一難去ってまた一難
「……工藤さんはどうするつもりなんですか?」
「僕?」
「立場上、報告する義務がありますよね」
俺やナオと違って善意で協力しているわけじゃない。あくまで自衛隊の仕事として命じられて行動しているのだから、ナオの能力については報告しないといけないだろう。
工藤さんが報告すればナオの立場は危うくなる。それだけは絶対に避けなくてはならない。だとすれば、報告される前に報告できないよう対処する必要が出てくるわけだ。
拳を握りしめて目の前に立つ相手の顔を凝視する。
お願いして聞き入れる人でもないだろう。痛めつけても直ぐに癒える肉体なのだから暴力に訴えても効果は薄い。
ならばもう工藤さんの口を無理矢理にでも閉ざすしかなくなる。
「待った待った! 少し落ち着いて、僕は誰にも言わないよ」
「急にどうしたんですか?」
「口封じしようって顔に書いてあるよ。まったく……君は分かりやすくて助かるね」
そんなに俺は表情に出やすいのだろうか。今まで言われた事が無かったから自分でも良く分からない。
とは言え、秘密にすると言われて素直に信じられるわけがなかった。
「言わない保証も無いですよね」
「報告するつもりなら教えたりしないさ。隠し通したいから教えたんだよ」
「工藤さんにメリットがあるんですか? デメリットだらけでしょ」
確かに報告する気なら俺に教える必要は無い。けれど、隠すって事は命令を出している偉い人たちに背くって事だ。
内容が内容だけに隠している事が知られればクビでは済まないかもしれない。どんな罰が待っているか分からないと言うのに、それに見合うだけのメリットがあるというのか。
「そうだね。損ばかりで得なんて無いよ」
「そこまでして秘密にする理由はなんです?」
「う~ん、理由って程でもないんだ。単に僕の勘ってだけ」
「勘……?」
「佐々木君の能力を扱いきれる力が日本には無いと思ってね」
まるで訳の分からない返答だった。
ナオの能力を扱えるだけの力が無いとは一体どういう意味なのだろう。
「まあ、今はまだ秘密にしたほうが日本の為って考えてるだけさ」
「まだって事はいつか報告するって事ですよね」
「報告するにしても、五十嵐三佐が同じ能力に目覚めてからになるだろうね」
その言葉を鵜呑みにしていいのか。でも冷静に考えてみれば、俺が工藤さんをどうこうするなんて不可能に等しい。
結局、黙って工藤さんの言うことを信じるしか他に選択肢がなかった。
「それまでの間、佐々木君が気付かないよう気を配っていてくれるかな」
「……分かりました」
「それじゃ、そろそろ病院に行かなきゃだから失礼するね」
「お疲れ様です」
軽く頭を下げ、踵を返して夜空を仰ぎながらナオたちの元へと戻る。
謝罪だけ済ませて帰ろうとしていたのに、何だかとんでもない事になってしまった。
能力に気付かせないよう気を配れと言われても、一体どうすればいいのだろう。いくら腐れ縁の幼馴染が相手とはいえ頭の中まではそうそう分からない。
行き当りばったりなんて無責任も駄目だし、重苦しい気分だけが蓄積されていった。
そんな事を考えていると、ナオと龍太郎の姿が見えてくる。
今だけは先に帰っていて欲しかったと溜息を吐くが、露骨なまでに二人の間に距離が空いているあたり、俺を待つのも致し方がなかったのだろう。
「悪い悪い、待たせた」
「本当よ! 生きた心地がしなかったんだから!」
「何が生きた心地だアホくせえ」
「視界に入ってこないでよ!」
「テメエの視界なんざ知るかよ」
一歩も動いていない龍太郎にナオが毒を吐いている。
まあ、直ぐ近くにほぼ全裸の男が立っているんだ、年頃の女性からしたら身の危険を感じるのは当然と言えば当然なのかもしれない。
「それで? 工藤ちゃんはどうだったの?」
