はじめてのにゅうだんじゅんび
課外授業で装備品の使い方や、リュックを持ったままの駆け足など、ダンジョンの中で必要そうな行動をシミュレーションしていき、問題があればその都度修正。
晴れて本日は初ダンジョンにいく日だ。
装備品がほぼ学校にあるため、学校に集合してそこで荷物を作りダンジョン入りする予定になっている。
僕は少し早めに学校に行って、最終確認や同じく部活の付き添いに出ていた岩崎先生に子どもたちの様子や本日の予定などに変更はないかの報告を行った。
「おにーちゃん! きたよう!!」
「導師、おまたせしました」
今日もまた二人でゴスロリ勝負服か。
前回とは違うデザインだがこれもまたかわいい。
「おう、じゃあ、部室にいくか。岩崎先生、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。くれぐれも気をつけてくださいね。私も今日は一日いますので定時連絡は忘れないようにお願いします」
「ええ、わかってます。携帯にタイマーしこんでいますので、もしそれでも連絡が来なかったら呼び出してください。ライブカメラも起動しておきますので、僕のPCは電源を切らないようにお願い致します。録画していますので。先生のでも見られるようになっていますので、お手隙のときにでも確認しておいてください」
「はいはい、大丈夫ですよ。他の先生方にも通知していますし、出勤している先生方も時々確認してくださると言っていました。校長先生も今日は一日出勤して見守ってくださるそうです」
「それはちょっと、プレッシャーがかかりそうですね」
「それだけ期待もありますが不安も大きいというところでしょう。この試行が失敗すれば子どもたちにも学校にも大きなダメージになりますからね。ひいては全国の学校のダンジョン教育にも支障が出る可能性もありますから、気を引き締めていってください」
「あんまりプレッシャーかけないでくださいよ。僕が考えられる最大限の安全対策をとっていますから。まあ本当ならもう二、三人経験者が引率してくれると良かったんですが」
「私もそう思うのですが、予算がねぇ」
「世知辛いですね」
世の冒険者は金にならない低階層などあっという間に終わらせて、金になる美味しい階層に集まりがちだ。
アミューズメント層なんかにとどまっている冒険者など本当に少ないし、仲間がいればレベルを少しばかり上げるとすぐに三層以下に潜ってしまう。
アミューズメント層や低階層で満足しているエンジョイ層などほぼ皆無なのだ。
試験だって本気じゃなきゃ受からない。本気のやつしかいないのが今の冒険者だ。
そのせいで政府はあれこれ手を打っているんだろうけど。
元サークルメンバーに頼めばボランティアで手伝ってくれるかもしれないが、僕が給料をもらっているのにただで働かせるのはどうかと思うし、僕が謝礼を払うのもおかしい。
個人による善意の負担では先が続かないだろうしね。
変な前例を作ってしまうと皆それに甘えてしまう可能性もある。
アニメ業界の給料が未だに安いのは昔アニメの普及のために安く請け負ったからだとか訊いたことがあるし。
「他の先生方にも和斗先生が作ったテキストを見てもらってはいるのですが、やる気のある先生ほど忙しいのが教職というもので、試験を受けに行く暇もないというのが現状なんですよ」
それはわかる。
僕も非常勤講師に就いて思い知ったよ。
やろうと思えばいくらでも仕事が湧いてくる。
事前準備に授業後の反省と気になった点のまとめ。
授業内容の確認や、今だと撮ったビデオの確認と編集や資料作りなどなど。
仕事時間が一日八時間週休二日を義務付けられていなかったら、ブラック入り間違い無しの仕事量に膨れ上がる。
リハビリなどにいく時間を除けばほぼフルタイムの業務量でなんとかこなしているが、あれもやればよかったこれもしたかったなど、やればやるほどやりたいことが増えていく。
世の教師は超人か?
それとも適度に手を抜いているのか?
