06. なりきり魔族と森のくま
飛んできたのは、魔族の領地であるミカロナ村の農場だ。
見渡す限りの謎ムラサキ植物。なんかうごうごしている気がするが、農場と書いてあるし非常に整って生えているので、魔族はこれを食べるか何かするのだろう。
人の姿はない。ただ広い土地にぶわっと風が吹き、なかなか心地よい場所だった。
さて、ここからはチュートリアルの時間。
通常プレイとは違って、魔王領での開催だ。
「まず最初に、ツルからこれを預かっているポヌよ! チサト、タイガ、好きなのを選ぶといいポヌ」
「あとでいくらでも交換できるから、とりあえず好きなの選ぶピマねー」
そう言ってガイード族たちはどこからかたくさんのアクセサリーやカチューシャなどを取り出してきた。
ああなるほど、魔族に目撃された時に人間だとバレないように、とりあえず何かしらの魔族系アイテムを身に着けようという話になったんだった。
さすが鶴宮、準備に抜かりはない。
というか、選び放題。好きな見た目に変えられるの、激アツなのでは。うひょ。
「うお、これとかめっちゃ厳つい」
石内はピマ――語尾でそのまま呼んでいいとのこと、の右手に光っていた青い……ツノみたいなものを受け取っている。
「いいピマね、それなら目と、あと爪とか、青く揃えるのが良さそうピマ?」
「チサトはどれがいいポヌー、ウチのおすすめはこれにょん」
ポヌが千里に差し出したのは、うげ、なんか赤くてぎょろっとした目玉だ。これをどこに着けようというのだ。手に持って振り回しておけばいいのかな。
「ちょっとポヌ、せっかくならタイガとチサトで似たようなのにした方が出身地とか誤魔化しやすいんじゃないピマ? やっぱりウチの方が優秀ピねぇー?」
「な! ピマはお馬鹿さんポヌ! 出身地とか調べも検討もついてないのに、下手に同じ種族と会ったらどうするポヌ! ここはとびっきりカッコよくしてやる気を出してもらうのがウチらの仕事ポヌ!」
「出身地調べるにしても、2種類より1種類の方が短くて済むピマ! とりあえずでつけるなら、それこそのちのち負担にならないように考えるのが、真のガイド族ピマよ!」
もう……ガイード族は仲が悪いのか、やたら喧嘩っぱやい。いや、仲の良さゆえかもしれないけど。
このままじゃチュートリアルに響いちゃうよ。ガイード族がメインのイベントだろうし、せっかくなら楽しくあってほしいもの。
ということで、とっとと決めてしまおう。
「んんー2人とも喧嘩しないで、すぐ選ぶからさ、ね? えと、私じゃあ……これ! これにします」
「やっぱ俺はこれかな! 真剣に考えてくれたんだよね、助かるよ2人とも」
「うんうんそうそう」
「ポヌ」
「ピ……」
なんとか気を持ち直して、千里が適当に取ったのは、なんか綺麗な赤い玉。
石内はやっぱり最初に目を付けたツノにするらしい。
さて、選んだけど、これをどうするんだ?
「さすが、お早いポヌ! それじゃあポヌたちに近づいて、そう…………ちゅっ」
ガイド妖精がそれぞれ千里と石内のほっぺたにキスをした。
ほっぺに柔らかい感触が……じゃなくて一瞬光に包まれて、気づいたら見た目が変わっていた。
「す、素晴らしいポヌ! チサト、もう魔族として生きていけるポヌね」
「ま! タイガも素敵だし、これを選ぶウチのセンス良すぎピマー」
「わ、石合さんすっげぇ! ばりカッコいいじゃん!」
「え、え。うわ、石内くんもすごい、和って感じだね……!」
す……すごい! めちゃめちゃ楽しい!
ものの一瞬で、全身の装いから瞳の色、髪の色までがらりと変わった。
顔のパーツなどは変わっていないのだが、雰囲気が一新されて、なんというか「変身」って感じ!
