふってくれないのか?」

 話題提供も話し相手の仕事の内なのか。少し考えた後に、王家と関りがある思い出話をしてみることにした。

「では、お言葉に甘えて。王家の皆さまの小耳にはさんで頂きたい、幼い頃の話を聞いていただけますか」

 王女の眉がかすかに動いて、「聞かせてくれ」と微笑んだまま目を伏せた。

「幼年学校の頃に、写生の授業がありました。そのときに、王家の象徴たるダリアを描きました」

「写生か、懐かしい」

「その時、私は教諭に周囲の生徒からも怒られました」

 穏やかな王女の雰囲気に、ため息で水を差した。控える侍女さんがすまし顔で立っているが、雰囲気から咎められている気がした。けれど、話を止める気はなかった。

「紫ではなく、白を混ぜた黄色で描いたからです」

「……それは、なんとも」

 王家を意味する意匠の花は、八重咲の紫色のダリアである。本物の花は魔素が揺れるたびに七色の輝きを伴うと言われている。その美しさに多くの絵描きが画題として選んできた花であり、美の象徴とも言われている。そんな花の色を変えるなど、美意識がおかしいのではと言われた事がある。しかし話は終わらない。

「ですが、私にはどうしても黄色で描きたかったのです」

「何故かな?」

「黄色に見えるからです」

 王女の問いかけに答えると、周囲から不快感が空気に滲んだ。王女は努めて穏やかにしているが、控える人々の視線が突き刺さってくる。彼らを煽るようなことはしたくなかったが、思わず笑みがこぼれる。

「魔素光盲はご存知ですか?」

「……知っている」

「王家の花は魔素光盲の人々にとって、花弁が薄い黄色に、軸が紫に見えるものなのです。王女殿下の姿絵を見たとき、他のお方よりも、ずっと王家に相応しい色をお持ちの人だと思ったほどですよ」

 王女と目を合わせると、大きく見開かれた瞳が揺れた。安心させるために、微笑みを作ってみた。

「それに補色対比ですから、紫の花が殿下の髪にあれば、とても美しいと思います」

 大輪の花がなくとも、王女は美しい。大輪で飾ったとしても、負けない美人である。本心から言えば、王女の微笑む口元がかすかに動いた。

「もし、嘘だと思うのでしたら、魔素光盲の方にお会いして確かめて下さい」

 魔素が見える人には、事故に合わない限り見えない世界の風景だ。信じてもらえない事も多い。王女は目を伏せたまま首を小さく振って、笑みを深めた。

「グランド殿の世辞は、今まで聞いた中で最も嬉しい言葉だった」

 やはり信じてもらえなかったか。残念な気分で、思わず表情を動かしてしまう。すると、王女は笑って言った。

「次の祝いの席で、花をのせてみよう」

 王女は傍に居る侍女を見上げた。侍女は小さく頷いた後に「ご用意いたします」と返事した。


 夕食の時間だと食事の席に移動すると、座った座席の前に前菜として温野菜のゼリー寄せが大皿に小さく盛られていた。粗みじんよりは大きめに切られた色とりどりの野菜の上に、ゆるい透明なゼリーがのっている。緑のソースと酸味のある香りが食欲をそそるが、美しすぎてスプーンを突き立てられなかった。

 王女が口にするもの全てを毒見するという事は、手付かずの美しい食べ物をひと口貰うわけで。綺麗に盛り付けられた皿の上を、崩すも同然である。

 こんなに綺麗なものを、食べて欲しい人に直接出すことが許されないなんて。盛り付けた料理人に申し訳ない気分になる。ダイニングテーブルの向かいに座る王女に目配せすると、王女の表情は酷く硬くなっている。そばに立つ侍女や侍従の視線も鋭く料理の方に向いていた。

 そっか、私が食べなければ怖いままなのか。胸の内で謝罪しながらゼリーと野菜とソースをひとまとめにすくう。香りを聴き、口に入れた。人の視線が突き刺さる中、口の中の物に意識を向けていく。そして、ふと違和感を覚えた。温野菜といっていたのに、生の胡瓜の味がする。

