あぶないごぶりんたいじ
変なことを考えていたのがいけなかったのか、歩き始めてしばらくして前方に何やら黒い靄のようなものが現れた。
「戦闘準備! モンスター湧きだ!!」
黒い靄といえば先刻承知。
ボス部屋で毎回見るあれだ。
僕らは武器を構え、それが収まるのを待つ。
この至近距離で湧かれたら逃げようがない。
敵対生物と出会ったら背中を見せてはいけない。
それは普通の野生生物も一緒だ。
靄が薄れ現れたのは。
「子供? じゃないよー」
千紗たちより小さい。
せいぜい一メートル位か。
手には棍棒を持っていた。
それが三体。
それがこちらを見てニヤリと醜く笑った。
それはとても子供のしていい笑顔ではない。
「ゴブリン三体! 棍棒持ちだ!! リザ! 氷魔法を足元を凍らす程度で素早く!!」
「命令受諾。アイスショット!」
厨二病呪文もなしに発する氷の弾丸。
リザはこういうときにも冷静で助かる。
まさに注文通りの攻撃だ。
氷の弾丸はゴブリンの足元を凍らせて走り出そうとしていたその動きを止める。
「千紗! 突進で三体を薙ぎ払え!!」
「お、おにーちゃん! わかった! ちさがんばる!!」
ちょっと醜悪で邪悪な容貌にビビってた千紗だが、僕の要請に健気に応え突進していく。
「うりゃあぁああ!!」
動けないゴブリン相手にすれ違いざま、ふぁんしーなくぎばっとを一振り。
バゴン!!!!!
三体同時に行ったのに、打撃音はひとつしかしなかった。
見事なフルスイング。
ゴブリンは光になった。
「千紗! よくやった!!」
「えへへへ! そーでもあるかな」
「リザも的確ないい魔法だった」
「妾にかかればゴブリンなど屁でもないわ」
女の子が屁とか言ってはいけません。
「みんなすごいです。わたしなんにもできなくて……」
純華ちゃんがちょっと落ち込んでいる。
「気にする暇があったら聖魔法の発動練習と周りの警戒をしっかりやるんだ。パーティーでは自分のできることをできる限りすればいい。一人ひとりが役割をこなすことが大切なんだ」
「は、はい」
慰めよりも励ましを。
僕だってサークルでダンジョン入りしていたときは完全にお荷物であったが、周囲の警戒や指示出しなどできることをやってきた。
「あっ! なんかドロップがある!」
「あー。それは残念ドロップ。ゴブリンの腰巻きだ」
何故か人型モンスターは腰巻きを付けている。
おそらくレイティングの関係だと思われる。
ダンジョン様。恐ろしい子。
ドロップはその腰巻きのようだ。
一応不思議なパッケージ入りだから、クリーニング屋から引き取ったばかりに見えないこともない。
「こ、腰巻き? さっきゴブリンが身に着けていたの?」
千紗がうへぇとばかりに顔を背ける。
「一応洗濯済み? のようで匂いはしないらしい」
「これ嗅いだ人いるんだ……」
驚くところそこか?
いやまあ、世の中には蜂にさされてみて一番痛い場所を研究するとか訳の分からない研究をする人もいるくらいだし。
「これって売れるの?」
「防具やカバンとかの素材として需要はあるらしい。一応ダンジョン素材だからDEFが上乗せされる。三層程度までのぴんくになら耐えられる程度はあるぞ。買取価格は千円くらいらしいけど」
「微妙? 本当にざんねんだね!」
一層スライム魔石十個分といえばそれなりの気もするが、これでも一応レアドロップ。
そんなに出るものでもない。
「千紗のカバンには入れないからね! おにいちゃんいる?」
「うん、いらないね。魔石も放置でいい。今は先を急ごう」
たかが千円かそこら惜しんで、逃げ遅れてもしかたないからね。
「さて、戦闘終了後は装備の点検をしておこうか。一応迷宮産武器でも耐久力があるからね。使えば消耗するしいつかは壊れる。聖女のドレスは修復機能がついているから、よっぽどのことがない限り失われることはないだろうけど」
「わかったー」
「命令受諾」
千紗とリザはバットと杖を破損がないか確認する。
「だいじょうぶー」
「問題ありません」
「なら、とりあえず出発するか。さっきみたいにいきなり湧くこともあるから、慎重に進むぞ」
「「「はい!」」」
僕たちはゴブリンのドロップを放置して歩き出す。
「今のはノーマルゴブリンだな。通称:ゴブ。初期装備は石か棍棒だが、稀に冒険者の持ち込んだ武器を奪って使っていることもあるから注意だ。初期装備で短剣などの武器を持っているやつもいるが、武器持ちもそうでないのもゴブリンとしてのステータスはほとんど変わらないらしい。要は武器を持っている分がステータスに補正される」