「へっ!? ど、どうって?」
「謝りに行ったんでしょ?」
「あ、ああ! それな! 謝る以前に気にもしてなかった」
一瞬、謝罪についてなのか能力についてなのか分からずに混乱してしまった。
そもそもナオは能力の変化に気付いていないんだ。最初から答えは一つしかなかったというのに、勝手な勘違いで行き成り失敗するところだった。
「そんな露骨に嘘ついて、何かあったわけ?」
「嘘? 嘘って? 俺がトマトの次に嘘が嫌いなのは知ってるだろ?」
「流石に俺様から見ても今のが嘘だって分かったぜ」
「トマトの次に嫌いなんだよ!」
「知らねえよ……」
何がマズかったのか、完璧に騙し通したはずなのに勘付かれている。
いや、ナオは騙せたはずだ。トマトの下りが通じない龍太郎がいた事が最大の敗因だろう。
「俺は嘘なんて吐いてねえ。ナオからもこの変態に言ってくれよ」
「おい待てや! 自然に変態呼ばわりしてんじゃねえぞ!」
「文句なら人間らしい格好をしてからにしろっての!」
こうなったら話題を龍太郎に変えて曖昧なままに会話を終わらせてしまおう。
「ナオもそう思うだろ?」
我ながら非の打ち所の無い作戦だと心の奥でほくそ笑みを浮かべて幼馴染へ共感を求める。
そこには訝しげな表情をして俺を見つめているナオの姿があった。
その表情を見た瞬間、瞬き一つ刻むより早く全てが手遅れだと理解できた。
不思議と心は静まり返っている。要するに、初手に口籠ってしまった時点でナオには全て見透かされていたって事なんだ。
それも当然、俺達は熟しきった先の腐食になるまでの付き合いをしてきた腐れ縁、端から騙し通せる道理なんてなかった。
「アタシに関係する事ってわけね。何を隠してるの」
「べ、別に? 何も? 隠してないですよ?」
嘘だとバレたとしても決して言うわけにはいかない。言えばナオが不幸になるだけだ。
「なら深くは聞かないでおくわ」
予想以上にあっさりと引き下がったナオに思わず拍子抜けしそうになる。
有り難い事に間違いはないのだけど、これはこれで後が怖いと言うか何と言うかだ。
「おい、良いのかよ? 俺様にはコントにしか見えなかったぞ」
「アタシに二度も嘘を吐く時ってのは、知らない方がいい内容の時だけなの」
「そうなのか? まあ、俺様が口出す筋合いでもねえが」
「いいから、さっさと帰りましょ。早くシャワー浴びたいのよ」
そう言って歩き始めたナオの後ろを、一度だけ俺へ振り返った龍太郎が着いていく。
騙せたとは言えない。ナオが全て汲んでくれたお陰で事なきを得ただけだ。
とは言え、結果がどうあれ能力について隠し通せたのは事実。今はこの結果で満足しておこうと己を納得させて二人の後を追いかけるのだった。
「なあ、新しい住処ってどんな所なんだよ?」
一足先を進むナオの背中を眺めながら歩いていた時、隣を歩く龍太郎が問いかけてきた。
「自衛隊員用のマンションだな。六階建てで最上階が俺たちに割り当てられてる」
「最上階ねえ……あの基地には近いのか?」
「結構な距離はあるけど、歩きで問題はないな。三十分くらいだと思う」
「なるほどな」
そこで会話が途切れる。話を膨らませようにも龍太郎とは今日出会ったばかりだし、色々と悶着を起こした間柄だけに何を話していいか思いつかなかった。
それでも無言ってのは何だか座りが悪い。何か話題は無いかと思考してみるが、やはりこれといった話題が思いつかない。
「他に聞きたい事ってあるか?」
「有るような無いようなってとこだな。色々ありすぎて頭が追いついてねえわけよ」
「そりゃまあ、そうか。お互いに大変な一日だったからなあ」
「こっちとしちゃ、センパイたちが来なけりゃ平和な一日だったんだがな」
「それは、謝るしかねえけど……」
「別に怒っちゃいねえ。若葉を安全な場所に移せたわけだしよ」