「ん……?」

 僅かに首を傾げた瞬間、王女の傍に立つ侍女と侍従が身構えた。ごめんなさい、そこまで重大な違和感ではありません。

 よく噛んで呑みこむ。数秒待っても何も起こらないので、王女たちは安堵の息を吐いた。

「失礼しました。温野菜という事でしたが、胡瓜の味がしたので驚いただけです。こちらは問題ないかと」

「そうか、では次の物を頼む」

 口をゆすいで、次から次へと出てくる料理をひと口ずつ食べていく。どれも美味しいが、等しく温くて、本当に美味しい時間を過ぎている料理が多かった。最後にヨーグルトとリンゴをひとかけ頂いて口を拭くと、王女は手を挙げて言った。

「命を懸けた仕事に、感謝する」

 王族に感謝されてしまった。「お力になれて幸いです」と伝えて席を辞そうとすると、引き留められた。

「何処に行く。この場で共に食事をとれ」

 そう言われた直後には、目の前にゼリー寄せが出されていた。第一王女と会食するなんて、どんな拷問だ?驚愕の声を出さなかった私を褒めてくれる人は、誰も居なかった。

 王女と面と向かっての食事をすすめていけば、線路の音とかすかな食器の音が響くだけで居たたまれないほど静かだった。前菜、スープ、パン、魚と食べ進めたところで、王女に訊ねてみた。

「見知らぬ人物との食事は、怖くないのですか」

 いつかソフィアにも訊ねた質問に、王女は魚のムニエルを呑み込んで口をナプキンで整えた。

「むしろ、身近な者との食事の方が緊張する。誰が倒れるかも分らぬし、自らに容疑がふってくるかもしれぬからな」

 実家で毒殺未遂があった時は、無傷だった子供の私が仕掛けたとか言われた事もあったな。「確かに」と苦笑したら、王女のナイフが白い皿を鳴らした。

「毒を盛られて、疑われたことがあるのか?」

 手を止めて眉を寄せた王女の眼は私の眼を伺って動かない。何度も瞬きをした後に、小さく頷く。

「はい、何度も」

「なぜ?」

「知りません。毒を食べたのに元気過ぎて、気にくわないからですかね」

 ムニエルにのっていた輪切りのレモンを勿体ないと思いつつも、最後の一切れを食べてナイフとフォークを皿の右に寄せる。口を拭った後に水のグラスで口の中をさっぱりさせると、手を動かさずに固まったままの王女に気が付いた。

「私はなにか、粗相をしましたか?」

「……いや、何もない。失礼な事を訊いたな、悪かった」

 かすかにうつむいた王女はムニエルにナイフを入れた。失礼な事をされたつもりがないのだが、王女の謝罪を否定するのも気が引けて頷くだけに留めた。

 肉料理も食べきって、出てきたリンゴを食べていると、王女がそっと言った。

「失礼ついでに、聞いても良いだろうか」

「構いませんよ」

「盛られた毒の中に、禁忌魔法の物はあったか?」

 やはり赤光の泡あたりの劇物が気になるらしい。思い出して笑いそうになる口元を引き締めて答えた。

「五光と八波と月下の風など、魔法劇物十七種すべてを食しております」

 王女の顔から暖かさが一瞬にして消えた。大きく揺れた瞳は私から逃げるように、王女の手元に向かった。従者の人々も動揺を隠せないのか、誰とも視線が合う事はなかった。訊かれたついでに、補足をしてみた。

「五光は味が無いので、全て美味しくないです。調子が良くても二日は動けませんし、喉が痛いです。酷いと一週間、寝込みます」

 王女の顔が少しずつこちらを向く。徐々に眉もよってきて、暗さは消えていった。

「八海の中では、そうですね……黄波は蜂蜜みたいでパンと相性が良く、緑波はワインに合わせるサラダに合うかと。少しずつ風味が違いますが、甘くて旨味がありますし、運が良ければ一日で動けるようになるので楽です。むしろ重金属系の方が辛い事もありますよ」

「……そうなのか?」

「月下の風は特にですが、毒物は物によっては美味しいのです。そして、散々苦しい思いをして、死ねないのです」

 毒が美味しいのはずるい。赤光の泡みたいに即効性があればいいが、遅効性タイプは食べ過ぎて苦しい時間が増える事がある。殺すために食を進ませる味にするとは非常に悪意を感じるが、食べ過ぎる私がおかしいという話もあるわけで。苦笑すれば、王女はかすかに開いた口を引き結んで息を吐いた。

