表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/24

怪現象:人体発火と刺青①


 砂塵山河からソフィアを伴って自宅に着いたら、袴姿のセロが待ち構えていて、車に押し込まれて連行された。ソフィアに「怒られていらっしゃい」とにこやかに送り出されてしまい、道中の車の中で一言も口をきいてくれないセロの横顔を見て、貯金を切り崩さないといけないと悟った。

 車が辿り着いたのは、じい様の家。日が沈んだ座敷の外には涼やかな風が吹き始めて、そろそろ夜の虫の声も聞こえる頃も近付いてきていた。二つ並んだ座布団の前で、正座になったままきしむ脇腹を手で押さえて待っていると、ふすまが音もなく開いた。入ってきたのは紺の袴のじい様と、もうひとりは藍染めの羽織を着た白髪交じりの細身な男性、義父だった。

 義父の名は、ソウジ・オギワラ。じい様の長子にあたる人で、六歳のころに彼に引き取られ、公私ともにお世話になっている人だ。義塾の講師をしていて、年を重ねた彫りの深い面立ちとたくましい日焼けで、格好いいおじさんと学生から人気だ。

 ふたりがまとう雰囲気は硬い。出来る限り背筋を整えて出迎えると、ふたりの口元がかすかに揺れたのが見えた。ふたりが座布団に座るのを見計らって、手をついて頭を下げた。

「ただいま戻りました、じい様、義父さん。帰りが遅くなったこと、申し訳ありません」

 帰宅の挨拶をすると、ため息の音が聞こえた。頭をあげて良いという言葉が無いので下げ続けていると、布ずれの音がした。

「ソウジ、許してやれ」

「駄目です。連絡を寄こせない状況だったとしても、今回もそうならないように手配をしなかった。甘やかさないでください」

 ばっさりと義父に切り捨てられた。この二か月近くは、倒れて布団の上で寝てばかりだ。面倒を見てくれる義父が授業を休めば、心待ちにしている生徒さんにも迷惑がかかる。もっともな怒りに唇を隠れて噛んでいると、じい様が大きくため息をついた。

「儂も怒りたい所だが、これを見て怒り続けるのは」

「ええ。ですから、罰を与えます」

 棘をふんだんに含んだ声のまま、「顔をあげなさい」と義父から許しを貰った。痛む脇腹に顔をしかめて起き上がると、義父は目を細めて言った。

「レイ、沙汰を言い渡します」

「はい」

「異界門の進入を三か月、禁じます。研究所への出勤は許可しますが、幻霧郷の第二層以下に行くことは許しません」

 探索者資格を停止しろと言われなくて良かった。けれど、気のゆるみが招いた事。返事をした後、続く言葉を待てば、義父は目を伏せた。

「加えて、一か月の休職を申請しなさい」

「急げ、ソウジ」

「わかっていますから、父さんは黙っていてください」

 言いかけたじい様を、義父は手のひらで止めた。じい様が口を曖昧に結ぶと、義父は長く息を吐いて私の眼を見つめてきた。

「レイ、自分の状況がよく解っていない様子だから言います。今、あなたは死にかけています」

「……どういうことですか?」

「魔素暴走をする一歩前です」

 首元に指をあてると、確かに息苦しい。シャツの襟は、汗でぐっしょりと濡れている。胸に手を当ててみれば、いつもより心拍がうるさかった。脇腹の方が痛くて、気付いていなかった。どうしよう、と思った時には、義父が立ち上がって座布団から離れていた。

「魔素生産量の調節を出来る手立てを一か月で発案し、三か月で仕上げること。出来なければ、異界門に入れないと心得なさい」

 そう言って義父は部屋を出た。ふすまが閉まったところで、床に倒れ込んで肘をついた。怪我や病気は気が付くと苦しいものだ。鼓動を宥めようとして息を吸うほどに、脇腹の痛みが上書きされていく。胸と喉の痛みでうめき声をあげると、肩に何かが触れた。

