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怪現象:人体発火と刺青②


 聖堂を後にして、怒りを宥めながら実家の母屋に向かうと、ゼギオンが声をかけてきた。

「レイ坊ちゃま、オギワラ様、ユフィーナ様が応接室にて顔合わせをしたいとのことです」

 義父は隣で笑った気がした。眼帯で見えないはずの眉を寄せて、文句を言った。

「あの、坊ちゃまは止めていただけますか」

「失礼いたしました。では、レイ様とお呼びいたします」

 義父の手に導かれてゼギオンに付いて行く。記憶の奥にある家の間取りを思い出しながら、絨毯をゆっくり踏みしめて廊下をすすむと、多くの人の声が聞こえた。

「着物の方と、あの白い服はどちら様?」

「ほら、双子のアレン様の片割れよ」

 隠蔽の魔法を使って話しているからか、話し声がよく通る。扇子や布ずれの音が舌かと思えば、誰かが言った。

「あぁ、盲目の賢者気取りの悪魔か」

「浅ましい。当代の賢者様に及ぶはずもなし」

 賢者なんて名乗っていませんし、灯光教の信者でもないので、悪魔って呼ばないでほしいのですが。そう叫ぶ気力もなく無視を決め込んでいると、右手を握る義父が耳打ちしてきた。

「何故すべての部屋の扉が開いているのかな」

 そして隠すようにため息をついた。私の傍に居るからか、人の悪口が聞こえてしまったのか。小さく頭を下げて謝る。

「すみません、西ではドアと窓は開けっ放しにするもので」

「そうすることが普通なのかい?」

「ええ、そうしないと魔素が溜まって、息苦しいそうです」

「この空気で?嘘だろう?」

 着物がすれる音がして、義父の右手が仰いだ風が鼻先に触れた。「本当ですよ」と頷けば、義父が唸った。

「中央の峠越えをしたことがないのかな」

 心の底から不思議そうに言うので、思わず苦笑してしまう。

「出来ないでしょうね。王都から出ることは、貴族にとって追放と同じですから」

「よほど西には楽しい事があるのだね」

 感心した風に頷く義父を隣に、笑いだすのをこらえるために必死にうつむいた。

 義父は、義塾内で森や山岳踏破の講習を行っている。探索者育成の必修授業の最後に、どの生徒にも同じことを言う。

「散歩も出来ないなんて、私には考えられない」

 探索も登山も、義父にとってはお金をかけて準備する散歩らしい。楽しいからするし、もう一度来ることを願うから、死なないようにしなさいと言うのだ。西方に住む空気中の魔素を嫌う人々には、都市の外の山に出向くことを想像するだけで目眩を起こすだろう。

 義父は本気で理解できないと言っている。周りの悪口の滑稽さに耐えかねて口元を隠せば、義父の腕が私を留めた。

「こちらのお部屋でお待ちください」

 手を引かれて左に曲がる。後ろの扉が閉まったかと思うと、中には人の気配はない。外の鐘の音を聞きながら、姉が来るのを待った。

 ドアの先から人の足音とざわめきが大きくなるなか、窓際で立っているとノックをされる。義父が応対してドアが開く音がすると、わざとらしく足音をたてる人が入ってきた。

「オギワラさん、ようこそお越しくださいました。そして私の可愛い弟よ。いつまでも手紙を寄こしてくれないから、寂しかったよ」

「兄さん、お久しぶりです」

 張りのある、どこか芝居じみた男性の声が近寄ってきて、「抱きしめても良い?」と聞かれて頷いた。抱きしめられて、抱きしめ返せば、コート越しでも人の暖かさを感じる。胸元から香る瑞々しい花が、懐かしく思えた。

 彼はウェイン・ザリス・グランド。異界門階層における植物の変異について研究している植物学の研究者だ。北方の異界門、白夜凍土のツヅザリスにて、低温環境下でしか育たない薬草の量産に成功した人だ。植物が大好きで、幼い頃に見た兄は花や草をいつも籠いっぱいにして歩いていた。花の香りを吸い込んで、顔をあげた。

