はじめてのしょくぎょうせつめいかい
ざっと講習と試験内容の予想を語った後、内容の詳しい説明に入る。
「さて、まずはメインの試験内容となるモンスターの生態について語る前に、希望する職業はあるかな? 職業やスキルによって、モンスターを倒す最適な方法が違ってくるからね」
「はい! 千紗はランスが使えるやつがいいです!」
「おお、渋いね」
「妾はもちろん、魔法使い系になると決まってます」
「決まってはいないけど、希望に沿ったものになる可能性は高い。これは先輩の受け売りなんだけど、『職業、いわゆるジョブは、自身の性質や性格、心、経験などを反映したもの』になるという仮説があるらしい。人の感情や考え方性格なんかは複雑だから、血液型占いや星占いのように、当たってるように感じている可能性もあるが、自分の願いが反映されている可能性が無いとはいえない。強く願えば希望の職業が得られるかもしれない」
「わかった! 千紗頑張ってお祈りする!」
「妾はすでに確定している。今更願う必要など無いわ」
エリザベートよ。
そんな事言いながら、ふんすとばかりに拳を握ってるぞ。
「そっかー。がんばれよ」
僕は生暖かい視線で二人を応援する。
自分で言っておいてなんだが、僕は何を願ってこんな訳の分からない職業が生えたんでしょうかねぇ?
ダンジョンの神様がいたら訊いてみたいところだ。
「さて、千紗は近接職、リザは遠距離職と。まあ、アミューズメント層でのスキル発現は難しいからあんまり関係ないんだけど、立ち回りや役割なんかは意識するようにしておくと、下層に潜ったときに役に立つ」
「どんなふうに?」
「千紗は近接職つまり前衛で、リザは遠距離職で後衛になるね。前衛には前衛の仕事、後衛には後衛の仕事がある。たとえば前衛というのは後衛の盾となることが求められる。モンスターを受け止め攻撃を後ろに漏らさないようにするのが主な役目だ」
「ほうほう」
「後ろにモンスターや攻撃を通してしまったら後衛に危険が及ぶ。よって近接職は皆タンク的な役割を求められるんだ。近接系の職業やスキル次第でどっしりと相手を受け止めるか、避けタンクと言われる相手を翻弄して、動きを抑えるとかの戦い方が主流になる」
「前衛はモンスターを倒さなくていいの?」
「いいとは言わないが、倒すより倒されないことのほうが重要だ。タンクが崩れたらパーティーが全滅すると思え」
「! わかった! がんばる」
ふんすとばかり拳に力を入れる千紗。
まだ前衛職になれるとは限らないんだけどな。
「導師、魔法職はどうなのでしょうか?」
「魔法職とかの後衛は、火力担当だったり支援担当だったり色々だな。職業やスキル次第で役割は変わってくる。ある意味前衛職より多様な対応を求められることが多い」
「望むところです。どのような命令にも応えてみせましょう」
「頼もしい限りだ。職業やスキル次第のところがあるから、一概にいえないけど、どの後衛でもやらないといけないのは全体状況の把握と支援だな」
「全体状況の把握?」
「そう。前衛職は目の前に敵がいるから状況の変化も激しいし、高速で対応せざるを得ず全体の把握は難しい。その点後衛は少し離れているから全体が把握しやすい。なので全体指揮は後衛か中衛がやるべきと思う。まあ、前衛が指揮を取るパーティーがないとは言わないが、そういうパーティーは上へ行けないかあるいは前衛がよほど優秀かだな。初心者のうちから優秀な前衛なんているわけがないので、少なくとも最初は後衛が色々気を配るべきだろう」
「なるほど」
「もちろん後方警戒も後衛職の仕事だ。後ろから奇襲を受けてパーティー全滅とまでいかなくても半壊程度ならよく聞く話だからね。全体把握には後方も含まれているということを常に忘れてはいけない。モンスターのいる前方に注意が向きがちだけど、今のうちから全体を把握する癖をつけておいたほうがいいだろう」
「命令受諾」
リザは大きくうなずく。
