表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傷跡令嬢のリバーシ  作者: ビヨンドほうじ
最終章 傷跡令嬢のリバーシ
27/30

双月のザラーム

アントラーの中央広場は決闘場のように様変わりしていた。


広場を囲むように、ゲセン家の蛇の紋章旗が翻り、その中央は円形に広い空間が開けられている。

丸く並べられた石畳は聖域であるかのように、誰も足を踏み入れない。


大市目当てで集まった多くの商人、旅人が広場の周囲に、十重二十重に人垣を作る。


広場の隅で、アントラー領主のベラム・ゲセン侯爵が黒い馬車を背に陣取っていた。傍らには黒い剣士と老執事。そして、縄で縛られた少年――テオがいた。


紋章旗を支えるポールの形作る影が徐々に短くなる。

本来なら、大市の開催が告げられる時刻だが、それを告げるべき商会の長は、侯爵にへどもどしながら媚を売っている。


侯爵は商会長の声に耳も貸さず、広場を見つめ続けている。傍らに立つ老執事が、厳かに主人に告げる。


「旦那様、そろそろ正午でございます」


「ふむ……この時間まで姿を表さんとは意外だったな。少年、お前は見捨てられたようだぞ」


侯爵は面白そうに、テオを脅してからかう。

テオは口を布で縛られていて声を出せないが。足をジタバタさせて懸命に意思表示する。


「あくまであの騎士を信じているようだな。まぁまもなく分かる」

侯爵は再び広場に目を移す。


老執事の隣りに立つ、黒い騎士ザラが憎々しげに問う。

「本当にやつと戦えるのだろうな?」

昨日のテオの攻撃で負った傷の手当も痛々しく、その精悍な顔にはいくつかの打撲があった。


「もちろんだ。少年の不意打ちがあったとは言え、その顔では、『三日月のザラ』の名に汚点がつこう?」


「次は確実にやる」

ザラは恥辱をこらえながら答えて、目をつぶる。


群衆から、なみうつようなどよめきが上がった。

南の方の人垣が割れ、大きく黒い軍馬が姿を表す。


その背には美しい二人の男女。


白い儀礼用騎乗着をまとい、黒のサッシュをかけたリズ。

その背後で銀の鎧をまとった騎士カイルが馬を操る。


それを見て侯爵は満足そうに笑みを浮かべた。

「狙い通り、二人で来たな」


広場の空いた空間にたどり着くと、二人は馬を降り、侯爵と相対した。


カイルは臆すること無く、胸を張って宣言する。

「王国騎士カイル・ケストラ、いわれなき嫌疑に抗議するために参った」

領主の言い分を否定する言葉に、群衆がどよめく。


つづいてリズも声を上げる。

「王家特使、エリザベス・ルミナ・ド・クロムウェル、騎士カイル・ケストラの無実を証言するために同行しました」


その美しく堂々とした姿に、群衆も見惚れているようだった。

王家特使の名を聞いて怪訝な顔をする人もいた。


ゲセン侯爵は椅子から立ち上がって、一歩前に出る。


「臆面もなく、よくぞ来た。王国近衛騎士カイル・ケストラ!」


聴衆の目が、領主であるベラム・ゲセン侯爵に注がれる。


侯爵は左手で黒い剣士を指し、高らかに声をあげた。

「この剣豪、ザラ・アスワドより、貴殿が決闘の場を汚したと聞いている。申し開きはあるか?」


「私は決闘をしたわけではない!一方的に襲われ、少年が私の窮地を救っただけのこと!そもそもそのザラ・アスワドは閣下の手の内のもの!此度の襲撃も侯爵閣下の指示であろう!」

