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怪現象:人体発火と刺青③


 日が暮れて橙色の空の下、黒い林の奥に街明かりがつき始めた。ひとりぼんやりとソファーに座っていたら、ノックの後に義父が入ってきた。

「レイ……」

「ど、どうしました、義父さん!」

 義父の頬には口紅の跡がついていて、魂が抜けるように息を吐いている。ふらふらとした足取りの義父をソファーに誘うと、倒れ込むように座り込んだ。

「疲れた……びっくりした……」

 なにがあったのかと訊ねると、父方の親族の女性陣に襲われたという。

「親族の方に挨拶して回っていたのだけれど……名乗った後、周りの人が色めきだってね……」

「あぁ、なるほど……」

 亡くなった父は義塾の卒業生で、じい様の弟子だった。グランド家の本筋である父方の親族は、剣技の達人や武人も多い。武術の達人と縁を結びたい人は男女ともに多いだろうし、西方流の挨拶をして義父を驚かせたようだ。納得して頷くと、義父は両手で顔を隠した。

「挨拶で頬に口づけを落とされるなんて……本当に、西って、破廉恥……!」

 東方では恋人と挨拶をする時ですら、口づけをしたり、抱きしめたりしない。恋人と手を繋いで歩くだけでも、愛し合っていると道行く人に微笑まれるほどだ。見知らぬ人から頬に唇を近づけられたのは、初めてだろう。

 異文化交流に巻き込まれた義父に苦笑いを向けていたら、長く息を吐いた後に義父は指の隙間からこちらを覗いてきた。

「それはいいけれど……母親側の親族たちは、どういう神経をしているのかね」

 一段低い声で言うので、「失礼なことをしましたか」と訊けば、義父は姿勢を正した。

「揃いも揃ってレイを悪魔だとか、存在そのものが悪い様に言うものだから、言い返してみたわけ」

「そんな、言い返さなくても」

 気持ちはありがたいが、義父の立場を悪くしてしまったのでは。心配を言葉に出来ずにいると、義父は目を伏せて言った。

「何を基準に悪魔だと言うのか、と聞いたら、灯光の証を持たぬものは、すべて悪しき魔であると言いだした」

「えぇ?!」

「その理論で行くとレイのお姉さんやお兄さんも悪魔になると言ったら、ケラケラ笑って。そうだ、当主にふさわしいのは、アレン様だけだと言いだす。だから、王家の決定に逆らうのかと言ったら……まあ、酷い。平民が口出しするなと廊下に追い出されたね」

 母の実家は、灯光の賢者と呼ばれた英雄の子孫だ。全員が灯光の証を持って生まれている。その血筋が誇りと言って憚らない家系なのだが、灯光の証がないと親族として認められない風潮があるのか。

 母が刺青をいれていたのは、親族のせいかもしれない。灯光の証を宿していないと発覚すれば、あの人が苦しい思いをするだろう。しかし、嘘を隠すために、子供を黙らせるために暴力をふるった事は許されない。

 痛くなってきた頭を抑えて息を吐いた。そんな過去のことよりも、灯光の証がないと言うだけで、姉や兄まで侮辱する方が問題だ。選民意識が強すぎて、自分たちが弾かれそうになっている自覚がない事が恐ろしい。そんなに灯光の証が好きなら、東方で浄化作業を手伝ってくれないかな。

 唇を噛んで怒りが収まるのを待っていたら、ノックの音がした。義父が応対すると、ゼギオンが入ってきた。

「レイ様、ソフィ―ア様が星庫室にお呼びです」

「わかりました。向かいます」

 姉の呼び出しに眼帯を付けて、応接室を出た。


 グランド家は建国直後から武功をあげ続けている家である。特に幻霧郷との大戦期では、聖剣と賢者の魔術で戦線をひっくり返し、占領されていた中央地区の奪還と東方地区の魔素浄化を行って、和平にまで持ち込んだ実績がある。ゆえに、武勇に加えて魔法や魔術に秀でた者を尊び、自身の技を結集した偉業を、目と手に触れられる形にして残すことを望まれる。

