怪現象:人体発火と刺青④
「あ!!持ってきちゃった!!」
星庫室から出たのは良いものの、左手には飾り紐の宝石が残ったまま。登りかけた階段を引き返そうとしたら、姉が待ったをかけた。
「それはあなたが持っていなさい」
「なんで?!」
「箱の中身の文言が正しいのならば、持ち主としてふさわしいでしょう」
「無理だよ、こんなとんでもないもの!!」
どんな魔素でも吸収する石なんて、怖すぎる。首を大きく振って姉に押し付けようとすると、さっと身をかわされた。
「必要があれば、私が返却を求めます」
そう言って階段の前で立ち止まり、「血縁を調べる魔法具を取りに戻ります」と星庫室に戻っていってしまった。同じく足を止めていた兄と弟を見れば、両手を振った。
「魔素量が多くない私が触れれば、倒れてしまうよ」
「僕の魔素を吸わせたら、灯光の証の制御が出来ないよ!人と会えなくなるって!」
誰も持てないと受け取り拒否され、面倒ごとを押し付けられてしまった。顔をしかめて唇をかむと、弟が眉を下げていった。
「……まずは、部屋に戻る?」
眼帯を付けて階段を登る。階段の上で待っていたゼギオンが義父を応接室に帰したというので、弟の手を借りた。人の声を無視して廊下を通り抜け、ノックもせずに入って扉を締めて一息つく。すると、ごとん、と硬い何かが落ちた音がした。
「レイ、どうした?!そんなに魔素を減らしているなんて!!」
足音もなく左手を義父が取った。中の物を見せるべきか悩んでいたら、右手を握ったままの弟が言いにくそうに口を開いた。
「今にも爆発しそうな魔素過多な物を、兄さんに触れてもらったのです」
「なんてことを……!もしや、この手の中の物ではないだろうね?」
魔素の流れが見える人には隠し切れないか。渋々左手を開いた。
「保管庫の床に転がっていた箱の中にあって……」
私が手に取るまで誰も気付かなかったのだと伝えると、義父の両手が左手を広げる。そして、ひやりとするほど静かに義父は言った。
「この、大馬鹿者」
怒号ではないのに、あまりにも切れ味の良い言葉が全身の骨の髄まで行き渡った。眼前にまで迫ってくる荒れた気配に、肩を丸める。すると、義父は静かに言った。
「怪我をして床から出たばかりだという事を解っているはずだ。これがある限り魔素は作られ続けて、離した瞬間に魔素暴走を起こすぞ」
「その……やらないと、爆発するかと思って」
息苦しさをなくすほどの吸引力だ。後になって自身が苦しむというのは解っていても、他の魔素も集めてしまう危険物を放置することはできなかった。
やるべきだと思ってやったことを怒られると堪える。うつむくと、義父の短いため息が聞こえた後に抱きしめられた。
「お前以外にも対処できた。けれど、よくやった。お前は、この場のすべての人の恩人になった」
すぐに解放されて、肩を撫でられた。最後に頭も撫でられて、涙腺がすこし緩んだ。
右手が弟の手から離れると、ソファーに座らされた。左手に義父の指の暖かさを感じていると、思い出した。
「あれ、左手って、今も手袋していませんよね?」
口で取った片方の手袋って、何処に行ってしまったのか。そして、義父は指を直に触れさせている。左手を握って義父の手から逃げると、向かいのソファーにいる弟が言った。
「手袋は僕が拾ってあるよ」
「いや、何で触っているのですか、義父さん!」
驚きをそのまま義父にぶつけると、隣から呆れの混じった息の音が聞こえた。
「魔素の吸収の程度を見ていただけだ。吸引が強すぎて、私の魔術を分解するよりも先に石が吸い込んでいる」
義父は問題ないと言い切った。そんなことありえるのかと義父の前に居るはずの兄に声をかけた。
「兄さん、そんなに効率が良い石って存在するのですか?」