「レイ、落ち着けと言っても難しいだろうが、仰向けになりなさい」

 じい様の手だった。座敷に寝転んで天井を見上げると、照明が砂塵山河で見た太陽の様に眩しくて視界が揺れた。頭の中をかき混ぜられたようで声をあげた。

「あぁぁ……」

「苦しいな、わかっている」

 そっと目の上に手を置かれて、何度も「大丈夫だ」と言われ続けた。

 帰ってきたのに、帰る場所が落ち着けない異界になってしまった。じい様の手を涙で濡らしながら、暗い水底に溺れるように意識を手放した。


「生きるって……難しすぎる……」

 魔素暴走を起しかけた後。目覚めたら、日が昇っていた。身体は熱く、額から汗が垂れる。熱に浮かされて呟いた言葉に、氷が揺れる音と水を絞る音がした。

「そうだな。お前を見ているとよく解るぞ」

 冷たいタオルが額にかけられる。左に首を動かせば、セロが胡坐をかいていた。胡坐の中には摺り鉢が納まっていて、セロは黒い擂り粉木を回し始める。畳の上には草花と種がのった懐紙が幾つも並んでいて、草の匂いのなかに柑橘の香りがしてくると、じくじくと痛む喉が楽になった。

「何日経った?」

「今回は一晩だけだよ」

 もう昼だけどな、とセロが呟く。何日も寝てはいなかったらしい。安堵のため息を鼻から吐けば、セロもため息をついた。

「弟さんの奥さんから聞いている。難儀だったな」

 声色に怒気はないが、嵐が待ち構えているのではと勘ぐってしまう。何も言葉を紡げずに黙っていたら、擂り粉木の音が止まってタオルを目の上にかぶせられた。目を閉じると、タオルの冷たさが眼を突き刺してくる。

「なに、するのぉ……」

 意地悪なのか、嫌がらせなのか。やめてと言うと、セロの顔が見えた。

「俺は怒ってない」

 そう言う表情は、眉と口角が下がっていた。目元には隈がある。そしてセロの疲れ切った吐息が頬をかすめた。

「体調が悪くならない範囲は解っていたから、ひとりで行ったと聞いているし、報告出来ない状況だったと聞いている」

 ソフィアが行方不明になった時点で、探索者協会を経由して緊急連絡先の義父に報告をしていたらしい。迎えに来ようとしてくれたが、直ぐに保護されたと聞いて、取りやめになった。再び擂り粉木の音がはじまる。けれど、セロの呟きは続いた。

「でも、心配しなかったわけじゃない」

「……ごめん」

 何も言えなくて、手近な謝罪を言葉にすれば、セロは「俺に言うな」と言って擦り続ける。

「ソウジさん、義塾の遠征の時期だから行けないって……行かなくても良いと解った後も、落ち込んでいたぞ」

 義父は厳しい事を言っているように見えて、気遣う事ばかりしている人だ。眉を下げた義父を思い浮かべると、胸が苦しくなった。

 心配をかけた事を謝ることは簡単だけれど、それで義父やセロ、じい様が心配しない訳ではないだろう。

「ちゃんと、帰ってきても……平気なようにする」

「頼むぞ。まあ、フウジの秘薬を作る機会があるのはありがたいけどな」

 フウジの秘術には、魔素を発散させる粉薬がある。セロはお守りとして持ち歩いているようで、気絶した私の口に嫌がらせ半分で含ませたら、僅かに効果があると解ったとか。義父さんに多めに作って売ってくれないかと頼まれたらしい。

「魔素の調節も、手伝ってやるから、しばらく魔素が多いところに行くなよ」

 ごりごりと響く擂り鉢の音をききながら、布団を口元まで被って返事をした。やる事がいっぱいだ。熱で散らばっていく思考をなんとかまとめていると、勢いよくふすまが開く音がした。びっくりしてふすまを見ると、セロの肩越しに息を切らした義父がいた。

