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あぶないおおかみさん

 「おにいちゃん。だいじょうぶなの?」


 千紗が不安そうに見つめる。


「まあ、森じゃないから出会うこともないだろう」

「アーマードベアって森じゃないと出ないの?」

「くまさんには森で出会うものだろ。そんなことより先を急ぐぞ。十層には他にも厄介な魔物もいるからね。何が湧くか気にしても仕方がない」

「そうだね。あっ、またドロップあるけど放置だね」


 うん、腰布くん。せっかく出たけどいらない子ですね。


 一行は再び吉祥寺ダンジョンへ向かって歩き出す。

 千紗にはああいったけどアーマードベアの主な生息地は荒野フィールドだ。

 体色がこげ茶から黒っぽい色をしているためか保護色となる荒れ地に湧きやすいと言われている。

 モンスター溢れでもそうなのかはわからないが、注意はすべきだろう。

 アーマードベアが出現するほどの靄なら大きく黒々としているはずだから、見つけやすいはずだ。

 見つけたらすかさず逃げの一択。

 逃げられるかどうかは分からないが。


 僕は放置されるドロップを横目に女の子たちに先を促す。

 こんな短時間に二度の湧きが起こった上、十層の魔物さえ確認されているのだから、今回のモンスター溢れはかなり大規模になっている可能性が高い。

 さっきの放送でアーマードベアは一層の自衛隊に殲滅されたと言ってたな。

 つまり二層に自衛隊が移動する前だったということか。


 厳しくなってきたな。


 おそらく二層にレベルの高い冒険者はいないだろう。

 かえってこちらが守ってやらないといけない羽目になりかねない。

 これは他の冒険者と合流するより、どこかで陣地を築いてモンスター溢れが収まるのを待ったほうがいいかもしれない。


 モンスター溢れは、モンスターが一定数減らされると収まる。

 少なくともこれまではそうだった。

 今ごろ高レベル冒険者達が、十層までの階層で掃討作戦を展開しているはずだ。

 地上でも入ダン前の冒険者や、休暇中だった冒険者に出動要請が出されているだろうし、周辺エリアからもそのうち応援が来るだろう。

 それをじっと待つという方法も取れないわけじゃない。


 僕が吉祥寺の荒野フィールドを選んだのも、籠城する場所がいくつかあるからだ。

 荒野フィールドだとちょっとした岩山――というほどのものでもない――があちこちにあったりする。

 西東京エリアの十層までには空を飛ぶやつはいないからね。

 岩山に登ってしまえば、あとは上から一方的に攻撃ができる。

 アクション系のゲームとかで高台ハメと言われているやつだね。

 拠点になりそうなところを物色しながら、脱出を目指したほうが良さそうだ。


「千紗、少し右側に目標変更だ。そっちに低い岩山が見えるだろ? あれを目標に進むんだ」

「わかったー」


 千紗が心持ち右を向いて歩き始める。

 岩山と言っても高さはせいぜい三メートルから四メートル。

 幅も三十メートルかそこら。

 上部はほぼ平らで、側面はほぼ垂直に切り立った崖になっている。

 エアーズロックのミニチュアっぽいところからエラーズロックなんて言われている岩山だ。


「まっ平らな岩だー」

「荒野フィールドにはよくある岩山だな。飛ぶモンスターがいない階層だと一種の安全地帯になってるから、冒険者が時々ここで休憩してたりするんだ」


 この岩山を登ってこれるモンスターは少ない。

 もし登ってこれたとしてもその間は無防備になるので、撃退も容易いということで、こういう場所を拠点にして長期間アタックなんてこともおこなわれている。

 今は誰も登っていないようだ。

 ここなら登ってこれるモンスターは少ないだろうし、上から一方的に叩ける。

 籠城するにはもってこいなのだが。


 まあ、通常二層程度で安全地帯に引きこもる必要はないからね。

 二層に来るような連中だと安全地帯だという知識すら持っていない可能性もある。

 ここまで冒険者を見かけなかったということは、ほとんどが出口のある塔へ向かったのだろう。

 これはある意味助かった。

 二層程度の冒険者が増えたところで足手まといどころか敵が増えるだけだし。

 高レベルの引率者がいれば助かるとはいえるが、敵に回ると逆に厄介なことになるので誰もいないほうがありがたい。


 今後他の冒険者がくる可能性も低いだろう。

 籠城するつもりがあればすでにこの付近に来ているだろうし、何らかの原因で脱出不可能になって、第二選択として籠城を選んだとしても、今は三層以下のモンスターが湧くし、これまでの湧く頻度からして、最も近い吉祥寺入口からここまで十回以上は襲われかねない。

