喋ったノン子さんと偽物
「ノン子さん、テーブルの上に乗っちゃダメだろ! 家でも乗らなかったじゃないか」
家では乗ると怒られるのを知っていたので、手をついて伸びあがりテーブルの上を覗くことはあっても乗ることはしない。なのに、今は耳を忙しなく動かし、天井を見るだけで降りようとしなかった。
「ナァウ……」
「ノン子さん?」
「どうしたの、ノン子さん」
「わからん」
いつもと違うノン子さんの行動に戸惑っていると、ダッとテーブルから降りて今度はスールの寝床へ行く。顔は上を見上げたままだ。
「フゥー……シャーッッ!!」
ノン子さんが威嚇した!
「何だ!? 何があるんだよ!?」
威嚇しているノン子さんの横に行き、上を見る。穴が開いている場所から空が見えるだけだった。
「何もないけど?」
「ああ。でも何かいたんじゃないのか? こんなに威嚇するなんて普通じゃないぞ!」
ノン子さんが今度は玄関横の窓枠に飛び乗り、外を見る。
「ゥナア! ナッナアー! ニャウナァーッ!!」
「え? なに? お兄ちゃん、ノン子さんが何か言ってる!」
「ああ、一生懸命に何かオレ達に話しかけている。でも、何を言ってるのかわからん。ああっ、ノン子さんと話が通じればいいのに!」
ノン子さんは窓枠から飛び降り、玄関前で本格的に威嚇しだした。
「何かいるんだ、外に!」
怖かったが、わからないまま怯えているほうが嫌だったので、扉を開けてみた。
「な……何もいない」
どう見ても、玄関から見える外には何かがいるように思えない。
「何、何がいるの? スールわかる?」
「ぼくにもわかりません」
オレはノン子さんを見る。その時、一瞬だったがノン子さんの体が青白く光った。
「あ? 今、ノン子さんが光った?」
楓もスールも外を見ていて、ノン子さんを見ていない。
目をゴシゴシ擦るが、もういつものノン子さんだった。 気のせいか?
『ンァ~もうー!! とおくやけど、だんだんとちかづいてきてるとよ、ミズキ!! さっきやねからハネをつけたおとこがこっちをのぞいてた!』
「!?」
ノン子さんがまた何かを言った。いや、何かじゃなく何を話しているのかわかった。…………え? わかった?……わかった!? はあ!?
「「ええっ!?」」
楓と同時に叫んでしまった。
「ど、どうしたんですか? 女神さま、カエデさん」
「「ノ、ノン子さんが喋ったっっあああ!!」」
「えっと……さっきからナアナア言ってますよ?」
「いや、そうじゃなくて言葉がわかるんだよ!」
「私も! 私にも聞こえた!」
スールにはわからないみたいだが、オレ達にはノン子さんがちゃんと何を喋っているかわかるんだ。
「何で!? 何でわかるの? 羽をつけた男って?」
「どうして通じるようになったんだよ!?」
「言葉がわかるんですか!? すごいです!」
あわてふためくオレと楓を見ながら、言葉がわかることにスールは感動している。
そんな中、ノン子さんは飄々として答えた。
『……ああ、やっとわかってくれたとね?』
「どうして……。それにばあちゃんみたいな言葉にところどころなってる……」
『アタシにもわかんない、そげなこと。 さっきからまどろっこしくて、はなしわかればいいのにっておもったんよ。そんなことよりくる。イヤなかんじ』
「来るって何が?」
「あ……足音が…きこえて……こっちに来ます」
スールの言葉の後、耳をすませば数人の足音が聞こえてきた。
そして「出てこい! それとそこにいる人族もだ!! いるのはわかってる!! 確認したからな!」と大声で怒鳴る男の声が響いた。
「長だ……。どうしよう……」
「オレ達がいるのがわかってるんだ。出てみよう」
村の人達か――。
スールへの扱いが酷いことは知っている。ここでオレ達が隠れたら、スールが後から大変なことになる。そう思い、スールより先に外へと出た。
