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作戦終了

 日が沈み、月が顔を出して幾らか経った時間、静まり返った輸送機の中で座席に身体を預けながら天井の明かりをぼんやりと見つめていた。


「疲れたなあ……なんて言うか、疲れたなあ……」

「そうねえ……」


 隣に座るナオも精根尽き果てたような声で返事をする。

 龍太郎と若葉ちゃんを迎え入れ、別の基地で燃料補給を済ませ、三十分前にようやく何度か訪れた生存者たちを保護しているホテルへ到着した。

 機内に詰め込んだ大量の荷物は何処にも無い。信じられないが、あの荷物の全てが若葉ちゃんの衣類や玩具だったらしい。

 それらを機外へ運び出し、工藤さんが二人を連れて生存者たちを取りまとめる代表者と話し合いを行っている。

 本来なら特殊感染者(エリート)である龍太郎は外へ出られない決まりなのだが、親族ということもあって特例で輸送機から降りる事を許可された。まあ、若葉ちゃんへの溺愛(できあい)っぷりを見る限り、下手に縛り付けると暴れだす危険性がある関係上、やむを得ずの判断なのかもしれない。

 それにしても長い。兄妹の別れなのだから仕方がないのは重々承知しているけれど、先程からずっと龍太郎の叫び声だけが聞こえてくるのだ。


『若葉ああぁぁ!! 若葉あああぁッ!!』


 また聞こえてきたと窓を覗けば、叫ぶ龍太郎を困り顔の工藤さんが引きずっている。そして直ぐに腕を振り払えば、土下座した龍太郎が妹を頼むと何度も地面へ頭を叩きつけていた。

 こんなやり取りが二十分前から続いている。

 気持ちは分かる。分かるけれど、これはもう政治家がやる牛歩戦術のようなものだ。代表の男性も流石に苦笑いを受けべているし、序盤こそ涙ながらに返事をしていた若葉ちゃんの頬も今ではすっかり乾ききっている。

 結局、龍太郎が輸送機に運び込まれたのは、追加で二十分経った後だった。


「若葉ぁ……若葉が行っちまう……」


 ようやく離陸が始まった機内で、窓にへばり付いた龍太郎が惜しげもなく涙を流す。


「若葉ああああ!!」

「おい、止めろ!? 機体が壊れるだろ!?」


 高ぶる感情に任せて壁を叩き出した海パン一丁のシスコンを押さえつける。

 後部ハッチは既に閉じているんだ。こんな状況で要塞(フォートレス)の能力でも使われたら、脱出することも出来ずに死んでしまう。

 屈強な自衛隊員たちに手伝って欲しいのに、操縦席にいる五十嵐さんの命令が効いているのかピクリとも動かないし、工藤さんは視線が合うと呑気に手を振ってくるだけ。ナオに至っては今にも(よだれ)が垂れそうな勢いで大口を開けて眠りこけているときた。