石内は、額に小さなツノが2つ、青く光っている。瞳の色も深い青、髪にも青い毛束が増えていた。
服装も大きく変わっており、和服のようなデザインの黒い布を纏い、なかなかすっごい似合っている。
たぶん、種族でいうなら鬼かな。
それははたして魔族なのか、妖怪の類ではないのかとうっすら思ったが、まあ用意されていた中から選んだなら大丈夫なのだろう。
対して千里は、自分では見えないが、たぶん背中に小さな羽が生えている。なんか肩甲骨あたりの筋肉を動かして、若干の音と風を起こせる。
服装はなんというか……赤にほんの少しの黒が混ざったふりふりドレス、のめちゃくちゃ短いバージョン。ご丁寧に下に履いた短パンまで赤だ。動く度にスカート部分がふわんふわん揺れて、あ、私結構好きかも。
ジャンルでいえばゴスロリ? とかそっち系に近いかもしれない。スカートは短いながらも物凄いボリュームがあり、全身薔薇の花を纏ったような優雅さがある。
でもこれははたしてなんの種族なのでしょうか。見当もつかない。
「石内くんはたぶん鬼、だよね。すごい、ツノとか本当に生えてるみたいだよ! ていうかデザイン素敵すぎる。私はなんだろう、羽は生えたけど」
「石合さんもすっごい可愛いよ、髪型とか雰囲気もがらっと変わって、本当にかわいい」
「んぐぅ……あ、ありがとう……」
びっくりして変な声出しちゃった。
さらっと褒められると、嫌な感じはしない。いや、普通に嬉しい。けど、褒められ慣れていないので変な汗かいちゃった。
あ、そういえば石内は海外留学勢だったっけ。だから、褒める言葉もストレートなのかな。なんか納得。
「チサトのはね、吸血鬼と悪魔のハーフをイメージしましたポヌ! もう、チサトったら似合いすぎて、絶対普段からこんなの着た方がいいポヌ!」
「ふふん、タイガはもちろん鬼ピマね! ウチの好きなの詰め込んだピマーーー」
「ありがとう、2人とも最高だよ! だけどこれ、統一感ないけどいい感じの設定練れるかな……?」
「やーん難しいことはあとでいいの、とりあえずチュートリアル、はじめまポ?」
「そうだね、早いとここの世界について知りたいし。俺らはどうしたらいい?」
そこまで聞くと、ポヌとピマは顔を見合わせ、大きく頷いた。
「ポ!」「ピ!」という合図とともに目の前に大きなウインドウが出てくる。
そこには、チュートリアル ~魔界編~ と書いてあった。
魔界。魔王領のことかな。わざわざテキストも変わっていて、特別感がちょっと嬉しい。
「えー……ごほん! これからあなたがたには、この世界で歩くためのイロハをお教えいたしますポヌ。まずは、うんと、メニューの説明……はいらないよね、歩き方……もできてるし…………あ、これだ! 走り方!」
ピマが薄汚れた紙きれみたいなものを出し、たどたどしく読み始める。横でポヌが見守る形だ。
さすが最新ゲーム、クリアしていそうな項目は自動で弾いてくれるらしい。
というかメニューの説明とか本当に大丈夫かな。何か分からなくなったら都度ガイド族に聞けばいいか。
「冒険者が走る時に、グン! って走ろうとすると、自動でそのままビュン! ってなります。繰り返すとだんだん移動スキルポイントが溜まって、どんどん速くなったり体力にボーナスがついたりします。あ、これチサトがさっきできてたやつポヌね。コツは遠くまで、速く行こうとするときの動き、ですポヌ」
「ん、すっごい感覚派だね!?」
チュートリアルってもっとシステマチックなやつじゃないの?
もしかして、無理やり通常のものから改造したからおかしくなっちゃったのかな。
えー、あまりにも理解不能だったら、後で中身を鶴宮に聞くとしよう。
「タイガもやってみるピマー。えっとなになに、指導メモには『50めーとるそうのスタートの感覚って言う』って書いてあるピマ!」
分かりやすい。けどそれこそ結構メタ的発言だと思うけどなあ。
うわあというかなんというか、学期末の発表が続いた時を思い出してきた。
もしかしてチュートリアルってガイード族からするとプレゼン発表の時間みたいな感覚なのかな。あらやだちょっと負担かけないように模範的な言動しとこう。
「おっけー。じゃああそこの黒い木まで走ってみるわ。よーい、ドン! うおおお」
石内がすごい勢いで飛び出していった。
木まで行って、ぴょんと跳ね、そのまま同じように走って戻ってくる。
勢いすごいから近くで待ってると結構怖いな?
