あぶないきょてんせつえい
「狼たちは諦める様子もないので、ここをとりあえずキャンプ地とします」
本当ならもっと条件のいい場所を選びたかったんだけど、その余裕がなかったからなぁ。
エラーズロック自体は問題なさそうだが、この場所自体が周りに比べて少し低い。
盆地のような感じになっているから周辺から目につきやすいのだ。
落ち着いたらキャンプ地を移動したいのだが、移動するのも危険だろうしどうしたものだろうか。
「お泊りするの?」
「そうなる可能性も考えて準備するってこと」
ここを登ってこれるとしたらスライムか、僕たちがやったみたいに、肩車して登ってこれる程度に大きくて知恵のあるやつか。
僕は西東京エリアで十層までに出てくるモンスターを思い出しながら検討する。
「十層までに湧くモンスターで、ここまで登ってこれるとしたら、おそらくスライムかオークくらいだろうが、スライムはともかくオークは強敵だ。それなりの準備をする必要がある」
「準備って?」
「まずは長期戦に備えての拠点設営とチーム分けだね」
「拠点づくりはいつもどおりでいいんだよね?」
「いや。これまでは簡易拠点。つまりおトイレくらいしか設置していなかったけど、今度は横になれる拠点も作る」
「おー。やっとアレの出番だね」
これまで使うことのなかった装備の初使用となる。
「なのでテントを二つ設営して、一つがおトイレ一つが宿泊用とする」
「わかったー」
「ただしその間も警戒が必要だから、最初は僕と千紗がチームになって警戒する。リザと純華ちゃんは設営に回ってくれ」
「そのチーム分けの根拠はなんですか、導師よ」
「リザと純華ちゃんは魔力切れだし、ろくな武器がないからね。僕と千紗ならたとえオークが上がってこようとしても、もぐらたたきよろしく叩き落とすくらいならできる」
オークの出現階層は九層以下。
つまり安全圏は八×五でレベル四〇。
おそらく倒すのは無理だが、肩車で不安定なところを崩してやるくらいならできるだろう。
DEFやHPはあくまで攻撃に対するバリアみたいなものだからな。
押したり引いたりはできる。
「疲れているところ済まないが、そういうわけで二人には陣地の設営を行ってもらう」
「命令受諾」
「わかりました」
「千紗と僕は、登ってくるやつがいないか見回りだ。千紗は荷物を出したらそっちの半分を確認してくれ。僕も荷物を出して向こうの半分を確認する」
「わかったー」
僕たちはそれぞれ行動に移った。
がうがうがう!!
僕と千紗がそれぞれ岩の反対側を警戒する。
僕が岩に近づくと、オオカミたちが盛んに吠え立ててくる。
中には飛びかかってくるものもいるが、やはりこの崖は越えられないようだ。
「やはり吉祥寺側に来たのは正解だったか」
仙川ダンジョンに戻って同じように狼どもに囲まれたらヤバかったかもしれない。
リザの攻撃力があれば、もしかしたら倒し切れたかもしれないが、大量に抜けてこられたら僕と千紗だけではさばききれなかっただろう。
ここならよっぽどのことがなければ籠城戦に持ち込めるだろうが、一応次の手も打っておくか。
「救助依頼、救助依頼、救助依頼」
僕は管理局に救助依頼を出す。
通常管理局内に緊急対応してくれるレスキュー舞台が常駐しているはずだから、そこへ救助を求めたたのだ。
だが。
『こちら管理局の担当AIです。ただいま救助依頼多数に付き、優先度付けを行っています。状況を確認させてください』
思った通り応答してきたのは管理局のAIオペレータだ。
