04. ホップステップ
夕方、千里は石内と合流し、大学まで迎えに来た鶴宮と共にタクシーで15分ほど移動してきた。
着いたのは、ここらで1番栄えている街の中心部。大通りから一本ずれた場所にある大きなビルの
前で、2人して見上げながら唸っている。
「ええぇこれ…………」
「うわ、すっげぇ……」
「ここが僕の所属する会社、シンタクスです」
ビルの入り口横には金属の看板で、『シンタクス ビルディング』という非常にまっすぐな名前が書いてあった。
いやいやいや、ぼろぼろなのはちょっと嫌かなーなんて思っていたけども。こんなに大きくて綺麗な会社、場違い感がすごすぎる。
とはいえ、ここまで来たら前に進むのみ。背筋を伸ばし気合いを入れて、鶴宮の後に続く。
中に入ると、広い受付に女性が1人、そしてその横には白く光るゲートが2つ。
うーんさすが、なんか近未来って感じだ。
鶴宮が社員証をかざすとゲートが開き、そのまま慣れた足どりで進んでいった。続いて中に入ろうとしたのだが、1人通ると閉まる方式のようで、鶴宮がゲートの向こう側で焦った顔をしている。
「あっごめんついクセで……! えと、来客用のカードを発行してもらうから、ちょっとここで待ってて! すぐ戻るから!」
ぱたぱたと駆け出し、奥に消えていく。
受付の方と目が合ったので、とりあえず会釈しておいた。優しそうな女性が気を遣って話しかけようとしてくれたその時、ぜーぜーと息を切らした鶴宮が帰ってきた。
「待たせてごめんねぇ。はいこれ、君たちの来客用カード。失くしたりしないようにね」
2人揃って元気に返事をして、カードを首にかける。
「じゃ、行こっか。エレベーターで4階に行って、会議室を取ってあるのでまずはそこで色々と確認しましょう。こっち、ついてきてね」
すごい、外だとあんなにおどおどしていた鶴宮が、会社だと8割増しでしっかりして見える。
社会人ってみんなこうなのかな。案外みんな普通の人を演じてたりして。なんだか、将来への不安がほんのちょっと消えたような気がする。
逆にがちがちに緊張している千里がまだ社会を知らない子供だな。石内は……さすがに緊張はしてそう。
すごく大きく見える鶴宮の背中を追って、3人は会議室にむかって歩いていった。
「はい、これで確認事項は終わりです。いやー2人ともお疲れ様、飲み物でもどうかな」
「ありがとうございます、ちなみになんの種類がありますか?」
「ウーロン茶と、コーヒーと、りんごジュースになんだったかな……ああ、梅昆布茶だ。紙コップに注いで持ってくるよ」
千里と石内はそれぞれコーヒーと梅昆布茶を頼む。鶴宮が資料をまとめて抱え、ちょっと待っててねと言い残し会議室から去っていった。
なかなかきちんとした説明だった。
一応秘密保持の契約書にもサインをしたあと、会社の成り立ちやゲームの歴史から大まかに教えてもらった。
この後さっそく『アストピア』のプレイができるらしい。
しかも、まだ発表されていない最新のフルダイブ機器である『ギアマット』とやらを使わせてもらえるとかなんとか。
ちなみに今回のこの時間も、さっそくお給料が発生するそうだ。
緊張で表情が少し強張っていたのか、こちらを気遣い『もちろん辞退しますってなっても大丈夫だからね。ここまでしてもらったし、とか全く思わなくていいから』とのこと。優しい。
ああでもちょっと、楽しみな気持ちの裏腹に、ちょびっと不安が湧いてきた。
今は鶴宮がいない。面と向かって聞くのもどうかと思うし、2人だけでこそっと話そう。
「ねえ、石内くんはフルダイブのゲームってやったことないんだよね」
「うん、ない。なんか昔話題になってたなーくらいしか知らないな。石合さんはあるん?」
「いやない。昔さ、発売すぐくらいかな、結構悪い噂も流れてなかった? ちょっと引っ掛かっちゃって。なんかそういうの、聞いたことある?」
石内は少し上を見上げ、納得したようにああーと声を漏らした。
やっぱりそういう話題もかなり出ていたから、思うところはあるようだ。
「たしかなんか脳が委縮するとか、身体がうまく動かなくなる危険性とか、言われてたな。え、よく考えるとめっちゃ怖くね?」
「そうなのよ。今さら辞めるとかはないけどさ、やっぱりあんまり流行らなかったのって事実な部分もあるのかなーとか思っちゃってさ」
