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野外調査:南方異界門②



 駅に着いたところで、荷物が少ない私はソフィアに明日の待ち合わせの時間を訊ねた。

「明日は、いつ頃に何処でおち合いますか?」

 日が傾き始めた駅のホームは宿に向く人々が出口に向かっていく。そんな喧騒の中、ソフィアの扇子を閉じる音がよく聞こえた。

「おひとりで行かせるとでも?」

「え」

「わたくしもお供いたしますわ」

 耳を疑ってソフィアに近付いたが、扇子の奥でソフィアの眼は微笑んでいた。

ふたりが手足を伸ばしての転がれるベッドに、いくら水を使っても怒られない、美味しいご飯を誰かに作ってもらえるホテルを使わない。割安で得られる贅沢を放棄するなんて。変なことを言いだしたソフィアを咎めないのかと、従者ふたりに視線で問いかければ、目を伏せ彫刻の様に立っていた。

「ご不満があって?」

 にっこりと首を傾げられてしまっては、断ることも出来なかった。

 荷物をまとめて街からも出て、ソフィアが借りた車に乗り込んだ。砂岩の防壁の門を抜けると、うっそうとした森に出る。森を抜けて道のそばには岩が増えて、砂漠の中へと突き進んでいった。

 灰色になりつつある砂の稜線を眺めていると、車は平坦な砂漠の真ん中で静かに止まった。車を降りると、従者さんたちは何も言うことなく、その場で設営を始める。大きなトランクの蓋を開けたかと思えば、簀の子が幾つもトランクから出てきていた。

 日が落ちる前に自分の寝る場所の準備をしないと。リュックを漁ってテントの準備に続こうとしたら、肩を扇子で叩かれた。

「わたくしのテントにお入りなさいな」

「いえ、白の装備を着けずに寝るので、防衛のための魔法具が壊れます。お心遣いだけ、いただきますね」

 ちらりと見えたテントの布の内側には、隠蔽の魔法付与がされていた。砂漠の夜を越すための暖炉と異界生物の襲撃を防ぐためにも、テントを一緒に使うのは避けた方がいい。

 丁寧に断ると、「そうですか」とソフィアは引き下がったが、そばを離れなかった。ペグと重しの石を使ってテントを固定し中央の柱を立てようとしてもついてきて、小型のストーブを置いて煙突をテントから出したところで、覗き込んできていたソフィアが拍手をした。

「手際が宜しいのね」

「急な雷雨でも設営しやすい速度重視なものです。練習すれば、誰でも張れるところも良いテントですよ」

 テントの中を見回すソフィアを招き入れると、「広いわ」と呟いた。地面はむき出し、隠ぺいや防御などの魔法付与がされていない代わりに、防水性能が高い素材で作られたものだ。畳む前に端を持って振るだけで朝露がすべて落ちるので、とても重宝している。折り畳みのベッドを組み立てて、寝袋を広げる。そしてストーブのそばに薪を置いて、設営はひとまず終わった。

 外に出ると、太陽は沈み切り、青紫の空には散りばめられた星が輝いていた。遠くには黒くなった森の奥に、小山に築かれた西方風の城のような要塞のような建物が城下町の柔らかな灯りで照らされていた。一緒に出てきたソフィアが隣で「綺麗ね」と呟いた。

「嫌だな」

 内に秘めるはずだった言葉がこぼれていた。咄嗟に口を手で覆うが、ソフィアが扇子を開いた音がした。

「何が嫌なのですか?」

 視線をおとせば、ソフィアが私の眼を見ている。星の明かりできらめく瞳は、不思議なものを見つけた子供のような好奇心があった。その瞳から逃げるように空を見上げた。

「こんなに綺麗なのに、街の灯りが邪魔だなと」

「そうですわね。オアシスから少し離れるだけで、こんなにも美しい空を見上げられるなんて。おじいさまと顔を合わせられて嬉しいわ」

 天蓋島では、死者の魂は天蓋の奥、空にある星になると言われている。人が空を見上げたくなるのも、故人をしのぶためだ。だから、正直な言葉をいうことは出来なかった。

 天蓋島の方がもっと綺麗で好きだ。軽やかに言ったソフィアに、「そうですね」と曖昧な返事をした。

 夕食は簡単に済ませて、テントの外でスケッチブックを手に取った。オアシスの風景のデッサンは出来たが、色は塗れないままオアシスの灯りも弱まっていった。夜空の滲む青紫色を幾つか作って、眠りについた。