「ソウジさん?!」

「ごめんね、驚かせた」

 そう言って入ってきた義父は、封筒を手にセロの隣に膝をついて言った。

「レイ、お前の母親が亡くなったそうだ」

 ひゅっと、喉がなった。考えていたことが吹き飛び、言葉にならない声が口から出て、身体が冷えて固まっていく。身体が息の仕方を忘れたのか、落ち着けと頭の中で叫んでも苦しくなっていく。冷え切った左手を義父が温かい手で包んでくれた。

「先方は明後日の葬儀を欠席しても、三日後の送光式には来てほしいと言っている」

 義父の表情は動いていない。大丈夫だと目で教えてくれている。なんとか息を吐き切ると、涙があふれた。

「断っていいけれど……警察からお前に事情聴取をしたいと言われているらしい」

「はぁ?!」

 黙っていたセロが私の代わりに声をあげた。義父は便箋を開いて読み上げた。

「息を引き取った直後、遺体が燃え上がる。消火を行った後、遺体に刺青が浮かび上がった。故人との関係を考えると、聴取を行わないのは不自然だと」

 便箋から離れた義父の眼とあった。「それって」と切れ切れの声で言えば、義父は頷いた。

「子供のころのレイが正しかったと証明したいなら、私も付いて行こう。どうしたい?」

「この状態で行くのは」

「いきます……」

 正論を言うセロを無視して頷く。義父も頷いて立ち上がると困惑するセロは、私と義父を交互に見て間に入ってきた。

「いや、レイが西に行くと、魔素暴走を起こしかねないですよ!」

 西方地区は魔素濃度が低い傾向にある。特に実家がある王都は、魔素濃度指数が年間通じて1を超えることがない。濃度が低いほど危険なのは解っているが、どうしても行きたい。義父はそれを解ってか、セロの肩に手を置いた。

「トミナガ君、急ぎ一週間分をいただきたい。お代は言い値を出すよ」

 そう言った後、義父は部屋を出ていってしまった。セロは閉まるふすまを見届けた後、頭をかきながらつぶやいた。

「こんな弱い薬を、頼らないでくれよ」

「ちょっとでも効くだけ……ありがたいよ」

 心から感謝を告げると、セロはため息をついた。柑橘の香りが巻き上がって、部屋の中に広がった。


 母の訃報を受け取った翌日、西方地区の王都に向かうべく自宅へと向かった。葬式には出るつもりはないが、警察の事情聴取に応じるつもりだ。

 帰り際に西に行くとじい様に伝えると、険しい顔のまま義父が付いて行くならと許してくれた。所長には論文の提出が出来ない事、学会に欠席するお詫びの手紙と休職届を出した。帰ってきたら所長と側近の面々に質問攻めにあうだろう。

 自宅に戻ると、泊まっていたはずのソフィアも向かったようで、従者さんが手紙を持って待っていた。内容は道中に確認して欲しいと言われた直後には、その人は姿を消していた。どうやら分身魔法が使える人だったらしい。

 黒い服に白コート、眼鏡が無いので眼帯をして杖を構え、旅行鞄に着替えや喪服も詰め込んで、肩掛け鞄に非常食の乾パンを入れて家を出た。

 義父と最寄り駅で待ち合わせをし、西方地区に向かう列車に乗る。一息つくと眠気が襲ってきて、揺れに任せて転寝をしていた。

「レイ、起きなさい」

 不意に義父がフードの上から頭を撫でてきた。目をこすろうとして眼帯をずらしてしまう。元に戻すと、手に冷たい金属の筒を押し付けられた。

「時間だ。飲みなさい」

 白眼鏡を壊された結果、目隠しをして外を移動するので、義父が道中の介助と旅行鞄を持ってくれている。会釈して受け取ると、「水筒だよ。上の蓋を回して、水を含んで」と囁かれた。

 ふたを開けて筒に口を付けると、水が入ってくる。ひと口含めば筒を取り上げられ、薬包紙を渡された。刺激的な香りが漂う薬を口に流し込めば、眼が覚めるような辛さが口を襲った。何とか飲みこんで息をすると、喉に痺れるような痛みが突き刺さる。