 二層レベルでしかない初心者ではここにたどり着くことは、よほどの幸運に恵まれない限り不可能だ。

 ここに上ってしまえば当面の安全は確保できそうだ。


「結構大きいなー」


 そうなのだ。

 目算で高さ約三メートルはある。

 千紗の身長の倍以上だ。

 しかもほぼ垂直の上、デコボコが少ない岩肌だ。


「これ登れるか?」

「どうかなー? つかめるとこも足場になるところもほとんどないから、ちょっと難しいかも」


 小学生女子にここの岩登りはきついか。

 もう少しなだらかだと今度はモンスターも登りやすいから安全地帯にならないし。

 千紗がぴょんぴょん飛び跳ねながら岩場に飛びつくが、壁にへばりつくことさえろくにできない。

 僕でさえ片手ではちょっと厳しいか。


「ここは無理そうだな。もう少し登りやすいところを探すか」


 オオォォォォォォォォォォォォォォォォォン


 僕の言葉に被せるような遠吠え。


「狼か!?」


 僕はとっさに遠吠えのした方角に振り返る。


「まずい! 二〇頭以上いるぞ!!」


 ウルフ系が出るのは四層以下。

 どの階層のウルフがは分からないが、二〇頭もいたらいくらリサの魔法が強力でもおそらくさばききれない。


「仕方がない、ここを登るぞ! 千紗、来い!!」

「うん!」


 僕がしゃがむと千紗がその後ろからまたがってくる。

 いわゆる肩車だ。


「ちゃんと掴まってろよ」

「だいじょうぶー」


 右手で千紗の足を抱えるように支えて、立ち上がる。

 後頭部と首筋を柔らかいものが締め付ける。

 まだまだ子供で細っこいように見えていたが、やっぱり女の子。

 色々と柔らかい。

 中央でスカートが別れているぱんつ丸見えくぎばっと少女の姿だから、ぱんつと絶対領域の素肌がもろに当たる。

 子供だからか体温が高いのか、ひどく頬のあたりが熱い。

 こ、こんなときは素数を数えるんだったか。

 えっと、1、2……って1は素数じゃねぇ!


「どうだ? 上がれそうか?」


 僕はマイ突っ込みで気をまぎらわせながら問いかける。


「ちょっとまだ低い。肩の上に立ち上がっていい?」

「いいぞ」

「じゃあいくね」


 僕は千紗の足をつかんでいた手の力を抜き、その手を岩に押し付け体が揺れないように固定する。


「よいしょっと」


 千紗も岩に手を付きゆっくりと僕の方に足をかけ立ち上がる。

 背後に感じられていたぬくもりが消え去り、ちょっと残念だなんて思っていないぞ。


「おっ、行けそう。ちょっとジャンプするよ。大丈夫?」

「問題ない。大丈夫だ」

「んじゃ、一、二の三!!」


 千紗が僕の方を踏み台にして、岩山に登る。


「登れたー! あっ! 狼がこっちくる。みんな早く!!」

「次はリザだ! 上に登ったら、炎の壁で狼を牽制してくれ」

命令受諾(オーダー アクセプト)。アレを倒してしまってもいいですか?」

「倒さなくていいです」

「残念」


 次はリザが僕の肩に乗る。


「スカートで前が見えん!」


 前かがみになったせいで魔法少女のフリフリスカートが目の前に垂れて、僕の頭がすっぽり包まれている。

 やばい!

 中身はホットパンツとは言え、パンスト直ばきの上ぴちぴちだからパンツとほぼ変わらない。

 その女子小学生のスカートの中に頭突っ込むとか、マジ通報案件だ!


「すみません導師」


 リザは自らスカートを捲ってくれたのでとりあえず前は見えるようになった。

 絵面はひどいけどな!