一層にアーマードベアが出るような事態だ。
そこかしこで救助依頼出すよね。
救助依頼を担当するAIは、人に不安を抱かせないような、できる感じながらも柔らかな印象を与える女性キャラをイメージしていると聞いたことがあるが、納得の出来だ。
期待は薄いと思っていたが、現実にそうなるとやはり気落ちせずにはいられない。
それもこの声でちょっとだけ気分が楽になった気がする。
『質問します。現在けが人はいますか? いたらどの程度の症状と考えていますか?』
「今のところけが人はいません」
『パーティー登録者すべてがそこにいますか? はぐれた人はいませんか?』
「パーティーは全員揃っています」
『現在の危機的状況を教えてください』
「現在イエローウルフの群れ二〇頭以上に囲まれています。岩山に登り襲撃は防げていますがいつまで耐えられるか不明です。僕以外は小学生女子しかいません。できるだけ早急な救助を求めます」
『各メンバーのレベルを教えてください。お名前は不要です。なおこの情報は管理局人にも公開されません』
「レベル一二が二人、レベル九が一人、レベル六が一人です」
『承知いたしました。質問はこれにて終了です。現時点を持ちまして救助依頼が受け付けられました。なお誠に申し訳ありませんが優先度【低】とランク付けされましたので、依頼が完了されるまでかなりのお時間をいただくことになりそうです。もし状況が変わりましたら優先度付けの変更を行いますので再度ご連絡をお願い致します。なにかご質問ご要望等ありますでしょうか?』
「いえ、ありません」
『それでは失礼いたします』
通信が切れた。
大規模災害となれば、地上だって救急車や消防車は引っ張りだこだ。
怪我もなく、二層にいる冒険者としてはレベルも高い。
小学生というアドバンテージもレベルの壁は破れないか。
一番レベルの低い純華ちゃんでもレベル六。
しかも僕の謎効果でステータスの伸びが良いから、おそらくレベル七から八相当のステータスだ。
二層にいるだろう冒険者のレベルが四だとすると、優に二倍の能力値だ。
武器はしょぼいが、他の冒険者だって似たようなものだろう。
低層だと鉄パイプだのバットだの程度の武器で入ダンしてくるやつも多い。
それは受付なんかで他の冒険者の装備をチェックしていればわかる。
純華ちゃんでもその程度の冒険者には負けないだろう。
余裕があることはいいことではあるが、こういう場合は後回しにされてしまう。
適正階にいろと言われればそうなのだろうが、安全を考えるとレベルはできるだけ上げたい。
人に頼るってことは不確実性が増すってことだからね。確実に守るのであればみんなのレベルを上げていくしか無い。
今後予定通り授業が開始されれば、その辺、どこまでレベルを上げて下の階層に進むのがいいか再検討の必要があるな。
まあ、これで授業に関しては中止と言わなくても見直しや延期もありそうだけど。
一年以上延期されたら僕は復学する予定なので、もう授業には関われないが。
「先生! 拠点の設営が終わりました。確認してください」
そんな事を考えていたら、いつの間にやら時間がたっていたらしく、純華ちゃんが報告に来た。
「ご苦労さん。じゃあ、確認するか」
僕は純華ちゃんと並んで拠点へと戻る。
「うん、よく出来ているね。【結界】に使う鉄串はちゃんと岩の割れ目に刺した上、石で固定しているんだね」
間違っても女の子の割れ目に刺してはいけない。
なんて下品なこといったらセクハラだね!
