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傷跡令嬢のリバーシ  作者: ビヨンドほうじ
第一章 傷だらけのリズ
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ベーコンと猫と暗がりの蛇

宿屋の一角、使い込まれた木のテーブルの上には、うら若き女性の食事とは思えない光景が広がっていた。


「はいよ。いつもの特盛りだ」


威勢の良いおかみの声と共に並べられたのは、香ばしく焼き上げられた鶏肉のソテーに、脂の乗った分厚い豚肉のロースト。そして、指の太さほどもある自家製ベーコンの厚切り。熱い鉄板の上で脂がパチパチとはぜる音を響かせ、燻製の香ばしい匂いが部屋中に充満する。

皿の隙間が見えないほどに積み上げられた肉。

大食漢を自負する騎士のカイルでさえ、圧倒される量だった。

だが、そんな彼の目の前で、純白の美貌を取り戻したリズは、優雅な所作で次々と肉を平らげていく。

カイルが信じられないような目で見つめる。

「……っ。ごめんなさい……です。力を使った後は、どうしても、その……お腹が空いてしまって……」

リズが申し訳なさそうに眉を潜めるが、フォークは止まらずに分厚いベーコンを口に運んでしまう。

「す……すまない。いや、見ていて気持ちいいよ」

カイルは慈しむように見つめた。

その黄金色の瞳には、隠しきれない愛しさがあふれている。

リズはその目を見て戸惑いながらもベーコンを飲み込む。


「は……恥ずかしいので、あまり見ないでください……です……っ」

リズは真っ赤になって顔を伏せる。

かつては傷で隠されていた、その透き通るような赤色に、カイルは目を細めた。

「リズがおいしそうに食べているのを見るのは、俺の幸せなんだ」

「あ……ありがとう」

真っ直ぐな言葉に、リズが言葉を詰まらせてさらに赤くなったその時、足元から、弱々しい「ニャア」という鳴き声が聞こえた。

見れば、白黒の看板猫が、片足を引きずりながら痛々しげに近寄ってきている。


「猫ちゃん……その足、どうしたんです……?」

「あぁ。ボス猫と喧嘩したみたいでね。まぁ、そのうち治るだろうよ」

おかみの言葉が終わるより早く、リズは椅子から滑り落ちるようにして、猫の傍らに膝をついて、指を差し出す。

「大丈夫……ですよ。おいで」

猫が、白く柔らかな指先をすんすんと嗅ぐ。

リズはゆっくりと、猫の毛並みを優しく撫でて、そのまま、流れるように、猫の傷ついた足にそっと触れる。

「痛いの痛いの飛んでいけ……です」


リズの手のひらから禍々しい黒い塊が溢れ出した。

それは猫の傷を吸い出し、蛇のようにリズの足首へと這い上がっていく。

黒い泥が消えた時、猫の傷は消え、リズの真っ白な足首に、赤い新たな傷跡が刻まれていた。


「リズ……!お前、また……!せっかく綺麗になったのに、どうしてそんな!」

カイルが悲鳴のような声を上げ、彼女の肩を掴む。

だが、リズはきょとんとした顔で彼を見上げた。


「どうしたのですか?」

リズは自分の肌に刻まれた傷など気にせず、ただ、猫を抱いて年相応の少女らしい純粋な微笑みを浮かべていた。そのあまりにも残酷な優しさを前にして、カイルは深く溜息をつき、首を振った。

「……いや、いい。なんでもない」

カイルは呆れたように笑い、けれど今までで一番優しい手つきで、彼女の髪を撫でた。

「俺は、そんなリズが好きだったんだな」

「なっ……!何を、急に……っ!?」

不意にこぼれた愛の言葉に、リズの頬は咲き誇る薔薇のように爆発した。

その拍子に、猫が驚いて飛び出し、食堂の奥へと逃げていく。

慌てふためくリズと、それを見て今度こそ心から楽しそうに笑い声を上げるカイル。

5年間の凍りついた二人の時間が、ゆっくりと溶けていく光景だった。




アントラー領主館、その最奥。

贅を尽くした主寝室は、今や死臭と薬品の交じり合った匂いに満ちていた。

一命を取り留めたベラム・ゲセン侯爵は、寝台の天蓋を見つめたまま、浅い呼吸を繰り返している。

体を焼くような激痛。リズが肩代わりしてきた数千の傷の苦痛が、彼を蝕んでいた。

「クソっ……私がこんな目に……」

苦痛に歯を食いしばり、みしりと音を鳴らす。

「……あ、あぁ……。く、くく……っ」

傷でねじくれた唇から、乾いた笑い声が漏れる。

傷だらけの腕を震わせながら天蓋へ向けて伸ばし、宙を掴む。

「傷を癒し……傷を与える力……なんという……なんという、崇高な力だ……」

彼は空を掴んだ自らの拳を狂おしげに見つめた。

「欲しい。……あの力!かならず手に入れる!必ずだ!……ゴフッ!」

激しく咳き込むと、純白のシーツにどす黒い鮮血が飛び散った。

暗い寝室に、蛇が這いずるような粘り気のある執念が満ちていく。

その淀んだ空気の中で蛇の牙は昏く研がれていた。


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