はじめてのかていほうもん
まずは近い方のリザの家に行き、送り届けた後、純華の家に向かう。
「純華ちゃんは千紗たちと同じクラスになったことはないの?」
「はい……ありません。去年と今年、リザちゃん、えっと良子ちゃんが同じ飼育委員で、千紗ちゃんはそれについて来て、一緒に手伝ってくれて知り合ったんです」
「そっか、委員会だけか。それにしてはずいぶん仲良さそうだったけど」
「はい良子ちゃんは、数少ない真面目に来てくれる子なんで。学期のはじめはみんな来てくれてたんですけど、だんだん来てくれる子が少なくなって。最後の方はわたしと良子ちゃんくらいしかこなくて。今は学期の始めなんで来てくれる人も多いんですけど」
そっか。
それで仲良くなったのか。
二人しかいないんじゃ必然的に話す機会も増えるよね。
「それで一昨日、良子ちゃんがダンジョンでの様子を送ってくれて、すごくもふもふがかわいくて、おかあさんに無理言ってクラブはいる許可をもらったんです」
速攻だなおい!
決断力ありすぎだろ。
もふもふ愛どんだけ高いのよ。
「その前から資料の写真とか色々貰ってたんですけど、リザちゃん達が実際にもふもふしてるところを見てたら羨ましくなっちゃって。……こんな理由じゃ駄目ですか?」
「だめなんてことはないさ。やりたいことがあるんならやった方がいい。やらないでずっと我慢して後悔するよりずっといいに決まっている」
僕だって怪我をし障害が残ってしまったけど、後悔はしていない。
それは僕がやりたいことをしたからだ。
まあちょっと自殺願望っぽい感じにはなったけど、妹たちを助けたいという気持ちに変わりはないのだから。
「ひとつ聞いていいですか?」
「僕で答えられることなら何でも」
BWHは秘密です!
とか冗談ぽく言おうかと思ったけど、いきなり真剣な顔つきになったので思いとどまった。
「職業は自身の性質や性格、心、経験などを反映したものって先生は言ってましたね? わたしでも思った職業になれると思いますか?」
彼女にはなりたい職業があるのだろう。
それはその真剣な眼差しで嫌といほど伝わってくる。
「実際のところはわからないんだ」
だから僕も本気で答える。
「わからない?」
「ああ。ダンジョンができてまだたった七年だ。わかっていることは少ない。得られる職業自体が性質や性格、心、経験などを反映したものと言われれば、思い当たることがあるかもという程度のものでしかない。まあ、血液型占いや星占いみたいなものさ。当たってるという人にとっては当たっているし、当たっていないと思う人にとっては外れ。その程度だという人も多い」
「そうですか」
目に見えて落ち込む少女。
「だけど僕は思うんだ。職業を最終的に決めるのは自分の強い思いじゃないかって」
「強い思い……」
「そう。強く思えば希望の職業じゃなくても、それに近いものは得られる。僕はそう信じている」
長らく謎だった僕の職業。
だがここに来てその意味が少しずつ分かってきたような気がする。
そう。それは僕が強く望んだこと。
あまりに強すぎて、なんか変な制限がかかっちゃったけど、紛れもなく僕の意思で掴み取った職業だと自信を持って言える。
「信じてる、ですか」
「信じる者は救われるじゃないけど、何事も信じなきゃ始まらない。もし違ったら無駄かもだけど、本当だった時に本気で望んでいないせいで、望んでもいない職業を得てしまったら後悔するだろ。職業取得のチャンスは一度だけなんだから」
職業取得は一度だけ。
上位職や他の職業へのジョブチェンジなどない。少なくとも今のところは。
ゲームみたいな世界だから今後アップデートがあるかもしれないけど、基本その職業でやっていくか不満であればダンジョンから離れるしかない。
「連休中にダンジョンに入るつもりなんだろ? 努力するのもそんなに長い時間じゃないさ。無駄になるのもそれほどの時間と労力じゃない。ならやらない理由はないし、やらないと言うならしょせんその程度の思いってことだ」
「……はい、本当にそうですね」
落ち込んでいた少女が再び頭をもたげる。
その眼差しには強い決意が見て取れた。