「ねえポヌちゃん、これってぶつかったらダメージ受けたりしないの?」
「そうポヌねえ、まず街中はダメージ入らないから大丈夫ポヌ。外だと……1くらいは受けるかもしれないポヌね。あとは移動攻撃みたいなスキルを乗せたらしっかり死ぬかもポヌん? ま、そんなのただの移動に使う人はいないから悪意ありと見做されてペナルティ溜まるポヌ! あ、戦闘中の味方とかならダメージはないポよ、反動は食らっちゃうけど」
「そうピマ。ペナルティっていうのは犯罪とか善良な市民殺人とか悪意あるプレイとか、悪いやつにつくスキルのことピマ! いっぱい悪いこと起きるピマね! おそろしいピマ」
なるほど。
自由度が高いってことは当然悪いことも自由にできちゃうってことだもんね。そこは上手く調整されてるってわけか。
「よし、じゃあ次ピマ! 次はいよいよ、敵との戦い方ピマ! 冒険者はこれが好きだからしっかり説明するように……あいわかったピマ!」
ピマは紙に顔を近づけてはぐぬぬと表情を変え、そして時折答え合わせでもするように元気な声が響く。
チュートリアルする側の思考聞けるのなかなか面白いな。
「ええと、こほん……わああこんなところにコハニーが3びきもいるー。このままじゃおそわれちゃうかもー。冒険者さんのとくべつなちからをかしてほしいのー…………あれ、ここらへんにコハニーはいないピマね? もしかしてだけど、代わりにいい感じの弱いやつ探してこなきゃピね?」
「ポヌに任せろポヌ! なんのためにガイド学校主席で卒業したと思ってるポヌ! すぐ戻るポヌ!」
ポヌが後ろの森の中に猛スピードで突っ込んでいった。
同時に小さなウインドウが表示され、『一時的にガイドがピ・マトピに変更されました』と書かれている。
ピマ・トピじゃなくて、ピ・マトピなんだね。
じゃあもしかしてポヌもポ・ヌなんとかなのかな。実はポちゃんなのか。
あと学校とかあってしかも主席なんだね。
ツッコミがおいつかないよ。
そうして1分ほど待ち、遠くからポヌの声が聞こえてきた。
ウインドウにも『ポ・ヌタピが復帰しました』と書かれている。あ、やっぱポちゃんだった。
「ぉぉぉおーーーい、連れてきたポよーーーーー!」
「あ、きたきた。遅かったピマ…………えーっとそれ、カプクマで合ってるピマ……?」
ポヌがその小さな身体で引きずってきたのは、黒いごわごわした巨大な物体。
身体には白い光の縄がぐるぐるに巻かれており、その姿はほとんど見えない。だが、見上げるほどの巨体であることは確かで……これがザコ敵なの?
「エルヴァルド大森林といえばこいつって習ったポヌ! ……え、ちがう、かも? ……じゃあこいつ誰ポヌ!???」
いややっぱり違うよね。だって迫力すごいもん。こんなのがザコ敵判定なら、怖すぎてゲームやめちゃうよ。
ぎょっとしてその巨体を眺める。
ぎりぎりと音をたてて、光の縄が千切れていく。
え、なに、こいつ、どうするの。
本能でやばいと思い、全員走り出したがもう遅かった。
最後にぶっちーんと爆音が鳴り、黒い巨体が身体を起こす。
「グオォォォォォォ!!!」
耳にびりびりと響く、恐ろしい咆哮。
思わず目を閉じ、耳を塞ぐ。
少しして恐る恐る目を開けると、そこには完全に怒りの形相の巨大な黒熊が、息荒くこちらを睨みつけていた。
手足の先は丸っこく柔らかそうで黒くつぶらな瞳を持ち、キャラデザとしては可愛い部類なのだろう。
だけれど、その大きさと何よりこちらに敵意を持っているこの状況、恐怖以外の何物でもない。
その黒は一瞬よろけたあとしっかりと地に足をつけて、その何物をも切り裂きそうな黒く鋭い爪をびゅわっと降りぬいた。
う、うわああああああああ
走れ、逃げろ!!!!
サポート靴の力で速く走ろうとしているのに、一向に靴が反応しない。
なんでどうして、もっとちゃんと説明を聞いておけばよかった!
近くから切羽詰まった声が聞こえる。
「これカプクマちがう! シロヒゲクマモドキだピマーーーー!! 逃げて、みんな逃げ……いや逃げられない! 手伝うから戦うピマ! 即席4人パーティだっピいいいい!」
「チサト! タイガ! あまりにもレベル差がある敵から逃げる時は、さっき教えたダッシュが使えなくなるポヌ! だから無理ポヌ、本来なら気づかれる前にこっそり逃げるしかないポ! ここまで敵対したらやるしかないポヌ!!!」
2人が移動をやめ、ばっと振り返った。
そ、そんなこと言われましても!
逃げられないなら、戦って死ねと!?
