野外調査:南方異界門③
鉱石と花のつぼみの採取を終えたら、いつの間にか現れた金髪の巨漢たちに脅され、崖の奥の渓谷を歩いていた。子供と大人との体格差に抗えるはずもなく、荷物を奪われ、持ってきた短刀を背中に突き付けられながら、額冠をつけた男性の後を付いて行った。
なんでさ、こんな事になるのかな。フードの下でため息を吐くことも出来なくて、前の男性の長い金髪を眺めながら渓谷の中を進んでいく。ふと身体が楽な感じがしてきた。
胸が楽だ。魔素濃度が高いのかな。大きく息を吸うと、前の男性が足を止めた。続いて立ち止まって見上げると、男性の顔が近付いてきた。
「お前、苦しくならないのか?」
「……特に、苦しく、ない……です」
片言に答えると、男性の眉が動いた。そして「帰るぞ」と私の後ろに居る男性たちに声をかけて、渓谷の奥に分け入っていった。
額冠の男性が通るのに苦労する隙間を抜けて行くと、不意に風が吹いた。
「着いたぞ」
そう男性が言った眼下には、人の営みが広がっていた。大地をくりぬいた円形の盆地に、薄い黄色の砂岩で作られた建物と色の眩しい布がはためき、岩壁には採掘場と似た穴が幾つも見えた。目立つ大きな柱の建物を中心に、そばにある池では金髪の人々が飛竜と食事をしたり、水場でふれあったり、人のにぎやかな声が見える。
「すごい」
採掘場の奥に人が住んでいるなんて知らなかった。美しい光景にこぼれた言葉に、背後の短刀の圧が強まった。息を呑むと、振り返った額冠の男性は鼻で笑った。
「お前たちが壊そうとしている場所だ」
吐き捨てるように言い切った彼は、すぐに前を向いて街に向かう下り坂に進んでいった。質問する勇気もなくて、黙って彼の後を付いて行った。
辿り着いたのは、街の中央にあった一番大きな建物だった。巨大な石の柱は見上げるほど高い天井を支え、壁が一切ない。床も大きな石で整えられ、磨き抜かれているからか私の靴音が大きく聞こえた。ひんやりとした荘厳な雰囲気におびえていると、建物の真ん中にある三段下がった場所に下ろされた。石の床に敷かれた鮮やかな絨毯の上に座らされ、正座の後ろにふたりの男性が付いたところで、向かいあう石階段の上に額冠の男性が胡坐になった。
不機嫌そうなことを隠さないので、傷跡も相まって非常に怖い。生唾を呑み込むと、男性は口を開いた。
「我が名は、エイジャン。飛竜の郷の主の代理である。まずは、呪いの楔を持っていないかを確かめる」
質問したいことが増えたが、口を出せる立場にないので黙ってうなずく。エイジャンが左手をあげると、階段の上から重そうな布で身体全体を覆った人が四人降りてきた。彼らはリュックと肩掛け鞄の中身を広げて、コートに眼鏡、靴の中まで確かめて、エイジャンに耳打ちした。
「そうか」
舌打ちをしかけたエイジャンは胡坐の膝に頬杖をつく。そこに背後の男性から声が上がった。
「でも、悪しき魔の音がした」
そうだ、そうだ!魔法使いと外の者は信用できない!階段の上の四方八方からあがる言葉が反響して、頭上から降ってきた。
「わかっている!」
叫ぶ人々を咎めるエイジャンの声に、遠くの天井が震えた気がした。人々の叫びも収まった。身震いをして彼の顔をうかがえば、ゆがんだ瞼の奥に黄緑の瞳が怒りの火が見えた。
「荷物も実に貧弱で、悪しき魔に類するものは一切ない。異能を扱う者かも知れぬ」
絨毯の上に丁寧に並べられた荷物を眺めて、エイジャンは悔しそうに私を睨んだ。
魔法使いと異能使いが嫌いな民族って、身体能力が高い人が多いって本に書いてあったけど、本当だとは思わなかった。全くと言っていいほど事情が見えてこないが、彼らは切羽詰まっている状況だということは察した。
「白銀の茶を出せ!」
周囲にざわめきが広がる。その中にかすかな声で「天秤草を」と聞こえた。天秤草は砂塵山河にしか生えない神経毒を根に蓄える多年草だったはず。毒を飲まされると知って、右手を上げて恐る恐る声を出した。
「あの」
「黙っていろ」
「その、私もよく解っていないので、ここに来る前に何をしていたか……お茶ですか、それが来るまでの間に、説明しても良いでしょうか」
控えめに申し出ると、「話せ」と許可が出たので、簡単に立場と仕事について話した。東方の研究所から石封華と黄塵鉱石を採取しに来たこと、この階層には初めて来たこと。階段の上には人が集まっているのか、ざわめきが次第に大きくなっていく。採取をして、偏光魔石の粒を見つけて投げつけ破裂させたと話したところで、エイジャンは立ち会がった。
