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犯罪捜査協力:被害者救助②


「ん……ぁ……」

「起きましたね」

 縄で縛り上げ拘束箱と似た機能の寝袋に入れた青年の顔を覗き込む。ゆれる眼とあったと思ったら、瞼を大きく開いて見てきた。

「ここは守衛室です。通報をして、倉庫に居た被害者の皆さんの搬送をしています」

 応急手当をした後、地下の状態をセロに伝えようと螺旋階段を登ったら、救急隊が待機していた。爆発で建物が揺れた時点でセロが通報していたらしい。私が死んでいる可能性も考慮して、防護服を着て突入をしようとしていた。すぐに爆発による生存者の被害はないこと、被害者がいる場所には危険物はなさそうだということ、発見した救助対象の人数や容体などを伝えた。

 魔素を吸着する魔素を放つ青年は守衛室で隔離、地下の魔素濃度が4を下回ったところで突入。魔法や薬物による生命維持がなされているかの確認をしたあと、私が被害者全員にふれて暴発の危険を排除、拘束箱でひとりずつ保護して運び出すことになった。

 魔素分解と魔法の解除を終えて被害者を運び出す間、邪魔にならないように青年と一緒に隔離されていた。守衛室の黄土色の床に座って、搬出終了のノックを待っている。顔色が悪くないと確認して壁にもたれかかると、青年は天井の照明に目を細めた。天井には夜空の星が描かれている。

「暴発もしませんでしたので、みんな、助かるそうです」

 箱には仮死状態にする禁忌魔法がかけられていて、衰弱と栄養失調さえ治してしまえば回復すると救急隊の人が教えてくれた。よかった。肩の力を緩めると、「なんで」とつぶやきが聞こえた。隣を見れば、伏せた目元に涙の粒があった。

「魔素を分解する魔素を発しています。一緒に居ても、大丈夫ですのでご安心を」

「そんなわけあるか。灯光の証以外で無効に出来ない……!だから俺は悪魔なのに」

 起き上がろうとする青年の胸を止める。顔の怪我は治っていても、身体は拘束して動けないようにしてある。察した青年の顔は険しくゆがんだ。

「頭痛、吐き気はありますか?目眩とか、眩しいとか……」

「……ちょっと眩しい」

 気が動転していたのか、気絶している人を動かすのはご法度なのに、廊下に移して頭の固定もせずに鼻血の治療だけをした。起きたから良かったものの、彼が死ぬ事があれば私が殺した同然である。起きてくれてよかった。そんな安堵を胸に隠して、リュックの中を漁る。

「それじゃあ、板をたてかけて」

「布を被せてくれ」

「……わかりました」

 青年の頭の上に清潔なタオルを被せる。白のタオルがかすかに上下して染みが広がるのを見ていたら、タオルの下の唇が動いた。

「俺はどうなる……?」

 不安に揺れていてもしっかりとした口調に、想像がつくことを伝えた。

「ひとまずは肉体を回復させて、魔素を調べるところから始まるかと」

「そのあと、死刑か」

 期待するような声だった。首をかしげて見下ろす。

「望んで犯罪に協力して人体実験をしていたなら、可能性は高いと思いますが……」

「そんなわけあるか!」

 青年がまた起き上がろうとしてタオルが床に落ちた。眉を吊り上げて鼻息荒く見てきたが、激しい動きに青年の顔が歪んだ。「落ち着いて」と肩を支えて青年を横にして、そっとタオルをかけ直した。

「では、死刑ではなく、経過観察と魔術化訓練と奉仕になると思います」

「……魔術化訓練ってなんだ」

「自身の体質の制御をして使いこなせるようにするための手順があるのです。ありていに言えば、自分の身体を理解して、もっとすごいことが出来るようにするのです。東方に魔術使いが多いのは訓練方法が確立されているからなのですよ」

 私は未だに出来ていないけれど。内心で呟くと、青年は鼻で笑った。

「そんなこと、出来ていたら……こんな事になってない」

「今から始めればいいですよ」

 見透かしたような言葉を切り飛ばせば、青年は黙ってしまった。言い終えた後になって、酷いことを言ったと気づいた。

 思い立ったらやってみればいいと、周囲からは言われ続けている。でも、理解のある周囲が居たからこそ、やってみようと思える。苦しい思いをして、人を傷つけないように懲罰房の中でひとり頑張ってきた人にいう言葉ではなかった。

