魔素研究と成果物
宿舎中庭の影が足元に落ちる頃、じい様は帰ってきた。少年たちは話がまだしたかったようだが、午後の授業と昼食の為にお別れとなった。手を振る三人に小さく振り返すと、水が入った瓶を渡された。蓋をあけて飲むと、かすかにレモンの香りがした。
「仲良くなったみたいだな」
「熱心に訊ねられたので、新鮮でした」
向かいに座ったじい様はじっと私を見てくる。なにか変なことは言っていないと思うが。眼鏡の奥でゆっくり瞬きをしていると、じい様は腕を組んで片眉をあげた。
「お前さん、魔素が揺れている」
「え」
コートから僅かに漏れ出ている魔素だけ判断出来るのか。やはり目の前の人はすごい人だな。「そうなんですか」と感心していたら眼鏡に衝撃がきて、こん、と音がした。テーブルには小石が転がって、向かいの組まれた腕の左の指がこちらを向いていた。
「他人事のようにいうな。魔素が揺れるというのは、お前の身体が悲鳴をあげている証拠。さっきよりもひどいぞ」
「……お腹減っているからですかね」
体から放出される魔素は、体調によって量が変わる。魔素操作は放出量を操作することで、体調を崩れにくくする手段でもある。魔素暴走を起こすまで風邪を引いた事も、毒や劇物以外で寝込んだ事もないので、魔素が揺れていると言われたのも初めてだ。
お腹を撫でてみると、ずきりと痛んだ。おかしいと思ったときにはテーブルに頭を突っ伏していた。
「いっつ……」
お腹の中が渦巻いている。痛みは呼吸する度に強くなり、倒れた時の恐怖もこみあげて冷や汗が止まらない。この流れが魔素なのだろうか。そばに来たじい様の方に顔を向けると、懐から黒の布の包みを出した。
「なるほど、こういうことか」
そう呟くじい様は、包みの中から灰色のざらついた花のつぼみのような物をつまむ。つぼみを手のひらにのせて、痛むお腹にそっと押し付けてきた。すると、お腹の方がひんやりとして、少しずつ痛みがやわらいだ。
「……なんだか、すこし楽です」
痛みで力んだ身体が優しい冷たさと一緒に緩んでいく。深く息を吐くと、テーブルに垂れた前髪をじい様の指がかき分けた。
「急用で出たのは、テトからこれを持ってお前さんに会いに行けと、ゼロの虫風が言ったのだ」
じい様が手を離すと、お腹にあたっていた花のつぼみが、花びらを黒くして花開していた。玉のような菊を思わせるが、色が青みのある黒で花らしく見えない。じい様が花をテーブルに置くと、その華から爽やかな果実と砂の香りがした。
「南方の砂塵山河にある、石封華という植物だ。発熱している者のそばに置くと涼しくなる上に、周囲の魔素を吸い上げて減らしてくれる」
熱冷ましと小規模な魔素浄化ができるのか。そんな植物があるなら、採取に行って魔素構造を維持したまま吸収しているか観察したいな。頭をテーブルに預けたまま黒い花を見ていると、じい様はもうひとつ石風華の蕾を私の右手に握らせた。自分で吸収させろということだろう。お腹に押し付けると、手袋越しに渓流の川面に手を入れたときのような冷たさが伝わってきた。
気持ちいい。冬だったら冷たくて、使いたくなかったかも。力みを緩めて息を吐くと、じい様がベンチの隣に座ってきた。
「その場にふさわしい温度になろうとする。冬場は温かくなることが多いぞ」
考えていることを見透かしたように言った。生物って、すごいな。思考も緩みはじめてきたところで、手の平に違和感が出てきた。お腹にある手を見ると、蕾が黒い花になっている。痛みも消えて体も楽だ。起き上がってテーブルに花を置くと、一つ目の花の色が薄くなっていた。
「吸収した魔素は開花しきると少しずつ放出される。お前さんの魔素は量も多く分解が早いから、放出速度も早かろう」
「へえ……」
指でつつくと、花びらが一枚剥がれ落ちた。テーブルにのった花弁は、砂の彫刻のようで、指で押すと粉々になった。砂岩に擬態しているのかも。面白いと石封華を眺めていたら、じい様が肩を叩いた。
