ないしょの話
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本日、2話投稿しています。
「狩りから男たちがもどって来たみたいだぞーっっ!! 表門だ!」
何処からともなく聞こえてきたその大声に、ギルムが、そして他の大人や子供達がざわめきだす。
「帰ってきたって! 2つに別れて狩りに行ったわよね? どっちが帰ってきたんだろう?」
「どんな獲物を狩ってきたのかな? 大きいといいけど」
「早く見に行こう」
「待て! おれが一番に見に行く!」
ギルムはもうスールに興味はないようで、持っていた石をポイッと地面に捨てると、表門へと飛んでいく。その後に他の者も続いた。
誰もいなくなり、物陰から一人の男の子が飛び出し、丸まって動かないスールに声をかけた。
「みんな、表門に行った。今のうちだ」
「……カロン?」
「そうだよ。おれも手伝うから、急げスール」
「う、うん」
知っている声にスールは顔をあげ、カロンと共にガラガラと荷車を引きながら、裏門へと急ぐ。
カロンは、スールと同じ年齢の鳥族の男の子だ。カロンとカロンの母親だけが、この村でスールのことを気にかけてくれている。
スールの母親とカロンの母親は、他からこの村に嫁いできた鳥族の女性。年齢も近いことがあって仲良くしていたため、親が亡くなった後のスールを気の毒に思い、スールのことをあまりよく思っていないカロンの父親と村の者達の目を気にしながらも、スールのことを心配していた。
裏門から出て、しばらく行ったところで足を止める。後ろを振り向いても誰も出てこない。
「ここまで来れば、ギルムは来ないだろう。あいつ、ああ見えて墓が怖いのか、一人や子供だけではうら山には来ないからな」
草むらに腰を降ろし、二人で息を吐いた。
「ありがとう、カロン」
「いや、おれは叫んだだけ。男たちがもどって来たみたいだぞって。それを聞いてあいつらがいなくなっただけだ」
「そっかあ。ちょうど帰って来てくれて、たすかった」
「あー、それはまだだ。帰って来ていない」
「え? あれ、うそなの? だいじょうぶ? カロン」
「うそじゃない。もどって来たぞじゃなくて、もどって来たみたいだぞって言ったんだ。みたいってあいまいにしといた。とおくに何かが飛んでいるのが見えたし」
「カロン……。ほんとうにありがとう」
「いいって。もっと強く言いたいけど、おれには力がないし、ごめんな」
「そんなことないよ。たすけてもらってる! 水くみだってしてもらうこともあるし」
「父ちゃんに見つからないように、たまにだけどな」
「それでもうれしい」
二人で笑いあう。
カロンが「あ、そうだ! わすれるところだった」と言いながら、斜めにかけている鞄からあるものを取り出した。
「ほい、これ。母ちゃんからだ。少ないけどパンと干し肉。もっと持ってこれればいいんだけど……」
「ありがとう。おばさんにもありがとうってつたえてよ」
「うん。あ~ぁ……イルグさんが生きていたら、バルジル村の長になっていたのに。そうすれば、スールだってこんなことにはならなかったのにな……」
イルグはスールの父親で、無表情だったが狩りの腕は村一番で、とても頼りになる人物だった。そのため今とは違い、異端のスールは人目は気にしていたが、ここまで酷くはなく、受け入れられて村で暮らしていた。
スールが六歳の時、狩りで若い鳥族の男がヘマをして、逆に殺られるところをイルグが庇った。深い傷をおってしまい、その傷のせいでイルグは亡くなってしまったのだ。庇われた男は、いつの間にか村から出ていっていなくなっていた。
イルグの妻であり、スールの母親ピジは、イルグをとても愛していた。そのことを受け止められず、もともと心が弱かったピジは次第に言動がおかしくなる。
年老いて死去した村長から今の村長に変わると、村の者達と共にスールとピジを村から追い出し、空き家となっていた墓守の家に住まわせた。家に住まわせてやっているんだからと、スールに女神の泉の水を汲んでくることと墓の雑用の仕事をさせる。
仕事とピジの面倒を見ていたスールだったが、だんだんと生気を失っていったピジは床にふせるようになり、半年ほどでイルグの後を追うように亡くなったのだった。
スールは行くあてもなく、そのまま一人であの家に住んでいる。
「しかたがないよ。お父さんはいない。こんなぼくでもできることがあるし、家もあるんだからさ」
「スール……」
「そんな顔しないでよ。あ、カロン! ぼくも! ぼくもカロンにあげるものがあるんだ」
「な、なんだ?」
急に大声をあげたスールに驚く。
「いつももらってばかりでわるいって思ってたんだ。さっきのでくずれてないといいけど……」
スールは、ポケットから葉っぱを取り出し、広げてみた。水希からもらったクッキーだ。
「ちょっとわれてたりするけど、だいじょうぶだね。はい、これあげる。おばさんと食べて」
葉っぱごとカロンに渡す。
「甘いにおいがする。なんだよ、これ」
「クッキーだよ」
「これがクッキー!? おれが知っているのとちがうけど」
「サクッとしていておいしいよ。びっくりするから、食べてみてよ」
「う、うん」
スールがはじめて食べた時のように、カロンも少しだけかじってみた。
「なにこれ!? おいしい! こんなの食べたことがない!」
クッキーを1つ口の中に放り込み、味を噛みしめる。
「どうしたんだよ、これ!? こんなの山に落ちてるなんてないよな?」
「山!? そんなことあるわけないよ。それ、もらったんだ」
「だれに?」
「あのね、ないしょだよ」
「おう」
「女神さまからもらったんだ!」
「…………はあ? 女神さま?」
そんな話を聞くとは思わなかったカロンは、嘘だろうと思った。しかし、女神の泉から出てきた人物の話をするスールが嘘を言っているようには思えない。
「……ふぅん。べつの世界から来た女神さまね~」
「そう! 女神さまは、女神ディアさまと友だちなんだよ。泉で見たって言ってた。女神さまって、とてもやさしいんだ。あのね、今、ぼくの家でごはんを作ってくれているんだ。まっている人がいるってしあわせだね」
「スール……」
幸せと言って、こんなに嬉しそうに笑うスールを久しぶりに見たカロンは、女神がスールの家にいることを信じようと思い直した。あんな見たことのない美味しいクッキーだって食べたんだ。
「よかったな。じゃあ、早く帰んなきゃ。まってるんだろう? 女神さま」
「あ、そうだね」
「おれもそろそろもどらないと。またな、スール。母ちゃんと隠れてこのクッキーを食べるよ」
「うん!」
カロンと別れたスールは、いつもと同じ道を通っているのに、こんなに違うんだと思いながら、心軽やかに荷車を引きながら家へと帰っていった。




