どうしてこうなった
「そういえば、僕も聞きたいことがあったんだよ」
「聞きたいこと? なんですか?」
会話が途切れたタイミングで、話題を変えるように工藤さんが切り出した。
「僕を殴った後、君は不自然に倒れ込んだよね? あれはどうしてだい?」
「ああ、あの時の事ですか」
どうして、と聞かれても答えようがない。急に気分が悪くなって倒れたのは間違いないけど、どうして気分が悪くなったのかが分からないんだ。
「正直な話、俺にも分からないんですよね。急に気分が悪くなって、立ってられなくて」
「よく思い出して欲しい。本当に原因に思い当たらない? 持病とかそういうのは?」
「至って健康ですよ。あんな吐き気も産まれて初めてで……」
思い出すだけで気分が悪くなってくる。それ程までにあの不快感は強烈なものだった。
「心当たりは無いと……なら、龍太郎君はどうだい? あの時の彼を見てた?」
「見てはいましたけど、どうと言われても」
「君の言う吐き気と同様の症状と思うかい?」
確かにあの時は同じ症状なのかと疑った。けれど、俺は嘔吐しただけに対して、龍太郎は顔の至る箇所から流血するという重症。それだけ見れば明らかに別の症状だろう。
そう考える反面で、発症したタイミングが同じって事がどうにも引っかかりを覚えてしまうのも事実だった。
「半々ですね。違う気もするけど、同じタイミングでしたから」
「別とは考えにくいと」
「そう言えば、工藤さんは何ともなかったんですか?」
一番確認しておきたい事は工藤さんについてだった。あれは本当に俺と龍太郎だけが味わったものだったのかをハッキリさせておきたい。
「僕は何もなかったね。強いて言えば殴られた頬が痛いなあって程度さ」
「そう、ですか……」
これであの場にいた中で俺と龍太郎だけが影響していると判明した。
男性だけが影響したって事でもないのなら、あれは偶然に発生したとしか思えない。
「特殊感染者だけが罹る病気とかですかね……?」
この身体が難病すら克服すると言っても特殊な病気に侵される可能性はある。なんせ感染者については何一つ分かっていないに等しい状況、何が起きたって不思議じゃない。
「う~ん……それも有り得るけど、今回は違うだろうね」
「何か分かったんですか?」
「そうだね。話を聞いて大体の原因は掴めたよ」
「あれだけで? 大した話はしてないと思いますけど?」
実際に体感した俺には原因の欠片すら見当たらないと言うのに、何の影響も無かった工藤さんは原因を突き止めたと言う。
その原因というのを教えてくれるのかと思っていると、工藤さんは解説を始めるでもなく、逆に口元を左手で覆いながら黙り込んでしまった。
「工藤さん?」
堪らず呼びかけると、俯き加減の顔のまま目だけを此方へと向ける。
「遠藤君って口は堅いほう?」
「何ですか急に? まあ、ベラベラと喋るほうではないですね」
「なら良いかな」
とてつもなく不穏な言葉だった。良いとは何だ、一体何を伝えようと言うんだ。
「え? 何なんですか? 何かヤバい事なんですか?」
「控えめに言って、喋ったら命に関わるかも」
「控えめで生死に関わるんですか!? なら聞かなくていいですって!」
想像していた数倍も危険な内容が工藤さんから告げられた。
そんな究極の『誰にも言わないで話』を聞くなんて御免こうむる。そんな話を聞くくらいなら一生ゲロまみれの人生のほうがマシだ。
「いやでも、これは知っておいてもらわないと」
「絶対に聞きませんよ!」
「佐々木君に関わる事でもかい?」
「……ナオに?」
頭に上った熱が一気に下がっていくのを感じる。
これは俺の問題ではないのか? どうしてナオの名前が出てくるんだ?