 次にいうべきことを見つけられず、部屋に沈黙が降りた。無神経さに落ち込んでいると、扉からノックの音がした。返事をして扉を開けると、マスクの奥の顔色が戻ったセロがいた。後ろの廊下は救急隊の人が速足で行き来していて忙しない。

「終わった?」

「容体が急変した人がいて、長引いている。しばらく終わりそうにないから、これを食べてくれ」

「わ、ありがとう」

 渡された風呂敷で作った鞄に、羊羹と書かれた箱とゼリー飲料と水筒があった。なぜ羊羹?訊ねるよりも先にセロは螺旋階段の方に走っていき、また守衛室はふたりきりになった。

 青年の隣に戻って、ゼリー飲料を取り出す。胃に入ると液体になって少量の塩分と糖質がとれる、熱中症の人に飲ませるものだ。手に取るとぬるくなっていて、ちょうどいい。細い飲み口の蓋を回すと、ぱきり、といい音がした。

「差し入れです。水分補給をしましょう」

 頭をぶつけた時は水を意識して取らないと駄目だ。ゆっくりと青年の体勢を横向きにして、タオルをめくってゼリー飲料を差し出した。青年の唇は真横に引き結ばれていたが、しばらくしたらゼリー飲料の口をくわえた。飲料の袋がかすかにへこんだのを見計らって、袋を指で少し押し、少し休ませる。じりじりと減っていくゼリーを根気よく飲ませていると、袋の厚みが半分になったところで飲料を取り上げる。

「……まだ飲める」

「いえ、すこしずつにしましょう」

 どれほど懲罰房で過ごしていたかわからないが、栄養失調にみえる人の胃腸に無理はさせられない。「また後で」とタオルを被せ直した。

「私も食事をいただきますね」

 そう言えば青年も小さく息を吐いて「勝手にしろ」と言った。緊張が緩んできたのか、お腹が食料を求めている。羊羹の箱の蓋を取ると、中に個包装になった羊羹が八本入っていた。登山の時に持って行く行動食か。すぐに一本食べ終えて、水筒の中身を飲んだ。冷たくも熱くもない水に「正解だけども」とこぼしてしまった。

「お前は」

 羊羹をもう一本食べようと包装を剥がしていたら、青年が話しかけてきた。どうかしましたか、と訊ねる前に切り出してきた。

「なんで俺に襲われた」

「どういうことです?」

「倉庫で探し回っていただろ。わざとか」

 食糧庫で照明片手に探していた様子に違和感を覚えたらしい。頭をかきながら苦笑した。

「いえ、私には真っ暗に見えていたのですよ。本当にびっくりしました」

「……魔素光盲ってやつか」

 察しが良い。魔素についての勉強もしているのかも。「そうです」と同意して羊羹を一口食べた。暴力的な甘味と豆の味を水で流す。ひとまず満足した。食事を持ってきてくれて、ありがとう。優秀な相棒に感謝の念をおくる。

「ありがとう」

 耳に感謝の言葉が重なる。セロへの言葉が口から出ていたかと思ったら、青年の声だった。

「……よかった」

「よかったですね」

 なにが良いのかは知らないが、同意しておく。

「俺みたいな、居るだけで迷惑なやつも、生きていていいのかな」

 泣くでもなく、苦しみもなく、さらりと口にされた言葉に、自分の唇に力が入った事を他人事のように感じた。もちろんだと言いかけて、言えなかった。

「俺も、ダグラス・グランドみたいになりたいって、また思っても、いいのかな」

 青年の言葉が喉につかえて、喉を絞められた時を思い出す。なにも巻き付いていないはずなのに、右の指が首を確かめた。

 皆が憧れる救国の英雄。なんども語り継がれた、実在した光の勇者は、誰かを助けることに命をかけた探索者だった。誰かの為に、という言葉は思いやりの証として広がっている。けれど、頭によぎった声は背中を突き刺して目を伏せたくなる。青年はタオルの下で笑った。

「なれる訳ないか。俺は悪魔だしな」

 人に害をなす異能使いを、灯光教では悪しき魔素の持ち主――悪魔と呼ぶ。悪魔は魔術使いとなるべく修練を重ねて己の力を制御しようと努力する。悪魔を自称する人は、等しく敬虔な信者であることが多い。言葉の末尾の寂しさが残ったところに、膝を抱えて青年にだけ聞こえるように呟いた。

