はじめてのめんせつ
翌日僕は父と一緒に父の勤める小学校に行く。
「せんせー、おはようございまーす」
「ああ、おはよう」
「きゃー、あれだれだれ?」
「見たことないー。新しい先生? わかーい」
まだ早い時間だがちらほら登校してくる生徒もいて、父に挨拶してくるので父もそれに応えていた。
そして僕を見てキャッキャと飛び交う嬌声。
うん、今まで忘れてたよ。
父の勤める小学校は全国でも珍しい女子校だった。
女子小学生たちが元気いっぱい校門をくぐっていく。
「守衛所で入館証をもらってくれ。この許可証を出せばもらえるから」
僕は校門の脇にある守衛所に向かう。
父はカードを見せるだけで素通りだ。
「まだちょっと時間があるから、少し見て回ろうか」
もし採用になればここにほぼ毎日通うことになるのだから、最低限使う施設だけでも知っておかないとまずい。
特にトイレとかw
男性教員もいるわけだからそれなりに男子トイレもあるはずだが、数はそんなにない可能性がある。
切羽詰まったw 時に探し回るような事態は避けたいからなw
あと必要なのは担当する教室だ。
クラスでそのまま授業するのか特別教室を使うのかでも動線が違ってくる。
実習の前に予行練習をするなら体育館やグラウンドに出る必要があるかもしれない。
一通り校舎内を回ってから程よい時間で校長室に。
「失礼します」
父と一緒に校長室へ。
なんか入学試験のときの面接を思い出したよ。
普通会社に父兄同伴ではいかないだろうけど、父の紹介とのことで今回はとりあえず案内してもらった。
「よく来てくれた。校長の玉城だ」
「進士和斗です。今日はよろしくお願いいたします」
「まあ、固くならずに座って」
白髪の優しい感じの校長先生だ。
「私はこれから授業だから、失礼のないように。では校長先生。私はこれで」
「ああ、案内ご苦労」
父は僕を置いて校長室から出ていった。
「さて、簡単な説明は聞いていると思うが、ざっと経緯を説明しておこう」
一昨日父から聞いたことや更に詳細な事情などを校長先生が説明していく。
「今回の試みの大きな目的は、早急に教師や子どもたちのレベルを上げる必要があるのと、今後の授業を進めていく上で教師側の理解を深めていくことにある」
「はい」
「その為可能な限り早く実習を行う体制を整えること。授業に関しては、できるだけ資料や動画で残すなど、今後の礎となっていただければありがたい」
「僕にそんなだいそれたことができるかわかりませんが」
「気を負う必要はない。これは教育者全員が取り組まねばならない課題だ。我々も全力でサポートするので、君の必要と思う教育を施してくれたまえ」
「そうおっしゃるのであれば、微力を尽くします」
「はっはっは、それは助かる。何しろこれまで応募者はゼロだ! 君に断られたら私自らダンジョンに挑もうと思っていたところだ」
おいおい。
年寄で潜るやつがいないとは言わないが、保護責任者の資格を得るのは大変だぞ。
なにせ三層以下で延べ千時間以上の探索経験が必要だからな。
年寄りでなくとも短期、しかも働きながらで実現するのはちょっときつい。三年かけてというのならまあなんとかなるかもしれないが、その場合早くても実習は三年後。僕が授業を受け持つ予定の最下級である四年生すら卒業している。
「では、採用ということでよろしいですか? 志望動機とか全く聞かれていませんけど」
「話してみれば人となりはだいたい分かる。君の父親が紹介するのだから、どうにもならないボンクラというわけもあるまい。多少難があっても応募者ゼロでは選ぶ余地もないのだがなw」
意外と豪胆なのか大雑把なのかわからんお人だな。
「まあ冗談はこれくらいにしておこう」
冗談だったんかい!