僕は周りを警戒しながら、さっきのゴブリンについて解説する。
今は興奮していて人型のモンスターを倒したことに嫌悪感を覚えていないかもしれないが、後で冷静になったときトラウマになる可能性もある。
そのためゴブリンというものを理解させることが大事だ。
恐れとは未知なるものから生まれることが多い。
ならばそれを理解することで少しは和らげられるはずだ。
「さっきも見たように、モンスターってのはあんなふうに湧いてきて、死ぬと光になる。普通の生命体ではないのは明らかだ。まるでVRゲームのように見て触れるキャラクターと言えるだろう。湧いて出た瞬間は同じ種類のモンスターなら同じステータスらしい。ようはここの一層と二層のようにコピーされた存在なのかもしれない。
湧いたあとは僕らと同じように経験を積み、より強力になっていくやつも偶にはいるらしいが、今は気にしなくていいだろう」
モンスター溢れだからね。
今二層にいるイレギュラーはおそらくご新規さん。
下から上がってきたわけじゃないはずだ。
「初期装備、大きさ、動きからおそらく三層~四層のゴブリンだろうと思う。レベルは四もあればダメージを受けることはないはずだ。つまり純華ちゃんでも問題ない程度のモンスターだね。今のは初戦だからちょっと慎重に行ったけど、今度は千紗だけでもいいかもしれない。スキルさえなしでいい」
「とっしん、使っちゃだめなの?」
「だめってことはないが、スキルは魔力も体力も使うから温存しておきたい」
「減ってません」
「はい?」
「この程度では妾の魔力は全く減っていません」
「千紗も減ってないよー」
あー。
千紗や。あんたも回復速度異常だったか。
「魔力は減らないかもしれないが、数値に現れない体力や気力は減るからな。まだこれからどれだけのモンスターが出てくるかわからないんだ。みんなできるだけ気力体力魔力を温存するように」
「「「はい」」」
「とか言ってたらまた、湧いてきた」
「今度は何かな?」
「黒い靄がさっきより濃くて大きい! 強いか数が多いか大きいかだ! 気をつけろ!!」
黒い靄は基本的にモンスターの大きさ強さそして数によってその大きさを変える。
大きさと数に関してはそのまま、出てくる体積に依存するからだね。
ちゃんとモンスターが隠れる大きさの靄になる。
もう一つの強いというのは、おそらくこの靄がモンスターを作る元になっているから、作られるモンスターが強いほど大きく濃くなると言われている。
徐々に靄が薄くなり、そこに現れたのは。
「ゴブリンファイター八体!! リザ! まとめて燃やせ!! あっ、エレメンタル・ファイヤーくらいでね」
流石に、ファイヤー・インフェルノクラスは過剰すぎる。
「命令受諾。炎の精霊よ、我、エリザベート・ド・ベルナールの呼びかけに応えよ! かのものを精霊の焔で覆いつくせ! エレメンタル・ファイヤー!!」
巨大もふもふでさえあっさり焼き尽くした炎だ。
この世に生まれ落ちた瞬間、ゴブリンファイターはあっさり消滅。
光とともに炎も消え去る。
「ふう、危なかっぜ」
「そんなに危ない敵だったの?」
「敵としてはまあ大したことはない。公式名称:ゴブリンファイター。通称殴りゴブ。棍棒がメリケンサックに変わっただけだから、攻撃力自体はさっきのより低いかな?」
「攻撃力が低いのに危ないの?」
「やつはAGIやDEXが微妙に高い上に技巧派だ。つまり千紗が力任せにばっとを振っても軽く躱して殴りかかってくるぞ。これはリザや純華ちゃんも同じ。元々の身体能力が違うから、いくらこっちの方がステータスが高いからと言っても当たらなければどうにもならない」
ゴブリンファイターはプロボクサー並みの動きで、パンチを避けるからな。
体が小さくSTR値も低いのでこちらにもダメージはないだろうが、一旦乱戦になれば、こっちは魔法という攻撃手段を失う。
ゲームみたく仲間にダメージが入らないわけじゃないからね。
フレンドリーファイヤーはすくなからず起こり得るのだ。
乱戦ではリザも魔法は使えず、懐に入られれば慣れていない千紗ではバットでの攻撃も難しいだろうし。
僕の攻撃も当たらないわけじゃないけど、数が違いすぎる。
