03. アルバイト募集中!
「それでね、ここから先はあんまり人に言わないでほしいんだけど」
そう言いながら、鶴宮はすっと真面目な顔になり、先ほど落とした書類の1つを机に広げる。
幸い、濡れたところは少なく、破れたり滲んだりもしてなさそう。
「これが、僕が今開発中のフルダイブ型ゲーム『アストピア』。このジャンルにしてはかなり広大な世界で、好きなように生きていくことができます。冒険者として旅をするも良し、商人や鍛冶師になるも良し、釣りをしたり、歌手だの画家だの、あとはカジノ経営とか不動産売買とかでも生きていったりもできるし、もっというなら悪人として生きていくのも良し。ここまで自由度が高い理由はね、このアストピアは特にNPCにこだわってて、それぞれ大なり小なり知能が与えられているんだ」
「めちゃめちゃ面白そうじゃないですか」
なんだか、思っていたよりもしっかりとした話で驚いている。もっと適当なスマホゲーみたいなものを想像していたばかりに、この最先端であろう作り込みにはひたすら感心するばかり。
知能――人工知能、つまりAIのことだろう。NPCが実際に意思を持っているとなると、普通に会話とかもできるのだろうか。仲良くなった鍛冶職人に値引きしてもらったり……きっとこんな素人の想像なんて飛び越えて、自由な世界があるのだろう。
部外者ゆえに設定も詳しくは見ないようにしているが、ちらりと視界に入るその書き込まれた文字の密度だけでも、相当な時間と労力をかけて制作されているのが伝わってくる。
この人は本当にちゃんと仕事として向き合ってるんだ。なんだか一瞬でも詐欺を疑ったのが申し訳なくなってきたな。
鶴宮は嬉しそうにこめかみのあたりを指でかき、困ったように微笑む。
「そう……言ってもらえると照れるなぁ。ま、まあ本題に戻るとね、このNPCの知能こそが問題を起こしちゃって……簡潔に言うと、最初に設定した勢力図とか抱えているクエストとかが勝手に変わっていっちゃってね。つまりえっと、たとえばここ」
鶴宮が指さすのは、地図の中央部少し右の森の近く。
巨大な城が離れた場所に2つ、あとは各地の名産品とかだろうか、観光ガイドの地図のようにたくさんの絵が添えられている。
「魔族と人間が隣接している国があって、両陣営どちらに加担しても良いですよ、それぞれ受けられるクエストが違いますよって感じだったんだけど、NPCが勝手に戦争を仕掛けて人間側が圧勝しちゃって、魔族の存在が消えかかってるんだ」
「えー、そんなことが……」
元の領地とは大きく外れた場所にボールペンで書き込みがされており、その線は無慈悲にも魔族側のおよそ3分の1を刈り取る形になっていた。
なるほど、NPCに知能がつくとゲームの中で勝手に色々な動きが生まれるのか。言われてみれば当然っちゃ当然だが、設定や調整する側はたまったものじゃないだろう。
「だから誰かに調整者としてゲームに入ってプレイしてもらって、この場合だと魔族側を勝利に導いて均衡を取り戻してほしいんだ。データとして上書きするにはあまりにもNPCの数が膨大だし、どうせならNPCたちに歴史として学んでほしい。だからアルバイトの内容としてはこうだね、『調整用のキャラとしてゲームをプレイし、大まかな指示に沿って行動して、ゲームの歴史を動かしてもらう』……ここまででなにか質問はあるかな」
実に分かりやすい、つまり世界を調整するアルバイト。
なんだか神の遣いにでもなった気分で、聞いてるだけでもわくわくする。
千里も晴れて大学生になって、バイトを探していたところだ。近場でなんとなく接客か塾講師かくらいで迷っていたのが、ここにきて新しい、しかもめったにできないだろう特別な選択肢が増えたのがめちゃめちゃ嬉しい。
でもどうなんだろう、実はめちゃくちゃしんどい内容だったりするのかな。
ゲームの歴史を動かす……王様になったり、世界一の魔法使いになったりするのだろうか。ううん、まったく想像がついていない。
ただプレイするのと違うのは、やるべきことが定められているということぐらいか。
調整者専用技とかで敵を殲滅するのかな。そんなん絶対楽しいじゃん。
さすがにこんな楽しそうなバイトには惹かれるようで、石内もノリノリで質問をする。
「めっちゃ面白そうっすね! そのバイトって、俺ら以外に何人くらいいるんですか? 場所とか必要な道具? とかってありますか」
「場所は、とりあえず弊社に来てもらう方がいいかなと思っている。機材はこっちで全て貸すし、服装とか髪型とかに制限は一切ないよ。人数はね……君たちが最初なんだ。というか無闇に増やすのもどうかなって思っててね……」