「……よし、俺も怖いし、鶴宮さんに聞いてみよう。ずっと不安抱えるより、プロに否定してもらった方がいいじゃん? それでいいかな」
「うんたしかに。言った方がいいか。ありがとうそうしよう」
「はいよ。ところでさ――」
そこから少しの間2人で他愛もない話をしていると、鶴宮が飲み物を持って戻ってきた。
ノックと声は聞こえるが入ってこないので不思議に思っていたところ、ああ両手にコップを持っていてドアが開けられないんだなと気づき、急いで開けに行った。
「あ、ありがとう助かりました。コーヒーと、こっちが梅昆布茶ね。何か2人で話してたの?」
「あ、鶴宮さん、ちょっと聞きたいことがあって。率直に言うと、フルダイブ型って昔結構怖い噂が出てたじゃないですか。あれって実際どうなんですか? あ、あー別に辞めますとかじゃなくて、うっすら不安なのをやる前に取っておきたくて」
「そ、そうです。やっぱり初めてなので緊張しちゃって、直接鶴宮さんに否定してもらえれば安心できると思うので……」
めちゃくちゃ不安な顔をした鶴宮に、2人して焦ってフォローを入れる。
それを聞いた鶴宮は表情を持ち直し、少しだけ肩を落として言った。
「いやごめんなさい、たしかにそういった噂が流れたのは事実だし、こうして言ってもらえて良かった。僕らは業界の人間としか関わらないから、そういった視点があることをすっかり忘れてたなぁ。もちろん、納得いくまで説明させてもらうよ! ……あ、まずは飲み物でもどうぞ」
鶴宮の話では、噂は科学的に明確に否定されたらしい。
まず脳の萎縮について。
フルダイブは脳に直接繋げるもので、その中身については一般には公開されずブラックボックスになっている。なので、一部の人間が「脳みそをいじられている」と曲解し、騒いだ。
脳に繋げるといっても、実際は信号を送っているだけ。専門用語が多くてすべては理解できなかったが、たとえば視覚なら、目で見たものを脳で理解するのとまったく同じ理屈で動かすので、脳の負担は現実とほとんど変わらないらしい。なんなら極端に目が悪い人でも、視力を失った人でさえも綺麗に『見る』ことができるため、医療的な使われ方もしているそう。
身体が動かないについては、ほかのゲームでもずっとやってるとそうなるでしょ、と。
まあたしかに、長時間座りっぱなしで身体が凝るのと同じなら、フルダイブのせいではない。
「――ということです。やっぱりいつの時代もゲームは叩かれがちだし、そこを払拭するのも僕らの仕事だよねぇ。どうかな、まだ不安なことはある? あ、しかもね、最新型のギアはね、そういった『なんか怖いもの』ってイメージを和らげるためにも、見た目の厳つさを減らしたんだ。よければあとで、第一印象で実際にどう思ったか教えてもらえると嬉しいな」
「丁寧にありがとうございます、わかりました」
「はい、大丈夫です。俄然、楽しみになってきましたね!」
2人の様子をじっくり見て大丈夫そうと判断したのか、鶴宮が元の優しそうな表情に戻った。
いやむしろ元より口元が弧をえがき、まるで作品を自慢して褒めてもらおうとする子供のような表情。
うん、この人は仕事として以前にゲームが好きなんだろうな。そういう人の作るものって、強いよね。
「ふふふ、じゃあさっそくフルダイブ、してみよっか。8階にダイブ室っていうのがあってね、個室がいっぱい用意されているんだ。そこに行ってみよう」
「はい!」
さて、ここまで結構長かったが、やっと本命であるゲームのお時間だ。
普段携帯型のゲームしかやらない千里にとって、フルダイブ型は完全に未知の領域。
これでわくわくするなという方が無理である。
心なしか3人とも早足で、8階を目指した。
「おおぉーこれが、ダイブ室。なんかネカフェみたいですね」
たしかに。ネットカフェにも行ったことはないが、こんな感じのイメージ。
低い壁でおそらく半個室と呼ばれるものがフロア中にたくさん並んでいる。屋根部分は布っぽいもので覆われていて中は見えないが密室にはなっておらず、通気性は良さそうだ。
「そうそう、こんな風に個室がいっぱい並んでて、それぞれにギアが置いてあるんだ。まあ大部分は旧型で――がっちり頭を覆って固定するやつね、人と共用は嫌ーとか髪型が崩れるーとか、あと見た目の厳つさが大変不評だったのですけども」