「お手紙の件は、ごめんなさい。参考文献を見ていたら、かなり複雑で……まとめきれず……」

「レイは変わらず真面目だ。一言、元気だと送り返せばいいだけだよ」

 そういう兄に軽く背を叩かれて、呻き声をあげてしまった。どうしたと放してくれた兄に、義父が声をかける。

「ウェイン様、レイは右の脇腹に怪我をしていまして」

「そうだったのかい?!ごめんね、座ろうか」

 フード越しに頭を撫でてきて、ソファーを勧めてくれた。ソファーの前のローテーブルにぶつからないように、杖と手で確かめながら座り、周りの音も確かめた。

「兄さん、ひとりだけですか?ケイト様に、ご挨拶しようかと思ったのですが」

「子供たちが怖いって、言ってきかないから……妻は子供たちを連れて別室に行ってもらったよ」

 私の噂を聞いたのだろうか。首をかしげると、向かいに座った兄は苦笑気味に言った。

「姉さんと会った時に、泣いてしまってさ……」

「そんなに怖いですか?」

 姉の魔術は、灯光の証由来ではない異能から派生した魔術なので、尊敬されても良いはずなのに。そっと感想を言えば、兄は小さく息を吐いた。

「嘘を吐けなくなるだけなのに、やましい事でもあったのかな?」

 そこにノックが再び響き、ドアが開かれた音がした。そちらを向けば、傍に居る兄と義父が立ち上がる音が聞こえた。杖を頼って立ち上がろうとすると、女性の声が通った。

「立たなくて構わない。楽にしなさい」

「お待たせしました」

 続いて弟の声もして、義父が隣に腰を下ろした。ドアが静かに閉まると兄が立ち上がり、向かいにあるソファーに誰かが座った。

「よく来てくださいました、オギワラさん」

 感情の読みにくいよく通る女性の声に、隣からお辞儀する布ずれの音がした。

「お久しぶりです、ユフィーナ様。葬儀中に同行を認めていただき、ありがとうございます」

「出家したとはいえ、末の弟が心配なのは、私も同じです。どうか、今後も弟のことを宜しくお願いします」

 義父が保護者としての会話を交わしたあとに、声はこちらを向いた。

「レイ、久しぶりです」

「お久しぶりです、姉さん。送光式の手伝いに来ました」

「ありがとう。頼みましたよ」

 声の主は、ユフィーナ・メイ・グランド。グランド家の当主で、家政とグランド家に伝わる秘法や宝具を管理している。幼少のころから手の掛かる弟三人を引っ張り、時には叱って、兄と弟の恋愛を国に認めさせて結婚まで取り付けた敏腕の家長である。出家した私にも気を利かせて、義塾の学費を工面してくれた、陰の恩人である。

 恩人の呼び出しとあれば、来ないわけにはいかない。頭をあげて笑顔を向ければ、姉は淡々と言った。

「話は変わって、これを見て欲しい」

 そう言うと、前のローテーブルに何かが差し出される音がした。義父に眼帯を取ってもらうと、目の前に紙の束が置かれていた。目線をあげると、ソファーに座る赤茶の髪を結い上げた姉の焦茶、ソファーの後ろに立って控える兄の茶色の前髪から覗く緑、弟のじっと見てくる赤茶、それぞれの眼が私のことを見ていた。

 三人は揃って黒の服を身にまとって、ちらりと見た義父も黒の着物を着こんでいる。応接室はソファーとローテーブル以外に家具がなく、締め切られた窓の外は曇っていた。照明があるというのに薄暗く思えて、コートの袖が眩しく見えた。

 周りを気にしている場合ではない。仕事に向かう気持ちに切り替えて、紙の束を手に取った。表紙には、イーラ・グランドの遺体損壊の検視報告と書かれている。姉は表紙をめくるよりも先に口を開いた。

「手紙で簡単に伝えたけれど、あなたの眼で確かめてほしい」

「かしこまりました」

 表紙を開くと、やけどでおおわれた遺体を写した画像が何枚か、発見された時の発火の様子などが書かれていた。続くページには直接の死因について、過去の経歴なども書かれていた。全身の火傷のない部分の刺青をしっかりと確かめる。紙束を閉じると、姉は口を開いた。