オレの横にノン子さんがピタリとくっくいて歩く。
家の前には、グレーの髪に目が鋭い年配の男の人。閉じてはいるが羽が一番デカい。この人が長なのだろう。
その人を中心に右には俯いている男の子がいて、その反対側の左には体格のいい男がいた。男の子と呼ぶにはデカいし、かといって大人と言われればそうではないのはわかる。チラリと墓を見て横の年配の男に近づく。ふてぶてしい顔が、なんだか苛立たしい。
その後ろには男三人。そのうちの二人は弓を持っていた。
「カロン……」
オレの後ろにいたスールが名前を呼ぶと、俯いていた男の子がビクッと体を揺らし、顔をあげた。その顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていて、目と両頬が赤くなっていた。
「ごめ……。もりゃった…おかし……狩りはら帰ってきら…父しゃんに見つかった……。それに、おりぇ……スールをにがしゅの…だりぇかがギルムに話した」
叩かれたらしく、頬が腫れているため上手く話せない。
後ろにいた弓を持っている男の人が、その子の頭を軽く押す。
顔が似ているため、この人がスールの友達、カロンのお父さんなのがわかった。
「そうだぞ。せっかくの遊びを邪魔しやがって! その程度の腫れで感謝しろよ!」
ふてぶてしい男が腕を組み、カロンを睨む。こいつがギルムで、カロンを叩いたのか! 気に入らねー!!
「まったく、なかなか口を割らんで大変だったが息子がよくやってくれた。女神がいるなんて話を聞いたときは驚いた。よくもそんな嘘をと思ったが、まさか男と女の人族がいるとはな……。それにそれはネコ。出来損ない、どうやって人族を村へ入れた? 我々は気づかなかったぞ」
目を細め、咎めるようにスールに言う長。ふてぶてしい男が、お前の息子!
それに長ともあろうものが、スールのことを出来損ないなんて呼ぶのか! ムカムカしてくる!!
楓の怒りもオレに伝わってきた。
「あのなあ!」
「黙れ、人族!! お前には聞いておらん!!」
はあ!? 何、喋らせてもくれないのか!? 何様なんだよ!!
「お、長! 本当にこのかたはちがう世界から来た女神さまなんです! 泉から出てきました! だから村をとおってない」
スールがオレの前に出てきて、庇うように両腕を広げた。
「女神? そこにいる見目が良い女ならまだしも、男の方が女神だとよ! なあ人族、喋ること許してやる。なんで自分のことを女神と言ったんだよ? 男だろ? 違うのか〜? それに変な格好しているな〜」
オレをからかいながらニヤニヤ笑うギルム。そりゃ、オレはジーンズにパーカー、楓は制服だから、こっちの人から変な格好と思われても仕方がないが、めっちゃめっちゃ上から目線だな!!
「うるせーな! オレは男で、名は水希だ!!」
オレの言葉を聞いたとたん、ギルムは腹を抱えて笑いだした。
「こいつ、自分で女神と言ったぜ!? よくそんなこと言えるよな? 鏡、見たことないのか? 冴えない男が女神だとよ! アハハハッ」
やはり、オレの名はめがみときこえるのか。
ギルムの笑い声に、後ろにいた鳥族の男二人もつられて笑う。長にいたっては、鼻で笑った。
くそう、楓に冴えないとか言われてもそうは怒らないが、こいつに言われるとムカつく!
「出来損ないに、冴えない女神か~」
「いい加減にしろよ。冴えない、冴えないって何度も言いやがって! それに出来損ないってなんだよ!? スールって名前があるじゃないかっ!!」
オレのこともだが、さっきからスールのことを出来損ないと呼ぶことに腹を立てていた。
「スール? こいつはスールじゃない。偽物だ」
「偽物?」
スールが偽物ってどういうことだ?
スールを見ると、さっきまで広げていた腕を下ろし俯いていた。