「魔の石を割っただと?!」
身体の芯まで響く圧に、眼を閉じた。この圧で失神しそう。エイジャンはずかずかと近付いてきて、胸倉をつかまれた。正座だった膝も浮き、息をする為の隙間を求めて身体を逸らした。
「何処にあった!」
「採取していた岩壁の麓、日陰になっていたくぼみです。砂を掘り起こしたら、幾つか小さなものを見つけて……」
詰め寄ってくるエイジャンの顔を両手で宥めながら答えると、階段の上から女性の声がした。
「もしや、そこはジースが呪われた場所では?」
エイジャンが私を投げ飛ばした。後ろの人にぶつかってしまって、「すみません」と謝ると目を見開いてから顔を逸らされた。
「姉上、この者の言葉を見ていただきたい」
エイジャンが見上げる先には、彼と同じく顔と首元に傷があり、左の肩幅が短い女性が立っていた。金髪は短く切りそろえられていて、手袋をした右手には、湯気の立つ茶碗がのったお盆がある。女性はひとつ咳をした。
「言われるでもなく見ていました。そして、解りませんでした」
「姉上を凌ぐ隠匿を?」
ふり返って地面に手をついたままの私を忌々しそうに見下ろすエイジャンに、女性は言った。
「エイジャン、客間にお連れして。私が話すわ」
「駄目です、姉上!まずは白銀を飲ませてからでもよいでしょう?」
咎めるエイジャンに女性は首を振った。
「私が一番、死に近い。動く死体を有効に使うべきです、エイジャン」
女性の去り際に見えた右の手首には、黒い石が幾つも突き刺さっていた。
女性の一言によって、石の柱の建物から石壁の小さな部屋に通された。小さいと言っても窓が縦に長く、煤払いに竹を持ちださねばと思うほど天井が高い。天井からは火のついたランプがつり下がり、油と草の香りが漂っていた。家具や階段の段差も一回り大きく、ひとりだけ背が縮んだように錯覚した。
女性とエイジャンはサンダルを脱いで、床から小上がりになった絨毯の上に座った。両手で抱えるのがやっとのクッションが置かれていて、そこに座るよう女性に勧められる。しかし、絨毯の柄を見て、靴を脱ぐ気になれなかった。
「さっさと座れ」
「……いいのですか?鎮静と安息の術式が」
目の細かく詰まった絨毯には、色と複雑な幾何学模様で風景が描かれている。遠くから見たら人の営みと川と太陽を描いた牧歌的な印象の画だが、それぞれの細かい図案が魔法術式で描かれていた。私が座れば、綺麗な魔法術式が無効になってしまう。
「弟が血気盛んですから、気になさらないで」
後に付いて来ていた監視か護衛の男性背をおされて、絨毯に上がった。エイジャンと女性の眉がかすかに動いたので、コートの裾を巻き込んで正座になる。そしてお盆をそのまま差し出された。
「飲め」
お盆を押したせいか、どんぶりよりも小さい茶碗の中の液体が揺れて少しこぼれた。なみなみと注がれた液体は、白銀ではなく不透明な青緑で、湯気はおさまっている。茶碗を両手に取ると、草のえぐみと酸味の香りがする。いくつか知っている毒の特徴と似ているが、飲まなくても殺されるかもしれない。美味しくなさそうでも、ひと思いに飲んだ。ごく、と喉がなった。
「美味しいですね、これ」
思わず唇を舐めてしまう。酷い香りだと思ったけれど、甘味が少ない温かな葡萄酒のようだった。草と花のような香りがするから、火を通していないサラダに合いそう。舌触りも確かめて、もう一度飲もうとしたら、エイジャンが「まて」と左手で制してきた。大きな右手で顔を隠しているが、指の隙間からは信じられないと言いたげに目が揺れている。
「それが美味しいのか?」
「え、あ……氷で冷やしたら最高だな、とは思いますね」
果物と香辛料をもっと入れてくれるなら、温かいままでも美味しそうだ。「悪くはないです」と言えば、女性が咳をした。
「この方は特殊な体質のようです。見えないのも、祈りが弱まったのも、この方の権能でしょう」
「あ、あり得るか、そんなこと!」
「お前が連れてきて、目の前にいらっしゃる方を否定なさるの?」
ふたりが問答している間に茶碗をすする。気分も悪くならないし、代謝でどうにかなる範囲の毒物かな。ゆっくりと飲み切ると、そこに緑色の粉が溜まっていて、指をさした。
「これも食べますか?」
「いい!食べなくて結構だ!」
叫んだ後、エイジャンは気まずそうに視線を逸らした。女性は服の裾で口元を隠す。数度咳をした後、彼女は微笑んだ。
「では、長代理の見定めが終わったところで、お話をしても宜しくて?」