新米非常勤では手の抜きどころがわからない。特に安全がかかっているとなると百パーセントはない。それは僕の例でもわかる。
でも可能な限り百パーセントに近づけていくことはできるはずだ。
とかやってると全然仕事が終わらないんだけどね。
とほほ。
「おにいちゃん、はやくいこうよー」
岩崎先生と話していたらじれたらしい千紗が催促してくる。
「ごめんごめん。じゃあ行こうか。岩崎先生、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。冴木さんも佐藤さんも気をつけてね」
「はーい」
「何度いえばわかる岩崎特務教諭、私の真の名は……」
「はいはい、いきますよー」
リザちゃんの厨二病を強引に打ち切り職員室を出る。
「着替えやお弁当に水筒は持ってきたな?」
「はーい」
「もちろん、妾に抜かりなどありはしないわ」
「着替えはちゃんと二着持ってきただろうな?」
まさかそのゴスロリ服で潜るつもりじゃないだろうけど一応聞いておいた。
「だいじょうぶだよ! 各ダンジョン管理局にはロッカールームがあるんでしょ? そこで着替えるから」
「ならいい」
「予備のパンツもちゃんと持ってきたよ! ちょっとゴムがゆるくなってきたやつだから破けてもだいじょうぶ!」
その情報はいりませんでした!
「うむ、妾も問題ない。確認しますか、導師?」
「やめて、そんなの確認したら捕まるから!」
ランドセルから下着を取り出そうとするリザを慌てて止める。
「そうですか……」
なんで残念そうなんだよリザ。
僕の破滅を望んでいるのかそれとも自慢の下着を見てもらえなくて残念なのか?
どっちにしろアウトだからな!
「さて、これまでの練習通りリュックに必要なものを詰めるんだ。小さいものはできるだけ小分けにしてジップロックに詰めるように。もし破けたりした場合でも被害が他へ及ばないからな。口をしっかり閉じるのも忘れるな」
僕は細かい注意をしながらリュックに荷物を詰めるのを見守る。
幸いなことに着替えや下着類は更に別の袋にひとまとめにしてあったから、中を見せられることはなかった。
残念じゃないぞ。
「良さそうだな。じゃあいくか」
「おー!」
「おー! です」
二人共気合が入っている。
エリザベートよ、『命令受諾』はいいのか?
僕は小教室をロックし二人を伴ってダンジョンに向かう。
今日向かうのは結局のところ仙川ダンジョンに決めた。
予備調査で何度か仙川と成城ダンジョンに行ったが、仙川ダンジョンでも場所を選べばそう危険はないと判断。
心の問題も潜ってみたら案外平気だった。
ダンジョンの入り口は、モンスターの脱走に備えて高くて丈夫な壁というか箱が設置されていたが、今では無意味だったとわかっても撤去するほどのことでもない。
どうせその領域は使えないし、間違って入り込む人や、許可なく入り込む人を防止する目的もあるので結局そのままだ。
その壁に囲われているので普段は見ることができず、ダンジョンに入場する時か家族親類のみ通れる裏口から入れば、その当時の風景が見られるが、僕はこれまで入ったことはない。今回の準備のための下見で入ってみるまでは。
今でも妹が助けを求めて泣き叫ぶ光景がそこに幻影として残っているからだ。
その記憶もいつの間にやら風化したのか、下見の時は見ても悲しくなるだけで、罪悪感はだいぶ薄れてきていた。
やはり千紗との交流が良かったのだろうな。
彼女だけでも助けられたという事実は僕の心をずいぶん楽にしてくれた。
実際のところ妹たちを見捨てたと思っているのは僕だけで、みんなよく千紗だけでも助けてくれたと言っているのだ。
たとえ僕が戻ったって一緒に犠牲者の一人として数えられるだけで何ができたはずもない。
そもそも千紗を逃さなければ二人とも犠牲になっていただろう。
千紗に聞いたら毎年献花のときには中に入っているそうだし、そっちも問題はなかった。
献花以外にも嬉しいことが有ったときなど時々入れてもらっているそうだから、仙川ダンジョンに忌避感はないそうだ。
結局のところ過去に囚われ立ち止まっていたのは自分だけだったというわけだ。