「かっら……!げほ、げほ……!」

 筒を貰って水を飲むと、ようやく辛さが消えて咳も収まった。静かすぎる周囲に謝罪をして、涙目で水筒を左側に向ける。小声で文句を言った。

「こんなに辛いなんて、きいてないですよ……」

「発灼草を楽々尺で擦っているからね」

 激辛と有名な東方の薬草の名前をきいて、眼帯の下で遠い眼をした。嫌だな、とそっと呟くと、義父が耳元でささやいた。

「次で着くよ。手袋をしなさい」

 眼帯を整えて杖と手すりを頼りに立ち上がり、手袋をはめた。列車の扉が開く音がした後に大股でホームに降りると、人のざわめきと足音があふれる中で「いくよ」と右手を引かれた。左手の杖を床に垂直になるように持って早足の義父に付いて行くと、周りの声が否応なく耳に入ってきた。

「何事かしら、あんな下賤な服を着ているなんて」

「東の民が王都に来るなど」

「平民が来る場所ではないだろうに」

 義父が着物を着ているから、そんなことを言うのだろう。我々の方が移住してきた民族なのに、酷い言い様だ。あと、義父の着物は着道楽のじい様が仕立てたものだから、そこらの服より良いやつだぞ。義父の手を強く握ると、足の速さが緩んで義父が耳元でささやいた。

「レイ、周りの人たちは温室でしか育たない、手入れが大変な花だと思いなさい」

「では、義父さんは高山でも美しく咲く花ですね」

「それは嬉しいな。ありがとう」

 にこやかに言う義父の声を右に聞きながら歩いていくと、「右に曲がるよ」と「階段を登るよ、十五段だ」、「改札に行くよ」と見えない足元の事を教えてくれる。息が切れない程度に早歩きで進んでいくと、雑踏の遠くに車の音が通り過ぎた。

「車の待ち合わせの時間まで少し時間があるから、待ち合わせ場所で休もうか」

 ゆったりとした歩調で進みながら、右腕を組んできた義父に質問をする。

「車を出してもらえるのですか」

「ユフィーナ様が申し出てくれた」

「姉さんが」

 そう言って歩いていると、眼帯に覆われた瞼が明るくなった。数歩進むと腕を離され、旅行鞄を置く音がして「座りなさい」と言われた。誘導されて座る。しかし、胸は何かがせき止められていて、喉が絞まるようだった。

 魔素濃度が低くて息苦しいなんて、周りにいる人々には理解できないのだろうな。咳払いをして喉を動かすと、コップに水を注ぐ音がした。

「薄めたポーションを飲むかい?」

「……いただきます」

 右手に渡されたコップに口を付ける。香りと味は、聴きなれた探索者協会のポーションの味だった。喉を滑らかに通っていくと、ポーションは息苦しさも押し流してくれる。飲み干してコップを返すと、左耳に義父が囁いた。

「これは応急処置。身体には良くないから、一日に二回までだ」

「わかりました」

 分解できる魔素を補給すれば、身体を傷つけ始めるのを遅らせられる。根本の改善ではないから、控えないと。頷くと、ひとつの足音が近付いてきた。その足音は義父の傍で止まると、穏やかな声がした。

「レイ様、ソウジ・オギワラ様ですね」

 迎えに来てくれた実家の人の様だ。立ち上がって声の方にお辞儀すると、声が続いた。

「車を用意しております、こちらへ」

「レイ、右手を繋ぐよ」

 手をつないで車に乗り込み、十数年振りの実家へ向かった。


 車を降りて義父の声と手に導かれるまま歩き続けると、鐘の音が聞こえた。音の方向は左側で、そちらを見れば歌声がかすかに聞こえてきた。義父が足を緩めて、耳打ちしてくる。

