02. 出会いと頼みごと
現在水曜日の昼過ぎ。
昨日めでたく結成された我らがストーンズだが、さっそく動きがあった。
私、石合千里とバスケ青年石内大河の水曜3コマ目――昼休憩のすぐあとなので時間がたっぷり――が空きコマだったのだ。なんの授業もなく、かといって家に帰ったりバイトを入れたりするには短すぎる、なかなか空虚な時間。
これはチャンスだと、面倒なことはさっさと終わらせようという意見が合致し、2人で大学構内を軽く散策、案だけでも出そうということになったのだ。
「よっ、石合さんよろしく」
食堂の下、売店とコンビニの間の大きな通路で待ち合わせ。
急遽決まったにも関わらず、ものの数分で集まることができた。
「やっほー石内くん。とりあえず、どうしよっか? 食堂付近は去年のと比べられそうだし無しだよね、人が多いところの方がやりやすそうだし、んー、外の駐輪場でも周ってみる?」
「あーたしかに。じゃあいったん、病院側の駐輪場から行ってみようか」
「あり、行こう」
大学の敷地内、というかすぐ隣が大学病院だ。
学部棟まで入ってくる人は迷子くらいしかいないが、食堂や売店、病院内カフェや各エリアの駐輪場くらいまでは、学生だけでなく患者さんやその家族などみんなが使うものだ。それゆえに問題も起こりやすそうなイメージはある。
さっそく2人は歩きだした。
ここのキャンパスは本当に狭いので、2分ほどでたどり着くだろう。
ほぼ初対面だし若干気まずくなるかと思いきや、石内がすっかり自然体で話してくれるので、こちらも特に緊張せず他愛もない話をすることができた。
さすが、フットワークの軽い明るいタイプは本当に助かる。
「そういや石合さん、ご飯食べた? 俺めっちゃお腹すいちゃってさ、一通り見て時間余ったら食堂でご飯食べん? 昼休憩終われば人減るだろうし」
「おー全然いいよ! ねえそういえばさ、昨日食堂で食べた大学芋がカリッカリあまあまで超美味しかったんだよね、石内くん食べたことある?」
「なーい、というかあれ取ってる人初めて見たわ。俺も食べようかな、せっかく大学生になったし。大学芋ってさあなんで大学芋って名前なんだろね」
「ふふ、たしかに。どっかの大学が発祥の地とか? ……あ、もう着いた目的地。とりあえず写真撮っておくわ」
たどり着いたのは、大学病院のメインの入り口に一番近い駐輪場だった。
といっても大学病院に来る人はもっぱらバスか車が移動手段なので、使うのはほとんど学生だ。職員用は病院の裏に別に用意されているし、各学部棟からそこそこ距離があるため学生すら使いづらく、常に閑散としている。
「うーん、なんかここ思ったより収穫ないかも。そもそも使う人少なくて問題起きなそうだし……」
「そうかもな……これだけ利用率の差があるので学生向けの駐輪場を増やしましょう! みたいなのしか思いつかない、課題として弱すぎるな……とりあえず裏の駐輪場にもまわって、写真だけ撮っておこっか」
「うーん、そうだね。ちょっと考え直さないとだな……」
改めてこの課題の面倒くささに失望と焦りを覚えながら、駐輪場を奥に奥に進んでいく。
大学病院の建物の影に入り、それでもまだ歩いて進む。ここらへんからは一般の人は見かけなくなり、大学関係者以外の病院で働く人がちらほら歩いている程度だ。
裏の駐輪場も写真に収めてさてこれからどうしようという時、視界の端で何かがどかっと音を出した。
反射で視線を向けると、そこには派手に転んだのか荷物を散らし地面に伏せている男性の姿があった。
「あっ、ちょ、大丈夫ですか!?」
すぐに駆け寄ったが、転んでしまって頭を抱えている本人よりも、派手にばら撒かれた書類の山とその上に無情にこぼれた水のペットボトルに目がいってしまう。
「うわあ派手にいったっすね……どこか怪我はないですか、この書類拾うの手伝ってもいいですか?」
そう言いながら石内はさっと男性を引っ張り起き上がらせている。
千里もとりあえず上に倒れていたペットボトルだけ拾い、男性に渡した。
男性が顔を上げ困った顔で「ありがとう、手伝ってもらえると嬉しい」と言ったので、2人はいそいそと散らばった書類を拾っていく。
全て渡し終えると、男性はそのまま何かを悩みはじめ、何事かと戸惑う2人に意を決したように話し始めた。
「助かったよ、本当にありがとう…………ところで君たち、お金が欲しくないかい?」
あ、やばい変な人だ!