「そんな怖い顔しないでよ」
「ナオに何をする気なんですか?」
「本当に佐々木君の事になると人が変わるね。正確には僕が佐々木君の話をするとかな?」
「そりゃ信用してませんから」
「辛辣だね。安心していいよ、別に何もしないさ」
戯けるように話す相手に答えを急かすが、それすら飄々とした態度で受け流される。
工藤さんはリーダーとしての能力は申し分ないと思う。出会った頃は五十嵐さんのほうが頼りになると思っていたけど、今では工藤さんのほうが適任だと断言できる。
しかし、信頼できても信用できるかどうかは別な話だ。
今日一日で嫌ってほどに味わった。俺だけならまだしも、支配者という体力は平凡なナオからしたら今日の作戦は危険過ぎる。
工藤さんが計画した作戦では無かったとしても、この人は独断で人質を取るという計画を練り上げていたんだ。
ここまでされで素直に信用できる人間なんていないだろう。
「何もしないってなら何なんですか? 聞きたくないけど、聞かなきゃなんですよね?」
「佐々木君のためにもね。そして、この話は絶対に他言無用だよ」
念を押す言葉に黙って頷く。
それから工藤さんの手招きに応じて歩み寄り、息遣いが聞こえるほどの距離まで近づいた。
そこまでして明かされた内容に俺は目を丸くするしかなかった。
「君と龍太郎君を襲った症状の原因は佐々木君の能力だろう」
「どう言う――」
あまりに突飛もない話に声を荒げようとした瞬間、工藤さんの指が俺の唇に当てられ遮られた。
「静かに。これは誰にも聞かせちゃいけない。いいね?」
「……はい」
何とか冷静を装って返事をしたが、頭は軽いパニックに陥っていた。
「佐々木君は特殊感染者すら操れる可能性が高い」
「それは……でも、それは出来ないって話でしたよね?」
ナオの能力は知っている。感染者を意のままに操れ、それのお陰で今まで何人もの生存者を救助してきたんだ。
けれど、それはあくまで普通の感染者に対してだけで、俺たち特殊感染者には影響しないって話だったはずだ。
「今まではね。でも思い出してごらん、ここ最近の彼女は能力が落ち込んでいただろう?」
「そうですけど、それだけじゃ」
「勿論これだけじゃ関係性はまだ薄い。だけど、もう一つ思い出して欲しい」
「もう一つ? 他にこれといって変化は無かったはずですが?」
「能力についてじゃないよ。君が倒れる直前、佐々木君が叫んだのを覚えてないかい?」
ナオが叫んだ? そうだっただろうか? そう言われれば叫んでいた気もするけど、あの時は吐き気が酷すぎて他の事を気にしている余裕がなかった。
つまり、工藤さんはその叫びによって能力が発動し、俺と龍太郎が動けなくなったと言いたいのか。
本当にナオが特殊感染者を操れるのなら話の筋は通っている気がする。けれど、そうだったなら疑問点が幾つかある。
「叫び声は覚えてないですけど、それで能力を使ったなら変じゃないですか?」
「どのへんがだい?」
「俺は自分の意思で倒れました。でも、支配者の能力は相手の意識すら奪って操るって話でしたよね?」
「確かにそうだけど、それは特殊感染者が能力に対して抵抗力があったのかもしれない」
「ナオは抵抗力を上回る力で操ったって事ですか?」
「もしくは、新たに目覚めた能力に慣れていない影響かもね」
明確な点は一つもないけど納得はできる。
「ナオが原因なのは何となく理解しました。もう一つ不可解なんですけど、どうして俺たちだけが操られたんですか? 龍太郎は当然としても、俺は関係ないでしょう?」
あの場面でナオが止める相手として適切なのは龍太郎だけだ。なのに俺も能力の影響を受けた理由が分からない。無関係な俺に影響したのなら工藤さんにも影響しないと可怪しい。
「これは勝手な想像だけど、彼女は僕を敵視する存在の動きを止めたんじゃないかな?」
「敵視? それこそ俺は関係ないですよ」
「殴り飛ばしておいて凄いこと言うね」
「なんと言うか、あれでスッキリしたって感じだったんで」
そりゃ殴る寸前までは敵意を剥き出しにしていたと思う。だけど殴った後に言いたいこと全部ぶち撒けたら怒りも大分静まった。
それとも、燃えカスのように残った僅かな感情にすら反応したと言うのだろうか。
「まあ、君の意思は関係無いだろうね。判断するのは佐々木君だろうからさ」
「ナオの……そうか、そりゃそうですよね。操る相手を決めるのはナオなのか」
「そういう事」
俺が工藤さんを殴り倒した後、即座に襲いかかろうとした龍太郎。この状況を考えれば工藤さんへ敵意を向けているのは俺と龍太郎の二人しかいない。だからナオは俺たちに向かって能力を行使したってことなのか。
ここまで聞けばナオが特殊感染者を操れるって話を信じられる気になってきた。と言うより、操れると考えたほうが自然だろう。
「納得しました。それで、どうして秘密にする必要があるんですか?」
特殊感染者を操れる事に問題があるとは思えなかった。今まで出来なかった事が出来るようになっただけで、俺達の役目に影響することは何一つ無い。
「単純な話だよ。佐々木君は感染者で溢れかえった世界で全ての感染者を操る事が出来るんだ。誰も彼女を止めることが出来ない」
「ナオが悪用するって事ですか?」
「悪用するのは別の者さ。政治利用ならまだ良い方。世界情勢によっては間違いなく軍事利用されるはずだよ。なんせ敵国の特殊感染者を操ってしまうわけだからね」
「軍事ってそんな!」
「日本で利用されるならまだ納得できるかもしれない。けれど、他国が佐々木君のような存在を放って置くわけがない。日常的に命を狙われる事になるだろう」
胸が締め付けられて苦しくなる。それ程までに工藤さんの告げた内容は著しく気分を害するものだった。
「秘密にしなきゃいけないよね」
「そう……ですね……」
何とか絞り出して返事をしたが、頭の中は真っ白に染まっている。
どうしてこうなった。俺たちはただ生存者を救助していただけなのに、ただそれだけを目的にしていたはずなのに……どうしてこんな事になってしまったんだ。




