01. 入学、そして知り合った日
真新しい狭めの講義室にぎゅうぎゅうに座って、すぐに時間がきた。
前のドアからおそらくこの講義の教授だろう男性が入ってきて、1番前の隅の席に荷物を置き、マイクを持って全体を見渡しながら話し始める。
「まずは、入学おめでとう。ここにいる皆さんのチューターとなります、永井です。不安なことも多いと思いますが、どうか気を張りすぎず、楽しい大学生活を送ってもらえればと思います。よろしく」
最初にみんなの疑問を見透かすかのような説明があった。
チューターとは、大学における担任……そこまで手厚くはないが、まあ何か大学生活に困った時には最初に聞いてね、くらいの立ち位置の教授らしい。50代くらいの男性の先生。
少し濃い隈ごとへらっと笑う、癖っ毛でひょろっとした長身の人。
厳しいとか陰湿な感じはしない。ちょっと抜けたような人柄は、かなり話しかけやすそうな気はする。これはかなり、当たりの部類かもしれない。
先週は大学の入学式だった。
この地方ではトップの偏差値を誇る、国立大学。キャンパスはいくつかあり、大きく離れた1つがメインで使われている。
当然入学式はメインキャンパスで全学部同時に行われたのだが、私たちの学部は街中のとても小さなキャンパスに存在する。
そのたった1日だけのために大移動を行い、まあ、疲れ果てた。
そして今日からが、いよいよ本当の大学生活の始まりである。
「それでは、ここにいる皆さんだけでも顔と名前が一致するように、簡単な自己紹介でもやってもらおうかな。じゃあまずは、ええと……お、この部屋には40名ほどしかいないのに、面白いねえ。『石』がつく人、5人もいるじゃない。じゃ、ちょうどいいや。この名簿に番号振ってあるでしょう、その順番に、5人ずつ前に出てきてください。マイクを渡すから、名前と、あとは趣味とかなんとか適当に言っていってくださいね」
はいきた、ど緊張。
渡された大量のプリント――なぜか大学ではレジュメと言うらしい、紙の束をめくり、名簿を見つける。
全部で39人、五十音順に番号が振られている。
上から5人が、
石合、石井、石内、石江、石岡。
……本当だ、石がゲシュタルト崩壊しそうだ。
私は、探すまでもない、1番目。
そう、教授の言う『石』たちの1人であった。
前に出ていく。教授に近かった1人にマイクが手渡された。
学校という組織において、こういったチュートリアル的な授業や公的な行事などは、基本的に出席番号順、つまり名前順に行われることが多い。
『あから始まる苗字』も少なくはなく、『石』で始まる苗字は組織全体でみると1番ではないことも多い。だが今のように少ない人数、クラス単位などでは十分1番になるポテンシャルがある。そして、数ある『石』の中でも私の石合は大体1番で……
5人全員がホワイトボードの前へとたどり着いた。マイクを持った男子が、小声だがハッキリと張り上げるように問いかける。
「1番の、石……ええと石合さん、はどなたですか」
「はい私です、もらいます。ありがとう」
負けじと小声でお礼を言い、マイクを受け取る。
そのまま端に行くと、ほかの4人も順番通りに横並びになった。
はあ、緊張する。
トップバッター、私がこの後の自己紹介の雛型を作るようなものだ。喋りすぎてもいけない、短すぎてもふさわしくない。
教授はなんと言っていたっけ。名前と……趣味を適当に? うーん、あの感じ、割と早く終わらせたそうだよな。よし、短め、堅めでいこう。
あとは最後に「よろしくお願いします」をつけるかどうかだな。尺は伸びるが、最初は無い方が違和感が生まれる……ありで行くか。
さあ、表情を作って、気合いを入れて。
「石合千里です。東京出身で、趣味はカラオケとテニスです。よろしくお願いします」
うっすらお辞儀をし、そのままマイクを隣の子に渡す。
っどうだ! 40人続いても疲れない情報量、暗すぎず分かりやすく休日誘いやすい無難な趣味。