「簡潔に問う。あの人の顔は、レイには昔からあのように見えていたの」

「はい。先ほど確認して、魔法の内容も理解しました。姉さんたちには、刺青を見る事は出来なかったでしょう」

「発火原因は、刺青なのですか」

「いえ、まったく関係ないです。焼失部分がある事を加味しても、発火しません」

 きっぱりと答えると、兄と弟が視線を逸らして俯いた。しかし姉は前を向いて頷いた。

「では、警察たちにその内容を伝えて、協力しなさい」

「もちろんです。そのために来ましたから」

 法律上は、家族の物事に口出しできる関係を断っている。警察は無関係ではないと知っているのか。深く頷くと、姉は黒のドレスの下で脚を組んだ。

「最後のページは見たの」

 紙の束の最後の紙をめくる。そこには、印刷されたクレヨンの絵があった。右下にはレイと拙い文字で書かれている。

「あなたは重要参考人になる。自身は犯人ではないと、証明して」

 絵の中には、背の大きな男女ふたりが背の小さな男の子の手を繋いでいる。その傍に、顔を黒で塗りつぶされた、ドレスの人が立っていた。


「では、これは四歳ごろに描かれた絵だと」

「庭で遊んでいる四人を描いたものです。お茶会をした後で、四月の頭ごろだったかと」

 姉と話した後、眼帯を外したままくつろいでいたら、応接室に警察を名乗る人がふたりやってきた。義父は一緒に居ると申し出てくれたが断って、姉と共に事情聴取を受けることになった。捜査の資料を改めて確認し、警察官の質問に答えていく。

「ユフィーナ様も、同様の認識ですか」

「はい。この絵を保管していたのは私ですし、日付も取ってあります」

 さらりと姉が言い切るので、警察官のふたりの眉が動く。話を先導していた向かいの警官さんが、膝に肘をついて顎を組んだ手にのせた。

「レイさん、どうしてそこまで詳しく覚えているのですか?」

 警官さんは水面の下から虫に狙いを定める魚の様に構えた。睨むような目線に、小さく息を吐いて告げた。

「これは、初めて姉に貰ったスケッチブックに描いて、見せた絵です。そして、覗き見た母に棒で殴られ始めた……きっかけの絵です」

 努めて論文の表題を読み上げるように、感情を乗せずに言った。身体は震えていないが、目を瞑ればあの時のことを思い出しそうで、出来るだけ資料の文字と画像を眺めるようにした。姉の前に座る警官さんは、手帳のうえでペンを走らせている。

「この絵は処分されているものだと、思っていました。残していたのですね」

「手元に置いておける家族の品を捨てるはずがない」

 手を合わせてすまし顔で隣に座る姉に苦笑いを向けると、向かいの警官さんがローテーブルを指で叩いた。

「虐待されていたことは認めるのですね」

「はい」

 母だった人に出ていけと言われたから、義父に引き取られた。絵を見せる前から母との関係は良くなかったし、姉や兄、弟とは母の眼を忍んで遊んでいた。絵を見られなかったとしても、身体に証拠が残らない虐待に繋がっただろう。頷くと、向かいの警官さんは片方の眉をあげた。

「では、イーラ様に対して、恨みを持っていてもおかしくないですね」

「……恨み。まあ、無いとは言い切れませんね」

 母だった人の印象は、怖い以外にない。母の親族は、未だに私のことを目の敵にしてくる。そのせいで姉や兄と弟を酷く傷つけたし、許せないとは思うから、母の家系には恨みはあるかもしれない。

「加えて、東方風幻義塾の魔法理論学科を首席卒業していらっしゃる。魔法の刺青に造詣も深いでしょう。呪いをかけて、過去の絵の様に故人を傷つけ燃やし、復讐しようとしたのでは?」

 眉を動かして、警官さんは目を見てくる。どうやらこの人は私を疑っているらしい。直球で言ってくれるだけ、ありがたい。内心に埋めておいた苛立ちを掘り起こして、私の方から質問してみた。