「落ち着いたようだし、話すぞ」
そういえば、仕事の報告をするのだった。じい様の報告は、三文で済んだ。
連続爆発事件がテトの予測の中に、全く現れなくなった。
魔素吸着をしてしまう魔素の持ち主は、治療で改善されない異能と判明し、魔術化訓練を受ける事になった。
他の被害者の治療も進んでおり、出回ってしまった物の回収が始まっている。
総合的な結果として、事件の未然防止を成功したことになる。よかった、と安堵のため息を吐くと、じい様は私の背中をさすってきた。
「依頼報酬は、後日郵送で送られるらしい」
「報酬が出るのですか?」
痛みが来ないので、さすられたまま隣の美少年に問いかけると、怒りが灯る眼で睨み返された。
「バンデルのせいで、ゼロが出る羽目になった。それに伴って、とばっちりでお前が倒れたのに、慰謝の品もなしとなれば……バンデルの小僧でも叩き切りに行くぞ」
「てっきり報酬なんてないものかと」
研究所の壁を壊した罰則で依頼を受けていたので、報酬なしの業務だと思っていた。貰えるというなら、世話をしてくれた義父とじい様とセロに、渡してあげて欲しい。じい様の鋭い眼に苦笑いで頭をかくと、短く息を吐いて背中をさするのを止めた。
「お前さんに必要になるものを贈ると書いてあったぞ」
「それは、テトさんの予言ですか?」
「わからん。届くのを楽しみにしておけとしか書かれていなかった」
私が必要になるものなんて、どんなものなのか。考えているとお腹の虫が鳴って、じい様はお腹を見てきた。そして微笑んだ。
「食事を食べる体力はありそうだな」
顔を赤くしてお腹をさすると、じい様の笑みは深くなった。
一週間の療養を終えた翌日。着替えをまとめた風呂敷を抱えて、お世話になった部屋を後にした。風光園を一回りして楽しんだ後、出口に向かうと、着物のヤエコさんが立っていた。何故ここに。問いかけるよりも先に、ヤエコさんは指を鳴らした。瞬間、研究所の所長の執務室に居た。
「へ」
足元を見ると、履いていた革靴が靴下もろとも脱がされていた。風呂敷の包みもなくなっている。あたりを見回していたら、板張り廊下から鈴の音が近付いてくる。廊下を見れば、灰色の絣を羽織った所長が入ってきた。
「御帰り」
そう言った所長の顔には布が無い。柔らかな白髪に血色の良い頬、長い睫毛と整った眉、唇には紅がさされていて眼光は穏やかだが、白目と黒目の色が逆転していて、白い点がこちらを見ていた。うん、美人だよ、知っている。
続いてヤエコさんとヨツハさんがはいってきた。ついてきた二人は腕で輪を作り、輪の中に頭を入れて、顔を伏せたまま所長の左右についた。
「話をしよう」
所長は鼻から下は微笑んでいるが、上は冷ややかに私を見てくる。宙から現れた座布団に座ると、向かい合う所長は膝に頬杖をついた。
「テトの依頼は完了した。追加業務について、残りはふたつだ。けれど、言いたいことはそれではない」
ゆるい口調の人が突然丁寧に話し出すと、怒っているように思うのは気のせいじゃない。何かした覚えはないけれど、姿勢を崩せる雰囲気ではなかった。所長の左右に居る側近ふたりは顔も声も一切上げることなく座っている。腕は辛くないのかな。視線を戻すと、所長はにっこり笑った。うわ、美人過ぎて怖い。
「君の体質変化について、ヨツハから報告を受けた。高濃度魔素環境に一時間以上滞在した結果だ」
アナフィラキシーショックで倒れたけれど、体質変化という話はお医者さんから聞いていない。「どういった変化ですか」と訊ねれば、所長は作り込まれ過ぎた笑顔のまま言った。
「君は幻霧郷踏破が出来る身体になった」
「はい?」
「魔素環境の方が悪い状況に適した体質になっている。今では天蓋島の薄い魔素環境の方が生活に支障が出るかもしれない」