 寝袋の中で美味しそうな香りで目が覚める。歯磨きと身支度をしてテントを出ると、外で従者さんが座って焚火をしていた。焚火台には大きな厚手の金属鍋があり、鍋蓋の上には火が付いている炭が置かれていた。鍋の隣では野菜と肉を焼き物にしていて、美味しい煙が漂っていた。近寄って挨拶をすると、ふたりは立ち上がって挨拶を返してくれた。頭をあげたのを見計らって、携帯食のひと口羊羹をふたつ差し出した。

「東方のお菓子の羊羹です。どうぞ」

「羊羹ですって?!」

テントの入り口が勢いよく開いた。かすかに見えたものから察して、自身の眼を腕で遮ったところに、テントの入り口が閉まる音がした。そして従者のひとりがそっと言った。

「お嬢様、御着替えをお手伝いいたします」

「待ちなさい、羊羹が」

「さ、お嬢様」

 そう言ってテントの奥にソフィアの声が消えた。テントの入り口には相互防音の魔法札があるのに、なぜ外の声が聞こえたのだろうか。首を傾げつつも、残された従者さんに羊羹を渡し、ソフィアに渡す分の羊羹を取りにテントへ戻った。

 朝食を一緒にとろうと、従者さんと一緒に調理と撤収準備を手伝った。移動などを手伝ってくれたお返しだ。汁物と主菜が出来ていたので、焚火のそばで持ってきた四角パンを焼こうと思っていたら、着替えが終わったソフィアが足早に私の隣にやってきた。

「羊羹があると伺いました」

「はい。ソフィアさんの分はこちらです」

 コートのポケットからひと口羊羹を取り出して渡すと、ソフィアは両手で受け取って掲げた。

「これが羊羹……初めて見ましたわ」

「それは探索とかに持ち運ぶ携帯食ですね。本物はこれです」

 手のひらより大きい銀色の直方体を見せつけると、ソフィアは膝を屈めて見入る。

「これが?」

「包装された中に小豆の練羊羹が入っているのです。これで一品作ろうかと思いまして」

 ソフィアは扇子を掲げずに首をかしげた。羊羹を初めて食べる人にはそのまま食べてもらいたいが、キャンプ中だからこそ贅沢をする予定だった。折角なので、ソフィアと従者さんふたりにも、道連れになってもらおう。眉をわずかに動かしたソフィアに、ホットサンドメーカー片手に微笑んでみせた。

 まず、羊羹をナイフで半分に切る。半分は残して、ソフィアと従者さんたちにそのまま食べてもらう。残りの半分をさらに半分にして、四等分にした羊羹を平たくなるよう広い面に添って八等分にした。立方体に焼かれたパンを熱した包丁で厚めに切る。四人いるから、半分を四枚。ホットサンドメーカーに切りたてのパンを入れて、厚く切ったバターをパンの上にのせて、その上に八等分の羊羹を二つ並べて、パンで蓋をする。そして、ホットサンドメーカーを閉じて、焚火の上にある網の上に置いた。後で半分に切って完成だ。

「ソフィアさん」

 作業を見ていたソフィアに不敵な笑みを作ってみる。淑女の鑑だと謳われる彼女の喉は、生唾を呑み込んでいた。

「熱々の羊羹も、美味しいですよ」

 そこにパンの焼ける良い香りもしてきたら、ソフィアは顔を逸らしながら「いただきますわ」と呟いた。


「あんなにも鮮烈な甘さだなんて!」

「バターと苦い緑茶があると、最高でしたよね?」

 朝食を終え第十一層にむかう車の中で、スパッツにジャケット姿のソフィアに空いている拳で腕を殴られていた。羊羹はソフィアの口に合ってしまったようで、練羊羹とホットバター羊羹サンド、渡した胡麻味のひと口羊羹も食べきっていた。お野菜と肉の焼き物にスープも残さず食べて、「減量しているのに」と八つ当たりされていた。美味しすぎるのも、罪らしい。

