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昔話を今語る  作者: 多幸
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第十五話 車内

今々、あるところに。

四人の男女を乗せた、黒い軽自動車がありました。

その軽自動車は、高速道路を走っています。

速度は、時速百キロほど。

前方の車との距離を保ちながら、自動で速度を調整する機能を備えた車です。

つまり――。

車の話は関係ありませんね。

さて。

後部座席では、阿倍野浩二が窓を少し開け、肘をついていました。

「なぁ、どこ向かってんだ?」

偉そうに尋ねます。

誰に聞いたわけでもありません。

誰かが答えてくれるだろう。

そんな聞き方です。

「どこって……」

助手席に座る千鶴が振り返りました。

「あ……そういえば、言ってませんでしたね」

「うん」

「よく行き先も知らずについてきましたね」

「……たしかにな」

阿倍野は少し考えました。

どうやら、今になって気づいたようです。

この男は、誰にでもついていってしまいそうです。

「で、どこ向かってんの?」

「私の主、竹婆様のお屋敷です」

「竹婆?」

「はい」

「なんでそんなところに行くんだよ。俺、病院行きたいんだけど」

「……それは私も同感ですが、先にあなたたちを送り届ける必要があるんです」

「いや、俺、右腕動かないんだよ」

阿倍野は右腕を見ました。

だらりと垂れたままです。

試しに動かそうとして。

「いってぇ……!」

顔をしかめました。

そして、千鶴に見せつけるように右腕を持ち上げようとします。

もちろん、持ち上がりません。

「ほら。さっきから痺れてる感じもするし」

「私なんて右足首を骨折してるんですよ!」

千鶴が言い返しました。

「歩くことすらできません。怪我の程度で言えば、私の方が重症です!」

なぜか、怪我の酷さを競い始めました。

「痛っ……ほら、今も痛みが走りました」

千鶴は足首に手を添えます。

「あなたでは、とても耐えられないと思いますよ」

どこか誇らしげです。

そして、背筋を伸ばしました。

「それでも私は任務を全うしているんです。痺れる程度じゃ済まないんですからね!」

立派な回収者です。

少なくとも、本人はそう思っているのでしょう。

ですが。

「……いや、俺と違って、お前は自己責任じゃん」

「……はい?」

「自分で飛び降りただけだろ」

「…………」

千鶴は言葉を失いました。

たしかに。

飛び降りたのは、自分の意思です。

「…………」

考えてみれば。

自分から怪我の酷さを自慢するのも、少しおかしな話でした。

千鶴の顔が、じわじわと赤くなります。

「……もういいじゃないですか! 怪我の具合の話なんて!」

突然、大きな声を出しました。

「いや、お前が言ったんだろ」

「…………」

「飛び降りたんだべか?」

そのとき。

運転席から声がしました。

熊野又三です。

「千鶴、なんか悩んでるんだべか?」

「いや、あの……」

「なんとかなるべ。あんまり悩んでも意味ないべ」

「…………」

千鶴は額に手を当てました。

「ややこしくなるので、入ってこないでください」

「そうだべか」

熊野は素直に前を向きました。

「で、竹婆って誰?」

阿倍野が尋ねます。

どうやら、怪我の話は終わったようです。

「……簡単に言えば、私が護衛している方であり、恩人でもある人物です」

「オラの恩人でもあるべ」

熊野が付け加えました。

「ふーん……」

阿倍野は少し考えます。

「俺、関係ねぇじゃん」

気づいてしまいました。

「その《玉手箱》に、一億円を提示した方です」

「俺が一番関係あるな」

即答でした。

「早く行こうぜ」

「…………」

千鶴は呆れました。

「……わかりやすい人ですね」

「そうか?」

「ええ。非常に」

千鶴は小さくため息をつきました。

「……他に何か質問はありますか?」

「質問?」

「はい。例えば、私たちが何者なのか、とか」

「…………」

「《玉手箱》や、宝具と呼ばれるものが一体何なのか、とか」

千鶴は少し身を乗り出します。

「知りたくありませんか?」

「…………」

阿倍野は黙っています。

千鶴は、少し考えました。

「まあ、暇ですからね。難しい話じゃなくてもいいですよ」

「ん?」

「日常会話でも。年齢とか、趣味とか……」

千鶴は後部座席を振り返り、にこやかに笑いました。

「なんでも、今なら答えますよ」

「別にないけど」

即答でした。

しかも。

阿倍野は千鶴の目を見て、はっきりと言いました。

「…………」

「…………」

千鶴の笑顔が止まります。

「……そうですか」

ゆっくりと前を向きました。

「では、話すことはありませんね」

「うん、ないな」

「黙って向かいましょうか」

「そうだな」

車内に静寂が訪れました。

「…………」

「…………」

「…………」

誰も喋りません。

後部座席では、荒川太一が気絶しています。

もしかしたら。

荒川なら、何か質問があったかもしれません。

ですが。

残念ながら、彼に意識はありません。

こうして。

宝具について説明する絶好の機会は。

何事もなく、失われました。

めでたし、めでたし。

――おしまい。



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