05. ダイブ・イン・アストピア
目の前には、このゲーム初めてのNPC。
「それじゃあチサト、この見た目でよろしいポヌ?」
「……はい、いいですよー」
なぜかちょっとだけ緊張して、声が上ずってしまった。
だってボタンをポチポチするんじゃなくて、もう本当に普通に話しているだけ。目の前に人間じゃないファンタジーな生き物がいて、それと意思の疎通がとれている。
これが最新のフルダイブゲーム。すごい。
導かれるままに妖精の元へ行ったところ、案の定名前と見た目入力が始まった。
妖精と会話すると自分の周りにウインドウが出て、指でタッチして操作できるようになったのだ。声でも操作できたので、何かしらこちらからアクションを起こして認識してもらえれば良いのだろう。
今まで一般的なゲームしかしてこなかった千里にとっては、これだけでもだいぶ新鮮だ。
たしかこの世界にダイブする前に鶴宮が言っていたのが「自動生成で下の名前で」。そのような項目はないので一瞬悩んだが、ダメ元で妖精に聞くと「わかったポヌ!」と一瞬で身体ができあがった。
ほとんど元の身体と同じ色・サイズで、なるほど、大幅な時短。
すっごい長身とか美人な顔にするとかできるのかな。普段はキャラクリに割りと時間をかけるタイプのため、少し残念なところはある。
あれからすぐに打ち解け(?)、千里はすっかり力を抜いて喋れるようになった。
そしてこのふざけた語尾の妖精はポヌタピ・デュビなんとか。
白髪のツノ付き謎飛行生物だ。
髪の毛がふわんふわんでぷるんとしていて、まるで精巧なフィギュアを見ているよう。ファンタジーっぽい服に模様のついたマントを被っていて、なかなかオシャレ。
なんかさっきから色々設定や世界観を喋ってくれているので、初心者お助け用の存在なのだろう。
「ポヌタピちゃん、私待ち合わせしている人が2人いるんだけど、どうやって会えばいいかな?」
「あいわかったポヌ! すぐに連絡が来てるか調べるねー。あ、先に初心者さんが最初に行く街に送っていいポヌ? たぶんそこにいる可能性が高い気がするにょん」
「ん、お願いします、ポヌ」
なかなか難しそうな指示も簡単に通るし、なんかもう友達と話しているような感覚。
なんならこういう妖精と一緒に普通の旅をするだけでも新しいゲームが1つ作れそうなくらい新鮮。
個性的というかクセが強いというか、こういう創作上ならではの濃いキャラクターと普通に喋れるの結構可笑しいかも。
あ、NPCと喧嘩とかもできるのかな。そうなったらいよいよ人間と変わりない存在だな。
うん、可愛いじゃん。この妖精が全員についてくるのか、お助けポジションを交替したりできるのかは分からないが、しばらくは導いてもらおうじゃないか。
色々考え込んでいると、妖精が手をこちらに差し出してきた。よく分からず戸惑っていると「おてて繋いでレッツワープ!」だそう。
さっそく手を握り、あ、柔らかくてあったかい、などと思う間に一瞬で別の場所へ飛んだようだ。
喧噪が聞こえる。
そこは、人……人じゃない謎生物もいっぱいいるけど、とにかく人通りの非常に多い街の真ん中、巨大噴水がある広場だった。
とにかく活気にあふれていて、ちらりと見渡すだけで武器屋や道具屋などいかにもゲーム的な雰囲気の店がそこかしこにある。
初心者が最初に行く場所と言っていたから、はじまりの町的なものだろう。
すご。店とかもしっかり作りこまれているなあ。
ああ、買い物も楽しみだな。ほかに特別な施設もあるんだろうな。
うぐぅ、隅々まで見てまわりたい衝動に駆られる。
しかし今はバイト中、まずは鶴宮と石内と合流せねば。2人とももう来ているかな。
そう思ってあたりをきょろきょろしていると、妖精が話しかけてくる。
「あ、チサトにワープ申請きてるポヌ。名前はね、ツルってやつから! 探してるのこいつポ? 許可していいポヌルー?」
その声とともに、視界に小さなウインドウが出てきた。
『プレイヤー名 ツル
メッセージ 鶴宮です。これを許諾すると一瞬で僕のところに来れます!』