 従者のふたりにはソフィアが小食を装っていたことを懸念していたそうで、そっと感謝を告げられたのは秘密である。

「最高でしたが!豆が甘いだなんて、ありえないと思っていましたが……!」

「美味しかったのなら、良かったです」

 淑女然としたソフィアが、化粧を施した顔が真っ赤になって文句を言う姿など、弟ぐらいしか見せることはないだろう。気を許してくれている嬉しさを意地悪な囁きで隠してみれば、ソフィアはそっぽを向いてしまった。

「甘い豆なんて、もう食べませんわ!」

「中央のフーフルー菓子店のキャラメルベリーポップコーンは食べないと?」

「わたくしに言葉で意地悪しないでくださいまし!」

 とどめの様に扇子で脇腹を突かれた。予想以上の痛みに顔をしかめると、ソフィアは深く息を吐いて、レースに彩られた自身の手のひらを扇子で打った。そして丁度良く車が停車した。

「では、参りますわよ」

「……はい」

 車を降りると、そこは岩の壁に囲まれていた。頭上には、灰色の壁で四角に切り取られた青空が見えている。壁には無数に穴があり、体格の良い人が行き来し、暗がりに続くはずの穴にはランプがつり下がっている。太陽がないせいか肌寒く、首筋が冷ないようフードを被った。

 駐車場の看板には、正面の岸壁の奥に採取された物が販売される市場、左側に旧第二採掘跡地と加工職人街があると書かれていた。粉っぽい香りが立ち込めるなかでも、黒い眼鏡を付けた道行く人々の眼は獲物を狙うように機敏だ。

「もはや街ですね」

「探索者協会が買い上げていますもの。給料が良いと人気とか」

 駐車場を出て、同線を邪魔しないように道の端を歩いていると、前を通り過ぎた砂に溝を掘る一輪の台車から、山積みになっていた透明な黄色の小指ほどの六角柱が私の足元に落ちてきた。拾い上げると目的の黄塵光石である。拾い上げて落とした人に駆け寄り話しかけて石を返すと、台車を押していた男性が会釈をしてくれた。

 石英が地中に停滞した魔素で変成したもので、通常よりも強度と透明度が高い。魔素に反応して柔らかく発光する性質がある。魔素の計測機器に使用される頻度が高く、米粒ほどの小ささでも透明度が高いと高額になる。砂塵山河で最も産出している鉱石だ。

石封華とゆかりがある石で、石封華が生えた岩場から黄塵光石が掘り当てられたところから、封じられ隠された石の目印となる花と名付けられたらしい。見た目の不思議さで言えば、石封華のほうが異界の植物らしさがあるな。ソフィアの下に戻ると、三人は黒い眼鏡をかけていた。

「原石って大きいのですね」

「お義兄様、軽々しく触ると周りが驚きますわよ」

「あ……すみません」

 ソフィアが扇子で示した先には、「黄塵光石に接触禁止、光害防ごう!」と書かれた注意書きがあった。「気を付けます」と言えば、ソフィアは口元を扇子で隠して首をかしげるだけ。眼鏡のせいで表情が一切読めなかった。

市場に向かう通りに響く声を聞く限り、どうやら大きな採取場所が見つかったようで、採掘量も採掘に来ている探索者と加工職人たちも増えたと話している。ソフィアはため息交じりに言った。