「流石は、ゼロ殿。これ以上にない適任を紹介してくれた」

 小さい呟きに、頬をかきたかった。けれど我慢して首をかしげると、王女はカラトリーを置いて居住まいを正して、頭を下げた。

「短い間だが、よろしく頼む」

 王族に頭を下げさせてしまった!戸惑いながらも頭を下げ返す。

 その後、作法は失礼じゃなかっただろうかと悶々としていたら、ヨーグルトが消えていた。味がしないを通り越して、食べたことを忘れるなんて。自身の動揺ぶりに開いた口がふさがらなかった。


 王族が頭を下げるという一大事を目の当たりにした後、王女は服毒した経験について訊ねてきた。毒の組成や材料、製造法と必要機材など、法に抵触しない範囲のことを話してみた。毒に関わる話題は日をまたぎ、山を越えて、北方地区に入った後も続いた。

 話して分かった事は、王女は特技資格三番の六級取得者だった。成長するほどに使用される毒物の強度が高くなっていって、他のお付きの人や毒見役ばかりが被害にあって心苦しいとの事。酷い時には、義理の母親である正妃が死にかけて、容疑者にされた事もあるらしい。

 身に覚えがある内容の数々に、「私もあります」と交互に返して苦笑いをする。そろそろ大図書館に到着するというころに、所長が何度目かの話題にあがった。

「このような話を出来るのは、ゼロ殿だけだと思っていた。存外、身近にいたのかも知れないな」

「どうでしょうか。ここまで話し込めたのは、私も初めてですから」

 毒を食べることなど天蓋島では稀有だろうし、異界門の階層でも暗殺目的の毒物摂取も少ない。そもそも六級の毒耐性は、資格三番の取得者の上位一割もいないはずだ。毒耐性の高さで悩む人など、島の中を探しても両手で数え切れるだろう。

「こんなにも強くなければ、苦しまずに済んだ者もいただろうに」

 三日も話せば、打ち解けたも同然。王女の苦笑に、手のひらで待ったをかけた。

「毒殺を試みようとする者が悪いのです。所長も毒入り土産にふざけるなと叫びますし、申し訳ないと思うより、怒って犯罪者を捕まえに行きましょう」

 毒耐性なんて、発揮されない方が良いに決まっている。「殿下は悪くないですよ」と拳を作れば、王女の眉は柔らかく弧を描いた。

「そうだな。私も怒るとしよう」

「いっそのこと、五光の毒は調味料として失格なので、暇なら改良してみろと宣言しますか。どうせなら、美味しいものを食べて死にたいですからね」

「ふふ」

 盛大な皮肉を面白く思ってくれただろうか。王女の様子をうかがうと、目尻に涙をためて肩を揺らしていた。

 そこに小さなベルの音が割って入ってきた。そろそろ目的地に到着する。王女は手袋をした指で目尻を拭って、軽やかに微笑んだ。

「グランド殿、こんなにも楽しい対話を出来た日を、一生忘れることはないだろう。感謝申し上げる」

 差し出された手は一切の震えがない。晴れ晴れとした王女の顔を見て、快く手を取って握り返した。

「私もこのように話せるとは思いませんでした。殿下の旅程を守り、かすかにでも彩りを添えられたとあれば、恐悦でございます」

 握った手を振って離し、頭を下げる。同士のような感覚でも、身分差は埋まらない。考えられるだけ丁寧に返せば、車窓の風景がゆっくりと速度を落とし止まった。駅のホームには整列した駅員の奥に人だかりが見えた。

 王女は椅子から立ち上がって水色のコートに袖を通し、おなじ色の帽子を被る。続いて立ち上がると、ホームに繋がる扉の前で脚を止めて、王女は振り返った。

「達者で」

 帽子のつばを摘まむ様子は、切るべき相手を見つけた時の弟の眼と似ていた。息を呑み、胸に手を当てて頭を下げた。

「お元気で」

 王女はホームに降り立つと、照明を浴びながら手を振り微笑んで進んでいく。人だかりを吸い寄せて王女は駅の方へ向かっていった。

 人が居なくなったところを見計らって、列車を降りる。冷たい風がコートの裾を揺らした。フードを被って首元を寄せると、看板に国立天蓋大図書館と書かれていた。

「さ、仕事しないと」

 目的は、図書館で情報収集だ。手をさすりながら、階段を上がって大図書館に向かった。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話は、制作中です。2026.8.21

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