「……私の方がよっぽど悪魔かも知れません」

「そんなことないだろ。高度な浄化魔法を使っているじゃ……」

「灯光の証を消せるのです」

 遮っていえば、青年の喉に空気が吸い込まれ、喉に息が呑みこまれる音がした。

「生きていることで、社会の安定を崩すのです。何かになりたいと思っても、ことごとくその場にいるだけでいいと言われてきました」

 近寄るな、触るな、関わるなと言われる。後に、そこに居るだけでいい、魔術化しなくてもいいと言われ続けた。私だって、英雄みたいになりたいと思っていた。でも、出来ないことの多さに打ちひしがれて、周りに励まされても、隣を歩いていた人たちに置いてかれている。

 上から目線で堂々と、出来ると言えるわけがなかった。

「ごめんなさい。あなたの夢にできると断言したいですが、出来ません」

 そっと謝って唇をかむと、沈黙が降りた。灯光教の信者にとって、信仰対象を消してしまう私は極悪の権化に映るだろう。聖堂に来ると、どうしても弱気になってしまうな。鼻をすすると、「じゃあ」と青年が言葉を紡いだ。

「お前は、盲目の賢者なのか?」

「魔素制御も出来ない異能使いです。そんな称号は冠しておりません」

 盲目の賢者とは、英雄を導いたという三賢者のひとりのことだ。所長が私のことを紹介するときに使う言葉だが、断じて違う。首を振って否定すると、ふっと息を吐く音がして青年の顔が見えるようになった。

「でも、俺は救ってもらえた。お前は悪魔じゃないよ」

 眼鏡越しでも射抜いてくる眼は、動揺も悲しさも怒りもない。もっと被害者は取り乱して感情の波にのまれていると思った。しかし青年の眼差しは凪いでいて、懲罰房で見た時より光にあふれていた。

「起きた時、周りにある魔素が俺のことを縛っていると思った。でも、息を吸ったとき、胸が楽だった」

「……たまに言われますね。そこに居るだけで空気が良くなると」

 そんなことは魔法具で出来てしまう。身体的特徴が褒められても嬉しくはない。胸の内にささくれが出来てまぶしい眼から視線を逃がすと、青年は言った。

「あと、天井を初めて見た」

「え?」

「魔素が固まって壁みたいになるから、灯光の証なしだと一歩先も見えなかった」

 照明って、あんな形をしているのか。そう呟いた青年の眼には、また涙が溜まっていた。

「一生、天蓋の絵は見えないと思った。すげえよ……天井って、こんなに近かったンだな」

 あふれた涙が頬骨の上を伝って寝袋に吸い込まれる。青年の「ありがとう」という言葉に、天井を見上げた。空の絵は、天蓋島の天体とは似ても似つかない白い点があるだけのものだ。

「見えて、よかったです」

 この感謝は受け取って、心の奥に大切にしまおう。そう思えた。

 涙があふれて止まない青年の顔にタオルをかけ直す。その泣く声が、感涙であることを切に願った。


「天蓋の外絵って見たことある?」

 搬送準備が終わった頃には、階層は夕立が通り過ぎ、日も落ちて真っ暗になっていた。最後に青年を拘束箱に入れてもらって見送ったあと、公園に置いた車に戻って帰路についた。重くなった身体を助手席の背もたれに預けて視線を外に向けると、空には満天の星。新月なのか、様々な色を湛えた白の帯が窓の外に見える。虫に噛まれたらしい腕を叩いて、かゆみを宥める。