 そのためグランド家には、親族が作成した物を保管する保管庫――星庫室がある。ゼギオンを先頭に長い廊下を何度か曲がって階段を下る。止まった先で眼帯を外してもらうと、重厚な両開きの石扉があった。初めて来たが、人を拒む意思を感じる。グランド家の血族以外は入れないそうで、ゼギオンと義父に手を振って、石扉を押した。中には、姉と兄と弟が待っていた。

「行きましょう」

 姉は星庫室の中を進んでいく。棚に等間隔で置かれた透けたガラスの箱には、磨き抜かれた金属鎧や魔法付与を施した杖、巨大な壺に謎の薬品など、研究対象になるような物があふれていた。奥には天井に届くガラス戸の本棚が四つ見える。研究所と比べれば少ないが、すべて自身の先祖や親族にあたる人の物だと思うと、人の力強さをひしひしと感じた。

 導かれるまま部屋の奥に進むと、磨き抜かれた飴色のテーブルに銀の水盆と度数の高い酒の瓶、白の布とナイフがあった。そばに水盆が納まる蓋が開いたガラスの箱と空のピッチャーが置かれている。姉が水盆の前に立つと、振り返って我々を見回した。

「これは親類であるかを証明する魔法具です」

「そんな逸品があるとはねぇ」

 兄は水盆を覗き込んだ。首を傾げた後にこちらを見たので、水盆の底を確かめると、古い時代の魔法術式が細かく彫り込まれていた。「西方の彫刻術式ですね。百年以上前の型です」と説明すれば、隣で同じく覗き込んだ弟が驚いた風に言った。

「兄さん、中が見えるの?」

「普通は真っ黒に見えるだろうな。血液を落とすと、特定の物に反応して水盆の色が変わる。血筋が近いほど透明になるのでは?」

 姉に訊ねると、使い方を教えてくれた。先んじて起点となる人の血液を入れる。後から水を入れて、他の人物の血液を垂らす。水盆の中が透明になれば、いとこ以内の関係にあり、色でどのような魔法性質があるかも調べられる。

 発火事件にあった故人との血縁を調べるには、もってこいの魔法具だ。膝を曲げて水盆の裏の彫刻を見ていると、姉は言った。

「血筋の証明をするとともに、将来を決めるために使っていたと記録にはあった」

「魔素の色で才覚を判断していた時代だったのかな」

「そうでしょうね。取り急ぎ、母を登録した。後で、伯父上たちにも使ってもらう」

 兄が腕を組むと、姉がナイフを手に取り、左手の親指の腹に切っ先を押しあてた。ナイフを置いて姉が指を水盆の中に入れると、直ぐに色が透明になった。兄と弟が眼の色を変えて水盆を見ているが、私の眼には何の変化もなかった。親指を水から上げた姉にポケットのハンカチを渡すと、小さく息を吐いた。

「ひとまず、あの人は私の血縁らしい。お前たちもやりなさい」

 姉がそういうと、兄がナイフを手に取ろうとしたので、慌ててテーブルの布にお酒を染み込ませて消毒した。兄に差し出すと、「ありがとう」と受け取った。兄は右手の中指を切って水盆に指を入れると、「へえ」と声をあげた。

「水を取り替えない限り、何度でも使えるなんて、おもしろいね」

 どうやら指を入れ続けないと、水の色は黒く戻るようだ。不衛生では、という言葉を呑み込んで、ナイフの消毒をして弟に渡す。弟は左手の人差し指を切って、水の中に入れた。姉と兄が安堵の声を吐き出したところで、弟にナイフを渡された。