「あ、大正解だよポタぬんちゃん。じゃあ、許諾で!」
「ぽ……チサト、ポヌのことはポヌでいいポヌ……まあいいや、じゃあ飛ぶポよーーー」
一瞬視界がホワイトアウトしたかと思うと、また別の公園っぽい場所の屋根つき休憩所にいた。
先ほどよりだいぶ静かで、周りは街中ではなく閑静な住宅街って感じの場所だ。
なんだかさっきから飛んでばっかりだな。これもゲームならではか。
景色がころころ変わって、脳が現状を理解するのに時間がかかる。
目の前には、ツルこと鶴宮と石内がいた。
2人で何か楽しそうに話し、時々笑いあっている。
とりあえず合流できて一安心。だけどなんだか、鶴宮の雰囲気が外とはまったく違うというか。
しゅっと身体のラインを拾う赤黒い金属製の、鎧? ボディースーツって言った方が正しいのかな、足先までばっちり同じテイストで揃えてあった。
重そう。動きにくそう。ごつごつテカテカ、見たことのない形状。
急にゲームの世界! って感じ。
すごいインパクト。アメコミ映画の主人公みたい。景色は普通なのに、ここって本当に現実じゃないんだなあ。
「……お待たせしました。鶴宮さん、なかなかごっつい装備つけてますね」
「ふふふ、いいでしょう、これが僕のお気に入り『真紅絶炎』シリーズ。一般の人には配られない、開発者限定品だねぇ」
「いいなあ、俺もかっこいい装備集めたい」
鶴宮が心底嬉しそうにしている。ああ、男性って何歳になってもこういうの好きっていうもんね。
千里と石内は初期装備の布製なので、同じ空間にいると違和感がすごい。
「あれ、このチュートリアル妖精みたいなやつ、人によって違うんすね」
「あ、本当だ。顔も髪型も服装もちょっとずつ違う」
石内に言われ気づいたのだが、千里の後ろに浮いているポヌなんとかと、石内の後ろに浮いている似たような謎生物は違う個体だった。
同じ個体が何人もいると、世界観が壊れるのか。
あ、そもそも知能を持つ時点で同じのをコピーしたとしてもその瞬間から違う個体になるとか……そういう設定の創作物、昔読んだな。
「ああそう、この子たちはガイード族。旅する冒険者に色々教えてくれる存在だよ。一族の中で試験に突破した子たちがこうしてガイドできて、最初に誰が選ばれるかはランダムなんだ……君たちには特別な子をピックアップしたけどね。それでガイード族だけはNPCの中でも特別で、制限はあるけどプレイヤーのウインドウにも触ることができる。たとえば、緊急でログアウトしてほしい時とか、この子たちだけは頼まれればできる。ね?」
「そうポヌ!」
「うちらエリートピマ!」
あ、語尾も違う。
ちょうど可愛いと美しいの間にありそうなこの白い小さな生き物たち、自信だけは一丁前にあるようで、誇らしげに胸を張っている。
うむ、小さな身体で虚勢をはる動物みたいで愛らしいね。
「よしよし、2人とも問題なさそうだねぇ。それじゃあ、さっき話した作戦通り、さっそく外に出てみようか。まずはこの世界に慣れていこう。あ、終わる時間は20時でオッケーだよね?」
「はい、大丈夫です」
「じゃあ2人とも、マップを開いてみて。『メニュー』って言えばメインメニューが出てくるし、『マップ』って言えば直接マップも開けるよ。声を出したくなかったら、空中を2回ノックすることでも開けるし。それで、ここから右下にある『魔王領デミル』内の『ミカロナ村 農場』、分かる? そこのワープを選んだら一瞬で移動できるよ。通常プレイではこんなほいほいできないけど、僕らはいくらでもできるからどんどん使っていいからね。あ、ワープするのはガイド族以外には見られないように、気を付けてねぇ」
せっかくなので言われた通りに空中をノックしてみる。
ぶおんとメニューウインドウが開き、マップや装備、スキル、ステータス、システムなどおなじみの項目が並んでいた。
それにしても、ワープはガイード族以外には見せたらだめ、か。
