送光式:消灯の儀と打ち上げ花火
目頭と目尻が痛むまま、弟に手を引かれて庭のパラソルの下に来た。フードをとって長テーブルの末席に座ると、西日が頬を温めて、お皿に載せられた木の実のタルトが艶やかに輝いている。向かいの義父がポットを傾けてカップに紅茶を注ぐと、揺れる湯気が立ちあがった。
差し出されたカップを受け取ると、上座の女性陣がため息をついた。カップを手元に置いてそちらを見れば、日陰に居る面々は穏やかに微笑みながらお茶を楽しんでいた。
立ち去る前に見た光景はとても賑やかで、眩しかった。「きれい」と呟く子供たちも居るというのに、お茶会は風に揺れる木々の枝葉の音がよく聞こえた。とても静かな雰囲気だ。
「なんて、美しいのかしらね」
ソフィアが扇子の奥で呟くと、彼女の隣に座る弟がタルトを摘まむ手を下ろして眉を下げた。
「僕の前で、そんな顔を見せないでほしいな」
「あら、あなたもこの風景に憧れていたでしょう?」
「……そう、だけどさ」
夫婦のささやかな問答の目線の先には、何故か私がいる。後ろを見ても、芝生が剥げた広場と遠くに糸杉があるだけ。なにが綺麗だと皆は言っているのか、見当がつかなかった。
家族団らんに私がいることが、憧れだった。そんな事が、あるのかもしれない。不貞腐れる弟に微笑むソフィアから視線を外すと、義父が静かに言った。
「温めてあるそうだ。頂きなさい」
頷いて、食事の挨拶を口にした。小さなフォークをタルトに差し込むと、軽やかに割れて皿が音を立てることはなかった。ひと口大に割れたタルトを舌の上にのせれば、ナッツとカラメルの豊かな香りが広がった。噛むほどに甘さと苦みが混ざり合って楽しい。鼻で息を吸いこんでナッツの香りを再び楽しんでいると、皿にトングが伸びてきて大判のクッキーがタルトを押しのけるように置かれた。
「お食べ」
「……はい」
トングを握る兄に笑いかけられて、いらないと言えなかった。タルトを食べ終えて、しっとりとしたクッキーを曲げ割り、ひとかけを食べる。紅茶の苦みとお菓子の甘さを交互に食べ進めていると、上座の姉にゼギオンが耳打ちした。聞き終えた姉は皆を見回した後、少し声を張った。
「消灯の使者が到着したようです。ご挨拶に参りますよ」
ナプキンで指を拭き、眼帯をしてお茶会の席から立った。
義父と一緒に聖堂の方へ向かった。前に家族の足音を聞きながら進めば、開け放たれているらしい聖堂の正面入り口から声がした。
「お久しぶりでございます」
聞きなれないはずなのに懐かしさがある女性の声がそう言った後、前から多くの布ずれの音がした。つられて頭を下げると、声の主は続けた。
「この度、故人様の新たなる門出のお手伝いをいたします、シリスと申します。精一杯、お勤めさせていただきます」
「シリス様、宜しくお願いいたします。どうぞ、こちらへ」
姉がそう言うと、義父に手を引かれた。何人かの足音が前を通り過ぎたとき、風にのって、菊の香りがやってきた。足音がパラソルに引き返して、故人が眠る棺桶に向かった。
義父の腕に任せて歩き、靴底から芝生の柔らかさを確かめていると、右腕をがっちりと掴まれ足を止めた。正面からシリスの声がした。
「これより、消灯の儀をおこないます」
よく通る声の後、足元から小さな声で「こわい」と幼い声がした。その呟きを「そんなことを言っては駄目よ」と兄の奥さんの声が咎めた。
灯光の証を消す事は灯光教において、信仰対象とのつながりの剥奪を意味する。しかし、魂は魔素で出来ていていると教えている灯光教では、灯光の証がある限り遺体に魂は宿り続け、最後には魂が灯光の証に奪い取られてしまうとした。魔素が留まり遺体を強化して火葬できない事がないように、消灯は必要な手順なのだ。
兄の子供たちは初めての葬儀なので、灯光の証が消えるというのは恐ろしいことに思うはず。けれど、灯光の証を整え消す技を身に着けた――消灯の使者は、灯光の証をおこす人よりも敬意を払われる対象だ。ぐずるような声に、男性の声が響いた。
「乙女よ、恐れることはありません。この方は、この天蓋島で最も灯光の証を整えることが出来る賢者様です。故人様が空に旅立つためのお手伝いをするだけですよ」