「兄さんの番だよ」

「いや、やらないぞ」

 ナイフを受け取って刃を布で拭きあげると、「兄さんはしないの?」と弟が首を傾げたあとに、はっと息を呑んだ。

「ごめん」

「別に気にしていない。姉上、ここに私を呼んだ理由を伺っても?」

 この魔法具は盆を曲げて壊さない限り使える。けれど、私が指を入れた瞬間、血液の登録そのものをなくしてしまう。魔法具を使えないと知っていて呼びつけた姉を見れば、目と目が合った。

「レイ、ここに戻ってこようとは思いませんか」

 姉は手を前に合わせて真っ直ぐ見てくる。意味を計りかねていると、姉は続けた。

「レイが周りの思惑で傷つくのを、黙って見ていたくはない。戻ってくれば、西の貴族も私たちに手出しできぬように整える準備があります」

「待ってください。出家した私の血縁と言う理由で、姉上たちに害が向かっているのですか?」

 小さい頃に自分で決めた出家は、今でも良い決断だと思っている。結果、引き受けるべき被害のすべてを、姉が受けているとしたら。視線から逃げずに訊ねれば、姉の眼が揺れた。

「そんなことはない」

「本当ですか」

「むしろ、レイを引き合いに出して難を切り抜けた事もある」

 姉の表情は眉をあげて微かに笑っていた。信じがたいと姉の素振りを凝視していたら、兄が近寄ってきて耳打ちしてきた。

「姉さんの伴侶にと男が言い寄ってくるのだけれど、弟三人の所に出向いて挨拶できるなら結婚すると言い張っていてね」

「それって」

 葬儀のために四人全員が集まっているけれど、なにもなければ王都と北と東と西南の最果てに散り散りになっている。王都から出たことが少ない貴族には、拒否していると同じだ。視線を姉に戻すと、目を伏せて言った。

「グランド家は王家に仕えていると同時に、民を守ると誓った家なのです。守る民の下に行けぬ軟弱者は伴侶に相応しくない」

「というわけだ。私たちに被害なんてないよ、安心してね」

 姉は結婚するつもりはないし、戦があれば出陣する心づもりもあるらしい。という事は、戦力として帰って来てほしいと思っているのだろうか。思惑を図れずに首を傾げてみるが、やはり首を振った。

「帰りません。義父には良くしてもらっていますし、東の方が落ち着きます」

「わかった」

 姉は微笑んで頷いた。姉の異能は、相手の言葉の嘘に気付ける。それを、嘘を吐けなくする魔術に発展させた。魔術は無効に出来ても、本心は偽れない。はっきりと伝えれば、弟が頭の後ろで腕を組んで口を尖らせた。

「姉上の婚期がまた伸びたー」

「ソフィアには、まだ先だと言っておきなさい」

 静かに口元を隠して笑う姉に、不貞腐れたように弟は返事した。結婚式や入用の物をソフィアの商会で買うつもりなのだろう。和やかな雰囲気になったところに、姉は手を合わせて息を吐いた。

「では、家を出たレイには、返さないといけないものがある。戸籍上の他人の品を置いておけないから」

 付いてきなさいと誘われ、姉の背中を追う。金属鎧や大きな核のある杖に、不思議な模様の壺の横を通り過ぎると、本棚の影に石の扉があった。姉が扉に手を付いて撫でた所で、後ろをついてきた弟が肩越しに声をあげた。

「あ!姉上、僕の装備の持ち出ししても良い?」

「構わない」

 言い終わったところで、がこん、と重い音が扉からした。ゆっくりと扉が壁の中に引き込まれ、姉は奥の部屋に入っていった。私の肩を追い越して弟が先に入っていくと、部屋の中に灯りがつく。入り口から覗き込むと、男女のぬいぐるみが入った籠が足元にあった。

「これ、姉さんの部屋にいた、ニミーちゃんとメルーでは」

 壁に打ち付けられた棚の中には、絵本や玩具、小さな絵と紐で閉じられた手作りの表紙の本、懐かしい品々が埃を被ることなく置かれている。弟が部屋の隅にある棺桶よりも大きな箱を開けると、金属の靴あてやナイフを取り出して眉を寄せていた。