隣で石内も絶妙な顔で息を飲んだ。
とにかくこの場から逃げなきゃ、なにか犯罪とかに巻き込まれてからでは遅い。
わずかな間を置き、変な緊張感を感じながら頭の中で必死に無難な回答を探した。
「いやあーこんなことでお金とか貰えないですよー! あはは……」
「そうそう、お兄さんが無事で良かったっす! それじゃあ俺ら急いでるんで、失礼します」
「ま、待って待って、違うんだよ! 僕そんな怪しい人じゃなくて、あの――そうだ名刺! 名刺渡すからちょっとお話させて! ああそうだ、そこの病院内のカフェで、飲み物でもどうかな。人目があるし、本当に僕が怖くなったら途中で帰ってもいいから。お、お願いしますっ!!」
後ずさる私たちに、男性は食い下がった。
どうして初対面のただ偶然近くにいただけの人間にそこまでしようとするのか。余計に怪しい。
そう思いながらも動けずにいると、男性は腰のポシェットから名刺入れを取り出し、中身を丁寧に私たちに手渡した。
その所作は流れるようで、その腰の低さといい、ああたしかに会社員なんだな、と思わせるものだった。
「あの、遅ればせながらこういう者です……僕今、大学生さんのアルバイトを探しててね、誰でもできるけど誰でも良くないというか、でも学生の知り合いなんていないし、探すのが重荷でなかなかどうしたものか悩んでてね……あ、ここにいたのは普通に病院のお見舞いだよ! 大学に不法侵入したわけじゃないからね!」
なんか色々言っているが、ひとまず貰った手元の名刺を見る。
そこには、
株式会社シンタクス 代表・開発 鶴宮一真
という文字とともに、会社所在地、電話番号が書かれていた。
会社名は聞いたことがない。だが、なんというかまともというか、いたって普通の名刺に見える。
ああ、どうしたものか余計に分からなくなってしまった。言ってることは至極真っ当に思えるし、話を聞くくらいならと思ってしまう自分もいる。
アルバイト、ちょうど探してるんだよなあ。
大学って、色々お金がかかる。授業料とか家賃とか、食費、交通費、教科書代に学年が上がれば実習するのに必要な道具代とかかかる。それプラスでもちろん、遊ぶためのお金もいる。
「……どう思う、石内くん」
「んーーーー、なんか困ってるんかなって気持ちもある…………あ、わかった」
石内は小声で話していたのを辞め顔を上げ、鶴宮と書いてあった男性の方を向き、直接話を始める。
「すみません、やっぱり突然のことなのでまだ信用できていなくて。今スマホでこのシンタクス、という会社について調べてもいいですか? それで改めて興味が湧いたら、カフェで一杯奢っていただく、でもいいし。もしかしたらご期待に沿えないかもしれないですけど……」
「ああもちろんだよ、ありがとう! 何か質問とかあれば気軽に聞いて。それか、もしよかったら僕がどんな仕事をしているのか簡単に説明させてもらうとかでも」
一度2人で顔を見合わせ、なんか大丈夫そうかも、という意思の確認をした後、石内のスマホで会社名を調べ始めた。
「株式会社シンタクス、と…………日本のゲーム会社?」
「へえ、なんか私たちの知ってるゲームあるかな」
「よくぞ聞いてくれました、我が社が手掛けるのは最新のフルダイブ型ゲームだよ! 有名どころだと『宙の遺跡』とか『メカ恋』シリーズとか…………若い人は知らないよねえ」
そう言って鶴宮はしゅんと肩を落とした。なんだか申し訳ない気持ちになる。
