現場依頼:人体に癒着した偏光魔石②
エイジャンの家族は、魔石の摘出手術を受けて無事だと知った後。ひとり寝台の上でぼんやりしていたら、エイジャンがお茶を持ってきた。
「母上が、こまめに飲ませろと」
そう言って身体を支えて、ぬるい緑茶を飲ませてくれた。甘さはなく、ほのかに菊の香りがした。茶碗を空にすると、背中にクッションをあてて起き上がったままにしてくれる。感謝を告げると、椅子に座ったエイジャンは頭を下げた。
「怪我をさせて、すまなかった」
膝についた手は、喰い込みそうなほど力が入っている。僅かに見えるエイジャンの顔は、唇を噛んで固く瞼を閉じていた。
「母上を枯れ河に連れて行った。その時、お前を探している人と会った」
何も連絡を出さなかったからか、ソフィアが捜索隊を編成して枯れ河を渡ってきたらしい。そこに鉢合わせたエイジャンは、ソフィアに負けたという。
「負けたとは……」
お茶のおかげか喉が潤い、声を出しやすくなった。そっと訊ねると、エイジャンは両手を顔で覆って項垂れた。
「威圧をしたら、鉄扇で顎を砕かれた。そして、次に敵対の意思をみせれば、膝を砕くと凄まれた」
その後は質問攻めにされて、私が依頼に協力していること、自身の母を魔素が少ないところに運んできたことを伝えたらしい。ソフィアはエイジャンの母親の安全と家族の魔石摘出手術を手配するかわりに、私の保護を要請したらしい。
「お前が無事なのかと問われた時……顔で読まれたのだろう。灯光の証を初めて見て、殺されると悟った」
エイジャンは顎をさする。ソフィアは軍師と呼ばれているが、先陣を切る弟に付いて行けるくらいには戦える。帰ったらソフィアに説教されることを思い出して気が重くなった。
「急ぎ、お前の治療をさせた。……起きてくれてよかった」
きっと自分が殺されるから、起きてくれないと困るという意味だろう。長く息を吐くエイジャンに、苦笑いを収めて頭を下げた。
「信じてくれて、ありがとうございます」
助けてくれたことよりも、言葉を信じて行動を移してくれたことが嬉しかった。怖くても、痛くても、人を変えるという偉業を成し遂げた。脇腹の痛みを堪えていたら、エイジャンの大きな手が肩を支えてくれた。
「お前は、ずっと名乗らなかった」
そう言えばエイジャンに、お前とかとしか呼ばれていない。名乗ろうとすると、エイジャンは首を振った。
「私が求めなかったからだろう。けれど、お前は努めて、我々の知らない物事を教え、協力を惜しまなかった」
「依頼という形で、協力を求められましたから」
「命を懸けるに値する依頼ではないだろう」
協力しないと物理的に死ぬかもしれない環境だという事に気付いていないな。言う必要も無いかと口をつぐむと、エイジャンは自身の胸に右手を当てて頭を下げた。
「感謝するのはこちらの方だ。命を懸けて家族を救ってくれた恩人に、最大の感謝を行動で示そう」
額冠が揺れて音をだした。こうして依頼は完了した。
「質問してもよろしいでしょうか」
エイジャンが去って、日が高くなり部屋に暖かさがやってきた頃。エイジャンの母、ササラが水のポットと果物を持ってきてくれた。桃のような形なのに、黒い皮の下に紫色の果肉が見える果物を剥くササラに声をかける。「なんでもお聞きになって」と返された。
「魔石によって魔素操作が出来なくなりますが、長期の昏睡状態には陥らないかと。昏睡の原因は、判明したのですか?」
摘出するには、魔石にある魔素だけを浄化しないといけない。けれど、体力がなければ摘出手術で死にかねない。数年も昏睡していた彼らが、すぐに手術できた理由を知りたい。ササラはこちらを見て首を傾げた。
「私が摘出手術を行ったのは、二週間前です」
「二週間?」