「加工前の黄塵鉱石を卸してくれると助かるのですけど、どうなるかしら?」

「原石の買い付けに来たのですね」

「ええ。けれど、個人の採掘は現状難しくて。職人が多いとなると、欲しい大きさがないかもしれませんわね」

 聞き捨てならない言葉を聞いた気がして訊ねた。

「個人採掘が出来ないのですか?」

 所長が「ひとりで行けるよー」と言ってくれたから来たし、事故や情勢にも難があるという話も聞いていない。危険度が高まったのだろうか。ソフィアは閉じた扇子を左の壁を指し示した。

「お義兄様は現場採取をお望みでしたわね。開場まで時間がありますし、案内しますわ」

 勝手を知り尽くした足取りで、標識が示していなかった方の壁にソフィアは進んでいく。左側にある金属のロープを頼りに、つるはしの跡が並ぶトンネルを付奥に進んでいくと、上から光がさす明るい場所に出た。渓谷に入り込んだらしい。

 所々に分かれ道があり、砂岩の迷路に入り込んだ感覚になる。ロープが続く先を探してソフィアを先頭にしばらく歩くと突然、太陽光が頬を焼いた。

「あそこが個人採取専用区画、第三採掘場ですわ」

 ソフィアが手のひらで示した先、街ひとつが入りそうなほど広い枯れた河の奥に、切り立った黄色の崖には人が入れるような穴はない。崖の上には風に揺れる草木があり、ロープも削り取った跡すらも見当たらなかった。

「どうして、ここに人数を割かないのですか?」

 ロープを伝って来ることができる場所なのに、採掘に出ている人が少ない理由があるのか。ずれた黒の眼鏡を整えるソフィアに訊ねると、扇子を開いてため息をついた。

「あそこには黄塵光石が大量に眠っていて、魔素濃度が入り口付近よりも高い。この距離でも光って見えますし、人が踏み込めば、たちまち前後不覚になるとか。ここ数年で毒性がある生物や植物も確認されたので、特技資格三番の三級以上を持たない探索者は立入禁止になったところですわ」

 貴重素材があり過ぎるのも困りものということか。所長の言う通り、ひとりの方が楽に採取できそうだ。納得して、ソフィアに提案した。

「ここはひとりで探索します。ソフィアさんは先に市場の方へ行ってください」

「異界生物への対処は如何するのですか?」

「逃げられるなら逃げますが、死ぬときは死にます」

 コートをめくって腰にある短刀を見せると、ソフィアはため息を吐いた。

「出来る限り死なないでくださいまし」

 日の入りの頃に第十層に繋がる門の前で待ち合わせをして、ソフィアと従者さんたちと別れた。


 砂に足跡を付けながら枯れ河の対岸にたどり着いたら、壁の下が抉れて日陰になった砂地に、じい様が持ってきてくれたものと同じ石封華のつぼみが列をなしていた。魔素濃度が高いと言っていたのに開花していないので、首を傾げた。魔素濃度指数で開花の時期を観測できるかも。思いついた仮説をスケッチブックに書きこんで、採取に取り掛かった。

 リュックから借りてきた研究所の保管箱と道具箱を取り出す。手袋に道具箱のゴム手袋を重ねて、地面に伏せた。ガラスの箸で砂地にわずかに埋まった花のつぼみを掴んで上に引っ張ってみた。

「お」

 するりと地面から抜けた。下には白く短いひげ根が伸びている。ひげ根をナイフで削り保管箱の蓋を開けて中に入れると、蕾は保管箱の底に落ちることなく箱の中央で漂っていた。衝撃対策らしいが、どういう構造なのか、未だに理解できない。

 検証に使う予定の数と予備をすこし、大小問わず二十個のつぼみを箱に詰めた所で蓋をした。箱を覗いて数を数えて、採取は完了。そばに群生している石封華の山をちらりと見て、小さな穴まみれの砂地を手でならした。乾燥地帯は生育が遅い植物が多いし、乱獲は厳禁だろう。

 魔素形態をそのまま維持して吸収していたらいいな。淡い希望を抱いて保管箱をリュックに閉まった。後は黄塵光石を採取したい所だが、ソフィアからの情報を考えると危険度が高い。深入りはしたくなかった。