「後衛職のやることはまだまだあるぞ。一般的には前衛の支援だが、支援の方法もスキルによって様々だ。魔法で攻撃するのは普通として、バフやデバフ、いわゆる味方の能力を底上げしたり、敵の能力を下げたり、敵の行動を阻害したりと、やることは多い。味方の回復も仕事だ。これは回復職でなくてもポーションを渡したりぶっかけたりしたり、HPの少なくなった味方を下げ、暫くの間タンクの代わりも努めなきゃならない。後衛職というのは総合職でもある」
「うう、難しいね。千紗には無理だよそんな複雑なの」
「問題ありません。その程度妾にとって児戯に等しい」
「頼もしいな。だが過信はいけないぞ」
「もちろんです。導師、さらなる指導をお願い致します」
「ああ、僕の知る限りのことを教えよう」
僕の職業のせいで、前衛は完全に無理だったから、いつも後衛だ。
火力にはなり得ないので、基本的に指揮と補助や警戒が主な仕事だが、それなら腐るほどやってきた。
「リザちゃん、お願いね! 千紗は前衛頑張るよ!!」
まだ、職業もスキルも決まったわけじゃないけどすっかり前衛職になるつもりでいるな。
がっかりしないといいけど。
「職業としては後、中衛系がある。これは文字通り前衛と後衛の中間の役割だな。スカウトやシーフなんかが主な職業になる。前衛後衛それぞれのカバーに入ることもあれば、単独での斥候、なんかが主な役割になる。まあ、パーティー人数が限られているので、中衛を置かない所も多いみたいだけどね」
ボス部屋に入れるのは六人までだから、六人パーティーが一番多い。
場合によっては十二人パーティーとか普段は複数パーティー合同で行動し、ボス戦だけパーティーを分けるなんてこともあるみたいだ。
ボス部屋ではない一般フィールドでは、モンスターが次々リンク――近隣にいるモンスターがちょっかいを掛けていないのに攻撃に加わってくること――することもあるし、ゲームのように最大出現数が決まっているわけでもないので人数が多いほうが安心だ。
中衛職は器用貧乏なところがあるので、中衛職の専門分野でない限り、防御力は前衛に劣り、攻撃力は後衛に劣るとか、結局専任の劣化版でしか無い。
もちろん中衛職の仕事が重宝する場面もあるが、それは戦闘以外の事柄になりがちだ。
「でもまあ、僕なら一人はほしいね。器用貧乏であるがオールマイティーということもできる。どこが崩れてもカバーに入れるのが中衛に求められる役目だ。あと斥候とか単独での行動も求められるから、モンスターや地形に関する知識と慎重さ、用心深さ、観察力なんかも必要だ」
「これまた難しそうだね」
「そうだな」
僕は他のカバーにはいけなかったから万年後衛だったが、サークルの会長が中衛を務めていた。
スキル構成がどうなっているか詳しくは分からないが、その知識と経験で前衛後衛斥候まで卒なくこなしていた。
あのひとも一応レア職業なんで、スキルを予測するのは難しい。
しかし少なくとも知識や経験というやつにスキル補正はないからね。
どんなスキルをとっても自分の持つ知識以上のものは得られない。経験値では表せない経験も同じ。
【剣術スキル】が生えたからといて剣の技術が向上するわけではない。
剣を使ったときの攻撃力が補正されるとか、振る速度が上がるとか、そういった補正でしか無いので、同じスキルを持っていようと、剣の経験のある人間とど素人では勝負にもならない。
忍び足のようなスキルがあろうともモンスターの知識がなければ斥候として不適格なのだ。
「中衛職は後衛にも増して知識と経験が必要な重要な役割を担っている。早めに育てたいところなんだが」
「わかった! 中衛職になりたがってるお友達探してみる!!」
「そうだな。どのみちこの人数じゃ、下にはいけない。レベルはすぐに頭打ちになるだろう」
アミューズメント層それなりにレベリングすれば、ゴブリンくらいには余裕なのだが、モンスター溢れで最高レベルが常にゴブリン程度とは限らない。
できればいけるところまで行きたいところだ。
もちろん安全マージンを充分にとってだが、慢心せずに判断できるかちょっと不安だけどね。
クラス全体とか一気に人数が増える前に、徐々に人数を増やしたときの問題について洗い出してもおきたいし。
「人集めはとりあえず千紗にお願いしておくよ。授業が始まらないと他の子とのつながりがまったくないしね」