貴族の葬儀に盲目の賢者が来るなんて、珍しい事もあるものだ。そこに小さな声がそっと響いた。
「おばあちゃんは、どうしてお空に行かないといけないの?」
素朴な疑問に、数秒の沈黙が広がった。そこはしっかりと答えを準備しておいてほしい。補足を口にしようかと思ったら、芝生を踏む音がした後に服をさばく音が聞こえて、シリスが口を開いた。
「実は、お空に行く必要はないのですよ」
シリスの声は、努めて柔らかい声色だった。「そうなの?」と呟いた声に、シリスは続けた。
「けれど、お空の先には天蓋の空絵よりも美しい、綺麗な空が広がっているのです。私たちは、あなたのおばあちゃんにその景色を見てほしいから、お手伝いをするのですよ」
「天蓋の空絵よりも綺麗なお空……とっても綺麗なの?」
「そうだよ。おばあちゃんに、素敵な旅行をプレゼントしてあげよう。花火の時に、いってらっしゃいを言おうか」
兄がそっと言うと、小さな声が「うん」とにこやかな声で返事をした。布すれと足音がしたと思うと、「はじめます」と短い言葉の後に儀式が始まった。
誰かの喉が鳴る音がしたかと思うと、かすかにあった不快感や違和感が薄れていく。そしてシリスが息を吐くと、拍手が上がった。
「消灯の儀は以上でございます。皆様の旅路に光があらん事を」
拍手に溶け込むように言えば、姉は感謝を告げた後にシリスを伴って聖堂に向かっていった。残った面々に、兄は言った。
「灯光の証がある人は、これから棺桶に近づかないようにしようね」
子供たちの返事が庭に響く。そこに義父がささやいた。
「なんだか普通だったな」
「なにが、ですか?」
声を落として訊ねると、義父はそっと耳打ちしてくる。
「灯光の証を引っ張って、身体に入れるだけとは思わなくてね」
「そのような魔術だったのですか」
消灯の方法は、個人によって異なる。当代の盲目の賢者は、体内に大量の灯光の証を保持できるか、体内で消灯ができるのだろう。魔素と灯光の証を分離して吸収できるのだから、高度な魔術だな。感心していたら、小さなため息が聞こえた。
「お前さんの異能の方が、ずっと清々しい」
「意外なことを言いますね」
肉体を鍛え、技を磨き続ける。人生は精進だと教わっているはずなのに、私の異能の方が良いというなんて。どうしてと首を傾げれば、腕を解かれた。
「死臭が漂う偏屈な魔素を魂だというのなら、私はレイに消し飛ばして欲しいよ」
義父の眼には、故人の身体に残る魔素が好ましく見えないらしい。そして、義父はそっと言った。
「この天蓋は、魂の慣れの果てなのかもしれないな」
眼帯をしたまま、空を見上げた。秋めいた空を思い出して、ふと浮かんだ言葉を告げた。
「天蓋は、東方で言うところの幽霊って事ですか」
「だとすれば、レイは浄霊師になれるな」
義父は満足げに言い切った。説得せずに消し飛ばしたら、駄目だろう。
「それに、癒すべき天蓋が見えません」
否定すれば、義父は右手を取った。
「浄霊師になる手始めに、薬を飲もうか」
もうそんな時間だったっけ。眼帯の奥に作り笑いが透けて見えて、ため息をのみ込んだ。
頬にさす太陽のぬくもりが乏しく、瞼にある明るさも減ってきた頃、パラソルの下でぼんやりとしていた。弟や兄、義父は敷いていた黒い布で包んだ棺桶を掘った穴に運びだしている。女性陣は子供たちと寒くならないようにと、外套を選びに母屋へ戻っていた。
ひとりで静かにしていれば文句は言われないはず。眼帯の先にあるはずの風景を思い浮かべていると、「失礼」と声をかけられた。声の主は確か、シリスの傍に居た男性である。声の方に身体を向けると、お辞儀の音がした。
「お初にお目にかかります、オルドと申します」
「初めまして」
小さく会釈をすると、オルドは膝をついたらしい。近付いた声を落とした。
「貴方様は……グランド家に居られると噂の、浄化の手をお持ちの方でございますか」
噂は知らないが、何でもかんでも魔素を壊す体ではある。「まあ、そうですかね?」と疑問形で答えると、男はわざとらしくため息をついた。
「盲目の賢者を騙らないでいただけますか」
「えっと?」
「当代も迷惑しておられますので、控えていただきたく……」