しかしそれももう過去のこと。そう思えるようになっていた。
なら利便性の高い仙川ダンジョンを利用しない手はない。
成城より地形にバリエーションがある方が良い経験になるからね。
大人数ならそれより事故に注意が必要だけど、面倒を見るのが二人だけなら目が届かないということもないだろうし。
ということでやってきました仙川ダンジョン。
以前、一本サクラがあったところは壁で全く見えない。
ダンジョン領域が駅ビルの入り口まで及んでしまったため、改札は北側に移動。
駅ビルも一部解体して超法規的措置で北側の道路の上に解体した分を積み増すという荒業に出た。
また、仙川駅前にあったビルも一部取り壊し、ダンジョン管理局が入るビルへと建て替えられている。
今日はここで受付と着替えを済ませ、入ダン、いわゆるダンジョンへの入場を果たすことになる。
まあ、その前に荷物検査やらなにやらあるけど。
武器を持ち込むわけだから、どんな武器を持ち込んでいるか確認したり、武器ケースの封印が解かれていないか確認したり、魔石が持ち込まれていないかなどが確認される。
日本はダンジョンの外では銃刀法が適用される上、武装する人が多くなったので冒険者を対象に一部法改正された。
それまでは銃や刃物などを外に持ち出す時、袋などに入れて銃や刃物が入っているとわからないようにした上、登録証を携帯する必要があったが、現在、冒険者登録のある者はハードケースに入れて封印処理を施す必要がある他、冒険者免許が登録証の代わりになり、こちらを携帯することになるなど細かな改正がされた。銃は特殊な弾丸を使っても効果が薄いから持ち込むやつはいないけど。
封印処理と言っても怪しい御札とかじゃないぞ。
まあ、中に登録された武器が入っているか、ケースのロックがちゃんと掛かるか、ケースに損壊はないかとかの検査済みのシールが貼られるだけだ。
シールにはどこで誰が検査し封をしたのか記載される他、サーバーにも登録され、ケースの合わせ目のところに貼られるからこれを剥がさずには開けられない。
そのまま剥がせば下にシールの一部が残るやつだから一度剥がしたらもう元へは戻せない。すぐに分かってしまう。
ダンジョン管理局か指定の業者以外の者が封を破れば、事情聴取が行われ、その行為が正当と認められないと逮捕もあり得る。
モンスター溢れとか正当な理由がない限り、自分で封を破ってはいけないのだ。
冒険者にだけ一方的に厳しい内容にも思えるが、冒険者証が登録証代わりになり電子化されることで、登録証の確認作業が簡略化された。
冒険者の武器だから頻繁に持ち運びされるし使用されるからね。登録証の確認も頻繁に行われることになる。
これまでなら職務質問にでも引っかからなきゃ提示することなんてまず無いからね。
行政の方も紙の登録証を確認するより、電子化されたデータなら、本物かどうかの確認もAIなどの画像解析で行える。
ケースの封印とAI解析によって登録されたものであるとの確認が簡略化され、窓口での確認がスムーズに行えるようになり、管理局にも冒険者にもメリットのある法となっている。
まあ、今回は引っかかるような武器は持ってきていないから、封印解除の手続きは不要で、荷物検査だけで中には入れた。
鈍器は銃刀法違反には問われないからね。
問われるとしたら軽犯罪法だが、これも運用が改められ、冒険者証があればまずしょっぴかれることはなくなった。
昔から護身用具を持っているだけでしょっぴかれるのはおかしいという意見はあったのだが、護身用具とは言え犯罪に使われる可能性があるからとかいって、正当な理由があると主張しても軽犯罪法を適用するケースが多々有ったらしい。
一応今では冒険者証を携帯していれば正当な理由として認められるようになった。
「じゃあまず着替えるとするか。女子更衣室はあっちだ。脱いだものとかはロッカーに入れとけよ。余分なものは持ち込まないように。着替えの服まで溶かされたらマジ全裸で帰らないといけなくなるぞ。携帯はジップロックに入れて取り出しやすいところに入れておけよ。トイレも済ませておくように」