女性の顔色が悪い。小さく手をあげて申し出た。
「やはり椅子をお借りしたく思います。足が痺れてしまいました」
後ろについていた男性が部屋の奥の戸棚から木箱を出して、小上がりのそばに置いてくれた。感謝を告げて会釈すると、男性は土気色の引きつった顔で挨拶を返してくれた。怖がられているな。木箱に腰を下ろすと、女性は肩を緩めて息を吐いた。
「感謝申し上げます、盲目の賢者様」
エイジャンが眉をひそめて私を見てきたが、きっと私が酷い顔をしていたからだろう。首を振って否定するが、女性はにっこりと微笑んだまま話し始めた。
女性はヴィージャと名乗った。ここは白金竜人と呼ばれる人たちの郷で、砂塵山河とは別の異界門から移住してきた人々らしい。竜に変身できる人々で、変身した時の姿が黄塵飛竜と似ていて、人が多い採掘場に近づけないように守っていた。ヴィージャとエイジャンはその郷を取り仕切る長の一族。けれど、ここ数年、守りの仕事を止めている。その理由は、外部から襲撃をされたかららしい。
「長は昏睡状態で、祭事が滞っています。郷は安全なのですが」
「襲撃というのは、ここが襲われたのではないのですか?」
「いいえ。爆発物が外部の者から渡されたのです」
そう言うヴィージャの右腕は顔をしかめたくなるような有様だった。
白の布から出てきた肌には、黒い石が幾つも突き刺さっている。筋肉に食い込んだ石の周りには傷跡が根を張っていて、気味の悪い蔦の様にも見えた。同じような傷で、郷の長とその妻にふたりの兄が苦しんでいるという。
「商人から買った物におまけと言って渡された品、長である父が持ち帰った物でした。家族が集まっている時、末の弟がそれに触れた直後、光ったのです。……取り上げたら、肩も持っていかれてしまいました」
最後に左の肩を撫でたヴィージャは眉を下げた。エイジャンは見ていられないと言いたげに片手で顔を覆った。
「弟さんは、無事なのですか?」
助けたかった人は助かったのかと訊ねると、ヴィージャは悲しげに微笑んだ。
「今でも第一層で探索者協会の職員として仕事をしています。外との関係を断つためにも、帰ってきてほしいのですが」
もしや、受付対応をしてくれた口髭の人だろうか。元気そうなら良かった。笑顔を返すと、エイジャンは絨毯を殴った。
「外との交流を断てば、こんなことをした者の手掛かりがなくなってしまう!」
衝撃で天井のランプが揺れた。舞い落ちる埃でヴィージャが咳をすると、エイジャンは「すまない」と呟いた。
「上から二番目の兄、ジースは枯れ河の警備をしていました。我々がこの悪しき石を受けた同時刻に襲われ、意識が戻らないまま。同じ様に攻撃をされたのなら、我らの命を狙う者がいるのではと、犯人を捜しているのです」
ヴィージャが話を区切ったところで、私は手をあげた。
「それで、どうして私はここに連れて来られたのですかね?」
事情は分かった。憐れむだけで良いという変人は居ないだろう。ここにいる人たちは、なにを求めているのかを知りたかった。ヴィージャは口元を隠してエイジャンを見た。
「悪しき石について調べつくしました。魔素の動きを阻害し、痛みを誘発させる。無理に抜こうとすれば弾けて、共鳴した石も弾けて更なる被害を出すのです。先ほど、私たちの身体に刺さった破片が共鳴して音を出し始めたのです」
「私が、皆様を傷つけたということですか?!」
「破裂することはありませんでしたが、身体に痛みが走りましたね」
長の一族を傷つけた犯人に繋がると思って、音の出所の傍に居た私を連行したということだった。知らぬ合間に人を傷つけたかもしれないとは思わなかった。立ち上がって謝罪すると、ヴィージャが笑った。
「エイジャンが飛び出していった時は、憎き敵を捕まえ、我らを狙う者を探し出せると喜びました」
その笑みは能面の様に硬かった。恐怖で口をつぐむと、「ですが」とヴィージャは区切って息を吐いた。
「あなたを見た瞬間、わかりました。魔をはらう導き手、盲目の賢者でしょう。あなた様は穏やかで、静寂のなかに切り取られているようです」
首を傾けてほほ笑むヴィージャに、思わず口を尖らせる。盲目の賢者ではない。否定しようとする前に、ヴィージャは姿勢を正して右手を絨毯についた。
「あなた様の浄化のお力をもってして、どうか、家族を救って頂きたいのです」
頭を下げるヴィージャは、堪えきれずにその場に転がるように頭を打った。エイジャンが起き上がらせるが、苦々しい顔をしている。けれど、先ほどまでのたぎらせた憤怒は凪いでいた。