さあ、あとはもう適当に全員分聞き流しておけば良くなったぞ。これが1番に終わる良いところ。
まあせっかくだし、『石』仲間の自己紹介はちゃんと聞くか。
出番を終えて緊張が抜け、好奇心のまま他4人の自己紹介を聞くことができた。
「石井万葉です。万葉集の万葉で、まよと読みます。広島県出身です。よろしくお願いします」
あら、可愛らしい声。私より若干低い身長で、ふわふわロング髪を1つに結んでいる。
マヨってめちゃくちゃいい名前だな、可愛い。きっと子供の頃のあだ名はマヨネーズ。
せっかくだし、あとで話しかけたい所存。
「石内大河です。高2の時にカナダに1年間留学していたので、みなさんより1歳年上です。バスケやってました。よろしくお願いします!」
すごっ、帰国子女ってやつかな、よくわかんないけど。英語ぺらぺらなんだろうなあ。
てかみなさんよりって言い切れるってことは、本人の中に浪人の選択肢はなかったってことか。頭いいんだろうな。きっと同い年も年上もいると思うよ。
「石江悠斗、バレーで全国行きました。よろしくお願いします」
この2人は背が高いなーと思ったけど、超納得のラインナップ。バスケとバレーだって。
さっきの人は元気なリーダー的存在で、こっちの人は静かに的確なツッコミを入れてくるタイプだ。
……なんかみんなキラキラ輝いて見えてきた。友達ちゃんとできるかな。非常に不安である。
いや、さすがにまだまだこれから、がんばろう。
さて、気持ちを切り替えて、次で『石』たちは最後。
最初にマイクを渡してくれた彼が喋れば、晴れて椅子に戻れる。
「石岡天音です。趣味はゲームと美味しいご飯屋さん開拓です。よろしく……あ、女です」
あ、わ、女の子だったの!
周りも同じことを考えたのか、小さくどよめきが起こった。
身長はバスケ部とバレー部男子と並べば確かに小さいが、見た目はいたって普通の、いやかなりカッコいい男子。
少し着崩した紺色のシャツの上に超薄手のブルゾンを羽織っている。ベルトで腰の高さを強調された黒のパンツが、これでもかと長い脚を引き立たせていた。
モデルさんとかやっていてもおかしくないぐらい素敵。髪は、無造作なイマドキ男子って感じのショートカット。
い、いけめん。
いやめちゃくちゃ美人さん……どっちで褒められるのが嬉しいのかな。恋愛対象はどっちなんだろう。どっちだっていいけど、やっぱり気になりはする。聞くのは野暮だろうから聞かないけど。
どよめきもおさまり、私語が少しずつ大きくなっていた。
マイクが渡ると、すぐに永井先生が指示を出す。
「はい、ありがとう。じゃあこの5人でね、とりあえず固まって……1番前の、ここらへんの席に座ってください。あ、今いる人はよけてあげてね。これから5人組ないしは4人組で動いてもらいますので、みなさんそのように思っていてください。んー、今のうちに席移動しちゃおっか。じゃ、1番から5番がここ、6番から10番がその後ろ、でその次また後ろ、次が前のここ、次、次って感じで……はい、移動どうぞ」
シラバスによると、この講義はグループワークを毎週やっていくものらしい。
もしかして、このグループで固定化されるのだろうか。
指示に従って、教室の全員がどたばたと移動を始める。
私たち5人は場所が分かりやすいため、いち早く席に着いた。
3人掛けの席の1番前に女子……3人、後ろに男子2人って感じかな。
ひとまず最初に座っていたマヨちゃんに声をかけようとすると、先に向こうが話しかけてきた。
「ね、よろしくね! こんなに名前似てる人で集まるの、初めてかも」
「こちらこそ! だよね、5人はさすがに集まったことないわ」
「これだけいれば、こういういじり方されても恥ずかしくないね」
「たしかに。でも目立ちはするからこれからじゃんじゃん当てられるんだろうな……」
なんか勝手に連帯感みたいなの芽生えてた。全然話しやすいです。先生ありがとう。