盲目の賢者だと喧伝した事は、一度もない。しかし、身近に言いふらしそうな上司はいる。所長の言動を統制しろと言いたいのか。なぜか申し訳なく思いつつも、迷惑をこうむっているのは私も同じなのだよな、と相反する気持ちが胸の内でぶつかる。曖昧に首をかしげていると、またため息をつかれた。
「浄化の訓練は、命を削る行為。当代の血の滲む日々を軽んじられるのは、我々も見過ごせないのです」
「オルド、その浅ましい口を閉じなさい」
盲目の賢者の仕事を軽んじたことはない。そう伝えるよりも先に、盲目の賢者の女性の声に遮られた。オルドがシリスの声に身体を向ける音を聞くと、シリスが口を開く。
「何という愚かなことを、恥ずかしげもなく言えたものですね」
「賢者を騙る不届き者を見逃せと言うのですか」
かすかに怒気を混ぜたシリスの声に、オルドは怯えもせずに否を唱えた。シリスは数秒の沈黙のあとに言った。
「この方は、賢者候補だった方です。この方が候補を降りざるを得ない状況に灯光教会が仕向けたから、私が盲目の賢者なのですよ」
息を呑んだ音が重なった。賢者候補なんて話、なにも聞かされていませんよ。初めて聞いた情報に驚いていたら、シリスの気配が近付いてきた。
「剣選び……以来でございますね、レイさん。火傷は残っていませんか?」
その単語に、声の主の若かりし頃の顔を思い出した。
「……あ、もしかして、バケツを貸してくれた」
「はい、消灯の使者見習いです」
「ああ!あの時は、本当にありがとうございました」
席を立ってお辞儀をすると、「座って下さいな」と和やかな声が紡がれた。シリスとオルドに椅子を勧めると、席に着いたシリスがかすかに息を吐いた。
「オルド、紹介いたします。この方こそ、聖剣に宿る不浄を浄化した、レイ・グランドさんです」
「な、シリス様の偉業ではありませんか!」
テーブルから食器が揺れる音がした。驚いて身体が少し構えると、シリスはため息交じりに言った。
「いいえ。私が執り行ったと、灯光教会がでっち上げたのですよ」
知らない話だが、大変な仕事をし続ける人生にならなくて良かった。「そうだったのですね」と安堵と共に呟けば、シリスはそっと言った。
「先代は……半ば強制で教会に入って頂くことも考えたそうですが、灯光と聖具の面々が拒否したようです」
「賢者お二方が……どうして」
シリスはすこし黙ってから口を開いた。
「オルド、灯光の証どころか魔素そのものを浄化し、人を導く火を見ることが出来る者が三人以上、現れたとしたら……灯光教会はどのように行動すると思いますか?」
「皆様、導きの賢者であるならば、全員にお越しいただけるように願うばかりでは」
オルドの答えに、シリスは穏やかに反応した。
「そうですね。では、ひとりだったら、どうでしょうか?」
続く答えはなかった。そのままシリスは問いを重ねた。
「その者が決死の覚悟で、支配の呪術と化した聖剣を浄化した。にもかかわらず、その英断を悪魔の所業と断じた賢者たちは……本物と言えるでしょうか?」
「そんなやり取りがあったのですか」
初耳の話ばかりで、思わず話に割り込んでしまった。シリスは短く肯定して話を続けた。
「ええ。お飾りを祭り上げて、彼らは自らの地位を守った。結果、称えられるべき賢者は我らの下から去って、お飾りは毎日のように葬式巡りでございますよ」
見えなくとも苦笑していると解る乾いた笑いに、顎に手を当てて考え込んだ。保身で悪魔判定されたという訳か。頭の中に浮かんだ言葉は、非難ではなかった。
「シリス様が盲目の賢者としてお仕事をこなしきた事実と、今まで重ねてきた努力を、お飾りなんて言わないでください。正しくあなたは、盲目の賢者です」
悪魔判定されて被った嫌なことはある。けれど、過ぎ去った事だ。思考の遠くにしまい込むだけだ。
対して、シリスの浄化の作業は、本を読んだ程度では出来ない。本人の才覚と努力があってこその技だ。私に出来ない技を、否定しないでほしかった。シリスの声の方に姿勢を正して言えば、息を呑む音が聞こえた。
「オルド、今のやり取りを日報に書いておきなさい」
「は、はい」
「一字一句、違えぬように。そして、その日報を写したものを私に下さいな」
「どうして……ですか?」
オルドの疑問に、シリスの声は朗らかで嬉しそうだった。