「姉上、本当に信用できると思いますか?」
「長の代理である、あなたに逆らう気はありません。ですが、白銀の茶を美味しいと言う方に対して、この郷の習わしを破るというのは如何なものかと思います」
ヴィージャを支えるエイジャンは、視線を何処かに泳がせて自身の膝に落ち着いた。習わしとは、と訊く前にヴィージャが右の肩をすくめた。
「白銀の茶は、この郷で取れる毒草を煮だしたものでございます。草木に宿る神々の権能に、この郷にふさわしいかを訊ねるのでございます。招かれざる方々にお出しして、気絶すれば枯れ河に打ち捨てます。ですが、ひと口でも飲んで気絶しない方は、歓迎をするのです」
習わしが怖すぎるよ。作った人のさじ加減で死ぬって。そこまで考えて、ヴィージャを見たら、彼女はふと笑って首を傾げた。
「本気で殺すつもりでお出ししましたのに、肩なしでございますね」
最後に口元を隠して笑ったヴィージャに、だから特技資格三級が必要なのかと苦笑いを向けるしかない。ふとヴィージャが咳をする。
「ごほ、ごほ」
絨毯に手をついた彼女は湿った咳をした後、血を吐いた。絨毯に赤黒いシミが滲んだ。エイジャンがヴィージャの肩を支えるが、倒れ込んだ。
「姉上!」
「たのみ、ました」
エイジャンが治療の手配を叫び、周りはあわただしく部屋を出ていった。何もするなよとエイジャンに言い含められた時、倒れているヴィージャが笑っている気がした。
ヴィージャが倒れた後、部屋を移してエイジャンと話す事になった。詳しい解決の方法と報酬について相談しようと、エイジャンの方から申し出てくれたのだ。部屋にはエイジャンと私のふたりだけにされた。
太陽が真上から差し込み、石の建物の中は暗い。窓は外の眩しさを際立たせて、現実離れした常夏の絵を眺めているようだった。相談をしようというのに、口は重い。ソファーに横並びになって座っていると、エイジャンが呟いた。
「我々は魔法を必要としてこなかった」
そのつぶやきに続いたのは、白金竜人とよばれる人々の歴史だった。
熱さに負けず、太陽にきらめく堅牢な鱗。空を飛び回れば、眼は三里を見渡し、咆哮は弱者を追い払う。魔素にも強く、誰もが入れぬ場所で生き延びて、襲い来る異界生物など容易く倒せる。魔法などに頼らずとも生きていけるが、弱き人々を護る事で交友を深めてきた。
「けれど、こんな仕打ちをされるとは、誰も思っていなかった」
指を組んだエイジャンの声は震えていた。ヴィージャは血を吐いた。文字通り命を削って話をしてくれていたのだと、気付かない訳がなかった。
「呪いごとき、魔素の浄化ごとき、軟弱者のすること。そんな風に言って……我々は、学ぼうともしなかった。そのツケがまわってきたのかもしれない」
エイジャンの手は固く握りしめたせいで、骨がきしむ音がした。その指の上にそっと手を置いた。
「家族が傷つくのは、辛いし、悲しいですよね」
助けたいなら、後悔を重ねている暇はない。そんな風に言うのは心無いと思ってやめた。エイジャンの横顔を見つめて、はっきりと告げた。
「私の異能は、直接使うにはあなたたちを傷つける。けれど、力になれる事があれば、申し出ましょう。泣き言は聞きますが、今は何が出来るのかを考える為の情報を下さい」
「毒を盛った上に、脅して連れてきた男に協力すると?」
やったことを理解しているのか、自嘲気味にエイジャンは笑った。冷ややかにエイジャンを睨んだ。
「当然許していませんし、謝罪しなければ訴えますよ」
もちろんだと言えば、エイジャンは吐き捨てるように笑った。その笑いが鼻について、ため息が出た。
「助けて欲しいと言えば、力を貸します。あなたはどうしたいのですか?」
転んだ相手を助けたくても、差し伸べた手を掴んでくれなければ、引っ張り上げられない。家族が弱っていく様を見ていくのか、手を取りあって助ける術を探すのか。どちらを選ぶのか待っていたら、エイジャンは立ち上がって頭を下げた。
「脅迫して連行をしたこと、毒と知って茶を飲ませたこと、長代理として謝罪する」
エイジャンの声は震えていなかった。謝罪を受け取ると、今度は片膝をついてエイジャンは頭を下げた。
「そして、家族を、助けてくれないか」
その声に、私は強く頷いた。
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次話は制作中です。2026.7.17