「君のことについては事前に君の父からも話を聞いていたし、君が所属するゼミの担当教授なんかからも人となりを聞いている。君の受けているゼミの名前を聞いて、聞き覚えがあると思って調べたら担当教授が知り合いでね。今日は面接というより、状況説明と労働条件のすり合わせをするのが主な目的だ。君がここに来た時点で君の採用は決定していたのだよ」
あのぉ! クソ教授。
個人情報ダダ漏れかよ。
いかにも腹黒そうな教授だが、これがまた生徒のためになっているだけに文句も言いづらい。
「授業時間についてはすでに決まってしまっているので、できればそれに合わせてもらいたい。まだリハビリに通っているとのことだが、大丈夫だろうか?」
まあもう四月。とっくに授業は始まっている。
「ええ、予約制で週二、三回、様子を見ながらと言った感じなので割りと融通は効きます」
「それはよかった。あとは授業時間以外にも準備のための時間も必要だろう」
「そうですね」
「それと子供向けだけでなく、大人向けの資料や講習、勉強会などにも参加していただければありがたい」
「可能な時間だけでいいのであれば」
「もちろん無理は言わない。君にとっても今は大事な時間だ。リハビリや君の生活に影響が出ない範囲で構わん。基本的に給与は働いた時間に応じて支払われる。テレワークも可能だから必要があれば申し出てほしい」
それは助かる。
女子小学生に囲まれて登校するのはできれば少なくしたい。
「助かります」
「さて、他に聞いておきたいこととかあるかね?」
「ええ、こちらなんですが」
昨日まとめながら確認すべきことを書き留めていたのでその紙を出して校長先生に見せる。
「ほうなるほど。もうこんなに問題が出ているのか。君にお願いしてよかったよ。私達だけでは思いつかなかった問題だ。至急検討して回答を出そう。場合によっては保護者会も開く必要がありそうだな」
「そうですね」
「こちらの方は任せておいてくれ」
「他になにかあるかな?」
「授業の準備や予行練習として、生徒有志との先行授業をすると聞いていたのですが、そちらはどういう感じを考えていらっしゃいますか?」
「当面は放課後か、四年生以上の生徒対象の必修クラブ活動の時間を使っていただきたい。すでにダンジョン探索クラブを設立しているので、ここに所属する生徒に指導をお願いすることになる」
「所属する生徒は決まっているのですか?」
「今のところ二名が希望を出している」
「……意外と少ないですね」
「まあ、元々ダンジョンに興味のある女の子は少ない。女性の冒険者も少ないと聞いている。なので今後女の子でも興味を持てるような授業を心がけてくれると嬉しい」
確かに女性の冒険者なんて数えるほどとは言わないが一割以下だ。
「人数が増える可能性はあるのですか?」
「君の講義次第といったところか。面白いとなれば希望者が増えるだろうし、つまらないとなれば減るかもしれん。なにしろ強要する訳にはいかないからな」
「それはまあ、仕方ないですね」
仕事なら研修だ何だで強制できるけど、クラブ活動は無理だ。
「クラブって移籍はできるんですか?」
「ああ、本来一年間移籍できないところが多いみたいだが、うちは基本的に行きたいところに行く感じにしている。つまらない興味を持てないクラブに所属しても互いにいいことなど一つもないからね」
「そうですね」
「まあ、そのせいで使う教室が時々移動になったり教材が足りなくなったりするので調整が大変だが、なに生徒のためだ。こんな苦労など大したことではない。今度のことだって、子どもたちのためを思えば、やらないリスクより、やるリスクを取るべきと考えたからだ。ただ、子どもたちの安全には十分留意してくれたまえ。モンスター溢れからの危険を避けるための試みで、子どもたちを危険に晒したのでは本末転倒だからな。それ以外については君の好きにして構わん。まあ、なにかする前に相談してくれることが前提だが、そのうえで何かことが起こったときは全力でサポートするつもりだから安心して取り組んでほしい」
本当に生徒のためを考えている校長先生なんだと思う。
猶予期間が三年あるのだから今年は様子見をしたっていいはずだ。
来年には教科書だって出揃うはずだし、それなりの知識だって仕入れられるだろう。
それを漫然と待つのではなくこうして積極的に関わろうというのだから。
子供をダンジョンに連れて行くとなると、万が一が起こらないとは限らない。
海や川、山などといった遠足だって問題は起こるし、体育の時間だって怪我の防止や熱中症対策などが必要だ。
その上ダンジョンに入れるというリスクをこの段階で受け入れるのは、学校経営としては非常にリスキーだろう。
万が一怪我人でも出したら、マスコミに叩かれる可能性もある。
安全管理は十分だったのかとか、勇み足だったのではとか、売名行為ではなかったのかとか。
そのリスクを十分に考えた上で、子どもたちにメリットが有ると考え実行に踏み切ったのであろう。
これは慎重に事を進めないとな。
でなければこの校長先生の思いを踏みにじることにもなりかねない。
僕は襟を正し、校長先生に頭を下げる。
「これからよろしくお願いいたします」
「ああ、君の活躍を期待している」
僕は校長先生と握手を交わした。
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