 市場に買いに行けばいいか。空を見上げると、日の高さは天辺よりも低い。花の名前の由来の通りに、足元に小石が転がっていないか探してみよう。穴を埋めた砂地をヘラと刷毛でかき分けてみると、砂の底に黒みがかった透明な石が幾つもあった。

「なんだ?」

 角のたった小石は、透かし見ると青空の色を濃くするだけで、遠くの岩壁の縁をくっきりと映していた。砂地にある石にしては、角が鋭い。ガラス片のようにも見える。

 小石に違和感を覚えつつ砂の中をさらに探ってみる。手首の深さまで掘れば、砂の中でヘラが何かにあたった。砂を刷毛で避けると、きらりと光るものがあった。道具箱の底から鉱石図鑑を出して開き、光るものと図鑑を交互に見てみれば、拾い上げた時に見た黄色の石――黄塵光石らしきものがあった。

「え、本当に」

 砂を深く掘り進めてみると、拳ほどの先がとがった六角柱が顔を出し、引っ張り上げると難なく砂地から引っこ抜けた。黄色の透明な柱の中には筋や曇りがあるが、折れた根元には緑色が入っていた。色付き石英が変成したものか。

 売れば値が付く品だろう。頼まれた物は極小の検体を見る為の素材で、丸薬ほどで透明度が高いものにしてくれと言われているので、これを売って目当ての物を市場で探してみよう。

 今後の予定を決めて、掘った穴を埋めていく。そして黒い石がまた顔を出した。砂塵山河に黒い石を産出する話はなかったはず。気になったので、鉱石図鑑を手に取った。

 ページをめくって、砂塵山河にあるとされる鉱石をしらみつぶしに探す。摘まみ上げた黒い石と図鑑の特徴を読んでいくと、図鑑の半分手前の所で特徴と合う黒い石を見つけた。見出しには偏光魔石と書かれていた。

「ばっか……!」

 慌てて石を砂地に向かって投げつけた。すると砂岩にぶつかり、拳銃から弾丸が発射されたときの音が響いた。荷物を置き去りにして日向に走りだす。背後からは何度も破裂する音が響いた。

 天然魔石は魔素を貯める性質を持つ、通信機などの携帯型魔法具に必須の貴重鉱物だ。黒くなった偏光魔石は魔素を貯め込んだ状態であり、強い衝撃を受けると破裂し、近くにある偏光魔石も連鎖して破裂する特性がある。枯れ河のそばまで来て、ようやく背後の音が収まった。危なかったと振り返って息をはいたところで、気が付いた。

 手袋外せば危険じゃなかったし、放り投げて良いものでもなかった。びっくりして一番危ないことをするなんて。肩を丸めて日陰に戻った。

 置いたままの荷物は無事だった。ただ、砂地に小さな穴が幾つも出来上がって、石封華のつぼみに細かい偏光魔石が突き刺さっている。花は開花していなかった。

 手袋を外して落ちていた魔石を摘まみ上げると、空を透かして見た時には透明になっていた。やっぱり魔石だ。図鑑に砂塵山河でも魔石は採れるが、産出量は減少傾向にあるとも書かれている。なんでこんなところにあるのか、気になったが砂の中に魔石を戻した。

「これは置いていこう」

 研究所から採取申請を出したのは、黄塵光石と石封華だけだ。魔石はふたつを凌ぐほどの貴重な鉱石だが、貴重なほど持ち出しに余計なお金を払う必要も出てくる。今度、ただの探索者として来る機会があれば、採れば良い。これ以上しでかす前に、市場に行こう。

 荷物をまとめて砂をはらう。残したものがないかを確認して、日陰を出た。枯れ河を渡り切った、その時。

「ん?」

 上から影が落ちてきた。見上げると羽ばたく音がして、大きなものが空を横切った。その影をおって背後の壁を見上げた。

「飛竜が、いっぱい……」

 無数の太陽光できらめく鱗を身体につけて、鋭い爪は砂岩に食い込み、崖を隠す体を支えている。大きな翼は羽ばたく度に、離れている私の足元の砂を舞い上げフードが外れた。

 砂塵山河の階層生態系の頂点――黄塵飛竜が十体いた。縦に細くなった瞳孔はすべてこちらに向いていて、背後にも羽ばたく音がしたと思えば、重たいものが降りた時の振動が足から響いてきた。