いや落ち着け千里。ここはゲームの中。死んでもせいぜい所持金を落とすとか……なのかな、ゲームの仕様がまったく分からない。
石内はというと、足を止め振り返って、とりあえず拳を作り肩をくるくる回してみている。
うそすごい、戦う気満々。
慌てて千里も足を止める。
「あっははは! 初戦闘がこれで、しっかりボコボコにされましたって、なかなかいい思い出になると思わない?」
「ま、まぁ……そうだね? ……うん、そうかも」
前向きで眩しいくらい。たしかにこんなの、あとで笑い飛ばせばいいもんな。
その心意気、乗った!
すぐに千里と石内の前にそれぞれウインドウが出てきた。
『 ポ・ヌタピ ピ・マトピ チサト タイガ
この4人でパーティを組みますか? 』
ガイード族2人が何かを操作してくれたのだろう。
この状況、なんの異論もない。
「はいっ組みますいえーーーす!」
「俺もイエス!」
それで何が変わるかもわからないけど、わざわざ出たということは意味があるのだろう。
シャン、とわずかなSEが鳴って、特に変化は――
「ああなるほど」
パーティメンバーの頭上に、緑の、おそらくHPバーが見えるようになった。
それとは別に、視界の端に自分のものも出ている。
こっちはバーが2本あり、緑の線が上、下に青い線がある。
よくわからないけど、HPとMPかな。
手元に出た小さなウインドウでも、全員のバーが確認できるようになっている。
こっちは回復とかする人用、かな。
とにかくこれで戦闘準備完了ってことか。
じゃあさっそく……何をしたらいいんだ?
ポヌとピマはさっそく魔法でも使っているようで、ぐぬぬと言いながらも敵の動きを先ほどと同じ縄で締め上げて止めている。
「ポヌーーん! チサト、適当に武器装備しといたポヌ! 『武器!』って言ったら右手に出てくるポヌよーーー!」
「りょうかい、『武器』!!」
「お、たぶん俺もかな? 『武器』!」
言われた通り叫ぶと、右手の中に突然現れたのは、小さな……ステッキ?
落ちないように、慌ててキャッチする。
……なんだこれ。
おもちゃ屋さんで売っている、子供用の可愛いステッキにしか見えない。
ハートに白い羽が生えて、持ち手はピンクのきらきら。
魔法少女てきな? これでどう戦うの?
ちらりと横を見ると、石内は薙刀を握っていた。
なんで! なんでそっちはそんなにまともでカッコよくて! これはなんなんですか!?
「ぶえっ、石合さんのそれ、なに……?」
「いやなんだろね、これ……」
さすがに戸惑っていると、前2人からお叱りが飛んできた。
「2人とも、早く殴るピマーーー!! ピマたちのMPがどんどん減ってるっピーー!!!」
「ポヌッ! チサトのそれ、魔法の前衛武器ポヌ!! レアひいたポヌねっ! ハンマーみたいに殴るっポ!!」
な、なるほど! 魔法の前衛……ってなに?
よくわからんけど、相手が動いていないなら怖がることはない、今のうちにぼこぼこにするしかない。
「いくよっ!」
「おう!」
無我夢中で走っていく。
靴のアシストは効かないので、現実世界と変わらず、ひたすら走る。
すぐにポヌとピマを追い越し、黒々とした巨体の元へたどり着いた。
大きい。くすんだ黒の太い毛がみっちり生えた巨体は、近くで見ると信じられない迫力だ。逃れようと暴れているからか、時折びくんと身体を震わせている。
と、とにかく殴りつける!