「はい。先生が岩場での設営のしかたを教えてくれましたから」
「よろしい。テントの方も風向きを考えた上で荷物で固定してあるし、休憩用のテントの方にはエアマットも敷いてある。設置場所も問題ない。完璧だよ」
岩場だとろくにペグが刺さらないから、こうやって荷物で押さえるしか無い。
下は一枚岩で、風化したのだろういくつかの石が転がっているだけの場所なので、雨水避けの溝は掘れない。
しかし一応内部に雨が入らないよう、テントの入り口に襟がついているので、よっぽどここに雨水が溜まらない限り浸水することはないだろう。
ちゃんと周りに比べて高いところを選んでいるしね。
「ありがとうございます、先生」
「妾にかかればこの程度児戯に等しい」
「うん、リザも純華ちゃんもご苦労さま。そしたらもうお昼だし、二人は食事を手早く済ませてくれるかな?」
「命令受諾」
「わかりました。千紗ちゃんは?」
「悪いが千紗は僕と一緒に見張りだ。岩山全体を見張るのに最低二人はいるからね」
「そうですね」
彼女たちはエアマットに腰掛け、それぞれのお弁当を食べだす。
本当であれば籠城に備えて食事量も制限すべきであろうが、MPと体力を回復させるには食事と休息が必要だ。
お弁当は携帯食と違って生モノだからそんなに保存もきかないしね。
手早くとの言葉通り、彼女たちは特急で食事を済ませてきたので、見張りを交代し千紗と一緒にお弁当を食べる。
その間は攻撃方法の貧弱なリザと純華ちゃんだけになるため、リザに僕のメイスを持たせた。
彼女は魔導師の職業に見合った後衛系のステータスになりつつが、レベルがひとつ抜きんでているので、接近系のスキルがなくてもATKは高い。
十分な戦力になる。
千紗のくぎばっとは使用者制限があるため、純華ちゃん渡せない。鉄棒で頑張ってもらおう。
周囲に登ってこれそうな場所がないことを確認しているので、今の状況ならその程度の装備でも問題ないはずだ。
こちらも千紗と手早く食事とトイレを済ませて預けていたメイスを返してもらう。
スライムは上がってきていなかったので、汚物はそのまま遠くに放り投げた。
「食事が終わったら次はお昼寝だ。まずはリザと純華ちゃんが先にお昼寝して、少しでもMPを回復させてくれ。二人のMPが回復しないと大幅に戦力ダウンだからね」
「命令受諾。実は少し眠かったのです」
魔力が枯渇したからって気絶したりはしないけど、体力や気力は減る。
僕の方も枯渇して少し眠たいが、女の子優先だ。
「ではおやすみなさい」
リザがテントの中に入っていく。
「純華ちゃんもちょっと休んでいて。小さいテントだけど君らなら二人でも寝れるでしょ?」
持ち込んでいるのは一応一人~二人用テントだから、小柄な女の子二人なら余裕だ。
僕と一緒だとちょっと窮屈かもしれないが。
って、宿泊用は一個しか出していないからそうなるのか?
千紗はいとこだからセーフ?
いや、アウトだろう!
まあ、ここじゃペグがろくに刺さらないから、今手持ちの荷物だけの重りじゃテントを支えるのは難しいけど、寝るだけなら中の人間自体が重しになるからなんとかなるはず。
もう一つ展開すればいいだけだ。
ワンタッチテントだから一秒で展開するw
エアマットは電動ポンプでもちょっと時間かかるけど。
残念。
「わたしは全然戦っていないからそんなに疲れていません」
「いやいや。戦っていなくてもMP切れで精神的に疲れているはずだ。それに次は僕と千紗が休むからね。交代したあと眠くなったら大変だから今のうち休んでいて」
「千紗はまだまだ元気だから後でも大丈夫!」
今は気が張っているから疲れていないように感じるかもだけど、MP切れは精神が疲労するといわれている。
僕はスキルがなかったから経験はないけど、MP切れの後は元気なつもりでいても気を抜いた瞬間寝てたとかいう体験談はよく聞いてるから、まずは体力のない少女たちから休ませるべきだ。
僕もリザたちに吸われてMPがすっからかんだけど、僕のMPは吸われるだけで他に使いようがないからね。
使えるスキルを持つ人を優先するのは当然だ。
「……わかりました」
純華ちゃんも渋々ながらテントに入っていく。
真面目ないい子だけあって、何もしていないのが心苦しいのだろう。
だからといって無理はいけない。
その辺は僕が気をつけてやらないといけないね。
当然千紗の方もフォローしておかないとね。
僕は反対側を警戒している千紗へ向かって歩いていく。
「どうだ? なんか異常はないか?」
「あっ、おにいちゃん。オオカミさんがうるさいだけで特に異常なしだよ」
「相変わらず諦めそうもないね」
「怒ってるオオカミさん、もふもふだけど可愛くない」
「まあ大抵の動物はみんなそんなもんだ」
千紗だと怒っても可愛らしいけど。
「もふるんならロンリーウルフっていう五層から出る狼がおすすめだね。一匹狼とか呼ばれているやつで基本的に一匹で現れるから捕獲しやすい。他の狼はたいてい数匹の群れで行動するから、捕まえようと思うと一匹だけ残して殲滅するとかしないといけないんで面倒なんだ」
「捕まえてわからせれば、可愛くなる?」
「どーかなー。そういう視点でモンスターを見たことがないからな。気になるんならネットで動画でも……」
「千紗のは見られないんだよ」
そうでした。まだチャイルドロックかかってるのね。
「まあ、落ち着いたら見せてやるよ。それよりちょっと冒険者関係のニュースサイトと、掲示板とか見てくれないか? そろそろ情報が出始めている頃だ」
千紗に僕のスマホを渡して、検索してもらう。
千紗のはチャイルドロックかかっていて見られないからね!