言葉を咀嚼しようと所長の奥にある壁を見上げてしまった。じい様や歴代のフウジ以外しか成し遂げていない、偉業を成し遂げる条件が整ったということ。思った事をそのまま口に出してみた。
「実感がありません。今ではマスクなしでも息が出来ますし……」
「濃度差を実感しないということは、もう一段適応した証拠だ」
微笑みを止めて所長は小さく息を吐いた。呆れと疲れが見える顔をよく見ると、頬の上にうっすらと隈があった。もしや、先日のヤエコさんに続き、所長も寝不足ですか。化粧で隠していることを訊ねるのは話が脱線しそうだったので、踏み込んだ内容を訊ねてみた。
「適応による体質変化の計測はできたのですか?」
顔を伏せたままのヤエコさんに声をかけるも、肩を揺らしただけで話そうとしない。代わりに所長が口を開いた。
「魔素構造の変化はなかった。変化した点は、魔素生産量が倍増したことのみだ」
「それは……免疫機能としての過剰反応ということではないのですか?」
所長の首を振った動きに合わせて、鈴の音が聞こえた。
「分解する魔素だけが倍増したのではなく、レイの魔素すべての生産量が上がっている。驚きなのは、今の君の身体はいたって健康だし、魔素放出する機能もヤエコが計測した時よりも多くなっていることだ」
まだ会って数分で、一週間前との区別がつくのは、ヤエコさんの観測執念と所長の眼が凄すぎる。顎を撫でて、首をかしげた。血中の免疫細胞が増えすぎて病気になる事もあるけれど、血液を作る速度が上がっていて、消費する速度も高くなったと。
「短命になりそうですね」
「いや、レイの魔素生産量は現在の量が適正だ」
畳に落ちていた視線をあげると、所長は頷いた。瞬きを数回しても、頷くだけだった。
「え、いやいや……普段の生活に合わせた魔素量が適正でしょう。魔素の合成が倍増した状態が普通だなんて」
所長による健康診断では、私の魔素量は一般人と同じぐらい。それが倍増したなら、四六時中ずっと走り続けているような負荷だ。無理ですよ。ありえないと首を振ると、所長は頬杖を止めて背筋を伸ばした。
「灯光の証と共に生まれた双子は、母子ともに死産が多い」
部屋に痛いほどの沈黙が降りた。風の音も虫の声も、空調の動作音も聞こえない。止まっていた息を吐きだせば、所長は言った。
「胎児に現れる灯光の証は小さい。とはいえ、人の魔素を食い潰すのだ。証を絶やさず、成長させ過ぎず、微妙な調節を施してやっと、出産できるようになる」
言いたいことは、察せた。気付いた事に気付いた所長が眼で「言いなさい」と告げていた。
「胎児のときに、灯光の証の魔素吸引と胎内の魔素調節による高濃度魔素環境を耐えて産まれた。そういうことですね」
「そんな体質も穏やかな生活をしていれば退化もする。けれど、過酷な環境を前に、君の身体は胎児の頃に必要だった機能を思い出して、適応してしまったわけだ」
弟は生まれた時から体内に灯光の証があった。大人顔負けの規模で、本人の魔素だけでは足りずに、周囲の魔素を奪う量も多かったはず。母子ともに死なないよう大量の魔素を体内に入れた結果、人並みの胎内以上の魔素濃度の中で、灯光の証の光が吹き荒れる場所に、胎児の私が居たということになる。その身体機能が復活してしまったのだろう。
生まれた時から過酷すぎるよ。いや、生まれる前か。灯光の証の熱さを思い出して眉を寄せる。所長は眉を下げた。
「本当に、彼女と同じだから嫌になる」
「……彼女とは、どなたですか?」
呟くように言う言葉を見逃せなかった。所長から逃げるように側近ふたりの頭が動いた。そろそろ腕を下ろしたらどうですか、と言いかけて、所長の顔に布が無いから見ることができないのだと思いだした。早く切り上げた方が良いのに、話を振ってしまった。ごめんなさい。所長は眉を下げたまま笑った。
「盲目の賢者の初代だよ。あの子は、化粧を教えてくれた」