「うーん……私の専門の中で思い当たる物はないけれど、この輝きを見るに宝石だろうね。書籍に該当するものが無ければ、宝飾品に造詣のある……ソフィアに見てもらった方が良いかもしれない」
まずは過去の書物に頼ることにして、石の扱いをどうするのかと話を切り出そうとしたら、扉がノックされ返事を前に開かれた。何事かと音の方を向けば、息を切らしたゼギオンの声がした。
「ウェイン様!アレン様!どうか、どうか食堂の方へ、お越しください!」
「どうした?」
兄がソファーから立ち上がると、ゼギオンが叫んだ。
「ユフィーナ様が、灯光の証で攻撃されました!」
左手の謎の石をコートのポケットにつっこんで、眼帯を外し、部屋をでた。
遠い記憶にある実家の食堂に走る。フードが剥がれて使用人さんは白目をむいていたが、無視して通り過ぎる。一番に走り出したのに、追い付いてきた弟が言った。
「兄さん、大丈夫なの?!」
走る抜ける廊下は、昔のことを思い出させて頭痛をおこす。けれど、苦しいと言って足を止める暇はない。
「姉さんが殺されかねない時に、黙っていられるか!」
廊下にいるいぶかしげな視線を気にせずに食堂の両扉の前にたどり着く。珍しく閉ざされた扉の先からは、誰かの怒号が飛び交っていた。気にせず開けると、眩しい世界に姉が床に倒れ込んでいた。
姉の黒のドレスには大きな染みが出来ていて、銀色の盆が転がっている。侍従が支えている姉の顔色は悪く、髪は乱れ、結い上げていたリボンが結び目を残したまま床の上に落ちていた。駆け寄ろうとした視界の左端で、弟が腰を落とし、右腕を左の脇腹に回した。
「こ……」
何かを呟こうとした弟の半歩前に出て遮る。テーブルに見つけた水滴が付いているポットを左手で掴み、弟の両足が向いていた人物に走った。
「どいて!」
「きゃあ!!」
避けようとドレスを翻す女性の後ろにいる、右手を拳にしたシャツも黒に仕立てた喪服の男がこちらに気付いて目を見開く。瞬間、ポットの蓋を取って、水をかけた。「何をする!」と男は右手の拳を突き出したが、ばしゃり、と水の音が食堂に沈黙を落とした。胸から下が濡れた男は右の拳に続く虚空を見て、まわりの人々もその様を見る。そして、絶叫が巻き起こった。
「灯光の証があぁああぁぁ!!」
「栄光の火がぁぁ!!」
慌てふためき人々や気絶する人をよそに、新しいポットをかっさらって姉に駆け寄る。侍従が姉に覆いかぶさって背を向けた。その肩越しに、化粧の上からでもわかるほど血の気が引いた姉に叫ぶ。
「ごめんなさい!」
そして、再び水をぶちまけた。侍従と姉の頭から被り、肩がしっとりと濡れた所で、姉の傍に膝をつく。姉の様子を確かめていると、侍従が眉を寄せてこちらにかみついてきた。
「何をなさるのですか……!」
「灯光の証を消しました……!姉さん、姉さん!起きてください、もう大丈夫ですから!!」
コートを脱いで姉の肩に被せる。手袋をしている右手で揺らせば、姉の瞼が動き、ゆっくりと開かれた。
「れ……れ、い、です……か?」
「そうです。水で消しておきました……痛むと思いますが、魔術を使ってください。回復が早くなりますから」
「あぁ……」
姉は侍従に捕まっていた腕を私に伸ばして抱きしめてきた。姉の背中に腕を回すと、私の肩に顔を埋めて震えはじめた。眉を下げて所在ない両手をさ迷わせている侍従に声をかけた。
「姉さんにタオルと着替え、あと魔素回復のポーションを三倍に水で薄めて用意してください」
「は、はい!」
立ち上がった侍従に「貴方の物も準備してください」と伝える。扉の奥に消えた侍従を見送ると、息を切らした兄が駆け寄ってきた。膝に手をついて肩で息をする兄に、指示を出す。
「兄さん、姉さんは灯光の証で魔術もろとも切られているかもしれません。当主代理をして下さい」
「……ついて、直ぐに……指示することじゃ、ないよ……げほ……」
