レトルトカレー
次の日、朝まで熟睡していた俺は冷蔵庫に入っていたレトルトカレーを食べ、起きてきたナオと約束の八時まで駄弁りながら適当に過ごした。
工藤さんが部屋を訪れたのは八時より少し前で、基地へ向かう途中に昨日エレベーターについて問い詰めたら危険なのは本当らしく、使用は自己責任ということだった。
そうして車に揺られて基地まで来た俺とナオを待っていたのは、やたらと広いグラウンドに、あいも変わらず厳格そうな五十嵐さん。
「今日は君たちの能力を訓練するよ。午後からは五十嵐三佐に別の仕事が入っているから、僕が感染者や僕たちについて詳しく説明するね」
「分かりました」
「それじゃ、佐々木君は五十嵐三佐と。遠藤君は僕とあっちで訓練といこう」
手招きされるままに工藤さんの後を追ってグラウンドの丁度中央まで歩く。
そこには大きめのコンテナが置かれ、中にヘルメットや膝や肘に装着するプロテクター、ボクシングでもするのかグローブに加え、野球のグローブまで雑多に入っていた。
「まずはコレに履き替えてくれるかい」
「これって、スポーツシューズですか?」
「そうだよ。運動するにはブーツよりもこっちの方が適しているからね」
言われるままに履き替える。サイズもピッタリで驚くほど軽い。さっきまで履いていたブーツも軽かったけど、これの比じゃない。まさに羽のような軽さと言えるだろう。
「まずは準備体操から。怪我をしないように入念にね」
工藤さんの動きに合わせて屈伸、伸脚、前後屈といった学校の体育を思い出す内容を行っていく。
一通り済ませたところで今度はトラックを一周すると言って走り始めた。
「僕たちの能力は身体能力の向上と言ったね」
ゆったりとしたペースで走りながら工藤さんが話し出す。
「これは自分の肉体が単純に強くなったと考えていい。前より高く跳べる、重い物が持てる、足が速くなる、あらゆる能力が向上しているんだ」
「なるほど」
高く跳べるのは工藤さんを通して、重い物を持てるのは実際に体験している。
「ただし、昨日も言った通り慣れるまでコントロールが難しい」
「危険だと言ってましたもんね」
「数回くらい能力を使えば慣れるんだけど、その数回が危険なのさ」
「そんな直ぐに慣れるものなんですか?」
「うん。自分の脳が知っている能力とズレているってだけだからね」
能力のズレか。言っている意味が分かるような分からないようなって感じだ。
「まあ、こればっかりは自分の身体で覚えるのが一番さ」
明るく笑っている工藤さんの横顔を眺めながら、俺は待ちに待った能力を使える時が来たことに強い不安と興奮の混ざりあった感情に支配されていた。
トラックを走り終えた後は指示に従ってコンテナに入っていたプロテクターとヘルメットを装着する。これを着けないと怪我してしまうらしい。
「そうだね。まずは垂直跳びからやろうか」
「昨日の工藤さんみたいに跳べってことですか?」
「そうそう。最初は力まずにその場でジャンプしてごらん」
言われた通りに軽く飛び上がる。
バスケットボース一個分くらいのジャンプを六回こなすと工藤さんが静止するよう手のひらを突き出した。
「その感覚でしっかり真上に跳ぶんだ。先に手本を見せるね」
そう言って軽く屈伸運動した後、工藤さんが深く屈む。
そして、押し付けていたバネが解き放たれたような勢いで跳躍すると、一瞬で最高点に到達した身体が急速に落下してくる。
工藤さんは何事もなく着地し、白い歯を見せつけるように笑みを浮かべた。
「こんな感じ。最初は今の高さくらいを狙って跳んでみよう」
昨日の半分くらいの跳躍だった。
半分と言っても人外の高さなのは間違いない。跳べと言われてすんなり跳べる気がしないぞ。
「コツとか無いんですか?」
「あくまで僕の場合だけど、跳べるって思い込むことかな」
「思い込む……ですか」
「何も考えずに跳んだら跳べない。それは今までそんな高さを跳んだことが無いから。だから思い込むことで無理やり脳みそに跳べるって勘違いさせるのさ」
「う~ん……とりあえず跳んでみます」
脳を勘違いさせるって無理だろ。だって勘違いさせようとする考えも脳が考えているのだから。
だけど工藤さんが跳べているのだから同じ能力を持つ俺だって跳べるはずだ。勘違いさせるとかじゃなく、その事実だけを信じて跳んでみよう。
どんな姿勢で、どんな力で地面を蹴ればより高く跳べるのか。屈伸運動を行って最適な姿勢とインパクトのタイミングを探り続ける。
高く跳べる、絶対に跳べる、簡単に跳べると念仏のように何度も呟き、満足がいくまで繰り返した最後、自分の考える中で最善と思える姿勢で屈む。
そして、さっき工藤さんの跳躍を見て感じたバネのイメージを思い起こしながら全力で地面を蹴り上げた。
「ドウリャアア――」
身体が空へと打ち上がる。空気の壁が身体を潰そうとするようにのしかかって来る。
上手くいった。身体が雲を目指して何処までも跳んでいく。
そう、どこまで跳んでいくのだ。
工藤さんが跳んだ高さなんでとうの昔に通り過ぎた。昨日のスーパーの屋上なんて目じゃない高さまで跳んでいるのにまだ身体が上っていく。
それでもようやく減速が始まり最高点に到達したと思った時、視界の先に初めて工藤さんと出会った三階建ての建物が見えた。
見えたというより、やたら高い場所から『見下ろしていた』
「ギャアアアァァァッ!?」
跳べば落ちるのが道理。俺の身体は地面に向かって真っ逆さまに落下していった。