「本物の賢者に認められたのです。今日という日を、記念日として毎月祝います」
毎月祝うほど、嬉しい事なの?困惑のままに座っていると、シリスが居る方向から布すれの音がした。
「偽りない言葉に感謝を。この言葉を胸に、今後も精進いたしましょう」
正論を言っただけなのに、感謝されている。なんて声をかけるべきか解らず、「私も頑張りますね」と同調だけはしておいた。
シリスとオルドが帰った後、眼帯からは光が一切感じられず、頬どころか手足に冷えを感じるようになってきた。親族たちもやってきて、食べ物の匂いが漂い始めた庭は、母方の親族は来ていないというのにお祭り騒ぎになっていた。
姉が打ち上げ花火の音頭を取り始めた頃、昼間のパラソルの下で兄と弟と義父と一緒に、神経衰弱に興じていた。眼帯を外しテーブルに散らばったカードを順にめくっていくと、不満げな声が飛んでくる。
「こんなにトランプが減ったら、勝てないよー!」
「もっと手加減してくれないか、レイ」
兄と弟は憤慨しして口をとがらせていた。テーブルの奥で兄の奥さんが「あらあら」と口元を抑えて微笑んでいる。文句を言ってばかりのふたりに、反論してみた。
「手番が一周まわった後、重ねないでシャッフルとか言いだしたのが悪いし……神経衰弱以外のゲームにすればよかったでしょう」
「ふたりが、こんなに強いとは思わないよ!」
歯を噛みしめた弟が睨む先には、私ではなく義父が居た。義父の手元には、めくり当てたカードの束が積まれていた。傍にある箱の半分に届きそうである。睨まれた義父はにこやかに言った。
「新しいトランプを持ってきてくれないと、困るなぁ」
義父はカードのよれやシミなどを覚える上に、カードカウントも魔術補助なしに出来る。遊びに本気になれないのは、何事も本気になれないとじい様に言われて育ってきた、子供相手のゲームも真面目に勝負する人だ。
ただ、あまりにも強すぎたようで、三順前から二組を取った後、私に手番を渡すというハンデを課されていた。それなのに、勝てそうなのだからすごい。
「兄さん、これが終わったら、トランプゲーム以外をしましょうか」
「そうだね……チェスはどうだい?」
「チェスは苦手なので、手加減をいただきたいですね」
「そうなのかい?得意そうなのに」
三組目を揃えて、次のカードに手を伸ばす。二枚がそろわなかったので、手番を渡した弟が呟いた。
「僕も出来るようになるぞ……」
「ふふ、鍛錬すれば誰でもできますよ。コツをあとで教えますね」
「本当ですか?お願いします!」
義父の申し出に、弟は目を輝かせる。ゲームもまた修行か。頬杖をついてゲームの行く末を考えていたら、周囲が数字を数え下っていった。
「お、打ち上げだよ」
兄がそう言った瞬間、銃の発射音が聞こえたかと思うと、長い笛の音と一緒に光る線が空に昇っていく。パラソルの陰から空を見上げると、空を埋め尽くす眩しい大輪が咲いた。そして腹に響く轟音に、周囲で歓声と拍手があがった。隣に来た弟が拍手の最中に言った。
「あの人も、無事に空を見たのかな」
弟の疑問に答えず、ぼんやりと見上げ続けて、光の花を目に焼き付ける。うん、綺麗だった。空に消えた大輪に満足して弟に笑いかけた。
「見えたと思うよ、ちゃんと綺麗に開いたからね」
「兄さんは花火が見放題で、いいなぁ」
「花火が見えたの?!」
驚いた声が聞こえてきた。下を見れば、弟が座る椅子の奥に兄の長女が顔をのぞかせていた。その眼には昼間に弟を見ていた時の輝きがあった。
「おばあちゃんが、ちゃんと見えたって、教えてくれたよ」
微笑みを作ったまま少女に頷くと、少女の顔が花を咲かせたように明るくなった。
「本当?お返事は綺麗だった?」
「うん。さっきの花火、絵に描いてみようか」
「描いて!」
パラソルの下に戻って、ランプを明るくしてもらう。スケッチブックとパレットを開いて、水筆を取る。弟の隣に座った少女の視線に急かされながら、色を作ってのせていく。白いところを残しながら、薄めた暗い色を重ねて、描いていく。次第に喧騒が耳から消えて、複雑な香りも薄れていく。ある程度まで描いて、少女に見せた。
「出来た……よ?」
そこには弟の腕に掴まって寝付いた少女が居た。弟は唇に人差し指を立てる。