すぐに、隣にイケメン女子さんが来る。
うっ。座る動作1つとっても美しい。
すぐににこっと笑って、一声かけてくれた。
「これからよろしく、千里ちゃん、万葉ちゃん」
わあーカッコいい。
芸能人みたいな作画。なんならバラとかくわえて出てきても違和感なさそう。
男子がぐいぐい来るとどうしても身構えてしまうけど、女子でこれはすごい。全然嫌な感じもないし、これは男性には出せない色気ですわ。
なんかこう、見たことはないけどホストって感じ。近寄りがたいカッコよさじゃなく、人懐っこそうで話しかけやすそうな雰囲気まで作られている。
ドキドキしながら返事を返したその後は、3人で振り向いて男子にも軽く挨拶をする。
そこでちょうど全体の移動が終わり教室が静かになった。
しばらく経ち、他のグループの紹介もつつがなく終わった。
みんな最初なだけあって、当たり障りのない自己紹介ばかりだった。
こういう時に突飛なことを言い出すやつは、相当大物か痛い人かの二択。この大学にはいなかったようだな。
そして当初の予想通り、この講義はメンバー固定でいくらしい。
記念すべき最初の課題は、『キャンパス内の各所を調査し、構成員がよりよく過ごすためのアイデアを見つけてまとめてくる』だった。
例として出された過去のものは、『食堂のごみ箱が中央一箇所しかないので溢れたり混雑を招いている。食堂に繋がる各学部棟の通路にそれぞれごみ箱を置くと、シミュレーションによりこのような数値が出てこうこうこんなメリットがあると思われるよ』みたいな中身。
ああ、難易度自体は低いが、結構時間食われるやつ……
適当に議題を設定してしまうと後々尺が持たず困ることになるし、かといってこんなのに時間をかけまくって真剣にやっていては他の単位に差し支えることになる。
うーーーん、必修科目だから、やるしかない。
先生的にはこれで強制的に仲良くなれて良かったねくらいの気持ちなんだろうか。
大学生って結構忙しいんだぞ。勘弁してください。
「それでは、この講義を終わります。次回は発表準備の時間で、その次からは順番に発表していってもらいますのでよろしくお願いしますねえ」
先生の退出により、教室にどっと活気が溢れた。
当然聞こえてくるのは陽気なものではなく、不満たらたら。
だよねえ。ま、とりあえずやることはやろう。
「ひとまず、グループ作りましょ。いったんみんなの連絡先貰ってもいいですか」
「ありがとー、思ったよりダルそうすぎるね」
「ガチそれ、とりあえずなんかほどよく楽そうな案ないか考えてみるわ」
「……ん、どうぞ」
「助かる、ありがと。ウチ今日明日はバイトで忙しいから、動けるの木曜以降になると思う」
全員と連絡先を交換しグループを作って、しばらくはそこで動くことになるだろう。
あと関係ないけど石岡さんの一人称って『ウチ』なんだ。なんか可愛くてびっくりした。
さてさて、気を取り直してグループ作成っと。
「名前ーどうしようかな」
「もうここでさっと決めちゃおうぜ」
あ、口に出てたみたい。反応してもらえて嬉しいです。
石内はフットワークが軽くてノリがいいタイプ。そういう存在はひたすらありがたい。
「んーあれじゃない? 全員『石』だし、『ストーンズ』!!」
即座に万葉が笑顔で言う。
うん、めちゃくちゃ分かりやすい。安直でバカっぽい感じが、逆に良いじゃん。
「めっちゃいい、てかそれ以外ないわ」
「はい、天才いた。それで決定だな!」
みんなしっくり来たようで、各々肯定的なリアクションをしている。
グループ名は、ストーンズっと。画像は……ネットで石って調べて1番上に出てきたやつにしよう。
「よし、グループ招待しました! あとはここで話す感じかな。じゃあこれから、よろしくー」
軽い返事のあと、それぞれが次の講義へと散って行った。
これが、後に世界に名を轟かせることになる『ストーンズ』たちの、始まりの物語である。