 青年が言っていたことを思い出して、コートとマスクを脱いでハンドルを握るセロに質問してみた。

「もちろんあるが、砂塵山河の実物の方が綺麗だろ。なんでそんなことを訊く」

「いや、見張っていた人が、初めて天井を見たって言っていたから……驚いちゃって」

「魔素吸着が激しいからか」

 セロは「ほーん」と間延びした反応を示す。会話もしていない犯罪の元凶には興味が薄いらしいのか、セロは話題を変えてきた。

「で、魔素ポーションをくすねていないだろうな?」

 低く苛立った声に、背筋が伸びた。両手をふって否定した。

「そんな暇なかったって。持ってきてないよ」

「あと、爆発したときに、なんで戻ってこなかった」

「え、戻ってもセロは付いてこられないし……」

「報告、連絡、相談の基本を忘れたのか?助けに行けない身にもなってみろ!!」

 眉を吊り上げ拳を振り上げたので、両手を胸もとであげて身をそらした。けれど、拳は振り下ろされ、肩にぶつかった。痛くなくても怒りは伝わる。肩を丸めてすぐに謝った。

「ごめんなさい……次は、報告に戻ります」

「お前の声は通りやすいから、叫べばいい。音を出すことが難しくても、移動が自由なら状態なら戻ってこい」

 うつむいて返事をすれば、「まったく」とセロがため息を吐いた。作戦に三人目が居たら、私が自由に動きすぎたせいで怪我をしたかも知れない。所長とじい様が人員を増やさなかった理由はそこにあるのかも。探索者としての仕事で、こんなミスや不始末をするから、信用がないし心配されるのかな。

 もう一回、探索者の行動基礎の講習を受けないといけない気がしてきた。来月の予定を思い出して休日返上で行けるかと画策していると、冷たい手が肩にのってきた。

「無事でよかった」

 気遣ってくれる人のありがたさを噛みしめていたら、低い声が耳を通った。

「次、報告に戻って来なかったら、純米で二十年物の熟成酒を一升買ってもらうからな」

「にじゅう?!」

 普段使いの酒屋では、十年置いた古酒すら見たことも聞いた事もない。そんな貴重なお酒の値段は、文字通り桁違いのはず。行きよりも車を走らせるセロの横顔は硬く、未だ怒っているのだと理解した。給料を人質に取られたら、言う通りにしないと。小さく返事をすると、セロは鼻を鳴らした。

「あと、お前の晩酌に招待しろ。頼んだものは酒か?」

 宣言した晩酌に来るつもりらしい。元から誘う予定だったけれど、お詫びにしては安いと思う。ただ、招待となると用意は全て私持ちだ。食材の買い足しをしないといけないかも。冷暗所と漬物の残りを思い出しつつ答えた。

「いいお肉とお野菜、白の樽に入れたやつ……」

「肉になんで白?!ありえねぇ……」

「スクリューの蓋だし、重めで肉に合うやつだよって言われて、飲んでみたかったの!鶏で、ソースを合わせようかなって!」

 酒の好みぐらいは自由にさせて欲しい。眉をひそめて睨めば、セロも睨み返してきた。

「よし、クリームソース作るぞ。青のチーズはあるだろうな?」

「そんな高いものはないよ」

「じゃあ、今から買いに行く」

「え、いまから?帰って報告書、作らないと」

「報告は明日でいい。美味しい飯、食べさせろ」

 セロは黒い板を数度指で叩いて、運転席にふんぞり返った。晩酌は明日の予定だったのに!けれど、目を伏せて拗ねた様子のセロを説得する体力はない。長く息を吐いて、頭を窓に預けた。

 研究とか魔素構造とか、人を助けたいという気持ちは頭の隅に追いやり、セロと楽しい時間を過ごしたい。こんな日々は贅沢だと、言って笑い合いたかった。

 いつの間にか眠りこけていて、肩を揺らされたら自宅についていた。思いのほか疲れたな。セロがさっさと玄関を開けて入っていった後を、重い足取りで続いた。いつの間に鍵を盗ったのか。怒る元気もないまま、晩酌の準備をしようと靴を脱いだ時。

「い……」

 上げた脚の股関節に激痛が走った。腹部側を抑えてみると、痛みが強くなった。痛みは全身に広がって壁に手をついた。体中から汗が噴き出して、極寒の雪原に放り出された様に震えているのに、火を噴くような熱さが喉を通って出て行った。深呼吸をして落ち着こうと息を吸った瞬間、身体の芯が砕けた。

「だあぁぁぁ!!」

 息を吸うことが痛い!叫んで息を吐き切ってしまった事に絶望した後、生理現象に抗えず空気を吸い込んで廊下に倒れ込んだ。呼吸する度に痛みと息苦しさでのたうち回る。まさか、毒ガスか。セロの心配をして息を吸った次の瞬間には、思考は吹き飛んでいた。

「どうした?!」

 視界に白の靴下とズボンのすそが見える。息が、息が、と腕を伸ばそうとして指一本も動かせない。

「た……す、け」

 残る空気で声を出して、視界は暗く落ちた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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