 ここにきて、終わった。いやまて、何かできることないかな。そう考えて肩掛け鞄の蓋のしたに手を潜り込ませようとしたら、崖に爪を喰い込ませて張り付いた一体の飛竜が咆哮をあげた。動くな、と言いたいらしい。

 両手をあげて咆哮をあげた飛竜を見ると、歯をむき出しにして息を荒くしている。その背中に、人の身長はある黒い釘が刺さっていた。雄々しい顔の左側には痛そうな傷跡が走っていた。他の飛竜に似た傷はなかった。

 咆哮を受けた私のコートの下では、膝が震えっぱなしである。じい様とか所長ほどでなくても、セロとかミリアムみたいな戦闘特化技能を身に着けていれば、怖くなかったのかな。いや、怖いだろ、誰だって!

 真っ白というか、打開策を考えられず両手をあげているだけの私に、黄塵飛竜たちが声をあげ始める。そして釘が刺さった飛竜が目の前に飛び降りてきて、飛竜の眼が迫ってきた。黄色と緑に茶色で美しく彩られた飛竜の虹彩が動くごとに、暗い瞳孔が大きくなったり小さくなったりしていた。周りでは飛竜たちの咆哮が鳴りやまず、あげた両手をそのままに飛竜が飛ぶ青空を見ていることしか出来なかった。

 わー、青に少しだけ橙色を混ぜて、白を足して塗り広げたら、同じ色が出来るなー。空に居る飛竜さんは、黄色に紫を入れた茶色に白を入れた鱗で綺麗ですねー。あの草の色は、と現実逃避をしていたら、視界に飛竜の瞳が入り込んできて「こちらを見ろ」と言いたげに睨んできた。

 渋々、飛竜の彼もしくは彼女と目を合わせると、ゆっくりと飛竜の瞼が閉じられた。飛竜って瞼あるのか。砂漠だから、砂から守る為の進化なのかな。現実逃避に拍車をかけると、飛竜の頭で押し倒された。尻もちをついても、こちらを見てくるだけだった。

 なにか求められているのか、もしくは取ってはいけないものを持ち出そうとしているとか。思い当たるものはふたつしかないので、リュックから黄塵光石の原石と石封華が入った保管箱を飛竜の前に置いた。

「その、持って行ってはいけないということでしたら、置いていくので見逃してくれませんか……」

 フードを取って、正座をして頭を下げる。死にたくない。胸の内の叫びを呑み込んで、額を熱い砂につけて彼らが去るのを待った。そこに砂を踏む音がした。

「盲目の上に耳も悪いなどと、煩わせおって……頭をあげるが良い」

 地を這うような低い声が上からふってきた。恐る恐る顔をあげると、凶器じみて鋭く暗い黄緑の瞳が見下ろしてきていた。締まった筋肉は金と白と黄色で彩られ、視線から逃げるように長い金髪と小麦色の額に頂く黄色の宝石の額冠を見た。

「我らが郷を探る者よ」

 声をかけられて、肩が揺れた。話しかけられていることを忘れていた。「な、なんでしょう」と裏返った声で返事をすると、額冠の男性は「立て」と言った。周りを確かめながらゆっくり立ち上がると、飛竜ではなく額冠の男性と似た服装と容姿の男性たちに取り囲まれていた。誰もが体格が良く、目線の先に腰があるので、三メートル近いのではなかろうか。姿勢を正して見上げると、指をさされて宣告された。

「己が無害であるというなら、ついてこい。なにかすれば、殺す」

 死なないでくれというお願いは叶えられないかもしれない。内心でソフィアにお詫びを告げて、巨漢たちに背をおされて枯れ河を引き返した。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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