「立ち上がるぞ。しっかり掴まって」

「問題ありません」


 スカートをつまんだ手で僕の頭にしっかり掴まり体を固定したのを確認してゆっくり立ち上がる。

 いや、しっかり掴まりすぎでしょう!

 頭は相変わらず股に挟まれているから色々柔々熱々なところに押し付けられて大変なことになってるんですが!


「では、立ち上がります」

「いいぞ」


 さっきと同じ手順でリザが岩山に登る。

 それを上で千紗が助けているようだ。


「リザちゃんいそいで! うんしょ」


 千紗の手助けもあって、すんなり岩山に上ったリザはすかさず呪文を唱える。


「牽制します! 聖なる炎よ! 我と我が仲間を守りたまえ! ファイヤーウォール!!」


 ぼわぁ!


 僕らの周りを半円状の炎の壁が取り囲む。


 ばうばうばう!


 その炎に向かって狼どもが吠え立てつつも、こちらまで突破してくるやつはいない。

 間一髪だった。


「純華ちゃんも早く!」

「は、はい!」


 炎の向こうで吠え立てるオオカミたちに怯えながらも、僕の背にまたがってくる純華ちゃん。

 体操服ブルマなので組体操っぽいからセーフ?

 いや、この柔らかさはアウトでしょう!


 狼と高いところが怖いのか、僕の首をがっしりと締め付けてくる。

 腕も僕の頭を抱えるようにするもんだから、お腹どころかお胸の方まで頭のテッペンに感じられる。

 なんで女の子ってどこもかしこも柔らかいんでしょうね!


「ひゃう」


 僕が立ち上がるときに怖かったのか、僕の頭を抱えたまま動きを止めてしまっていた。


「純華ちゃん! 早く立って!」

「あっ! は、はい!!」


 僕の掛け声でなんとか立ち上がり、純華ちゃんも岩の上に。


「導師、急いで! もうすぐMPが切れます!」


 とはいってもジャンプしても上には手が届かない。

 僕の運命もここまでか。

 最後にいい目を見たから悔いはない。

 炎の壁が心なしか低くなっている。

 厚みと勢いも衰え、炎の向こうに狼が見えるようになってきた。

 いよいよ、最期か。

 なら、一匹でも多く倒して、彼女たちの負担を軽くしてやろう。


 そう覚悟を決めたとき。


「おにいちゃん! これにつかまって!!」


 千紗がそう言って差し出してくれたのはまごうかたなき、くぎばっと。

 その後ろで純華ちゃんも千紗が落ちないように支えてくれている。


「わかった!」


 まだ神にも女の子たちにも見捨てられていないようだ。

 僕はその釘バットを掴んで身を任せる。

 生えている釘がいい感じに滑り止めになって、片手でも僕の体重を支えられそうだ。

 アイテムボックスに荷物を仕舞っておいたので重量軽減になっているし。


「うんしょ!」


 千紗が掛け声とともに僕を引っ張り上げる。


 ずりずりと持ち上がっていく僕の体。

 すげー馬鹿力。

 うん、やはりステータスの力は偉大だな。


 力を示すSTRの数値は僕の倍以上ある。

 STRというのはいわばパワーアシストシステムのようなものだ。

 電動自転車のように、力をさほど入れなくても坂道を登れる。感覚としてはそれに似ているだろう。


 だがそれでも、成人男性の体は重すぎた。


「MPが切れます!」


 振り返ると炎の壁が蜃気楼のように消えてゆく。

 邪魔するものがなくなった狼たちは、僕に向かって駆け出す。

 このままバットをつかんでいたら千紗たちまで引きずり降ろされてしまう!