小学生の女の子と繋がりたいとか、公言してたらおまわりさんここですって言われそうだけど。
「岩崎先生、誰か入ってくれそうな子っていませんか?」
「そうですねぇ。なかなか難しいと思いますよ? モンスター溢れは運が悪ければという受動的な危険ですけど、ダンジョンへのアタックは間違いなく直接的な危険ですから。モンスター溢れは、このまま起こらないかもしれませんし、溢れても周りに大人がいればある程度回避できます。それに対しダンジョンの中に入れば大なり小なり危険が伴います。特に女の子ですから顔や体に傷が残ったりしては将来にも関わります。まあ、男の子なら傷ついてもいいわけじゃないですけど、ダメージは女の子のほうが大きいのは間違いありません。子供達が強くなりたいと望んでも、親たちの多くは反対しています。そうなれば子供が押し切るのは難しいでしょう」
そうだな。
子供を誘うには親をまず説得する必要がある。
わかっているようでわかっていなかったな。
僕は父が許容してくれたからあまり意識したことがないけど、大抵の親は子供が冒険者になることは反対するであろう。
「特にこのクラブ活動は、先行授業の意味合いもありますから、経験も事例も少なく、どの程度のリスクとメリットが有るか測りかねている親は多いし、先生方だってそうです。積極的に参加するよう勧めづらいのですよ」
「親の前に先生を説得しないといけないってことですか?」
「そうですね。この試みに反対している先生も少なくありません。積極的に反対はしなくても、猶予期間中は他の学校での取り組みを見てそれからでも遅くないとか、消極的な反対をする先生は多いです。まあ、猶予期間中に授業開始しようという学校はうちくらいみたいですけどね。前例がないだけに皆不安なのですよ。うちは初等部を新設してまだ歴史が浅いので、実績が欲しいと言う理事たちの思惑と校長先生の強い働きかけでなんとか先行授業にこぎつけましたが、何かあれば理事や校長先生の首が飛びますからね」
うはあ、責任重大だね。
「もちろん安全対策は出来得る限り取ります。もっと予算があると完璧なんですけどね。装備と保護責任者の拡充があれば安全度が増すんですが」
僕以外の保護責任者、いやある程度のレベルの冒険者が後何人かついてくれれば、不測の事態はまず起こり得ないのだが。
「それは無理です。諦めてください。もしこの予算範囲では安全な授業が行えないと判断したら、それ以降の授業については中止という判断でも構いません。いえ、迷わず中止としてください。その場合はそう判断した理由をレポートにして提出をお願いします。新たな予算なり人員の確保が必要だという根拠が必要なのです。保護者に負担していただくにしても国に訴えかけるにしても、根拠が無いのでは納得してはいただけませんからね」
「了解です。判断を誤らないように留意いたします」
「この試みは国だけでなく他の学校も注目しています。そのうちマスコミなども注目するかもしれません。今はまだ積極的に宣伝はしていませんが、ここが唯一の試みとなればいずれ注目を浴びるでしょう。それがかえってプレッシャーとなったり、名誉欲に溺れ判断を謝るかもしれません。自分は大丈夫と思ってはいけません、人間は誰しも欲はありますし、不安だっていだきます。その時は必ず私や教頭先生そして校長先生、他の同僚でもいいです。必ず相談してください。反対している先生方だって頭から反対しているわけではありません。安全面に関して確信が持てないから反対しているということを忘れないでください。安全だと納得できればおそらく賛成に回ってくださるでしょう」
若くとも先生なのだな。
いや、若くとも昔から先生になるべく努力してきたのであろう。
その言葉にそう感じるだけの重みが有った。
「わかりました、肝に銘じます」
「じゃあ、講義の続き、お願いしますね」
「はい」
僕は、職業や前衛後衛別でモンスターの対応や動きの違いなどを説明していく。
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