鶴宮が48と書かれた部屋を開けると、なかなか柔らかそうな大きな白い椅子が4つ並んで置いてあった。
「じゃじゃん、これが最新型変形マットギアです! この上に座るなり寝るなりして、いい感じの体勢で心地よくプレイが可能! リモコンで操作すると形が変えられる椅子あるじゃん? あれの頭部分にギアを組み込んで、身に着けるのはこのゴーグルだけ。どう、なかなかシンプルでおしゃれじゃないかな」
ささ、座って! とのことで、さっそく千里と石内は椅子に深く腰掛けた。
おお、なんというか、結構お高い家具って感じ。
千里の記憶ではフルダイブ機器といえば頭に被るフルフェイスヘルメットみたいなイメージだったけど、たしかにこれなら見た目のごつさがなくて、怖さも少ないかも。
鶴宮の指示に従い、ひじ掛けの横にくっついているゴーグルを充電台らしきものからぱこっと外し、一度石内と顔を見合わせてから装着してみる。
うん、軽い。顔に当たる部分は柔らかくて痛くならなそうだし、あと傍から見て滑稽な姿にならないというのが、普及させるのにあたってすごく大きなポイントなんだろうなと思った。
というようなことを石内と共になんやかんやと伝えていき、鶴宮がそれを素早くメモする。
一通り喋りつくしたところで、鶴宮が満足そうにふう、と息をついた。
「貴重な意見、本当に助かるよ。よし、それじゃあ椅子とかいい感じに最終調整できたら、いよいよギアの電源を入れていこうか。僕も一緒にダイブして、中でまた落ち合うようにするね。ええと、今日はひとまず自動生成アバターで、名前は……2人の下の名前で、お願いします。ああ、入ってみたら説明があるからね、行けば分かると思うよ、うん……あんまり言いすぎても楽しくなくなっちゃうもんね、じゃあアストピアで、待ってます!」
そう言うと鶴宮は部屋の一番奥の椅子に座り、慣れた手つきで調整を終え、さっさと電源をつけて動かなくなってしまった。
こうして見ると、まるで家電量販店のマッサージチェアで寝落ちするお父さんみたいだ。ちょっと失礼か。まあとにかく、特に違和感はない。
千里も急いで準備をする。椅子は少し立たせて、頭の部分だけ後ろに倒す。
ちょうど子供の頃に見たプラネタリウムくらいの体勢。正解はよく分からないけど、これなら快適にプレイできそう。
「よし、じゃあ……やってみるかあ」
「あーいよいよ、緊張するな……石合さん、また中で!」
「はーいよー」
石内と声をかけあい、緊張しながらゴーグルの電源を入れる。
軽快な音とともに、一気に視界が明るくなった。
すぐに、元いた狭い部屋の中ではなく、広い広い草原のような景色が辺り一面に広がる。
千里は草原のただ中に、ぽつりと立っていた。
風を感じるし、草の匂いもある。太陽は控えめで、冬と春の間くらいの日差し。
ふと手を見ると、なぜか白い光に包まれていて、全身がふわふわとあまり実体のない状態だった。ああたぶん、キャラクリエイトをしていないからだろう。
服は着ている。茶色っぽいシャツに、揃いのパンツ。足元を見ると靴も履いていた。
ええと、とりあえず動いてみよう。
とりあえず手をグーパーしてみる。うん、問題ない。
ジャンプ。これもOK。
とりあえず、動きは現実と同じようにできるみたい。
ああ本当に、すごいな。これがフルダイブだなんて、まだちょっと信じられない。
ゲームに入ったというより、突然ワープして知らない場所に来たような感覚だった。
違和感はなく、本当に、今ここに『いる』。
顔を上げると、少し離れた空中に大きなアストピアの文字。
そして、おそらくガイド役だろう、小さな妖精みたいな丸っこい生き物がこちらに手を振っている。
あそこに向かえばいいんだろうか、なんて迷う隙もなく足元に赤い光が現れ、妖精までの道筋を照らしていった。
行こう。
一歩踏み出そうとすると、やけにデザインが凝っているなーと思っていた靴が、きゅいんと音をたてた。そして現実ではありえない速さで、飛ぶように走り出した。
なるほど、こうして移動のストレスを減らしているのか。移動サポート靴ってところかな。風を切るのは、なかなか気持ちいい。
自然と笑顔になる。新しい世界が、千里を待っている。
千里はついに、ゲーム『アストピア』にフルダイブした。