数度咳をした後、兄は深呼吸をして姿勢を正す。周りを見れば、黒と白で着飾った人々が取り囲むように円を作って、人垣になっていた。そばに立つ笑みのない弟が、左手を腰に置いて両足を前後に開けば、誰もが口を閉じた。こちらを見る視線は五月蠅いほどに不快と怯えがこもっている。兄は咳払いをして両手を広げた。
「グランド家当主が倒れております。どなたか、事情を教えていただけますかな?」
よく通るわざとらしい声に対して、周囲の反応は薄い。兄がもう一度呼びかけようとしたところに人垣の奥から、私に疑いの目を向けてきた警官さんが出てきた。
「ウェイン様、私が僭越ながら説明をさせていただきます」
兄が「お願いします」と頼めば、警官さんは語り始める。
「グランド家当主ユフィーナ様がフレムドール家の当主ボルグ様に、我々警官の立会の下、故人との血縁関係を確かめようとしていました。しかし……私を試すのか、魔法具が信用ならぬ、ボルグ様はそうおっしゃって問答となりました」
そしてメモを取っていた警官さんが、おずおずと人垣から現れて警官さんの隣でうつむいた。
「その際に、ボルグ様は召喚魔法の剣で部下に切りかかろうとし、ユフィーナ様にかばって頂いたのです」
「そうでしたか……」
襲われそうになった警官さんは「助けていただき、ありがとうございました」と頭を下げた。そこに怒号が鳴り響く。
「悪魔が!我らが誇り高き炎を消すなど!!」
人垣が割れた先から円の中に入ってきたのは、水でびしょ濡れにした男だった。右腕の中に居る姉の肩が震えて、歯がかすかに鳴っていた。
「貴様、よほど極刑になりたいらしいな!!」
指で私のことをさしながら、ずかずかと踏み込んでくる。警官さんたちは立ちふさがろうとしたが、男が拳を横に振ると、道をゆずる。
弟が手を構えたまま男と向かい合った。姉を兄に任せて立ち上がり、弟の肩を掴んだ。
「アレン君も、退きたまえ!この場に相応しくない者どもを一掃する!」
男の右手は何かを握り込んだ拳の様になっている。灯光の証が戻った魔法の剣があるのだろう。怒れる肩を引けば、弟は鼻から勢いよく息を吸った後に言った。
「兄さん、止めないで」
「お前は同じ舞台に上がるな。私が出る」
今にも襲い掛かろうとする弟の前に立って、びしょ濡れの男に向き合った。男をよく見ると、何処か母の面影があるが、刺青は一切なかった。皺が刻まれ張りのない肌は血色が悪く、歪んだ笑顔で脚を止めた。
「悪魔も、自らの罪を認めるか?殊勝だが、我が剣で死ぬが良い!!」
男が何もない拳を振り上げた。周りに恐怖と歓喜の声が重なり、そして、振り下ろされた。男は叫ぶ。
「なあぁぁぁ?!!」
「殺す気だってことは、よく解った」
そこかしこからも悲鳴が上がった。男の声が五月蠅いので、温情の右手で口を掴む。
「黙れよ」
食堂も再び静かになった。持ち上げる腕力も握力もないが、顔に詰め寄って言ってやった。
「お前の不始末で、お前の灯光の証が砕けただけだ。騒ぐなよ、殺人鬼」
男の見開かれた眼が揺れて、鼻から洩れる息は熱く、顔が赤くなっていく。口を抑えたまま、警官さんに声をかけた。
「警察の方、この人を、三名の殺人未遂で現行犯逮捕してください」
「悪魔があぁぁ!!消えろぉ!」
気が付いたかのように警官さんが動き始めると、右手首を弾かれた。そして男は懐から小袋を取り出し、私の口に押し付けた。顔に粉が舞う。顔を逸らして口に入った粉を吐き出すと、男は歪んだ笑みを取り戻して言った。
「かかったな、悪魔が!貴様は、赤光の泡ならば死ぬのだろう?!」
口を開けてゲラゲラと笑う男に、開いた口が塞がらない。こいつ、警官が居るのに、堂々と毒殺宣言をしたよ!というか、粉末の赤光の泡を投げつけるなんて、大量殺人をするつもりか?!