何が彼女を掻き立てるのかわからないが、ダンジョンに潜る理由がもふもふだけではないことがわかる。
「あっ、うちここです!」
そんなこんなしている内に純華ちゃんのお宅へ到着。
ごく普通の一軒家だ。賃貸か購入か知らないけど都内に一軒家に住めるのだからそれなりに収入はありそうだ。
「ご両親、どなたかいるかな。ちょっと挨拶して帰るから」
「はい、お母さんがいるはずです」
自分で玄関の鍵を開けてそのまま中に入る。
「おかーさん、ただいまー」
「あら、おかえりなさい」
「こちら、クラブの先生です。今日お洋服とか貰いに行ったお家のお孫さんで、ちさちゃんとは従妹なんですって」
台所仕事をしていたらしい母親が出てくる。
「初めまして、進士 和斗です。ダンジョン探索クラブの指導講師を努めています」
「娘がお世話になったようで。この子の母です。どうぞお上がりになってください」
「いえ、すぐに帰りますから」
「少しだけ中でお話ししませんか? お時間はとらせませんので」
「はあ、少しだけでしたら」
こうまで言われたら断れない。
僕は少しばかりお邪魔することとした。
「わたし優華のところにいるね」
純華ちゃんはそのまま二階へ上がっていく。
「こちらへどうぞ」
通されたリビングに、僕は腰掛ける。
「すみません。お手間をおかけして。えっとお茶でも」
「いえお構いなく。家で待っている者がおりますので。必要ならまた別途お時間をお取りします」
「そうですか、では単刀直入にいきますね」
「お家の方とコミュニケーションを取るのも教員の仕事ですのでお気になさらずに。何か相談がお有りでしょうか? 若輩者ですがお聞き致します。もし僕に手におえないことでも、他の先生方からの協力が得られるかと思います」
まだ学生の僕の言葉じゃ不安かもしれないので、バックが付いてるぞと、虎の威を借りておく。
「相談といいますか、私達もダンジョンのことはよくわからないですし、いきなりダンジョン探索クラブに入ってダンジョンに行きたいっていい出して。どうしていいものかと。あの子が熱心に頼むので許可は出しましたが、本当のところどうなんでしょうか? 危険はないのですか?」
まあ、不安はわかる。
知らないことがより不安を煽るのだろう。
「危険については絶対にありません、と言いたいところですが、何事も絶対はありません。安全とされる場所への遠足でも危険はあります。ダンジョンの中へはおそらくそれよりは危険があるとはいえますが」
「……あの子、親の欲目もあるかと思うのですがいい子なんです」
「ええ、この二日しか担当講師としてのお付き合いはありませんけど、僕の目から見てもいい子ですよ」
「ありがとうございます。これまでいい子というかいい子すぎて、これまでわがままひとつ言ったこともない子が、クラブに入りたいとはっきり言ったんです。それがあの子の本当にしたいことなら叶えてあげたいのはやまやまなんですが、もし怪我でもしたらと」
「それは当然のご心配です。ですがそれを和らげるのが僕の仕事でもあります。もちろん安全対策はしっかり取っていますし、学校の教師陣一丸となってダンジョン教育を安全に行うべく取り組んでいます。今は先行試行という形ですが、おそらく今後スタートする正規の授業に比べても、安全対策に関しては上であると自負しています」
正規の授業として行う場合、二階層までなら生徒を最大百人引率できる。僕しか保護責任者がいない場合だけどね。
しかし教員の人数や授業のスケジュールからして、二クラス八十人とそのクラスの担任と副担任。それ以外に手隙きの教員数名が付き添う形になると思う。
つまり付き添いは五人からせいぜい十人に満たない数になると思われる。
一人当たり少なくとも八人から十人以上の面倒を見なければならないが、今は僕が担当しているのは純華ちゃんを含めてもたった三人だ。
しかも教員は生徒とほぼ変わらない程度のど素人。
つまり僕が百人近くの生徒の面倒を見ているのとほぼ変わらない状況なのだ。
当然僕の目が届かないところも出てくるだろう。
教師自身の先行授業や勉強会は当然行うが、どこまで対応できるかは今のところ未知数だ。
また、今後モンスター溢れが起こる可能性は決して低くないこと。