「ずっと、どんなふうになるのかなって、はしゃいでいたけれど……疲れちゃったみたい」
「そっか、待たせすぎたね」
パラソルの外には、雲間に星が輝いている。庭の賑やかさは治まっていないが、お酒に呑まれかかった大人がちらほら現れている。手元の絵を今一度見て、頬をかいた。
「待たせ過ぎたお詫びとして、もっと描き込むよ」
再び絵に向かって細部を描き込んでいく。夜風で冷えないようにと部屋に戻っても描き続け、出来上がったのは深夜だった。丁寧にスケッチブックから剥がし取り、ゼギオン経由で兄の家族に届くようにしてもらった。
送光式の翌日の早朝。帰り支度をしてくれた義父に腕を引かれていた。睡眠を四時間しか取れなかったのは痛い。眼帯をしていると、どうしても眠くなってくる。
欠伸をかみ殺しながら客間を出て母屋の玄関に着くと、「まってー!!」と幼い声が駆け寄ってきた。立ち止まると、みっつの足音がやってきて、息を切らしながら言った。
「おばあちゃんのお返事の絵、描いてくれてありがとうございます!」
兄の子供たちの様だ。無事にゼギオンが届けてくれたらしい。続いて「ありがとう」「ありがちょ」という幼い声が続き、眼帯を外して子供たちに膝をついた。
「気に入ってくれたかな?」
「うん!」
子供たちは、にこやかに言い切った。「それは良かった」と返すと、早歩きの足音が続々と集まってきた。義父に手を借りて立ち上がると、空いている左手を握られた。
「レイ、来てくれてありがとう」
姉はとてもゆったりと感謝の言葉を口にした。「力になれてよかったです」と返せば、肩を抱きしめられた。その耳元で、姉は囁く。
「あの石はあなたに託します」
ぎょっとして姉の抱擁から離れると、腕が逃がしてくれなかった。背中を撫でる手に戸惑えば、姉はそっと言った。
「今まで贈れなかった祝いの品だと思いなさい」
付随している価値が手に負えないのですが。調べ切ったら返しますよと言えないまま、姉の腕が離れていった。そこにわざとらしい足音と義父に似た足音がやってきた。
「気を付けて帰ってね、レイ」
「いいなぁ、僕だけ空絵を貰えなかった」
別れ際に言う事ではないだろう。兄に返事をして、不貞腐れた声の弟に肩をすくめる。
「ソフィアが庭の絵を買い取ってくれたのだから、それでいいじゃないか」
「僕は空の絵がほしい!」
方々から苦笑の声が上がって、玄関に響く。呆れ混じりに聞いてみた。
「そんなに空の絵が欲しいのか?本当の空を写真魔法で撮ればいいのに」
「じゃあ、見えるようにしてよー!」
盛大な我儘に沈黙がやってきた。無理だという周りの無言の言葉に、私はふと考えてみた。そして弟に確かめる。
「本当に見たい?」
「兄さんとの天体観測を、忘れたことはないよ!」
考えこむと、義父に袖を引っ張られた。もう時間の様だ。
「考えてみるよ」
そう告げて、手を振る。「またね」という数々の声に見送られて、実家を出た。
自宅に帰る列車の中では、背中に日の光の暖かさを感じる。渡された薬を飲んで咳き込んだ後、義父に訊ねてみた。
「義父さん、私は浄霊師になれますか?」
「なんだい、突然」
水筒の蓋を閉める義父は、困惑気味に言った。しかし、すこし考え込んだ後、義父は言った。
「まあ、異能を体系化すれば、可能だろうね。素質は十分なのだし」
後押しに感謝を告げると、義父は「本気でなるのかな?」と呟いたので、首を振った。
「魔素暴走を止める魔法の別の使い道を、考えてみました」
「ほう」
まずは魔素生産調整をしろ、という言葉を飲みこんでくれた義父に内心で感謝しつつ、目標を伝える。
「天蓋をぶっ壊して、一時間でも夜空をみえるようにします!」
列車の中は早朝のせいか、人の気配が少ない。かすかな寝息が聞こえる中で、義父は言った。
「……お前が、死なない、なら……よし……頑張りなさい……」
動揺が明らかな声に、眼帯をしていて良かったような気がした。けれど、内心に湧き出るワクワクは止まらなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
これにて、二章がひと区切りとなります。
次話は制作中です。2026.8.14




