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僕の勝手気ままでアンオフィシャルなものがたり考  作者: 南瀬匡躬


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過去との対話から感じるひとまわりの拙作物語

 僕の興味が作品に練りこまれるもの。これって作っている人はみんなあるよね、って話なんだけど、それの僕の場合の例(たとえ)。また長く書いていると見えてくることもあるよね、って話の例えでもある。


 僕はプロフィールに「楽器好き」と書くことが多いんだけど、まあプロフィールなんて見ている人はあまりいない。作品が楽しければそれでいいのだ。それは僕も同じこと。楽器は好きだけど、演奏はあまりうまくない。いや下手である。「下手の横好き」と言える。


 でもその興味って、物語のどこにどのようにして練り込んでいるのか、というお話。勿論、パロディと言うか、オマージュと言うのか、豆知識というべきか、ううん、すべてを兼ねていると言った方がいいだろう。そんな歴史や文化のエピソードと創作の話。

 勿論、楽器だけでなくほかにも漫画やポップスの歌謡曲も僕を形作ってくれた文化なのである。それらのほんの一部をオマージュとして使っているので順に挙げていこう。



 まずは楽器の話。同時にヤマハさんへのオマージュ。個人的にも割と好きなメーカーさんだ。楽器もオーディオも持っている。結構古い作品である。たぶん原型が出来たのは、一九九〇年代というバブル頃かな。あるいはそのちょっとあとぐらいかな。もう明確には覚えていないし、その後に修正や加筆もあるので当時のままではないけど、この該当部分は当初から書いているはず。

 ほかの僕の作品の中でも、ソニーさんやケンウッドさんのオマージュがあるので、その個所に気付いた方、見つけた方は「知ってるこの話」って思ってほほ笑んでほしい。


『時神と暦人1⃣ 湘南と多摩の時間物語 (前編)』「ep.6 第6話 ♪菜の花畑とオルガンの音色」の作品にビバルディならぬ微葉照美(びばてるみ)というオルガン修理の職人さんを探して、「エステ荘」(これまたリストだよね)ってアパートを探して、暦人たちが時間旅行するという話がある。その照美の息子はアマチュアのサックス奏者ハマのジョニー。親に相反の気持ちを持つジャズプレーヤーだ。小学校の教室オルガンを知り合いから頼まれて修理するというのがそのエピソード。

 結構、これ楽器好きには有名なエピソード。これの着想、おおもとになったのが、創業者である山葉寅楠(やまはとらぐす)さんの創業の下地になったお話。浜松での小学校のオルガン修理である。その部分だけだがオマージュがてら歴史からの着想から使っている。たぶん楽器好きな方や音楽に携わっているかたなら「あっ、これって」と『くすっ』とほほ笑んでくれる物語の味付けである。


『時神と暦人1⃣ 湘南と多摩の時間物語 (前編)』「ep.3第3話 ♪アイビーと雛菊-暦法改正のアミュレット-」では、少女漫画オマージュを展開している。物語の舞台となる一九七八年前後は、本格的なストーリー少女漫画の幕開けと言われている時代で、「大泉サロン」を中心に、「24年組」と呼ばれる鬼才、天才が集った。その時代の物語へのオマージュである。勿論このグループの人たちだけでなくて、後世に残る傑作が次々と生まれてテレビメディア化された時代なのである。

 作品中でオマージュとして出すのは、東武線の池袋駅のシーン。作中の登場人物が漫画のヒロインの台詞の真似をしている部分。「♪よいな」は『はいからさんが通る』の紅緒さん、「よくてよ」は『エースをねらえ!』のお蝶婦人などだ。

 この時代はベルばらのオスカルや『綿の国星』のチビ猫の人気も大きい。そのほかにも人気キャラとしては『地球へ』のソルジャーブルー、『生徒諸君』のナッキー、『キャンディ・キャンディ』のキャンディはもちろん,アンソニィやアルバートさんなどは男の僕でも知っているくらいに大人気だった。


 当時男子の方では、ヤマトや999、ジョー、009なんかが流行っていた。僕は009と999が好きだったなあ。


 少し古い拙作からの紹介だったけど、この文章を書くために久しぶりに自分の最初期の作品を何話か再読して懐かしくなった。すでに思い出の域にある(笑)。

『時神と暦人0⃣ ふたつの時間物語』「 第2話 此花と二番館興業(セカンドラン)」は一九七〇年代後半が舞台のSF作品だ。

 凄いファンと言うわけでもないのだが、僕が小学生の頃に解散したグループである当時のキャンディーズを味付けに描いた。やはりオマージュだ。「電線音頭」が大流行したテレビ番組(NET系列)『見ごろ食べごろ笑いごろ』を筆頭に、当時のあのグループのラジオ番組やファイナルコンサート、ファンの熱狂ぶりなど、時代感をオマージュとして載せている。

 ついでになるがそこに『未知との遭遇』の映画を見に行った描写もあったりと、この作品の中に、一緒に過ごしてきた一コマの時代と世界がライブ感を纏って生きていたことに改めて気づかされた(自画自賛・スミマセン・笑)。

 でもこれって僕にとっての生きてきた軌跡のひとつで、日記や財産のように読み返すことが出来た。今ここに来て、物語を止(や)めずに書いてきてよかったなあ、って改めて思った。時代がひとまわりして自分の中で昇華し、まるで他者の作品のように客観的な気持ちで読むことが出来たため、過去の自分に勇気と感動をもらったようだ。


 昨今、AIがどうとかって話題も多いけど、商業出版でファンが求める類似傾向の物語作品をマーケット目線で大量生産を目指す人たちはそれでいいし、文科省も言っていたなるべく人間の描く作品を教科書には選ぶといった体験や経験、ウイットを伝授、伝言したい人や人間の考える思想や思念、創作みたいなものを求める人は、やはり人間の書いたものの路線を大切にすればいいのである。……とアマチュア作家の僕はそう思う。


 今回の読み直しで過去作品とのつながりは良い思い出と再会出来た僕だ。よかったらみなさんもアマチュアでも全然問題ないので、若気の至りとは思わずに注目が薄くてもずっと書き続けてはいかがだろう。人さまには何の価値もない物語でもプライスレスに大切な過去の自分と出会えるのは感無量である。たまにはいいこと言うな、僕(大笑)。ではまた。


追記 このエッセイ次回が最終回になります。

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