「わかったー」
「命令受諾」
二人を送り出した後は僕もトイレを済まし着替えだ。
といってもこのまま装備を身につけるだけだけどね。
服は適当な古着を着込んでいるので着替える必要はない。女の子たちみたいな勝負服じゃないからね。
サークルで使っていた装備は一部破損してしまったが、手甲と胴鎧を新調。
他の部分も片手で着脱できるように改造を施してもらった。
盾も損壊していたがこちらは装備しても使えないので新調はしていない。
一応武器は片手で使えるメイスを持ってきたが、まあ使うことはあるまい。
剣術を習っていたから本来なら剣を持っていきたかったが、片手だと鞘が押さえられず、剣を抜くのがスムーズにいかない他、長期入院ですっかり腕が錆びついた上、左手で取っていたバランスが取れなくなり、剣の精密なコントロールや刃筋を立てるのが難しくなっていたので断念。
このままじゃ自分で自分を切るとか、仲間を切るとかになりかねんからな。
HPが全損していない限りは問題ないのだが、低レベルだと一撃でHP全損なんて珍しくない。刃物はかすっただけでも危ないが鈍器なら頭とか硬い部分にでも当たらない限りかすった程度ではそうそうダメージは入らないだろうし。
まあこれでもアミューズメント層なら過剰装備なのだが、敵はモンスターだけじゃない。
犯罪率は低いがそれでも全く皆無というわけではないようだ。
特に女の子二人連れだから絡まれる可能性も考えられる。小学生とは言え。
そんなときにこのハッタリ装備は役に立つだろう。
メイス以外は僕が十層に挑んだ時の装備で、その階でさえ本来なら過剰装備だったのだ。
なにせレベルゼロだから手に入る最も防御力がある防具を選んだ。
まあそれもアーマードベアの本気とはいえない横殴りで半壊したけどね。
僕は片手で手早く装備し、その上からポンチョを羽織る。
メイスはとりあえずリュックの後付武器ホルダーに固定してある。
武器や装備を入れてきたバッグはロッカーにしまい、ダンジョンに持ち込むためにまとめたリュックを持ち更衣室を出た。
少々待つと二人が揃って出てきた。
「何故に体操服ブルマ!」
なんで二人共ブルマ姿なんですか?
それにご丁寧に胸には『ちさ』と『えりざべーと』とひらがなで名前が貼り付けられていた。
もう完全に学校関係では絶滅していて、普通に見られることはないはずなのに。
せいぜいコスプレかAVくらいでしか見かけないぞ。
いや、僕がAVを見ているってことじゃないよ?
ネットサーフィンしていると時々引っかかるだけだからな!
「どうしたんだそれ?」
僕は頭を抱えながら尋ねる。
ポンチョは半透明だから、体操服姿が丸見えだ。
長靴の上、一応膝や肘にはプロテクターを着けているが、昔の体育の風景そのまんまだ。
「千紗とかずにいの、おばあちゃんちに行ってもらってきたの!」
「妾にもゼッケンを付けてくれたのです」
おばあちゃん何してくれはるの?
「って、それってお母さんたちの形見ってこと?」
「ちがうよ。これはおばあちゃんのだって。古着の殆どをとってあるから、欲しかったらいくらでも上げるっていってた」
「いいのかそれ?」
「うん、着ることもなく捨てられるより着てもらえたほうが嬉しいっていってた。それにママの昔の服だって着たら娘たちが帰ってきたみたいだって嬉し涙流してたよ」
そうか。
うちの母方の祖父母は同時に二人の娘を失ったようなものだからな。
その孫は僕と千紗だけ。
なのにあの日から一度も祖父母のところに顔を出していない。
なんか色んなところに不義理しているな。
こんど服を用立ててくれたこととか、お礼にいかないと。
「ならそれでいいか。じゃあ、入場手続きするぞ」
「はーい」
「命令受諾」
僕は二人を引き連れて入場窓口へ向かった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価等していただければ励みになります。
本年はこれにて最後の投稿になります。
来年もよろしくお願いいたします。
みなさま良いお年を。