今の感触だとおそらく一学期はカリキュラムの作成と教師陣の職業取得。子供達の座学で終わりそうな感じがする。
他の授業との時間の兼ね合いを考えると、実習は二学期になるか夏休みを少し削ってということになるかもしれない。
そのため通常の授業で職業が得られるのは早くて一学期の終わりだ。
しかし、モンスター溢れはいつ起こってもおかしくない。
それは今回の法律の成立状況を見れば、明らかに手が足りておらず、職業を得てある程度レベルがあがる前にそれが起きてしまえば、最悪の事態も起きうることなどを語る。
「ダンジョン探索クラブで活動するリスクとしては、何分実績がないので、いくら手厚いフォローがあると言っても万が一は起こりえます。メリットとしましては、講義の質・量ともに正規の授業で受けるより良質なものが受けられますし、装備品の貸与もあり、ご家庭の負担も少なくて済みます。
また誰よりも早くレベルアップできますので、モンスター溢れの際に怪我を負うリスクは格段に低くなると考えています。その証拠に純華さん以外のメンバーはすでにレベル四に達しスキルも得ています」
「っ! えっと、早くないですか? 今回のことがあって、私達もダンジョンのことについて少し調べましたが、確かスキルを得るのがだいたいレベル十前後。まだクラブが始まったばかりですから、数えるくらいしかダンジョンへは入られていないのですよね?」
「ええ、これまで子供達とダンジョンに入ったのは三回だけですね」
「それでレベル四は早すぎませんか? 嘘ってことはないですよね?」
「もちろん本当です。階層ボスを倒す時はスキルも使っていますから、その様子をお見せすることも可能ですよ」
「……」
「こういってはなんですが他のメンバーはすでに、装備さえある程度揃えれば冒険者として三層以下でも十分戦えるほど強いです。僕と彼女たちがいればお子さんが危険にさらされることはまずないといえます。少なくとも授業やモンスター溢れの時と比べて大きく危険度が違うということはないと言えるでしょう。
まあ、これも僕が担当講師だからお勧めする面もありますが、僕はこれが一番メリットがある物にできると信じてるからこそ講師を引き受けたとの自負があります。ただ、親御さんとしてのご心配も最もですし、そもそもモンスター溢れなど起こらないかもしれません。そのための今回の法改正ですし。もし今後モンスター溢れが起こらないのであれば、いらない危険を負うことは確かでしょう」
僕は僕の思うところを正直に話す。
メリットもデメリットも含めて。
嘘や誤魔化しは無しだ。これで純華ちゃんがやはりクラブを続けられないというのであれば、残念ではあるが仕方がない。
最終的な判断は保護者たる親がするべきものだから。
「先生のお考えはわかりました。あの子は本当にわがままを言わない子で、覚えている限りほとんど今回が初めてのわがままなんです。うちの事情ではありますが、下の娘に持病がありこれまであの子には我慢させてばかり来ました。私達を独り占めにする妹のことを恨んでも仕方ないとすら思います。それなのに妹のことばかり心配するいい子なんです。家のお手伝いも嫌がりませんし、むしろ積極的に手伝ってくれて」
「それはたった二日ほどしかお付き合いのない僕でもわかりますよ」
「ありがとうございます。私達もあの子の初めてのわがままで、あの子にどれほど甘えていたのかと今更ながらに気付かされました。その子のたった一度のわがまま。できれば叶えてあげたい。主人もそう言ってましたし私も同じ思いです。どうか先生、あの子の思い、叶えさせてあげてください」
そう言って母親は深く頭を下げた。
「わかりました。全力で事に当たらせていただきます。ご不安があるようでしたらいつでも呼び出していただいて結構です。クラブ活動の様子につきましては資料として映像も残しておりますので、編集後となりますが、お見せすることができると学校側からの許可も出ています。それを見て疑問やご不安があればご説明も致しますし、途中でやめられることも残念ではありますが、選択肢としてはあります。うちの小学校では途中での移籍も許容しておりますので」