「夫と子供たちの浄化をその後にゆっくり行って、今日の午後には最後の手術が終わる予定です。ずいぶんと時間をかけてしまいましたわ。あなた様が郷に来て、一か月が経ちましたもの」
そんなに爆睡していたのか!寝すぎだと言いかけたところ、ササラがため息をついた。
「昏睡も時間がかかった理由も、ヴィージャです」
金色の短髪で眉を下げて微笑む女性を思い出して、首を傾げた。
「あの人が一番、苦しそうな様子でしたが」
「長になりたくて、ゆっくり衰弱死させようとしていたのですよ」
さっぱりと言い切って、「呆れたことをしたものよね」とササラは小皿に紫の果肉をくし形に切り分けた。心当たりをそっと言ってみた。
「もしや、甲光藤虫と泡風花ですか」
「あら、博識でいらっしゃるのね」
「白銀のお茶というものに含まれていましたから」
甲光藤虫は夜行性で、木の枝や葉にぶら下がり発光して、捕食対象をおびき寄せる甲虫。泡風花は、渓谷や崖などの高所に生える植物だ。前者は倦怠感の後に気絶させて身体機能の低下を引き起こし、後者は体内の循環を停滞させる毒を持つ。どちらも強力な効果があるため、砂塵山河内で採取禁止に指定されている毒物だ。組み合わせれば、ゆっくりと衰弱死に見せかけることができると有名である。
特徴的なのは、どちらも藤のような花の香りがするという事。藤の花の香りは嗅ぎなれているので、すぐに分かった。
何かを加えて中和して弱毒にしつつ、何年も時間をかけてかけた殺人計画だったわけか。中和する成分が入っていそうな砂塵山河の物を頭の中で探していると、ササラは紫の果肉を楊枝にさして渡してくれた。
「白銀の茶には甲光藤虫は入れないのですけれど、帰って頂きたかったのでしょう」
「美味しかったですよ。今度は氷を入れてください」
皮肉を交えて果物をかじると、桃の味がした。固めで酸味がある、夏の半ばに出てくる桃と似ている。ふた口で食べきると、控えめな笑い声が聞こえた。
「寝ている間に毒を盛られても生き残る方の言葉は、愉快ですわ」
口元を服の袖で隠すササラに、眉を寄せた。ヴィージャさんは家族が健康になると知って、計画を破綻させた私に標的を変えた。しかし、すべての毒を無害化され、最後には首をへし折ろうと凶行に出たらしい。恐ろしくて首をさすった。
「あなたのおかげで、家族も郷も、前に進めるようになるでしょう」
にこやかに微笑まれて、首をかしげてしまう。
「そうですかね」
またしても寝ている間に話が進んでしまった。その上、あと数週間以内に論文の締め切りがある。色々な人が心配しているだろうし、趣味の絵も描き終えていなかったはず。時間は経ったのに、何もできていなかった。
魔法で何をしたいのか。少年の問いを思い出して前向きに考えようにも、ため息をついてしまう。楊枝を取られて、果物をもうひとかけ渡された。
「お悩みのようですね。伺っても?」
ササラはナイフを置いて、微笑む。虫も風も聞こえない部屋で、すこしの沈黙を楽しんだ後、訊ねてみた。
「誰でも魔素暴走を止める魔法があったら、使いますか?」
果物が刺さった楊枝を指で回していると、ササラは「まぁ」と声をあげた。
「随分と不思議なこと」
首を傾げた彼女に首をかしげ返すと、ササラは微笑みながらポットの水をコップに注いだ。
「使いませんね」
「え」
「魔素暴走にならぬように努める方が、ずっと簡単で、死にそうにないでしょう?」
なみなみと注がれたコップを渡されて、両手が埋まった。果物をかじって水を含むと、甘さの後に苦みが広がった。向かいにある外は世界が違うかのように眩しい。そこにササラのつぶやきが通った。
「全てを置き去りにするあなた様には、不要でしょう」
そっと視線を向ければ、ササラは数回瞬きをしてから笑った。
「お気付きでないのね」
