身から出た錆
「遠藤。その……感染させた時の工藤一佐の様子はどうだった?」
「どうもこうも、ニコニコ顔でしたよ」
「そうか。そうだろうな……」
納得したように頷いて天井に向かって煙を吐き出す五十嵐さんの姿に、俺は少なからず怒りを覚えていた。
この人も受け入れているのか、あんな無慈悲な救助法を是とするのか。
「アンタたちは間違ってる。あんなのは選別だ、救助なんかじゃない!」
「拓人……」
「その通りだ。そして、そうしなければならないのが現実だ」
「平気で人の尊厳を踏みにじる現実って何なんだ!」
今日まで必死に生きてきたというのに、勝手な都合で感染させられるんだ。お前は見捨てると、一方的に助けを乞う腕を振り払う行為が許されていい訳がないだろ。
「貴様の考えは至極正しい。救助した生存者も、感染させた二人も同じ考えだろうし、佐々木も私も、工藤一佐でも同じ考えだろう」
「んな訳があるか! あの人は、平気な顔で感染させて……その後に殺そうとすらした……」
「それは、そうする必要があったからだ」
「何だよその――」
「黙って話を聞け」
感情に任せまくしたてようとする俺を止めた五十嵐さんは携帯灰皿でタバコをもみ消す。そしてすかさず二本目のタバコへ火をつけて煙を吐き出し話を続ける。
「貴様の考えは理想論だ。我々も実現させたいと願っているが不可能な理想論。貴様は今まで救助した生存者の人数を聞いているか?」
「えっと……確か二十人ちょいとかって」
「二十六名。その中に医療関係者はたった一人。食料も薬品も満足な量は確保できていない」
「そんなの、この輸送機に積んで運べばいいじゃないですか」
「動かせるのは私だけで余裕がない。今は生存者と貴様たちのような感染者を探すほうが重要だ」
確かに五十嵐さん一人で全てをこなすのは難しいのだろう。五十嵐さんやナオと同じ能力を持った感染者が大勢いればそれだけ物資の輸送もできるのだろう。
言っていることは分かる。それが正しいのだと理解できるさ。
「だけど……」
「受け入れろとは言わんが、医師と物資が足りない現状、血液うんぬんを抜きしても高齢者の受け入れは難しい事は理解しておけ。佐々木もいいな?」
「良くないけど、要は大勢救助してお医者さんが増えれば高齢者も助けていいって事でしょ」
「まあ、そうなるかもしれないが……」
「それなら我慢するわ」
普段はもっと感情を剥き出した態度を取るのに、ナオにしては珍しく素直に納得している。
でもナオの言う通りか。過ぎたことを引きずり続けるより、高齢者を救助しても問題ない環境を整えるほうが建設的だ。それさえ叶えば誰にも文句いわれず全員を救助できるのだから。
今直ぐ頭を切り替えられはしないけど、少しだけ肩が軽くなった気分だった。
「おまたせ。基地へ帰ろう」
「ちょ!? 何したの工藤ちゃん!?」
タイミングよく輸送機に戻ってきた工藤さんの顔が原型を留めないくらい歪んでいた。
サングラスをかけていないせいで見える顔全体は青アザだらけ、両瞼は前が見えないほどに腫れ上がり、鼻や口には出血の跡がみられるし、よく見たら鼻が僅かに曲がっている。
階段で転んだどころの話じゃない、サンドバックにでもされた後みたいだぞ。
「いや~、本当のことを全部説明したら殴られちゃってさ」
「殴られたってより、リンチされた後ですよそれ」
「まあ、あれだけ嘘つきまくった上に仲間を二人も見捨てたからね。リンチで済んだのが幸運だったくらいさ」
その通り過ぎて同情もできない。全て身から出た錆だ。
それにしても、あれだけ痛めつけられても愉快に笑っている姿は心底不気味である。さっき五十嵐さんが工藤さんも現状に納得していないと言っていたけど、本当かどうか怪しいところだ。
それほどに俺から見た工藤雅士という男は理解不能な存在だった。
輸送機が俺たち感染者を乗せて再び離陸する。窓から見下ろした先には立派なホテルらしき建物が見て取れる。どうやらあのホテルの屋上にあるヘリポートに着陸していたらしい。
それにしても不可解だ。ホテルの周辺には当たり前に建築物が建ち並んでいる。
本当にここが安全地帯なのか? 感染者が暮らしていても不思議じゃないぞ。
「ここに感染者はいないんですか?」
『いないよ。ここは日本に存在する数少ないゴーストタウンだからね』
ゴーストタウンと言っても綺麗な町並みだ。そりゃ痛んだ建物は多いけれど、廃墟化しているような建物は一棟も確認できない。そもそも、あんなに立派なホテルが建っている時点でゴーストタウンって変だろう。
カラクリは分からないが、都合よく生存者を保護できる町があるのは良いことだ。電波も届かない深い山奥に押し込むのだとばかり思っていたからな。
そんな事を考えると同時に、輸送機から覗くホテルの明かりが遠ざかっていくのを眺めながら、救助した生存者たちがもう二度と感染者に怯える日が来ない事を願った。
それから二十分ほどかけて松陽基地に帰り着き、着陸した輸送機から降りて背伸びをする。
今日一日だけで色んな事があり過ぎたけど、何とか一段落といったところか。
「お疲れ様。これから君たちの住む場所へ案内するよ」
分かっていたけど家には帰してくれないようだ。
「すっかり元通りになったわねぇ……」
「あんなに腫れてたのにな……」
離陸前には誰か分からない状態だった工藤さんの顔が殆ど治っている。明らかに異常な回復力だ、ナオは噛み跡が消えるまで一ヶ月かかったのに、この差は何なんだ。
「早速――って忘れてた、少し待ってて」
小走りで俺たちが最初に訪れた建物に入っていった。
五分ほどで戻ってくると俺とナオへ何かを手渡す。それを確認すると、何とも意外なことにアイマスクだった。
「何故にアイマスク?」
「助かるー! どうしようかと思ってたのよね」
「あれ? ナオってアイマスクねえと寝れなかったか?」
「……何言ってるの? 寝れるわけないでしょ」
さも当然のように言うが知らなかった。何度もナオの寝てる姿を見たことがあるけど、アイマスクを着けているのは一度も見たことがない。
俺は豆電球つけて寝る派だから必要ないが、折角の好意を無下にするのも悪いから貰っておこう。
そう考えて受け取ったアイマスクをポケットに仕舞った時、工藤さんが顔を覗き込んできた。
「な、なんですか?」
「もしかして君、気付いてないんじゃないかい?」
「気付くって?」
「今って夜中の十一時だよ」
「はあ、そうで……あれ?」
サングラスを外してみると確かに変だ。二十三時にしては明るい。月が出ているのかと思えば雲に隠れてしまっていて、何処に浮かんでいるのかすら確認できない有り様。
つまり真っ暗なんだ。真っ暗なはずなんだが明るい。真昼ほどじゃないが夕暮れ時みたいに辺りが普通に見える。
「明るい!?」
「遅っ!! 気付くのおっそ!! 冗談でしょ!!」
「ナオは気付いてたのか?」
「行きの輸送機の中で気付いたわよ。イガさんに聞いたら夜目が効くんですって」
指摘される今の今までまったく気付かなかった。
確かにこんなに明るくちゃアイマスクでもしないと寝付ける気がしない。
それにしても血を飲んでからというもの、能力に目覚めたり夜目が効くようになったりと、一気に身体が化け物へ変わってしまったな……