「わかりました。娘のことよろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
「お嬢さんから伝わっているとは思いますが、明日は朝から冒険者免許取得試験があります。すでに申し込みは済ませていますので、特にこちらですることはありません。費用は部費として学校側から活動補助費が出ていますのでそれを当てます。もし不合格で再試験をお望みであればそちらはご家庭の負担でお願い致します。講習と試験は食事休憩をはさみますのでお弁当を持たせるか、食堂をご利用するかはお任せいたします。交通費は申し訳ありません。自費でお願いします」
「ええ、娘から聞いていますし、冒険者のしおりもいただきましたから」
「会場は新宿ですので明日は僕が引率します。他の子達もいますので、僕と他のメンバーはダンジョンへ行き、お嬢さんの講習と試験が終わった頃に新宿で再び合流する予定です。ご心配でしたらご両親が付き添われても結構ですが」
「いえ、下の娘があれですので、付添はできないと思います」
「そうですか。なら僕がお預かりいたしますね。免許は即日交付ですので、もし合格すれば翌日にはダンジョン入りして職業を得てレベル一を目指します。ダンジョン入りでこちらで用意するのはお弁当と水筒。水筒には麦茶など利尿作用のない飲み物を入れてあげてください。
あと用意するのは着替えくらいです。
汚したり破損してもいい服を着てくるなら一セット。困るものを着てくるのであれば二セット。下着込みで持たせてください。
着替えは今日うちの祖母から差し上げていますので、そちらを使ってください。後は学校からの貸与品でまかないます。そのあたりはしおりに書いてありますので。連休中にレベル三にして二層までは行けるとふんでいます」
「そ、そんなに早いものなんですか?」
「ええ、ほぼ個人授業ですから。一人だけに集中すればまあ、こんなことも可能です。まだ具体的なスケジュールや方法については検討中ですが、学校の授業で行く場合はもっとゆっくりなペースになるでしょう。ダンジョンに入る回数時間ともに増えるはずです。四年生以上全員をレベル三にするのはおそらくほぼ一年はかかるかと。その分モンスター溢れに遭遇する確率は高まります。レベル三にすれば安心というわけでもないですし」
「そうなんですか?」
「はい。前回のモンスター溢れで出てきたモンスターの中にゴブリンと言われているやつがいるんですが、こいつを生身で倒そうとすれば大人でもレベル十は欲しいところ。しかもスキルがある前提ですが。子供ならさらに二レベルプラスくらいは欲しいですね。レベル五あればまず棍棒持ちのゴブリンで怪我することはないんですが、剣などの刃物を持っていると厳しいですね。レベル三だと数発殴られたらHP全損しますので、それ以前に助けが来るか逃げるかしないとまずい事態になります」
「普通に授業を受けても安心ではないと」
「正直なところ、今の世界に安心できるところなどどこにもありません。不安を煽るようでなんですがダンジョンがこの世界に現れてからまだたった七年です。わかっていることのほうが少ない。今後何が起こるか誰にもわかっていないんです。モンスター溢れだっていきなり市街地にモンスターが湧くとは誰も思っていませんでした。あふれるにしても前兆があるか、せいぜい階段のある出口からだと誰もが思っていたんです。今日ある日常が明日もあると思わない方がいい。僕はそう思います」
それを僕は嫌というほど知っている。
僕の幸せはダンジョンの発生とともに失われたのだから。
「……」
「暗い話になって恐縮ですが、不合格であれば翌週の試験日に再試験するか、ここで再考ということでも構いません。なにか疑問に思うことがあれば遠慮なくご相談ください」
「わかりました。よろしくお願いいたします」
僕は母親と純華のお暇を告げて、純華邸を去る。
そういや妹さんは顔を出さなかったな。持病があると言ってたから具合があまり良くないのかもしれない。
その後千紗に、遅い! とむちゃくちゃ起こられた。
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