「ここは、当主が取っておこうと思った物を保管する部屋だよ。姉さんが色々と取っておいてくれている」

「……懐かしいですね」

 棚に近寄って眺めると、姉と兄と弟と、縦の列で分かれている。もちろん、私の棚はなかった。弟の棚に飾られた、闘技大会優勝と書かれた小皿の枚数を数えていると、姉が近寄ってきた。

「レイ、これを返します」

 差し出されたのは、三冊のスケッチブック。紙をまとめるリングの塗装が剥げていて、色あせた表紙には赤味のある黒の液だれで所々汚れていた。開いて確かめると、捜査資料の中にあった家族の絵が一枚目に書かれていた。すぐに閉じて姉を見れば、目を伏せがちにして言った。

「あなたが家に残して、処分されなかったものは……これしかない。もっと、残したかったけれど」

 両親が、主に母が許さなかったのだろう。やるせなさ半分、残っていた嬉しさ半分のまま、スケッチブックを受け取った。その横から一冊を兄がかすめ取り、ページをめくっていく。

「姉さん、何処に隠してあったの?」

「アレンの棚の隙間に入れておいたけれど、捜索魔法で見つかってしまった」

「あぁ……だから不審に思われたのか」

 ぱらぱらとめくる音の隣で、姉を見れば、指を身体の前で組んでいた。

「返して欲しいというなら、レイに返す。捨ててほしいというなら、私が責任をもって処分する」

 そう言う姉の眼は揺れていて、眉尻がわずかに下がっている。そこに兄の抜けた声が通った。

「駄目でしょ」

 見て、と開かれたページには、もう痛いのは嫌だと、クレヨンの拙い文字で書かれていた。傍には窓の絵が描かれている。その絵を見て、描いていた時の光景と痛みが頭を通り過ぎて、眉が動いた。

「すごいよ、これ」

 その後に続くのは、部屋の中を描き、次第に壁の上にある正方形の嵌め殺しの窓の絵が何枚も続く。

 鳥が止まった青、雲の切れ間から差し込む白、波打つ雲の底の灰色、夕焼けの橙色、朝の鈍い赤、夜空の群青。画材もクレヨンからパステル、水彩絵の具、そして不透明な絵具になった頃には、スケッチブックに升目を引いて作った正方形に色を塗るだけの、ただの色見本が続いていた。