「はああぁぁぁあ!!! うわ!?」
バッゴオォーーーーーン
ステッキの先には、まるで超巨大なハンマーのような重そうな赤い四角い部分ができて、殴り終わるとすぐに消えた。
どうやらこれで合ってるみたい。
とんでもない音と衝撃。まったく身構えていなかった右腕が、びりびりと痺れている。
「チサトっナイス!! こいつ魔法が弱点みたいポヌね!」
「すっげぇぇ! 俺もいくぜーーー」
「タイガーー! その武器物理だと縄も切れちゃうから、下か上だけ頑張って狙うピマーーー!!」
「うおっあぶね、りょーかい――そいっ」
バシュン
石内が右から左に縄より下部分を払った軌跡が、大きな音を立ててえぐれた。
「すご、かっこよ!!!? 石内くんその武器似合ってる!」
「ありがと! これ超楽しいな! どんどんいこうぜ――とりゃっ」
「うん! ……せーのっ!」
しばらく同じような動きを続け、色々分かったことがある。
まず、今視界にある2本のバー。
予想通り、緑がHPで青がMPを表してるっぽい。
千里が武器を使う度に青が少しずつ減り、ちょっと上手く力を込められた時はめりっと減ってしまう。
MPが枯れたらどうなるのだろうか。魔法武器ってことは、これがないと何もできなくなるのだろうか。
残りは3分の1程度。このままの勢いだと、あと数十秒ってところかな。
そして、武器の特性。
石内の薙刀はスピードタイプ。
右に左に縦横無尽に動きまわり、さっと逃げながらの攻撃ができそうだ。
対して千里……魔法のハンマーは、かなり隙が大きい。
連続で攻撃するのには限界があるし、腕も肩も痺れるし、動きが全体的に大振りだ。
その代わりに、一撃が大きいのだろう。
あとたまにハートなんかも出てくる。やかましいわ。
敵の体力ゲージはない。
訳も分からずハンマーを振り続けるのがなかなか辛くなりはじめた、その時。
「も、もうだめポヌ! MP切れポヌ!!」
「2人とも、来るピマーーー!!」
「グルアアアァァァァアアァァア!!!!!」
黒熊は拘束を解き、完全に怒りの形相で吠えた。
音の圧が、すごい。理屈は分からないが、そのひと吠えだけで突風が吹き、こちらに最大限の威圧と恐怖を与えようとしてくる。
「ぐポヌぅ」
「ピ、マぁぁ」
その風圧で、前方にいたポヌとピマが吹き飛ばされた。
ああやばい。
今までみたいに適当に攻撃するだけじゃ、勝てなくなった。
こちらには戦い方を知らない初心者2人と、先ほどからの行動を見るにおそらくサポートしかできないガイード族が2人。
ここから、どう動くべきか――
敵は足にぐんっと力を籠め、大地を蹴り、ずっと拘束してきた2人を狙って飛び出す。
狙った先には、小さな影が2つ。
「ポヌ、ピマ、あぶない!!!」
「ポヌ!!!!!」
千里が瞬きをしたその一瞬。
そこにあったのは、ピマをかばって盾になり、爪の斬撃を受けて倒れるポヌだった。
「ひ、なにピ、マ――!!????」
「ポヌ、大丈夫!? ポヌ!!」
ポヌは勢いのまま地面に転がり、そして、動かなくなった。
ポヌの緑のバーは、一気に空っぽに。
その小さな身体から、白い光がさらさらと溢れだしはじめる。
もしかして、死んで―――
「い、いやピマ……! ポヌ、ウチなんかを……」
ピマがポヌに駆け寄る。
しかし、後ろには怒りの形相の熊。
1匹仕留めたから次はこっち、といわんばかりにピマへ狙いを定めて腕を振りかぶる。
あのままでは、今度はピマがやられてしまう。
なんとかして、敵の気を引かないと……!
「ピマ!! ――おーいクマ、こっちだ、よっ……!」
千里はとにかくなんとかなれと、武器を振り下ろす。
こんなに離れていては届かない。だけどそれでいい、音でも衝撃でも、あいつを止めなければ。
そう思い地面を叩くはずだったハンマーは、なぜか大熊の頭上に出ていた。
MPバーがめりっと減り、空になった。すべて使いきったようだ。
そして同時に、視界の端に小さくウインドウが出た。
『スキル: 脳天撃 を習得しました』
『パッシブスキル: 仲間思い を獲得しました』
『パッシブスキル: 命知らず を獲得しました』
『PPスキル: 超豪運 を獲得しました』
もう何がなんだかわからない。とにかく今は、全身全霊で振り抜くのみ。
「うりゃあぁぁぁぁぁぁ――!」
最後の一撃はたしかにしっかり当たったし、ヤツは相当長い時間スタンしていたと思う。
なんか大量のハートも出てきて、たぶん錯乱系だったのかな?
だけど現実は虚しく、しばらくしたら勢いよく頭を振り、ふたたび動き出した。
そうしてもはや武器を振ることのできない千里がターゲットになり、諦めて立ち尽くしていたら、千里の盾となり守ろうと飛び出した石内が死んでいった。
驚く暇もなくさらに追いついてきたピマがやられ、最後に残ったのは、MPの枯れた魔法戦士である私。
なにもできなかった。
目の前には、怒りに満ちた獣。
大きな風船のような手から生えるするどい爪を振り下ろされ、あえなく千里も散っていった。
身体から、白い光が舞い散る。
痛くも痒くもない。強くお腹をどん、と突き飛ばされたような感覚。
死ぬってこんな感じなんだな。
あれ、ちょっといけるかも? なんて思ったけど、全然無理だったね。
うーん、すがすがしいほどの、惨敗!
はじめての戦闘は、全滅で終わった。