囲まれて引き釣り倒されてしまえば、まともに攻撃することもできない。
HPが減らない限りノックバックは無いけど、取り押さえることはできるからね。
そこをタコ殴りでもされたら、ダメージがなくてもトラウマになるかもしれない。
「けっきょく数は力だ。討ち漏らして乱戦になると、リザの魔法は使えなくなるからね。弱くても数が多ければ、捉えられ拘束されるということもあり得る。そのまま川にでも放りこまれれば、いくらHPが高くても普通に死ぬからね」
あくまでHPやDEFはモンスターの攻撃に対する防御値で、窒息や飢えといった人間の生存に必要なものの欠乏を防いでくれるわけではない。
「基本的にこのパーティーだと三層ゴブリン三体までならリザに頼らなくてもなんとかなるが、それ以上は数を減らしておかないと厳しいだろう」
一応リザは魔導師だが接近戦ができないわけではない。
魔法のステッキも一応打撃武器の一種だしw
だが、リザが接近戦を強いられるということは、他の対応ができなくなるということだ。
もしそこに増援が現れたら最大火力のリザが使えない事になる。
「ということで、リザ。魔力に問題はないか?」
「大丈夫、問題ありません。ちょっと減りましたが、このペースだとあと数分で満タンになります。あとレベルが上がりました」
「あー、うん。ゴブリン八体も倒したからね」
「いいなー。千紗と随分差がついちゃったね」
「わたしの倍……」
「まあ僕のせいかもしれないけど、普通はこんなに魔法職のレベルが上ったりしないんだけどなぁ」
「そうなのですか、導師よ」
「魔法使い、魔力がなければただの人ってね。魔力を使い果たすと戦えないし、逆に魔力を温存しすぎて、一度も敵を倒さないままダンジョンから出ることになるとか、よくあることらしい。魔法系は一度に敵を倒す数は多いけど戦う頻度が低いんで、レベルが上がりづらいことが多いようだ。リザは魔力量も回復量多いから、ガンガン上がってるわけだけど」
「千紗の出番が少ないってことだよね!」
「盾持ちか接近職がもう一人二人居れば、魔法に頼らなくても戦えるシーンが増えるんだろうけど、千紗一人で三人を守っているような形になっているから、あまり突出されるとこっちが困る」
指示出し役の僕が出るような事態になれば、もうパーティー崩壊同然だ。
指示が出せなければ、個別に戦うほかなくなり、連携など望むべくもない。
純華ちゃんも戦えないわけではないが鉄のポール程度じゃどの程度ダメージが入るかわからない。
事実ビックマウス程度に手こずっていたし。
ゴブリンファイターは出てきた瞬間光になったから、具体的な強さは分からなかったけど、おそらくせいぜい三層~四層クラス。
だとしても、結構なDEFとHPがあるだろう。
肉弾戦を得意としているゴブリンだけに、ノーマルゴブリンに比べても微妙にタフだ。
純華ちゃんが一体倒すには結構な時間がかかったはずだ。
ダンジョン溢れに対応するんなら保護責任者一人はやはりきついな。
かといってこれ以上増やすにも予算が下りないだろう。
先生方を鍛えるか、千紗やリザなどクラブメンバーを鍛えて、サポートしてもらったほうがいいか。
いや、この事態で授業そのものが無くなるか延期になるかもね。
不測の事態とはいえ、生徒が入ダン中のダンジョン溢れだ。
たまたまリザが強力なスキルを覚えて使いこなしていたからまだ対応ができているが、もしこれで大怪我でもして帰ったらおそらくクラブ活動は中止になるだろうな。
授業についても見直しを迫られるはずだ。
たとえ無事に切り抜けられるとしても。
まあ、どうなるかわからないけど今気にすることじゃない。
まずは無事にダンジョン溢れを乗り切ることが大事だ。
そう決心したとき、管理局から緊急通報が流れる。
『緊急通報、緊急通報。先程一階層で十層のアーマードベアが確認されました。幸いにして即座に自衛隊により殲滅されましたが、他の階層でも十層相当のモンスターが湧く可能性があります。十分注意して避難してください。繰り返します……』
十層のアーマードベア。
僕の左手を奪ったやつはボス部屋の最大最強であったが、普通種でも最悪にはかわりない。
十層の安全レベルは階層マイナス一の九かける五でレベル四五。
普通種ならそこからマイナス三から装備次第ではマイナス五までならなんとかなるか。
僕たちとってそれは絶望的なレベル差だった。