なぜかまた鶴宮さんが思いっきりしょんぼりしてしまった。
「あんまり人数を増やすとこっちで追いきれなくなるというかさ、あとはまあ、信用に足る人間をそこまで連れてこれないと思うし……とりあえずは君たち2人で、この方法が上手くいくかを確かめながらって感じになるかな」
「ああなるほど、まだこれから始める感じですね」
言い換えがうまいな。
石内はすっかり納得したようだ。にこにこで残り少ない飲み物を啜る。
しかし千里はふっと疑問が頭に浮かんできた。
「質問……はい、1個いいですか。なんというかそれって、アルバイトレベルの仕事じゃなくないですか……?」
アルバイトと社員の最も大きな違いは、責任の有無だろう。
ゲームの大まかなストーリーすら変えてしまえそうなものを、部外者のバイトにさせるのはいかがなものだろうか。悪意があれば、公開前の情報をネットの海に流したりすることも簡単にできそうだ。
「ああさすが、痛いところを突いてくるね。もちろん僕らも最初は自分たちでなんとかしようとしたんだけど、そこまで人を割く余裕がウチにはなくてさ……協力会社とかネットで協力者募ったんだけど、運が悪かったのか強すぎるゲームへのこだわりを持ってる人が多くて、『自分の思う通りの世界』を作り始めちゃったんだよねぇ……『こっちの方が絶対いいですよ』とか言ってさ、例えばあの、法律を自分だけに都合のいいように変えて無数の女の子を侍らせたりとか、所属した国に感情移入しすぎて勢力を修復不能なほど広げちゃったりとか……そんなのが何人か続いて、もうだめだ、外の世界から純粋な協力者を頼むしかない! ってなってね…………ああ、あとは、単純に若い人たちにもこのゲームをやってもらうための情報収集も兼ねているかな。君らみたいな『賢く真っ当に青春を送る人間』を連れて来いって命令なんだよ。無茶じゃん、僕こんなに人望ないのにさ……」
鶴宮がぼそぼそと一気に喋り、最後にドリンクをぐいっと飲んだ。
うん、本当に困ってたのはよく伝わってきた。あんまり人に話しかけるのが得意じゃなさそうだし、なるほどなって感じ。
それにしても、真っ当に青春をーみたいなのは本当に千里でいいんだろうか。石内は社交的だしぴったりだとして、なんだか一緒にされると申し訳なくなってくる。
まあ、せっかくの縁だし、条件さえ合えばいくらでも協力はしたい。今のところ千里は乗り気だし、たぶん横の石内もそうだろう。突如舞い込んだ思った以上の旨い話に若干そわそわしている。
「鶴宮さん、お話ありがとうございます。俺、そのバイトやってみたいです。具体的な条件とか、もうちょっと詳しく教えてください。石合さんはどう? 結構乗り気?」
「うん、私もちょうどバイト探してたところなんで、全然ありだと思います」
2人の言葉を聞き、鶴宮の表情がぱあーっと晴れやかになる。
「ああ、ああ君たち、本当にありがとう。やっと前に進めそうだ……あ、まだだよね、分かってる。条件としてはこう、厳格に決まってるものがないから、相談しながらって感じになるんだけど、とりあえず時給でいうと……このくらいかな」
紙の端にペンで走り書きされたのは、かなりびっくりな高額。
相場でいうと家庭教師とかなんらかの資格持ちくらいの金額だ。
「え、これが時給ですか? すごい……」
「うん、もちろん交通費支給で、まあ割と待遇は良くできてると思う。あ、それでね、さっそく一度体験に来てみないかな? これで自分には合わなそうですとかだったら辞めてもいいからさ、いつが空いてるかな。ええっと、僕の予定は――」
そこから、細かい話が続いた。
結局空いていた3コマ目をフルに使い、最終的には今日2人とも一度体験してみることで話はまとまった。
今日は石内が4コマまで、千里が5コマまで授業があるので、5コマ目が終わったら鶴宮が再び大学まで迎えに来る手筈だ。
最初は社用車で来ようとしていたのだが、『知らない人の車にいきなり乗るのは怖いよね』とのことでタクシー移動にするほどの気の遣いようだ。なんというか、いい人すぎて心配になる。
さて、どうなることか。
まだうっすら警戒モードだ。行ってみたらそんな会社ありませーんとか、何人かに囲まれてなんらかの契約書にサインするまで出てこられませんとか、いくらでも悪い想像が湧いてくる。
それでも、なんとなくこの人なら大丈夫なんじゃないかな、と思う。
あとまあ、石内もいるし。
千里は期待と不安に胸を躍らせながら、その後の授業に戻っていった。