「千紗! 後は頼んだ!!」


 僕はバットから手を放し岩山の下にそのまま落ちる。

 大した高さじゃないけど、一瞬体勢が崩れた。


「おにいちゃん!!」

「導師!!」


 振り向けばもう目の前で狼がとびかからんとしていた。

 僕は最後の力を振り絞ってメイスを振るう。


「ぎゃん!」


 うまく先頭の狼の顎をとらえ、一匹が吹っ飛んでいく。

 だが僕の反撃もそこまでだ。

 一匹ずつならまだしも、連続して同時にとびかかられては対処のしようがない。


 ごめん。千紗、母さん、玲奈、おやじ。

 そう覚悟を決めたとき。


「だめー!!!!!!!」


 誰かの叫び声がして、そして。


「ぎゃわん」

「ぎゃん」


 僕にとびかからんとしていた狼どもが弾き飛ばされていく。


「なにが?」


 僕の周りがキラキラ光り、それが狼たちを弾き飛ばしていた。


「まさか!? 聖域(サンクチュアリ)? 聖魔法か!?」


 害意のあるものを寄せ付けない領域。

 魔法使いなんかが使うシールドなどとは明らかに違う、あまりにも神々しく神聖なる領域。


「早くしてください! MPがなくなります!!」

「おにいちゃん!」

「わかった」


 再び差し伸べられたくぎばっとをつかみ、千紗と今度はリザが僕を引き上げる。

 さすがに高レベルのリザがいれば、僕の体でも一気に持ち上がった。

 純華ちゃんは聖域(サンクチュアリ)の維持で精いっぱいのようだ。


「おにいちゃん! よかった、よかったよう!!」

「ごめんな。心配かけて」

「ほんとうだよ! 諦めたらそこで試合終了なんだからね! でも無事でよかった」


 古いことわざ? よく知ってるな。

 まあ、有名な格言? だからな。


「千紗たちのおかげで助かった。リザも純華ちゃんもありがとう」

「この程度何でもありませんが感謝の言葉は受け取りましょう」

「わたし、なんか夢中で、何がどうなったかよくわからないんですけど……」


 純華ちゃんは気力体力MPを使い果たしたのか、岩山の上でペタンと女の子座りをしていた。


「おめでとう! ついに聖魔法が使えたね!」

「せいまほう? あれがですか?」

「そう。多分聖域(サンクチュアリ)と言われている防御魔法だと思う。まあ、実際に見たことはないんだけど」

「防御魔法……バフでも回復魔法でもないんですね」

「まあ、聖魔法といえばそっちがメインだけど、聖魔法は結構応用範囲が広い。防御系から攻撃系まで幅広いから使いこなすのは難しいといわれている。まあ、聖魔法のスキル自体持っている人が少ないんで、あまり情報はないんだけどね。とはいえ、一度きっかけをつかめばそのうちバフや回復魔法も使えるようになるよ」


 リザも覚えてから使いこなすまで早かったからね。

 子供の適応力だけとも思えない。

 おそらく僕の謎スキルが関係している。

 ならば純華ちゃんにも影響がないとは言えないだろう。


「わかりました。ガンバリます」


 純華ちゃんはふんすとばかりに小さくガッツポーズして気合を入れる。


「導師よ、これからどうするのですか?」

「とりあえず救助を呼ぼう。流石にこれだけの数を倒すのは厳しい」

「流石の妾も魔力が尽きました。回復もなんか遅いですし」


 まさか。

 僕もステータスを確認する。

 うん、わかってました。こっちもほぼゼロだ。

 その上おそらく、リザだけじゃなく純華ちゃんにも分け与えているだろうから、回復も遅れているのだろう。

 MPを譲渡するスキルを持っている奴はいるみたいだけど、普通は譲渡するほうが能動的にスキルを発動して譲渡する。

 アクティブスキルというやつだね。

 僕の方は意識して受け渡しているわけじゃないので、パッシブスキルってことになる。

 見守り効果か? それとも愛でるか?

 なんとなく【めでる】の効果のような気がする。

 成長を【みまもる】から成長促進。

 大切に【めでる】ため貢ぐ。そんな感じ?

 そういや今回お触りしたのに【めでる】がレベルダウンしなかったな。

 なにか条件があるのか。

 どっちにしろこのスキルのどちらかの効果のお陰で僕が助かったのは間違いないだろう。

 分析はあとでもいい。


「とりあえず狼たちは上がってこれないみたいなので、少し休みたいところだが、一応上がってこれそうなところがないか確認しておこう」


 自然の? 岩なので低くなっていたりなだらかになっていたりするところがないとも限らないからね。

 僕たちは岩山の縁をぐるっとまわって、やばそうなところがないことを確認してようやく一息ついたのだった。


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script?guid=on異世界のジョブズに、僕はなる ~定年SEの異世界転生業務報告書~
もよろしくお願い致します。こちらは異世界ファンタジーになります。
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