 誰一人として頼りにならないチームに泣きたくなりながら、ホテルが視界から消えるまでの間、暴れる龍太郎を懸命に抑え続けた。

 それから静かになったのを確認して両腕を離し、疲労のせいで空っぽになった頭のまま、基地に帰り着くまで放心しながら項垂れ続けるのだった。


「遠藤君、佐々木君、今日は本当にお疲れ様」


 輸送機の駆動音が鳴り止んだ後で工藤さんが俺たちに語りかけてくる。

 ナオは寝ぼけ眼で、俺は半開きになった瞳でそれを聞きながら、心ここにあらずといった具合で頷きを返した。


「詳しい話を龍太郎君にするのは……それは明日にしよう。今後についても明日まとめてするから、今日のところは龍太郎君を官舎へ案内してくれるかな」

「部屋は? 何号室なんですか?」

「同じ階の空き部屋なら何処でも。物資は明日にでも運ぶよう手配しておくよ。取り敢えず、疲れただろうから今日はこれで解散にしよう」

「分かりました」

「それじゃ、お疲れ様~」


 輸送機を降りていく工藤さんの背中を眺めながら、作戦が終わった事に安堵(あんど)の息を吐く。

 しばらく疲労に身を任せて放心した後、硬直したままの隊員たちを横目に見ながら、静まり返った輸送機から出て空を見上げる。


「ん~!! やっと帰れるのね」

「そうだな。今回ばかりは生きた心地がしなかったからなあ」


 後に続いたナオが大きく背伸びをしながら吐いた言葉に頷きを返した。


「そんなにヤベエ作戦だったのかよ?」

「全部アンタのせいでしょうが!」


 三番目に降りてきた龍太郎の発言にナオが食って掛かる。

 その言い分が尤もすぎて、俺は否定できずに乾いた笑いしか浮かんでこなかった。


「事前に龍太郎の能力を知らされた上で、俺たちだけで説得しろって言われたからな……」

「タクトの言う通り、本当に生きた心地がしなかったわ」

「俺様は俺様で、若葉が(さら)われるし軍人が襲ってくるしで最悪だったがな」

「あんな強硬策に出るなんて知らなかったから、ごめんとしか言えねえ」


 言われてみれば龍太郎のほうが壮絶な一日だったことは間違いない。それに、あの時は俺たちの関係が目まぐるしく変化していたから余計にだろう。

 まあでも工藤さんがよく口にするとおり、結果良ければ全て良しといった具合で、この場に三人とも無事に立っているのだから作戦は大成功だ。

 ただし、それは俺の勝手な考えであって全員の総意ではない。


「龍太郎、一つだけ聞いていいか?」

「あ? なんだよ?」

「本当に協力してくれるのか? 無理やり若葉ちゃんと引き離されただろ……?」


 こんな質問は俺がすべき事じゃないのかもしれない。だけど、龍太郎がその気になればナオは逃げることすら出来ずに殺されてしまう。

 だからこそ、しつこいまでに龍太郎の意思を確認しておきたかった。


「何度もしつけえ。一回くらい協力してやるよ。あの場所なら若葉も安全だろうしな」

「今日一日の出来事を水に流せるのか?」

「流す気もねえし、信用もしてねえ。だから協力は一度きりだ」


 キッパリと言い切った相手に返す言葉なんて無かった。そりゃあれだけの事をしでかしたんだ、信用される訳がないし、出来る訳もない。

 結果として若葉ちゃんを安全な場所に移せたとは言え、人質に取られているという事実は揺るぎないからな。


「それより、寝床があんだろ? 俺様だって流石に疲れてんだ、さっさと案内してくれや」

「アタシもゆっくり休みたいわ」

「……そうだな。今日はもう帰って休もう」


 深く考えるのを止めて家路へ向かって歩き始めた。

 この場所が何処にあるか、俺たちが作戦に参加した経緯といった会話をしながら、基地の敷地を出ようとした時、ふと嫌な事を思い出してしまい足が止まる。


「どうしたのよ?」

「あ、いや……」


 思い出して良かったと思う反面、思い出したくなかったと強く思う。けれど、思い出してしまったからには解消しておかないと不安ばかりが膨らんでいくのも確かだ。


「悪い。先に二人で帰ってくれ」

「はあ!? こんな変態と二人とか冗談でしょ!!」

「誰が変態だコラァ!!」


 当然と言えば当然のナオの言葉に堪らず龍太郎が怒鳴るが、俺としても妥協できないせいで素直に謝ることしかできない。


「なにするってのよ?」

「俺さあ……工藤さんを殴り倒したろ?」

「殴ってたわね」

「放っておくとヤベエ事になりそうでさ。謝ってこようと思って」


 頭に血が上って殴ったのを今更になって思い出したんだ。後悔はないのだけど、あれのせいで今後の作戦で良からぬ役目を割り振られても困る。

 次の作戦がよりにもよって特殊部隊から総理大臣と天皇陛下の奪還という可能性が高い。だからこそ、今直ぐ謝って少しでも心象を良くしておいた方が良いと思ったんだ。


「別に怒ってなかったでしょ?」

「腹の中で何考えてるか分からねえ人だし、念には念を入れときてえんだ」

「俺様は構わねえぜ。行ってこいよ」

「アタシが構うのよ!!」


 快く了承してくれた龍太郎に対し、ナオは依然として否定の態度を取っている。そもそも、龍太郎が当たり前に衣服を身に着ける人間なら問題ないはずなんだがな……。


「うるせえ女だな……別にここで待ってりゃいいだけだろうが」

「こんな暗がりで二人きりとか巫山戯ないでよ!」

「だったら戻ればいいだろうが! いいからセンパイは行けや。その間に女から色々と話を聞いておくからよ」

「ナオ! 今回だけ頼む!」

「……ああもう! 分かったから! 三分で帰ってきてよね!」


 三分は無理だなと思いつつも、感謝の言葉を告げて引き返した。

 謝ると言っても、まずは工藤さんを探さないといけない。訓練以外で接する事が無かったせいで何処に向かえばいいのかが分からない。

 こうして考えてみると、基地内には建物が多いのを痛感させられる。どの建物にも工藤さんがいる可能性があるだけに迷ってしまう。


「取り敢えず、知ってる場所から行ってみるか」


 とは言ってみたものの、知っている場所なんてグラウンドか作戦の説明を受ける建物しかまともに利用したことが無い。

 何時も訓練で使用しているグラウンドを通り抜けつつ工藤さんがいないのを確認し、そのままの足でもう一箇所の建物を目指した。

 建物の入口が近付いてきた時、チラリと一瞬だけ人間の姿が視界の端に映り込んだ。

 目指した入口ではなく、正反対の建物の向こう側へ姿を消した姿は五十嵐さんに間違いない。目的の人物ではないが、工藤さんの所在を知っている人物には変わりないので慌てて追いかけた。


「すみませ――」


 直ぐに建物の端へ辿り着き、角を出ながら五十嵐さんへ声を掛けた瞬間だった。


「答えて下さい!」


 突如として響いた怒声に喉から出た言葉が詰まる。

 出した顔を慌てて引き戻し、恐る恐るといった具合で覗き込むと、そこには工藤さんと五十嵐さんが向かい合って対峙していた。

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