「呪いで刺青をいれることは理論上可能でしょうけれど……捜査の方で、使われていた魔法術式は把握されているのですか?」

「いいや。使われたと予想する魔法は出ていますが、把握は出来ていませんな」

「では、把握できた範囲の術式を書き出しましょうか」

 姉に筆記具と紙を出して欲しいと頼むと、警官さんと姉が眼を見開いた。そして向かいの警官さんが言った。

「自供と捉えても宜しいですか」

 メモを取っていた警官さんは胸元から腕輪を取り出したので、あからさまにため息とつく。

「馬鹿じゃないですか?」

 呆れた表情を作って眉を下げれば、警官さんが無言のまま睨んできた。煽ってきたのはそちらなのだ。煽り返されても仕方ないと思って欲しい。目を細めて苦笑を作ってみせた。

「あんな雑な魔法術式、絶対に描きませんよ。やるなら、もっと良い状態で健やかに生きられる様に仕立てます」

 最後にもうひとつため息をついて、姉から一枚の紙とペンを受け取った。ペンを握って紙の左上に、〈頭部の魔法術式:印象操作系統〉と書いて、その下に文字のような記号を書いていく。さらさらと書き続けて、半分を超えた頃に斜線を切る。そこに姉の声がかかる。

「レイ、どうして」

 恐らく、警官たちは私の身柄を拘束したいと言っている所を、姉が無理に留めてくれているのだろう。浮かない表情の姉に笑いかける。

「協力しているだけです。あと、腹が立ちまして」

 術式を書き始めると、メモを取っていた警官さんが口を開いた。

「何に、腹が立ったのですか?」

「……こんなに滑稽で雑な魔法が殴られた原因かと思うと、それはもう、苛立ちますよ」

 まっさらだった紙が細かい文字で埋まった。そして姉に左の手のひらを差し出した。

「もっと紙をください、束で」

 追加を求めると、姉は目を伏せながら、宙から辞書と並ぶ厚さの白紙の束をローテーブルに置いた。

「自分の立場を危うくする発言をして、どうするのですか」

「危うくなりませんよ。だって」

 心配の言葉に、眼を細めて満面の笑みを作った。

「欲望と保身のためだけに作られた魔法の数々に、問題の提起と不備の指摘……浮かんだ改良案を提出して、馬鹿ですねと言うだけですから。警察の皆さんに精査していただき、不明点がございましたら、三十分の簡易的な講義もお付けしますよ」

 ペンを握って言うと、姉と警官さんたちの口が半開きになった。故人を侮辱すると問われる法律を適用しないでくださいね、と姉に頼むと首を振って額をおさえた。

 故人の肌に書かれていた魔法術式を書き出し、紙の続きに魔法の不備と改良案を赤字で入れていく。すべて書き終えた後、「全くもって、愚かですねー」と言いながら警官さんに手渡した。悪用したり、書き換えたりしないように頼むと、ふたりとも顔を引きつらせていた。

 あの刺青を入れた彫師よりも、美しく健全な合法術式にしてやったわ!満面の笑みで警官さんを見送り、部屋の扉が閉まると、姉は大きく息を吐いてソファーに身体を預けた。

「あのようなことをする必要はないでしょう」

 窓を開けて外の空気を取り込むと、姉のつぶやきが溶けていった。疑われるような事ばかりをする、弟の尻拭いをさせるつもりはない。天井を見上げる姉の隣に、腰を下ろして微笑んだ。

「そもそも、見当違いなのですよ」

「刺青をいれた年数のことでしょう。ですが、あなたを犯人に仕立てたい人々に揉み消されるかもしれない」

「いいえ。絶対に揉み消せませんよ」

 口に指を立てて言えば、姉はこちらを向く。目が合った所で、伝えた。

「あの人、灯光の証を身体の中に無理やり取り込むため、刺青をいれていたようです」

 焦茶色の瞳が大きく見開かれ、姉は起き上がった。言葉を紡げないでいる姉に告げる。

「顔の似た、母ではない誰かの可能性もあります。遺体が焼かれる前に、故人の身元確認、我々との血縁関係を確かめるべきです」

 そう言うと、姉は眉間を指で叩いてから応接室を後にした。橙色の雲間には、黄色に滲む太陽が顔を出していた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話は制作中です。2026.7.31

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