こうしてバイトをするにあたって通常とは異なる便利機能が色々与えられるらしいけど、全部見られたらだめなのかな。もしバレたらどうなるんだろう、あとで聞いてみるか。
先ほどダイブする前に教えてもらった、このゲームにおいてのコツ。
NPCの前ではいわゆるメタ的な発言はしてはいけない、という話。
ログイン、ログアウト程度ならNPCもなんとなく理解しているが、ゲーム会社がどうとかゲームとしての設定がどうとかを教えてしまうなど、要するに『ゲームの外からの視点』の話をするのはご法度だそうだ。
そういうことをすると「意味のわからないことを延々と言っているやばい人間」扱いになり、好感度や信頼度がみるみる下がり、かなり厳しい状況になるとか。
つまりロールプレイング――ゲームの中の人間になりきってプレイするのが正攻法なのだ。なんとも上手くできている。
ワープなんかは発言どころか、ありえない超能力者認定されるだろうな。
うまく使えばすごい魔法使い的キャラづけもできそうだけど……そうやって目立つと動きにくくなるのか。王になりたいとかならいざ知らず、少なくとも今は絶対に違う。うん、徹底的に隠そう。
……ふと思ったけど、ガイード族の好感度を下げすぎたら勝手にログアウトさせられたりするのかな。さすがにないか。というかまあ、よっぽど変な人じゃない限りそんなことにはならないか。
先ほどの作戦会議によると、今日ここから先は2人一緒に通常プレイと同じようにチュートリアル等を終わらせて、次回以降、例の「魔族負けちゃった問題」を解決する方法を探していく手筈だ。
本来ならばこのはじまりの町――イチナスというらしい、ここの近くでチュートリアルが始まるのだが、今回千里たちは魔王領に用があるのと、とにかく少しでも情報を集めなければならないため、特別にガイド族に指示が出されその魔王領でのチュートリアルが行われるそうだ。
チュートリアルが終われば、なんかいい感じの上級装備一式もくれるらしい。これは現状を打破するのにある程度の戦力がいるだろうという鶴宮の采配だ。
基本的に鶴宮は緊急事態とか伝達事項がない限り出てこないらしい。裏で通常の業務をこなしながらサポートにまわるようだ。『どんな感じか報告だけよろしくね、あ、バグとかもあったら教えてねぇ』と言っていた。本当に人手が足りていないんだろうな。
なんだか放置気味だなーと思わなくはなかったが、ここは1つ信頼されていると考えよう。あと、アルバイトとして少なくない金額を貰うのだ。そのくらい当然させていただきますとも。
千里と石内の2人で現状を見て、作戦をたてて、魔族を勝利へ導く。
言うのは簡単だが、導くためには内部に入り込み、信頼を勝ち取り、場を整えて初めて戦うことができるようになるだろう。
通常のゲームではありえない自由度と、緊張感。
あとそう、2人ともいい感じのキャラクターを作り出して、それを演じなければならない。
「突然ふらっと現れた冒険者」では敵対して終わる。なぜなら今魔族は人間を強く恨んでいるから。
最低限、ツノでも装着して魔族のフリをしなければ。いい感じの伝承があれば、それに扮してもいいかも。
そういったこともすべて、考えていく。
正解はない。自分たちで、この世界を変えるのが仕事。
「じゃ、20時にログアウトするのを忘れないでね! 終わったら軽く今後の予定だけ話して、今日はお家まで送ります。…………本当に、君たちに会えて良かった。期待しているよ、一緒に良いゲームを作っていこう。お疲れ様!」
「はーい、お疲れ様です!」
「楽しんできまーす!」
そう言って、鶴宮は笑顔で手を振りながら消えた。ログアウトしたのだろう。
ここからは、自分たちだけでゲームをプレイして、変えていくのだ。
期待と緊張でドキドキが止まらない。
まるで子供みたいに、胸が熱くなっているのを感じる。
教わった通りにマップを開き、行き先を選ぶ。あとはワープを選択するだけ。
2人とも準備ができた。
「じゃ、石内くん、行こう!」
「うっし、なんかすっごい緊張するなー!」
そうして2人は、魔王領の外れまで飛んだ。