「とても綺麗じゃないか」

「いや、その……あまり、見ないでください」

 嫌な思い出を濃縮還元している上に、拙い色使いを見つけて恥ずかしさがこみ上げてくる。しかし、口を横に引き結んだ姉に、兄はそっと言った。

「こんな綺麗なものを見て、姉さんは捨てたくなかった。そうでしょ?」

 兄がスケッチブックを閉じて私の手元に返すと、姉はうつむきながらも「そうね」と頷いた。そんなに良いものだろうか。理解できずスケッチブックの表紙をながめてしまう。

「レイ、お前はどうしたい?」

 突然話を振られた。兄は微笑んでいるだけ。姉も上目遣いでこちらを伺ってくるので、正直に答えた。

「その……処分されて当然の物だと思っていたので、手元にあっても、困るというか……捨てたいです」

「そうかー」

 兄の呟きに、姉のまつげが揺れる。それならば、と姉に笑いかけた。

「でも、欲しい人が居るなら、譲ってもいいかなと」

「じゃあ、私が欲しい!」

「え、そういう事なら、僕も欲しい!!」

 兄が手をあげると、話に入ってこなかった弟も手をあげた。欲しいと言うふたりをよそに、眉を下げたままの姉にスケッチブックを差し出した。

「嫌でなければ、姉さんにあげます」

「「なんで?!」」

「兄さんとアレンは管理できないでしょう」

 ふたりは仕事では大変優秀だが、欲しいものや必要なものを溢れさせて困っている様子が眼に浮かぶ。気まずそうに視線を逸らしたふたりに苦笑して、姉に訊ねた。

「これを見て、姉さんは心が癒されるのですか?」

 絵を見ると、変化が起こる。快い変化を引き起こすなら歓迎すべきだし、渡したいと思う。本当に欲しいのか訊ねると、姉は小さく首を振った。

「このスケッチブックを眺めると、苦しくなる」

 さっぱりと言い切った。それは当然だろうと思ったが、姉はスケッチブックを受け取って、胸に抱きしめた。

「でも、これは初めて二番目の弟に贈ったもの。残せるなら、残したいと思う」

 姉の指がきつく、けれどスケッチブックの角を傷つけないように握りこまれた。小さく何度も頷いて、「わかりました」と微笑んだ。

「姉さん、これを持っていてくれますか」

「もちろん、絶対に残す」

 姉の顔に笑顔はなかった。けれど、何も言わず、微笑むだけにした。


「姉さん、そろそろ戻っても良いでしょうか」

 家族の物置で懐かしいものを眺めていたら、喉が苦しくなってきた。戻ろうと提案すると姉は頷いた。

「そうね、戻ろうか」

 息を整えようと咳払いをして、壁に手をつくと、棚の下に転がった箱があった。

 他の物は整頓されているのに、なんで落ちているのか。棚に戻そうと拾い上げると、「はぁー?!」と隣に居た弟が素っ頓狂な声をあげた。何事だと弟を見上げれば、震える指がこちらを向いていた。

「な、なにそれ!何処から出したの!」

「うわ!え、なんてもの、持っているのさ?!」

「どこから……?」

「え……なにが?どういうこと?ここにあったけど、なに?!」

 驚いている三人に動揺する。ひとまず元凶の箱を見ると、魔法術式も見当たらない、何の変哲もない縦長の箱だった。強いて特徴を言うなら、高級なペンを収めておく箱のような、上等な風合いがある。ふたに手をかけると、姉兄と弟がそろって部屋を出ていき、外からこちらを覗き込んでいた。そして三人は口々に話してきた。

「兄さん、開けちゃだめだよ!それ、呪物だよ!」

「浄化必須の物なんて、ここに置いた記録はないはず」

「レイ以外には対処できないかもしれん。いっそのこと触ってくれ!」

「止めなさい、無責任な!」

「だが、あんな代物を灯光教や探索者協会に持って行ける訳がないだろう!」

「というか、床にそのまま置いて!怖いから!!」

 弟は両手を忙しなく動かし、姉は青い顔で考え込み、兄は眉を寄せて箱を睨んでいる。どうすることも出来ず、三人の百面相と指示通りに床に置いて、「どうしろと」とこぼすことしか出来なかった。

 三人の発言をまとめると、見るからに危険そうな呪物が部屋に転がっていたが、私が拾い上げるまで誰も気付いていなかった。何時からあるのかもわからない、浄化魔法が必須の危険物。手袋を外せば呪物は無効になるだろうが、これを仕掛けた人物の痕跡が減ってしまう。

 困ったな、と口元に手をあてる。すると、息苦しさが薄れている。箱の呪術の魔素に反応して、分解が進んでいるのか。

 まって。手袋とコートを着込んで放出量を抑えているのに、この箱の魔素は、息が楽になるほど私の魔素を消費した?