フルダイブ型ゲーム。それ自体は、聞いたことはある。
ゲームの中に入り込んだようにプレイできるということで開発当初は話題になっていたが、機材が高価かつ巨大で購入する人が限られたこと、脳への悪影響が噂されたことで一般層から忌避され、一気に廃れていったジャンルだった気がする。
開発コストも限りなく高く、ゲーム業界一の失敗作!みたいな揶揄のされ方をしていたのは、もう3年ほど前だったか。
「うーん、フルダイブ型は触ったことがないですね……」
「俺もないっす、あんまりお役に立てそうにないですかね」
「ああいやいやいや、やったことがなくていいんだ。手伝ってほしいのはこう……若い人の柔軟な思考というか、そういうのを求めていてね。若い、できれば大学生で、口が堅くて情報を漏らさない、ゲームへのこだわりがなくて純粋にプレイングを楽しんでくれそうな人を探しているんだ」
「ううん……?」
「どう、かな。ここまでの話でなんとなく分かったと思うけど、要するにゲーム開発のお手伝いをするアルバイトのお誘いです。というかあの、ここまで話聞いてもらったし、カフェで飲み物くらいは奢らせてよ。やっぱ無理ですでもいいからさ、もちろん強要はしないし……どう?」
ゲーム開発の手伝い。
まったく想像がつかないけど、あれかな、デバッグ? みたいな名前のバイトは聞いたことがある気がする。
ちょっと、いや結構興味あるな。なんか面白そう。
うーーーん、まあ、すっごい変な人ではないのは分かった。
まだ詐欺師とかそっちの線は残っているけど。飲み物だけもらって、お金とか宗教の話が出てきたら即帰れば大丈夫かな。
石内の方をちらっと見ると、まあ似たような心持ちをしているであろう表情をしていた。
「……石合さん、どう? ドリンクだけ貰っとく?」
「うん、まあ、そのくらいならありかな。急にバイトって言われてもできるかは分かんないけど……」
「はあぁぁぁ良かった、もう僕どうしたらいいか分からなくて……ありがとう」
少しの間をおき鶴宮は深くお辞儀をした。
「いやいや、まだなんにも決まってませんよ? そんなお礼とかやめてくださいって」
「いやもう、話を聞いてくれるだけで十分だよ……ずっと困ってたんだ。見れば分かると思うけど僕人見知りでさ、ネットで募集しても変な人しか来ないし、部下たちは別の仕事で忙しくて頼めないし、こうして会話できること自体奇跡なんだなって…………あ、ああごめんね、じゃあさっそく移動しよっか。2人とも、ついてきて!」
「わっかりました!……行こっか、石合さん。危なそうならすぐ出るよ」
「……うん、2人いて良かったね」
「ね。……鶴宮さん、季節限定ドリンク頼んじゃってもいいっすか!」
「おう、若者にはいっぱい食べてもらわないと! なんか横のケーキとかも、いっちゃっていいよ」
それから3人は、大学病院の中にあるカフェへと吸い込まれていった。
最初はドリンク一杯だけで遠慮しようと思っていたのだが、気づいたら口車に乗せられて、苺もりもりドリンクにチーズケーキとスープまでついていた。
横の石内もパスタにケーキに謎のスムージーと盛りだくさん。
鶴宮すらそれが当然というような顔をして、クリームパスタを食べていく。
わあ、なんて立派な昼食。
もう頼んでしまったものは仕方がない。世間話をしながら美味しく頂き、ふたたびドリンクを頼んだところでやっと本題に入ることとなった。




