はじめてのごしんじゅつ
次の入ダンは四月二九日、日曜日に決定。
翌日は振替休日だし、その日の内にレベルを上げて階層ボスを倒してしまえれば翌日は休みでもいいし、そのまま二層に挑んでもいい。
レベルが上がらなかったら、階層ボスに挑むのは翌日か更にその先、ゴールデンウィークの後半戦に持ち越すことになる。
その前準備とイレギュラーに対応するため、今日の必修クラブでは、護身術について説明することにした。
「第一層はスライムしか出ないと油断してはいけない。モンスター溢れが起これば一層でも更に下層のモンスターが出てくることは確認されているからね。脅威はモンスターだけじゃない。時には冒険者に襲われることだって皆無じゃない。日本じゃあまりないけど海外じゃしょちゅう襲われたという話が出てくる。
ダンジョン内でトラブればつかみ合いの喧嘩だって起こると聞く。
こっちはどの階層だって起こり得るから、対処方法を学んでおくことは必須なんだ」
「はい!」
千紗は相変わらず元気だね!
リザは黙ってうなずいている。
「前回までは職業の入手とレベル上げを優先してきたけど、今後はレベルだけじゃなく、人間としてのスペックを上げていく必要がある」
「人間としてのスペック?」
「剣術や格闘術を習ったり、からだを鍛えれば、それだけ人間のスペックは上がる。何度もいっているが、ステータスは基本的な人間の能力プラスアルファでしかない。もちろんステータスを上げれば基礎能力の低さを補えるかもしれないが、技量というやつはステータスでは補正されないからね。野球で投手の投げた球を打ち返す。それだけのことでさえ、ちゃんと練習した人とそうじゃない人では差が出る。同じ力、同じ素早さでもね」
スキルや職業は様々な恩恵を与えてくれるが、技量を補佐してくれるようなものではない。
剣術スキルだって、生えたからって剣の腕が上がるわけじゃない。
剣を使った時に攻撃力や力、素早さなどが上がるという付加効果があるだけだ。
「君たちはなにか武道とか、スポーツ系クラブに入ってたりはしないよね?」
「千紗は陸上やってたよ。去年だけね。今年はこっちに入ったからやめちゃったけど」
意外?
そうでもないか。猪突猛進の千紗ならある意味当然の選択か?
でも去年だけ?
「岩崎先生、部活って学年で制限とかあったりします?」
「はい、部活の参加は四年生からですね。必修クラブもそうです。なのでダンジョン授業も四年生以上ですね」
おう、昔からそうだっけ?
全然おぼえていないよ。
ずっと帰宅部だったからね!
「妾は帰宅部ね。家でお手伝いがあったから」
こっちは家業の手伝いか。
それじゃあしかたないね。
モデルとかおねーさん方のお世話とか、やることいっぱいありそうだもんな。
「二人共剣道や柔道なんかの武道系の経験はないみたいだから、実際に戦うことになった時、うまくからだが動かないだろうと思われます」
「千紗は大丈夫! モンスターなら数え切れないほど倒してきたよ?」
「ゲームは経験のうちに入りません。コントローラーで自分の体を動かすことはできないからね」
「そっかー」
「とはいえ、本格的に武道を習おうと思ったらそれなりになるだけで何年もかかります」
「時知らずの間で修行すれば……」
「そんなのありませんから。ですので、ちょっとした型といくつかの状況を例に上げてこんなときにはどうするかを軽くレクチャーします。この程度、本来は焼け石に水なんだが、ステータスが上がってくれば、知識があるだけでだいぶ違ってくるんだ」
AGIが増えれば速く動ける。
速く動くということは、体だけでなく思考能力も速くなければ実現し得ない。
思考が早くなれば考えながらでも十分速い攻撃ができることになる。
だが前提となる知識がなければそれも宝の持ち腐れだ。
「ということで今日はダンジョンにおける護身術について説明します」
「護身術って、ちかんとかから身を守るやつだよね? おにいちゃんがちかんするの? こう、羽交い締めにしたり、お胸をつかんだり?」
「痴漢はだめですよ? 和斗先生」
「痴漢はしません! それをいうならちかんするじゃなくて痴漢役をするね! 痴漢役もしませんが!!」
「ちぇええ」
なんで残念そうなんですか千紗さんや。
僕をそんなに破滅させたいのですか?