「え、兄さん……これってもしかして、過剰魔素物品だったりする?」

「そうだよ!だから、レイ以外が触ると何が起こるか分からん!この屋敷が吹き飛びかねないぞ!」

「えぇえぇぇ!!」

 兄の同意に、叫びながら箱から離れた。過剰魔素物品は、魔素を吸収し過ぎて爆発寸前の魔法具や魔石のこと。刺激すれば、砂塵山河で見た惨事以上のことが起こる。アレンの装備箱を後ろにとんでもないものを見下ろしていると、姉が声をあげた。

「十二代前までの記録に、該当するものはないです!」

「じゃあ、十三代前ってことは……」

 姉の記憶力には感謝しかないが、十三代前の当主と言えば、思い出されるのはひとりしか居ない。弟が叫んだ。

「ダグラス様以前の品?!もしかして、幻霧郷の罠とかじゃないよね?!」

「それ以降に仕掛けられた可能性も……」

「当主を狙って置かれた物かもしれないのか」

「ないとは……でも、直系しか入れない仕組みとなると」

 入口で慌てふためくに兄と弟、色々と思いだそうとして目を回しかけている姉。大きく手をあげて「はい!」と声をあげた。三人の注目が私に向かった所で、箱を指さした。

「姉さん、これを仕掛けた人物を、特定したいですか?」

 ゆっくりと活舌よく伝える。姉は首を振った。

「それとも、箱の危険性を排除したいですか?」

「レイに危険が及ばない保証はないから、何もしないように」

 やりたいことを先回りして止められてしまった。次は兄に質問する。

「兄さんの眼には、呪術的な要素として、なにが見えますか?」

「え、うーん……魔素を吸収する性質が異常に強い。魔法とか、魔術的な雰囲気は流れからは見えない!」

 兄は前髪をかきあげて、隠れていた目を細めて言い切った。部屋に残った魔素を、長い間吸い続けても爆発していない。驚異の保有能力がある未知のなにかが箱の中にあるかもしれない。最後に弟に訊ねた。

「アレン、これを当代の盲目の賢者に渡したら、浄化できると」

「絶対に無理!!」

「よし、開けます!」

 食い気味に言われたので、いっそのこと清々しい。三人の止める声を聞く前に、しゃがんで箱の蓋を取った。難なく開けた中には、透明な黒の石が飾り紐で括られていた。紐を摘まみ落とさないように右の手のひらにのせて、兄に見せる。

「偏光魔石ですかね?!」

「ほうわっ!!」

 兄が眼を両手で隠して叫ぶ。兄の傍に居る姉や弟も顔を逸らして「凄く眩しい!!」と教えてくれた。両手で包むと、兄が苦しそうに言った。

「た、たぶん違う……!」

「え!違うの?!」

「なんか、たぶん、別の鉱石、というか、宝石……うん、魔素吸収しやすい奴!」

 そう言った後、兄は入口から離れて、「もう目が辛い!」と叫ぶ声が遠ざかっていった。姉と弟も顔をゆがめているので、謎の宝石を右手で包み、空いた左手の手袋を口で取った。

「浄化するので、離れて!何かあって私が怪我をしたら、コートで包んで運んで下さい!」

「待ちなさい、箱に戻せば」

 姉の制止を聞かなかったことにして、右手から飾り紐と宝石を左手に落とした。瞬間、視界がまわった。

「はえ……?」

「兄さん!!」

 そのまま床に倒れ込む。けれど、直ぐに起き上がれた。床に座って確かめると、手のひらの中の石は変わらず黒いまま。なにが起こった。混乱していると、弟が駆け寄ってくる。

「大丈夫?!」

「え……あ、うん……なんか、平気、かも」

 弟と姉の安堵のため息が重なる。首をかしげていたら、空箱の中から折り畳まれた紙がはみ出ていた。右手で拾い上げると、裏にこう書いてあった。

「来る我が子孫に贈る。魔を払う異能に苦しむとき……この輝石に安息あり……?」

 その文章の下の文字に、息を呑んだ。

「レイラ・ノール・グランド……」

 読み上げた所に、兄が戻ってきた。

「……初代盲目の賢者が、どうかしたの?」

 束の間の沈黙、そして四人そろって「不味いものを見つけた」と、星庫室から逃げるように出た。



最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話は制作中です。2026.8.2

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