その笑顔は眉を下げて、困った風に見えた。「どういう意味ですか?」と訊ねると、膝に手を重ねて言った。
「あなた様は、魔素の崩壊と再生の移り変わりが、人より早いのですよ」
分解が早いのは知っているけれど、魔素の再生とは。魔素を体内に循環しやすい構造にするという意味だろうか。理解できず視線を宙に向けて考えていると、ササラの声が思考の中に入り込んできた。
「草木が朽ちて金属が錆びるように、魔素も崩れていきましょう。落ち着いた姿に変わりたがる魔素を、あなたは手伝っている。時を操る魔法使いと似て、とても美しい異能ですよ」
時間や空間を扱う魔法は、私の異能とは全く別物だと思う。けれど、酸化促進剤に例えられるのは新鮮だ。言葉の続きを待つと、ササラは頬に手を当てて言った。
「あなた様の異能を人に、どのようなものだと伝えているのですか?」
「……魔素を分解して魔法を壊す異能、ですかね」
「随分と堅苦しいこと」
それ以外に何と言うべきなのか。引き込まれるようにササラの黄緑の瞳を見れば、瞼に隠されてしまった。
「でしたら、こう言ってみては?」
代わりに人差し指をたてて、女性は言った。
「全ての魔素の行く末を決める異能だと」
部屋に静寂が落ちた。ササラの顔から視線を外して、言葉を吟味した後。感想を伝えた。
「仰々しいですね……」
壮大な異能にされてしまっては、魔法化が難しい印象が付いてしまう。しかし、ササラは楽しげに手を合わせて続けた。
「お嫌いでしたら、魔法を封じる異能とか、魔素に夜を告げる異能はいかがかしら?」
「もっと、とんでもない異能になりましたね」
効果としては間違っていないとは思う。けれど、字面から得られる印象は全く違う。反応に困っていたら、女性は直に頭を撫でてきた。じい様以外にさせてはいけない!逃げようとしたら、抱きしめられた。
「ふぁ……?!」
「自分の異能を好きになれないのね」
じい様にもされたことがないのに!魔素が、魔術回路が、と慌てて抱き着く腕を引き剝がそうとした。しかし、抵抗しようにも脇腹が痛んで抜け出せず、声をあげることしか出来ない。
「ちょ、あの」
「自分は人を傷つけますなんて、言わなくても良いのよ」
その一言で、動けなくなった。
「どんなふうに使うのか、最初から決めなくていいのよ」
頭を撫でられ、女性の頬がこめかみに当たっている。頭の遠くに止めろと叫ぶ誰かがいたが、腕も指も、唇すらも、女性の言葉で動かなくなった。
「言葉よりも先に、あなたは知っているでしょう?」
そう言って大きな手と腕が離れていった。手にあるコップも離れていく。気が付いたら、部屋にひとりきりになっていた。
何故か落ちる涙の音が、ひどく五月蠅かった。
エイジャンの依頼を受けてから一か月と少し、怪我は治りきっていないが、白金竜人の郷から出ることになった。ソフィア経由で研究所から「論文出さなくてもいいから、帰ってこい」とお呼びがかかってしまったのである。
外は秋も近づいているはずなのに、枯れ河には卵も焼ける日差しが降り注いでいる。対岸にはソフィアとお付きの人の姿がある。見送りに来てくれたエイジャンに向き直り、頭を下げた。
「お世話になりました」
「こちらこそ、感謝しかない」
頭をあげると、右手を差し出された。快く握手を返そうとしたら、「待ってくれ」と言われた。
「手袋を外してくれるか」
フードの下で開いた口がふさがらなかった。エイジャンの母親に抱きしめられて以降、人と肌を触れさせる機会は一度もなかった。駄目ですと言うよりも先に、エイジャンは膝を折って目線を合わせてきた。
「お前は変身する能力を魔術だと思って、異能を使わなかったのだろう?」
「そ……そうです」
「私は郷と家族の恩人であるお前と、手を取りあいたい」