「護身術は護身術でもダンジョン護身術です。ダンジョンの中じゃ無手の護身術なんか屁の突っ張りにもなりませんよ。モンスターであれば武器を持っていたり、鋭い牙や爪、角を持っていたりするんで、これに素手で挑んでたら命がいくつ有っても足りないぞ」
「でも千紗たち、武器はゴム手袋しか持っていないよ? お買い物にいくの?」
「大丈夫、百円ショップで僕が買ってきました」
取り出したのは何本かの鉄の棒。
「警棒っぽい?」
「ジョイント・ラック用のポール、いわゆる棚とかの足になるやつだね」
警棒なんか専門店に行けば数千円から下手したら数万円もかかるからね。
伸び縮みしないだけで、これが税抜き百円で買えるなんていい時代になったもんだ。
いや、警棒じゃないけどね!
ぶっ叩けるんなら野球のバットでもいいんだけど、安くても一万円以上するからな。
まさか野球部から借りていくわけにもいかないだろうし。
「それが武器なの? 百円ショップのなんてすぐに壊れそう」
「同意」
「それが馬鹿にしたものでもないぞ。持ってみろよ。けっこう重量もあるし硬いぞ」
「どれどれ」
二人が近づいてその黒いポールを手にする。
銀色のも有ったけど、そっちだと光って目立つからこっちのつや消し黒のやつにした。
「ほんとだ。けっこう重い」
「打ち合わせるとけっこう硬い音がします」
「十分武器になりそうだろ? お財布にも優しいし。なんと壊してもスライム一体倒すだけで補填できるコストパフォーマンス! 昔なら買えなかったけど今なら消費税込みでぴったりだ!」
僕もレベルが上がらず、しばらくボッチで活動してたから。
とにかくお金がなかった。
アミューズメント層で稼げる金額なんて微々たるものだからね。
そこでとにかく安く済ませるためにいろんな工夫をしたもんだ。
「ちょっと細いし、持ちにくいから結露防止テープも買ってきた。剥がれにくいと評判w の粘着力が強いやつだ。自分の持ちやすい厚さにまいてくれ。肉厚になっているから衝撃も吸収してくれるしね」
窓とかの結露防止テープも百円ショップのだ。
窓枠とかに張ったらきれいに剥がせないという、本来ならマイナス評価の商品なのだが、剥がす予定がないのなら、剥がれないほうが都合がいい。
「はいこれハサミね。できれば両手持ちできる程度の幅にしておいてね」
ポールは四十センチくらいしかないから、僕の手に合わせて両手分にテープを巻いたら半分近くが持ち手になっちゃう。
女の子の手は小さいから割りと先は長めになるはずだ。
片手だとどうしても力が入りづらいから両手で持てるようにしたほうがいいだろう。
「これ、両手に持っちゃだめなの? そのほうが双剣ぽくてかっこいいのに」
「だめとは言わんが、使いこなすのは難しいぞ。剣道だって二刀流を使う人はまずいないからね」
「がんばる!」
そっかー。がんばるかー。
まあ、万が一の備えだし、それでやる気になる方がいいか。
「まあ好きにしろ」
「導師、妾も二刀流がいい」
はいはい、厨二病おつ。
患者にとって二刀流は外せないよね!
「おう、いいぞ。だけど両手持ちできるようにテープは広めに巻いておけよ。常に装備は失われることを想定しておけ。二本より一本のほうが戦いやすい相手がいるかもしれないしね」
「わかったー」
「命令受諾」
二人は棒を握ってテープを巻く位置を確認しテープを巻いていく。
ちょっと歪んでいたが、剥がれてこなければ問題はない。
そのへんは剥がれにくいと評判のテープに期待しようw
「できたら中庭にいって基本的な型や打ち合いの基本なんかを教えるぞ」
「はーい」
「承知しました」
二人を伴って中庭に移動。
岩崎先生はビデオカメラを持ってその後をついてくる。
「ふざけて振り回すなよ? 本来はジョイント・ラックの足とは言え今は武器として持ち歩いているからな。これでも人の頭に当たれば大怪我間違いなしだ」
「大丈夫!」
「問題ありません」
二人は棒の真ん中あたりを持って振り回してもうっかり他に当たらないようにして持っていた。
僕の持ち方を真似しているのだろうが、二人はこれをちゃんと安全な持ち方と認識しているようだ。
うんうん。
観察力も備わってきたし、成長著しいな。
子供ってこんなに成長が早かったっけ?
僕なんか全然成長していない気がするけど。
「さて、まずは警棒の持ち方からいくか」
中庭についた僕は棒を使った戦い方についてレクチャーしていったのだった。
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