気にするなと言う龍太郎の表情は、怒るでも笑うでもなく淡々としたものだった。俺たちが犯した無礼の数々なんて気にするどころか、興味すらないようにも見える。
「ああそうだ、あれ教えてくれ。人命救助に協力するってやつ」
「詳しくは知らされてないんだけど、総理大臣と天皇陛下を救出するんだよ」
「なんだそりゃ? 本気で言ってんのかよ?」
「そう聞かされたんだ。なんか特殊部隊が守ってるらしくて、それを倒して救い出すって」
「喧嘩の相手は特殊部隊で、囚われの天皇と総理を救い出す? ゲームみてえな話だなオイ」
言われてみれば本当にゲームの物語みたいな話だ。そんな重要な作戦に自分が参加するなんて今だに実感が湧いてこない。
それからも俺が知っている情報を伝えていく。何も知らない龍太郎が相手では時間がいくらあっても足りず、何とか大凡の情報を伝えきれた時には官舎の最上階に到着してしまっていた。
「俺様はどの部屋を使えばいいんだ? 同じ部屋に住めってわけじゃねえんだろ?」
「向こうの角部屋が俺の部屋で、直ぐ隣がナオの部屋。それ以外ならどの部屋でもいいな」
「アタシの隣は止めてよね」
「行くわけねえだろ。反対の角部屋を貰う。窓が多い方がいいからよ」
「分かった。まだ布団くらいしかねえと思うけど、明日になれば色々用意されると思う」
俺の部屋の真逆の部屋を指差す龍太郎へ頷きを返し、スマートフォンを操作して工藤さんへメールで報告する。
直ぐに返信は来なかった。手術と言っていたから身動きが取れない状態なのかもしれない。
「明日の予定はまだ未定。連絡来たら伝えに行くわ」
「そうかい。なら解散でいいのか?」
「他に伝え忘れもないし……そうだな、今日はこれで解散でいいな」
「んじゃ、明日からよろしくな」
こちらの返事を待たずにぶっきらぼうな態度で龍太郎が去っていく。
部屋に入って行くのを確認した後、ナオと一瞬だけ視線を交わし、俺たちも各々の自室へと帰っていった。
部屋の明かりを点けて冷蔵庫から飲料水を取り出して喉を潤す。そのままの足取りで寝室へと向かい、ベッドへ腰を下ろした所でようやく一息ついた。
肉体の疲労はとっくに消えている。ただ、精神的な疲労が限界まで蓄積されたせいで両肩が鉛のように重く感じた。
ぼんやりとした頭で天井の照明を見上げてながら、今日の出来事を思い起こしていく。
要塞の能力を使った龍太郎と対峙した時の強烈な恐怖は当分忘れられない。俺の生涯において、今日以上の恐怖を味わう日なんて来ないと断言できるくらいのものだった。
それでも無事に帰ってこられた。一時はどうなるか何てものじゃない、常に命を脅かされ続けた一日がやっと終わったんだ。
「風呂入ろ……」
何時間ベッドの上で呆けていたのか分からない。取り敢えず頭の整理が済み、重い腰を上げて浴室へと向かう。
脱衣所で上着を脱いで洗濯機に放り込もうとしていた時だった。玄関のドアを二度三度とノックする音が耳に届いて顔をそちらへ向ける。
ナオがノックなんて常識的な真似をするわけがない。だとすれば龍太郎が尋ねて来たのだろう。
「はいはい。どうした? 龍太ろ――」
無警戒にドアを開ける。そこに予想していた人物の姿はなかった。
「ヒッ!? ヒイィィッ!?」
目の前には迷彩服の下からでも分かる程に強調された豊満な胸を持つ女性、長い黒髪を後ろで一本に縛った見目麗しい女性が立っている。
「中々に面白い反応をする。まるで私を化け物か何かと勘違いしているようだな」
要塞の恐怖とか、今日以上の恐怖を生涯味わうことは無いとか言う考えが一瞬で吹き飛んだ。
散々味わった恐怖を遥か後方に置き去りにする程の圧倒的な恐怖。それを体現する五十嵐綾子という女性が俺の眼前に存在していた。




