女神の泉の美少女
日が昇り昨日とはまた違った景色の中、楓とノン子さんに会えたことで心に余裕ができた。
「お兄ちゃん。これからどうすんの? 楓たちは帰れる? 異世界に来れたのは嬉しいけど、魔法も使えないみたいだし、もとの世界に帰りたい」
「それなんだけど、お前がノン子さんといた木。どれか覚えているか?」
楓は自分が出てきたあたり見て、首を横に振った。
「どこをどう通ってここに来たか、わかんない。それにどれも同じような木に見える」
だよな。だとしたら、木を探すより池に入ったほうがいいはずだ。だが、その前にやることがある。
オレはノン子さんを地面に下ろすと「まずは水汲みだ!」とスールと共に、さっきまでやっていた水汲みを再開した。
ノン子さんは池に近寄りクンクンと匂いを嗅いで水を飲んだあと、すぐさまそこを離れ、オレ達から離れないまでも近くの草むらに寝そべって水汲みを見ていた。
「ありがとうございます。いつもより早くおわりました!」
スールが持ってきた全部の水瓶に水を入れ終わった。
「こんなに小さいのに仕事しているんだね」と感心しながら、手伝ってくれた楓に、イサールは八歳だと言うと、オレと同じように驚いていた。
終わったあと「私も水を飲みたい」とオレに聞いてきたので、スールに飲めるかどうか聞いてみる。
「もちろんです!」と了承を得たので、さっそく水を手ですくい飲む。ついでに顔も洗い、ボサボサになっていた髪を整えていた。
そういえば、ここに来てから水も飲んでいない。でも、喉が渇かないんだよな。
「で? 水汲み終わったよ。これからどうするの?」
「うん、オレはこの池の中から出てきたって言ったよな。だから、また水の中に入って帰れるよう念じてみる」
「それで帰れる? 異世界転移って、帰れない話が多いよ」
「わからないが、可能性はあるだろう。試してみる価値はある」
「ダメだったら?」
「そんときはそんときだ。また何か考えればいい。楓も一緒に水の中に入ろう」
「え~、イヤだ~。帰れるって断言できるならいいけど、びしょ濡れになるのイヤだもん。ノン子さんだって嫌がるに決まってる」
だよな~……。楓はまだいいとして、問題はノン子さんだ。ノン子さん、お風呂嫌いだったからな~。
水に濡れるのが嫌なノン子さんは、外に出ている時に雨が降ってきたらすぐ帰ってくる。
家の中にいた時も、外に出たいから窓を開けてくれとねだるノン子さんに『今日、雨だけど行くの?』とカーテンを開けて見せれば、じっと外を見て行くのを止め、お気に入りの座布団の上で丸まって寝てたもんな。
そんなノン子さんが、水の中に入るわけない。踏ん張ってイヤだ~って鳴きながら逃走を図ろうとするだろう。どうすっかな……。
「あ!」
荷車にある長いロープが目に入る。
それを手に取り腰に回し結ぶと、寝そべっているノン子さんを連れてきて、もう片方の先を楓に渡した。
「よし、じゃあオレだけが入るわ。お前もオレのように腰にロープをつけてくれ。そうすれば帰れることになった時、お前達も引っ張られて一緒に戻れるはずだ。絶対にノン子さんを離すなよ」
「わかった」
楓が腰にロープを巻き付けたのを見届け、ノン子さんを渡す。
「ノン子さん。楓の腕の中で、しばらくじっとしててくれよ。ノン子さんだけ置いていきたくない」
楓に抱かれたくないのか、ジタバタして逃れようとするノン子さん。
そんなノン子さんの金の目を見ながら言うと、オレの言葉がわかったのか、それとも眠くなったのか、静かになり目を瞑った。
「スール。オレ達、もとの世界に帰るわ」
「帰る……。女神さま、帰っちゃうんですか?」
「わからないけど、帰れたらいいなって思っている」
「そう……ですか……」
寂しそうにするスールに手が伸びた。
頭を撫でてあげて「スールに会えてよかった。ありがとうな」と伝える。
「ぼくも女神さまに会えてうれしかったです。また来てくださいね」
「あ……」
また来るよとは言えず、曖昧な笑みで誤魔化した。
すまん、スール。戻れたとしても、またここに来れるとは限らない。行き来出来たらいいのに。
「じゃあ、入るな」
「うん、気をつけてね」
楓達が見守る中、オレは池の淵に座り、足から徐々に水につけていく。そしてポシャンと、水の中へと入っていった。
昨日は、無我夢中で水の中を泳いでいたので冷たさは覚えていない。
朝だし、澄んだ水の中は冷たいだろうと思っていたが、とても清々しくて気持ちよかった。
でも、なんだろう? 体に馴染んでいるっていうのだろうか、水に浸かっている感じはしない。
魚が悠々と泳いでいるのを横目で見ながら、オレは下へ下へと進んでいく。
どこら辺にいたかわからないが、水の底にいたのは覚えていたので、そこまで行った。
水底につくと胡座をかいて、そこに座り込む。
へぇー、土じゃなく、砂のようなさらさらとした白い地面なんだ。
女神の泉って言われるだけあって、普通の池じゃないのがわかる。ボコボコと地面から湧いてくる水の泡が幻想的で、まるで一枚の絵画のようにとても綺麗だ。
美術館で絵を見ているみたいに腕を組みながら、しばし魅入っていた。
……あれ? ちょっとまてよ。座れるって、考えてみればおかしくないか?
普通、体は水に浮くはずだ。体脂肪がめちゃめちゃ少ないと体は沈むって聞くが、オレの体脂肪、平均だしな。この水は特殊なのか?
まあ、いいや。息を止めているから時間がない。帰ることに集中しなきゃ。
オレは目を瞑り、心の中で、帰りたい、帰りたい、もとの世界に帰りたい! と強く願った。
ふと、公園で会った青い女の子の姿が、脳裏に浮かんできた。
ゆらりと水が動いた感じがして、目を開ける。
オレから2メートルくらい離れたところに、あの女の子がいた。