懐かしむように、押し花の栞をなでるように。所長はゆるりと見てきた。口から直感した言葉が出ていた。
「もしかして、初恋の人の面影を求めて、私を側近にしましたか?」
所長の隣の側近が噴き出した。いや、顔を背けてあげた腕を振るわせているのは、ヨツハさんだけだった。ヤエコさんの後頭部はヨツハさんの方を向いていて顔は確認できないが、「ヨツハ、後で覚えていろよ」と低い声が聞こえてきた。
じい様から、所長は王国との戦争時に盲目の賢者に完膚なきまでに負けた後、一目惚れして定期的に茶会に呼んでいたらしいと聞いた。盲目の賢者は英雄グランドの双子の妹だ。つまり、先祖の血縁を眺めて過去に思いはせていると。
本当にそうだとしたら、気持ち悪いよ。半眼で目の前の美人を見つめれば、所長は微笑んだ。
「それも半分あるけれど、半分は彼女との約束でね」
半分は否定しないのか。ヨツハさんの震えが止まった頃、所長はそっと言った。
「私と同じ人が現れたら、西に閉じ込めないでほしい。そう言われた。死ぬ間際のお願いをきかない訳にもいかないだろう?」
「勝手に出てきましたし、今では東以外で生活出来そうにないですけどね」
「はは、そうかもね」
笑ってうつむく所長は右手をゆるく開いて握った。そのあとに息を大きく吸って、所長は私に向き直った。仕切り直しのようである。
「君は今後、自身の魔素量が増えているのに放出できなくなることが増える。魔素放出の為に異界門の階層に出向する回数を増やさないといけない。加えて、君たちの研究についても一区切りになった」
所長からヤエコさんに視線を向けると、小さな金属製の霧吹きを畳の上に置いた。所長は霧吹きを自身の顔に向けた。
「君が入院した時の検体量がかなり豊富だった。君の体内では魔素を固定しつつ剥がれないようにする魔素を見つけられたようで、それを高濃度抽出してポーションにしてみたらしい」
「え、じゃあ……!」
「私の顔を見られるかどうか、試してみようと思ってね」
魔素暴走して寝込んでいる間に、物が出来ているとは。驚いていたら、ヤエコさんとヨツハさんが私の隣ににじり寄ってくる。所長が霧吹きを押して顔に被ると、隣にいる二人は腕を下ろした。そして「あう」とヤエコさんが顔面をそのまま畳にぶつけて倒れ込んだ。
「ヤエコさん?!」
大丈夫ですかと肩を揺らす。顔を見たら、頬を赤らめて満足そうな表情で鼻血を出している。そして小さな声で言った。
「眼福……」
嬉しすぎて倒れることってあるのか。ハンカチを渡して起き上がらせると、ヨツハさんが着物の袖で所長を遮った。
「計測時間、十五秒。効果時間としては短時間ですね」
「はぁ?!一秒でも見えただけ、感謝しなさいよ!おこぼれ貰っておいて!!」
ハンカチで鼻を抑えるヤエコさんが、空いている手でヨツハさんの胸倉を掴みかかろうとした。なだめるように間に入ると、所長が「ヤエコ」と呼んだ。ヤエコさんはその場に居直り、畳に手をついた。鼻血で畳を汚さぬように、ハンカチを敷く早業も見た。
「なんでしょう、主様」
「無害な範囲で効果内容を調節できるな」
「もちろんでございます。ただ、この魔素ポーションを保管する容器の素材が希少金属のみ。保管可能時間も最長が三十分なので、量産しても長期保存は出来ません。魔素ポーションとして製造機でも作ることはできませんので、製造方法を容易にする研究を進めます」
態度の変わり方が怖い。所長は「ふむ」と言いながら懐から布を出して頭からかぶった。
「ポーション製造機か、それに類する一般機材で作成できるようにしなさい」
「ご随意のままに」
ヤエコさんは頭を深く下げた。釣られて私も頭を下げた。
「これにより研究目標である目的をヤエコは達成し、今後は発展した内容に進む事になる」