見つめてくるエイジャンの眼は真っ直ぐで、思わず視線をそらしてしまった。
「ですが、身体強化の魔術回路を壊されると、痛いはずです」
「安心しろ、我らの変身の能力は、異能だそうだ。触ったとしても、数時間で使えるようになる」
ササラがそう言っていたらしい。その数時間に襲われたらどうするのかと思ったが、強そうだから平気かもと思えた。しかし、差し出された右手とエイジャンの顔を右往左往してしまう。
「あなたを傷つけてしまうのは……」
「そんなにやわではない」
そう言ってエイジャンは、私の右腕を捕まえて手袋を外した。そして抗う間もなく、両手で握りしめられた。
「ありがとう、我らが友よ」
エイジャンの口元が僅かに歪んでいた。けれど、私の右手は、エイジャンの手の冷たさを感じていた。ふと、こみ上げてきた言葉をそのまま言った。
「私はレイ・グランドです。エイジャンさん、ありがとうございました」
声は震えていた。恐る恐る顔をあげれば、エイジャンは目を見開いてから、歯を見せて笑った。
「そうか。レイ、こちらこそ、ありがとう。また郷に来てくれ」
手を離し、手袋を返してもらう。そして晴れ晴れとした空の下、枯れ河を渡った。
枯れ河を渡り切って振り返ると、エイジャンは巨大な竜に変身した。もう回復するなんて、流石は竜人なのか。飛び去る飛竜を見送ると、砂を踏む音が傍に来た。
足音の数は三人分。背筋を正して気付かないふりをしていると、右隣に人が立った。扇子を開く音が聞こえた。
「お義兄様」
「はい」
右を向けず、視線を左に寄せた。右からは暑い空気をものともしない、冷たさが漂っていた。
「質問攻めに合う気力がなくとも、満足いくまでお義兄様に付きまといますわ」
「えっと……」
西方地区の貴族が東方に行くには申請を出す必要があるはずだ。というか、灯光の証を持っている人に家に来られると、所長に睨まれる。困りますと言いかけて、頬に閉じた扇子が突き刺さって変な声が出た。
「ふぐ」
「まず、立て替えた治療費や諸々の調達にかかった経費を請求いたします。きっちり、払っていただきますよ」
ぐりぐりと頬を扇子にされるがまま、頬をこね回される。
異界門の階層で行われる治療行為には、天蓋島の三倍の治療費がかかる。戒めとしての価格設定だが、危険地帯への派遣を前提としているので、奉仕活動にも等しいと言える金額。治療費の値切りはしたくないが、一度にポンと出せるような金額でもないのも確かだ。
「ど、どうにか……分割払いなど、温情をいただきたく」
黒眼鏡をかけたソフィアに向き直って頭を下げた。脇腹の悲鳴を無視して頭を下げ続けると、扇子が素早く開かれる音がした。
「でしたら、提案があります」
「なんでしょう」
頭はまだ上げない。提案を待っていると、肩を叩かれた。顔をあげると、従者さんが銀包装の長方形の筒とホットサンドメーカーをもっていた。もうひとりの従者さんは四角パンとバターをお盆にのせている。
「羊羹サンドの作り方を教えなさい」
「え」
「加えて、東方地区の案内をして、あなたの自宅で泊まらせなさい。これが条件です」
そんな簡単な事が、治療費の代わりになるのだろうか。「いいのですか?」と訊ねれば、ソフィアは扇子の奥で顔を逸らした。
「あと、ソフィと呼んで」
黒眼鏡と扇子の下に覗く唇を噛んでいて、声はかすかに震えていた。少し考えた後、ソフィアに声をかけた。
「ソフィ、ただいま。助けてくれて、ありがとう」
ソフィアは扇子を閉じて、「遅いわ、お義兄さま」と肩をはたいた。痛くない肩を撫でて、帰って来たのだと、ふと思った。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
次話は制作中です。2026.7.24