カイルは聴衆にも伝わるように大声で反論する。


「このザラ・アスワドは無類の剣士、客分としてもてなしておるが、我が配下の人間ではない!言いがかりはやめていただこうか!」

「なっ!」

悪びれもなく述べられた侯爵の弁明に、カイルはたじろぐ。言い合いで勝つことは難しいだろう。


侯爵は間髪を入れず、選択を迫る。

「剣士ザラ・アスワドが求めるのは、ただ公正なる決闘!貴殿は受けるや否や!」

群衆がざわつく。すでに興味は、双方の主張の正否ではなく、決闘に移っている。

カイルはリズに目配せをして、頷く。


「甚だ不本意であるが、降りかかる火の粉を払うのも騎士の務め。決闘を受諾する!」

決闘の期待に観衆がどよめく。


侯爵は、自身の席に深々と座り、ザラに指示を出した。


「お膳立ては済んだぞ。前回と同様に、騎士を始末しろ。兵が女を生け捕りにする」

「分かった。すぐに終わらせる」

ザラは獲物を狙う鷹のような目でカイルをにらみつける。


「今回はもう一つだけ条件がある」

「条件?」

侯爵の突然の要求に怪訝な顔をするザラ。


「あの女は『癒やしの力』を持っている。あの騎士が傷ついた時、必ず治そうとするはずだ。その治療を止めるな。それが条件だ。」


「奴が治療されるところを黙ってみてろと?」

ザラは腑に落ちない顔をした。


「そうだ。治療が終われば、すぐに倒して構わない」

「わからんな?なぜそんな無駄な手間を?」


「そう言うな。あの能力で治療するところを見てみたいだけだ。それとも奴に二度勝つのは、さしもの『三日月のザラ』にも難しいか?」


「無駄に煽るな。何度でも殺してみせる。ただ、治療の機会があるかはわからんぞ。俺の剣は速やかに命を絶つ」

ザラは吐き捨てながら、刀を抜き払い、カイルが待つ石畳の中心に向かう。



ザラが侯爵から離れるのを待って、老執事は主人に問う。


「旦那様、やはりザラに『空打ち』をさせるつもりで?」

「無論だ。ザラが騎士を倒そうが倒すまいが、あの女は『リバーシ』を使わざるをえないだろう」


侯爵は酷薄な笑みを浮かべて、決闘の場を見つめた。



中天に登った太陽のもと、二人の剣士が、アントラーの広場で相対する。

長剣を手にした白い鎧の騎士カイル・ケストラ、黒い湾曲刀を持った黒い剣士ザラ・アスワド

聴衆が勝負の行方を勝手気ままに語り合い、広場全体が落ち着かない雰囲気になる。


黒い剣士が湾曲刀を騎士に突きつける

「騎士よ。お前の命は今日、ここで潰える。女に遺言は残したか」

「不要だ。お前こそ、汚らしい飼い主に言葉を残したか」

「吠えるな。剣で応えろ」


ザラは湾曲刀を刃筋を立て、ゆらゆらと揺らめかせる。

カイルは長剣を顔の横にまっすぐ構える。角を突きだした雄牛のような直線的な構え。


「ジャッ!」


ザラが掛け声とともに石畳を蹴って襲い掛かる。その黒い刀が弧を描き、澄んだ秋空の空気を切り裂く。

カイルはその弧一つ一つを長剣で受け、いなす。


ザラは慎重に距離を取り、身体を揺らし、カイルの出方を見る。

次の瞬間、斜め前に深く踏み込み、波濤のような一撃を下から見舞う。


カイルはギリギリでかわすが、ザラが更に踏み込み、強烈な横薙ぎを叩き込む。


それをカイルは長剣を両手で支えて受け止める。

金属同士が激しく衝突し、広場に鳴り響く。


拮抗した勝負に観衆から感嘆の声が上がる。


「お前の剣筋、見えているぞ!三日月のザラ!」

カイルは高揚のままに叫ぶ


「そのようだな……」

意外にもザラはそれを素直に認め、距離を取る。


「俺のこの国の二つ名は『三日月のザラ』だが、母国では違う」


黒い剣士は腰のもう一つの剣を抜く。僅かに短い湾曲刀。


「俺の、母国での名は『双月のザラーム』」


ザラは二つの湾曲刀を対にして振り回す。

二つの刀が一つの大きな剣筋となって空を切る。


「喜べ騎士よ。2つめの剣を取らせたのはこの国ではお前が初めてだ」


ザラは高揚の笑みを浮かべる。

カイルは長剣を正面に構え直した。剣先はザラの喉元を指す。未知の脅威に警戒する構えだった。

「ジャッ!」

ザラが奇怪な掛け声を放つと同時に、その身体がコマのように回転し、左右の三日月刀が連撃となってカイルに襲いかかる。カイルはかろうじて左の刀を受け流したが、右の刃が、白銀の胸当てにあたり、甲高い音を立てて火花を散らす。

「くっ……!」

「どうした!剣筋が見えているのではなかったのか!」

ザラの猛攻は止まらない。二つの湾曲刀が縦、横、斜めと弧を描き、カイルをあらゆる方向から切り刻む。カイルは防ぐのが手一杯で、一歩、また一歩と石畳の隅においやられる。見物客が慌てて距離を取って、スペースを開ける。

(カイル……っ!!)

リズは祈るようにその戦いを見つめていた。眼はつぶらない。自分もまた一緒に戦っているのだ。

カイルの身体のあちこちから、赤い飛沫が舞う。

だが、カイルの黄金色の瞳は、その光を失っていない。

「なるほど……凄まじいな……!」

カイルは大きく息を吐くと、剣を顔の横でまっすぐと構えた。

再び雄牛の構え。

「次で……終わりだ」

ザラは不思議な構えを取った。

二つの刀を左右に大きく広げたのだ。

剣と身体で十字のような姿勢をとったその構えからは攻撃の意図が感じられない。

右か?左か?カイルの剣先が迷うようにかすかにブレる。


その僅かな隙間を見逃さず、ザラは左の三日月刀をカイルの顔に向かって投げた。

刀はまっすぐカイルの顔に向かって飛ぶ。カイルは辛くも、投擲された刀を弾くが、その隙に、ザラは黒い体を限界まで低くして、カイルの足元まで一気に踏み込んだ。


「死ね」

短く呟くと、ザラは黒い波のように体を起こし、刀を下から跳ね上げる。刃筋の狙いはカイルの首。

カイルの左の首筋に赤い斬撃が走った。


「ガハッ!」

カイルは首を押さえながら、仰向けに倒れた。

指のすき間から血があふれ出ている。


ザラは黒い刀を振り、血を振り払った。剣から拭われたカイルの血が、石畳に赤い模様を描く。

「お前の負けだ。お前は誰も守れない」


黒い剣士は冷徹に告げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