驚いていたら、頭上から大量の水が降ってきた。床は水浸しになり、礼服の中の下着まで濡れて、小袋は意志ある水の流れに乗って金属のバケツの中に入っていった。そのバケツを持って立つ姿勢の良い人の横には、黒の礼服に銀の巻き髪のソフィアが立っていた。
「あぁ、怖い。食事を楽しむ場で、赤光の泡などと。冗談であっても、いかがなものと思いましてよ」
「止めてくれるな、キリステリアの狐が!」
男がソフィアに足を向けると、ソフィアは扇子を開いて顔を逸らしながら男を見やる。
「付かぬことを伺いますが、グランド家の次男でありながら出家されたレイ様は、特技資格三番の八級の著名人。そのお方に効く毒など、皆無と同義。にもかかわらず」
言葉の区切りに、ソフィアの扇子が閉じる。一気に空気を持って行ってしまった彼女の言葉を待てば、柔らかく微笑んで言った。
「レイ様が死地に立たされると、どうしてご存じなのかしら?」
「それは、中央で……しまっ!」
話しかけた男は口をふさぐ。その所作に、ソフィアは扇子で空を切った。
「アレン、捉えなさい!」
風が後ろから吹いたと同時に鈍い音がした。気付けば弟が目の前の男の奥に立っていた。いつの間にそこに立ったのか。首をかしげると同時に、男はその場に崩れ落ちた。
「ふぅ……」
男の首の後ろと弟の左の手刀から、煙が上がっている。恐る恐る弟の表情を伺えば、光のない鋭い眼で倒れた男を見下ろしていた。
「あ、あの……死んでいませんよね?」
警官が言いにくそうに確かめると、弟は笑って両手をあげた。
「大丈夫、首の骨にヒビを入れただけ」
いや、それって死ぬのでは。晴れ晴れと笑う弟に、指摘を出来るはずもなく。気絶した男は連行され、葬儀の夕食会はお開きとなった。
招待した親族が帰った後、倒れた姉を寝室に運んだ。片付けや魔術の破損の回復に良いとされるものを手配して、灯光の証や魔素の浄化をして回った。夜が更けて聖堂の白いゆらめきがよく見えるようになったころ、サロンのソファーに座って、やっと一息つけた。
兄夫婦とその子供たちは、弟と義父と一緒にカードゲームに興じている。カードを放り投げて悔しがる弟を、子供たちは笑っている。用意してもらったチーズを摘まむと、ひとりがけのソファーに座るソフィアがカードゲームの輪に口元が見えないよう、そっと扇子を開いて言った。
「手配通りに動いて下さって、感謝申し上げますわ」
「……上手くいって良かったですよ」
肩を丸めて息を吐くと、ソフィアは扇子の奥で微笑むだけ。呆れて思わず肩をすくめてしまった。
「まさか、本当に赤光の泡が出てくるとは思わなかったです。流石ですね」
「わたくしも、出てくるとは思いませんでしたわよ。大量殺人になると考えが及ばない程に、思考がずれるとは思いませんでしたもの」
出発前にソフィアの従者さんから貰った手紙を開く。情報が幾つかと、指示が短く書かれていた。
毒物を母方の実家に売った者が居た。販売者は捕まったが、販売リストに粉末の赤光の泡があった。現グランド家当主の暗殺の噂もある。万が一、親族が集まった際に灯光の証を振り回すよう者が居れば、消して欲しい。
「本当に、被害が出なかったのは、お義兄様のおかげです。ありがとうございます」
母方の実家には、毒物使用疑惑が多かった。政敵を裏で殺して、ある家が有利になるように動いていたとか。そんな情報を手に入れたソフィアは訃報を受けたと同時に炙り出しに出たわけである。
精神干渉系の魔法は使い方と強度を間違えると禁止魔法になるので、かなり危ない橋を渡って犯罪者をポンコツに仕上げたらしい。片目を瞑って微笑むソフィアに、疑問をぶつけた。
「私が来なかったら、どうするつもりだったのですか」
「お義兄様はお人よしですもの。当主暗殺の文字を見て、飛んできますわよ」
扇子の奥で笑うソフィアの声に、背筋が震えた。優しいようで戦略に家族の情を組み込む辺り、歴戦の軍師と呼ばれることはある。怯えを呑み込みチーズを食べると、ソフィアはひじ掛けに頬杖をついた。
「ご遺体の発火原因を突き止めれば、面倒ごとも減るでしょう。ところで、いつまで西にいらっしゃるの?」
「あ、えーっと……明日の送光式が終わって、一泊した後に帰りますかね」
突然ふられた話題に、一度頭の中を回して答える。ソフィアは「そうですの」とにっこり笑った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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