所長の手にある霧吹きの中身は、言い換えると魔素暴走に付随して起こる現象を止められるポーションになった訳だ。魔素暴走を止める魔法に近づいたと言っても過言ではない。ポーション瓶の保存魔法を分解して、量産できないにしても、一か月で目覚しい発展である。
「というわけで、君たちの研究室は閉鎖だ。各々が研究に励むように」
「「え?!」」
声が重なったが、ヨツハさんは目を伏せて頷いている。所長は布の下の顎を撫でながら言った。
「当初の目的は達成したし、ヤエコは論文作成を人に押し付けて観測ばかりしている。レイは論文を作るのに追われて、名ばかりの研究員になっている。外にも出られず、同じ様に他人の論文を仕上げている検体の子たちよりも、良い給料を貰っているのは示しがつかないだろう」
共同研究と言いつつ、ほとんどヨツハさんに任せっきりだった部分もある。研究員の仕事をしていないと言われても仕方がない状態だ。分担という慣れを突かれて、閉鎖を受け入れるしかないと思った。しかし、ヤエコさんは「でも」と続きを言いかけた。
「でも、じゃないよ。ヤエコ、君は魔素浄化研究室からレイを掠め取った。東方の魔素環境を改善できるかもしれない研究員を、君の論文を翻訳させる為だけに引き出しに仕舞っておけと言うのかな?」
「うぅ……」
「いい加減、天蓋島の言語で論文の五本ぐらいは書かないと、ね」
「はい、承知いたしました……」
ヤエコさんは両手と額を畳につけた。私も同じ様に頭を下げると、「もういいよー」と普段の所長の声が戻ってきた。
「じゃあヤエコ、ヨツハとお勉強してねー」
「ひゃ!」
ヨツハさんが銀の縄を伸ばし、ヤエコさんを縛り上げた。そのままヨツハさんは「何処触って!やめなさいよ!」と叫ぶヤエコさんを引きずって研究所の廊下へむかって部屋を出た。「レイが触れば、ほどけるから」と助けを求められたが、所長が首を振ったので会釈して見送った。
静かになった執務室で、所長と見合う。そして気になったことを口にした。
「東方の魔素環境の改善について、力不足なので期待しないでください」
そんな大層なことできません。そう伝えると、所長はケラケラ笑って肩をすくめた。
「苦手なことは人に頼めばいいよー。それこそ、ヤエコみたいにねー」
「あと、やりかけのままで恐縮ですが、魔素暴走を止める魔法の研究を一時停止したいと思います」
「どうしてー?」
倒れる一歩手前まで身体を傾ける所長に、義塾でもらった宿題の話をした。
「魔素暴走を止める魔法で、私は何をしたいのかと考えた時に……思いつかなかったので、私の異能で出来そうなことで、もっと面白いことが出来ないかを考えようと思いまして」
所長は前のめりになって、「へえー!!」と興味深そうに声をあげた。座布団から降りて、畳の上で正座になった。
「これからも研究所で貢献度が低いままになるかもしれません。ですが、結果として目標の魔法に繋がると思うので、研究の脱線を許していただけますか」
「いいよぉ!!許可します!」
所長は着物の袖と身体を揺らして許可してくれた。「ありがとうございます」と頭を下げると、所長が私のそばに寄ってきた。
「で、で?何をしてみたいの?」
「それがまだ、見つかっていなくて……」
頭をかくと、所長は耳元でそっと言ってきた。
「天蓋島の灯光の証を、全部消すのはどう?」
布の下にどんな顔が隠れているのか知らないが、きっぱりと「嫌です」と答えた。戦争に加担するようなことはしない。
その後も所長から幾つか提案されたが、思い描いたような楽しいことは思いつかなかった。けれど、夕食の香りが漂う夕暮れの帰路は、清々しかった。研究は楽しいけれど、研究の目標も楽しくてもいいのだと、心から思えた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
これにて一章、区切りとなりました。以降もお楽しみいただければ幸いです。