「親族以外の挨拶は、もうしばらく後みたいだ。待合室に通してもらえるようだよ」

 実家の正面の門から左手に、灯光教の聖堂がある。そこで葬儀をしているのだ。葬送の歌を奏でている間は、親族が故人と対面する時間になっている。つま先を聖堂から母屋に向けると、声をかけられた。

「レイ様は聖堂の方へ」

「え」

 葬儀には出なくてもいいと言っていたはずでは。戸惑っていると、年齢を感じるかすかに乾いた声が聞こえた。

「ユフィーナ様が、どうかご覧になって欲しいと」

「ですが……」

 目は見えるが、裸眼で行動することはできない。眼帯を撫でて俯けば、そっと声をかけられた。

「ここもまた、あなた様の家です。眼帯を外しても、誰も怒りませんぞ。レイ坊ちゃま」

「……もしや、ゼギオンですか?」

 記憶の遠くに残っていた、白髪交じりの執事長を思い出す。声の主は「左様でございます」と嬉しそうに言った。その声に張りは無くなっていたが、やさしい音色だけは変わっていなかった。

「ご不安であれば、オギワラ様を伴っても構わないとのことです。どうか」

 右手を握る義父の方を向けば、「お前が決めなさい」と言われてしまった。悩んで、鐘の音がもう一度鳴ったところで頷いた。

「いきます。でも、義父さんと一緒に。眼帯は、故人と合う時だけ外しても良いですか」

 はっきりと言い切ると、ゼギオンの先導で聖堂に向かった。聖堂の階段を上がり、扉が開かれると、熱い風が髪を撫でてくる。懲罰部屋並みの熱い風に、眼帯の下で顔をしかめた。

 熱い空気を吸い込んで踏み込むと、一斉に大勢の人がこちらを見た音がした。聖堂に響く歌声は煌びやかに聞こえるが、所々に擦れて聞こえる声は嘆きと悲しみと不快感を滲ませている。ざわめきが家を出る前に受けた言葉と似ていて、震える両手を握り込む。すると、右手が優しく包み込まれた。

「さっき言い損ねたけれど……お前を例えるとしたら、菊だ」

 義父が歌声に隠れるように言った。右側を向けば、右手の甲を撫でてくれる。いつの間にか乱れていた息が整い、肩の力が抜けた。「ありがとうございます」とお礼を言うと、義父が微笑んだ気がした。

「大丈夫、横に居る。それに、心強い剣士も来てくれた」

「兄さん……!来てくれたなんて……オギワラさんも」

 眼の前から弟の声がした。驚いて飛び跳ねるように身体が揺れた。足音もしなかったぞ。義父は弟に会釈をしたようだった。

「アレン様、お久しぶりです。レイは眼鏡を壊してしまっていて……」

「聞き及んでいます。先導しますので、オギワラさんも母に会っていただけますか」

「ぜひとも」

 義父が私の手を引いていく。暑苦しい空気と聞こえにくい人々のささやきに、足取りが重くなっていく。悪しきものを払う灯光の証が嫌な言葉をかき消していると願って、付いて行った。

 誘われた先で立たされ、義父が眼帯を外してくれた。目を焼く暑さに慣れずに目を開けないでいると、左手に花を一輪持たされた。恐々と目を開くと、身体が泡立った。

「……あぁ、年をとりましたね」

 目の前に棺桶があった。箱は開かれ、皺の増えた母の面影のある人が、多くの白い花で彩られていた。私の左にまわった義父は口元を抑えた。

「これは」

 棺桶の中に居る故人の顔には、おびただしい数の刺青が浮かび上がっていた。美しい模様ではない。ただ文字に似た記号を羅列しただけの横線が、顔を埋め尽くしていた。

 花を棺桶の中に入れる。義父も花を入れて、眼帯を着け直してくれた。結ぶ時に、義父が囁いた。

「昔と変わらなかったのかい?」

 その問いかけに、唾をのみ込んでから答えた。

「ええ。どんな魔法かもわかりました」

 その声は酷く低くて、心の中でも驚くほどに、怒りがこもっていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

次話は制作中です。2026.7.27

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