僕は片手が使えないから、スマホをいじるのはめんどくさいんだ。
地図アプリなら一度データを入れればあとはカメラを向けるだけで、位置と方向を示してくれるから問題ないんだけど。
「わかったー」
千紗がスマホを操作し始める。
「なんかおにいちゃんのスマホ、もっさりしてるー。安物?」
「まあ、そんなに高いやつじゃないけどな! ほっとけ! 多分アクセスが集中してるんだ。ダンジョンマップ使ってたときも結構レスポンスが遅かったから」
管理局のカメラについてる通話機能は優先設定がされているようで、よっぽどのことでもなければ不通になることはないらしいが、緊急時以外は使えない。
「なるほどー? あっ、表示された。えっ、大変だ! 東京中央エリア、神奈川エリアでもモンスター溢れが発生したって!」
「まずいな」
西東京だけならともかく、東京中央エリア、神奈川エリアもとなると、そちらにも冒険者や自衛隊、警察などの人手が取られて、こっちまで救助の手が回ってこないかもしれない。
なにしろ入ダンしている冒険者の数は西東京よりずっと多いしだろう、地上の人口密度も高い。
避難させないといけない人数はこっちより遥かに多いだろう。
「ぱぱとかおばあちゃんたち大丈夫かなぁ?」
「棍棒持ちのゴブリン程度ならまあ倒せないまでも寄せ付けない程度ならなんとか? 気になるんなら後で電話してみたらいい」
「わかったー」
なにせノーマルゴブリンは身長一メートル位しかない。
これは小学一年女子の平均値より小さい。
つまり幼稚園児が木の棒を持って襲いかかってくるような感じなわけだから、蹴飛ばせば転がる。
普通の人ではダメージは入らないから、倒せはしないが、寄せ付けないことくらいはできるはずだ。
「地上で目撃情報があるのはスライム、ゴブリン、狼系らしいよ。少なくても三~五層のモンスターは出ているみたい」
「狼系がいるとなるとちょっと厳しいか?」
「そんな! 助けに行けないの?」
「助けに行くどころか、こちらが助けを求めている状態だからね。まずあのオオカミたちを排除して、新しく湧いたり寄ってきたモンスターを蹴散らし、階段の渋滞に巻き込まれず、地上に出てからも出てくるモンスターを片っ端からやっつけないと家にはたどり着かないだろうね」
「そっかー」
「気にするなとは言わんが、千紗がみんなを心配しているように、向こうだってこっちのことを心配しているはずだ。今やるべきはみんな無事にモンスター湧きを乗り越えることだ」
「そう、だね。千紗がみんなを守る!」
昔あった津波のときも家族を助けに行こうと巻き込まれた人もいたらしい。
こういう広域災害の場合は、まずは自分が助かることを考えるべきだ。
それが結局被害を減らすことにもつながる。
「千紗だけが頑張ってもしかたないぞ。みんなで守る、それが大事だ。千紗は今、一人っきりじゃないんだからね」
「みんなで力を合わせてだね!」
「その通り。じゃあ、またこっち側の警戒は任せる。何かあっても一人で対処しようとするんじゃなくて、僕やテントで休んでいるリザたちを起こしてでも適切な対応をするんだ。遠慮したらかえって危ないからな」
「がってんしょうち!」
どこで覚えてくるのかねって、バーさんちに決まってた。
なんかの時代劇だろうなー。
「じゃあ、僕は戻るから、あともう少しお願い」
「わかったー」
僕はスマホを受け取り持ち場に戻った。
出迎えてくれたのは怒れるオオカミさんたちだけだったw
悲しい。




