騎士カイル・ケストラへの最後通牒
宿から十メートルほど離れた辻に立つ、木製の高札。
それを取り囲むようにして大勢の街民や商人が不安そうな顔で見ている。
ざわめく人だかりの隙間から覗く高札には、まだ乾ききっていない黒いインクで、以下のように書き連ねられていた。
「王都近衛騎士カイル・ケストラへの最後通牒」
王国の近衛騎士カイル・ケストラは、剣豪ザラ・アスワドとの誉れ高き決闘を汚した。あろうことか無垢な少年を唆し、背後から闇討ちを仕掛けさせたのである。
アントラー領主として、この騎士の風上にも置けぬ卑劣な行いを、わが街の法と誇りにかけて看過することはできぬ。
だが領主として寛容の心を持って、貴殿に汚名を注ぐ機会を与えよう。
公正な決闘の場を用意する。
太陽が中天に登るまでに広場に出頭せよ。
剣豪ザラ・アスワドはそこにて待つ。
逃げも隠れもせよ。
だが、その時には貴殿の罪を少年がかわりに償うことになろう。
貴殿に一片の誇りがあることを望む。
アントラー侯爵 ベラム・ゲセン
「クソっ……!」
騎士としての誇りを踏みにじる文言に、カイルは人目も憚らずに大声をあげた。その拳は固く握りしめられ、全身から殺気が立ち上る。
「落ち着いて……っ!」
「これが落ち着いていられるか!テオまで……!」
早朝の静けさの中に響く怒号に高札を囲んでいた人々が、不安げな視線を投げかける。
「あんた達、馬鹿だね!早くこっちにおいで!」
事態を察したおかみが、二人の腕を力任せに引っ張り、宿屋の中に連れ込む。
扉を閉めると、おかみは声を潜めて二人を鋭く叱りつける。
「こんなところで大声を出してごらん。すぐに役人に囲まれておしまいだよ!」
「……すまない、取り乱した」
頭を冷やそうと髪をかき上げるカイルに、おかみはさらに深刻な状況を告げる。
「もう中央広場には、侯爵が私兵を引き連れて待ち構えているらしい。テオも、そこに引きずり出されているって話さ」
「テオが……!怪我は、怪我はないのですか!?」
リズが取り乱して女将の服を掴む。
おかみはリズの震える手を優しく包み、表情を和らげた。
「安心おし。テオなら広場で縛られながらわめき散らしてたらしいから、ひとまずは元気だろうさ」
「……よかった」
リズは涙を浮かべながら、安堵の息を漏らす。
だが、その隣でカイルの瞳には決意が燃えていた。
「すぐに広場へ向かう。正午までなど待てん」
カイルは扉に手をかけ、すぐにでも向かおうとした。
「待って、カイル!これは明らかに罠です!」
「分かっている。だが、テオが人質に取られているんだ!行くしか無い!」
「それなら、私も行きます!」
「駄目だ!これは俺の問題だ。リズを連れていくわけにはいかない!」
強く言うカイルに、リズは静かに首を振った。
フードの隙間から覗く瞳は、深い海の色に輝いている。
「……いいえ。おそらく侯爵の本当の狙いは、カイル……あなたではないはず……です」
「どういう意味だ?」
「侯爵が本当に欲しているのは、私の力と魔導書……です。狙いはあくまで、私を捕らえることなので、広場にも私が姿を表すことを期待しているはず」
「そこまで分かっているなら、余計にリズを行かせるわけにはいかない!」
カイルの拒絶に、リズは一歩も引かなかった。
リズはカイルの大きな手に、自らの小さな手をそっと重ねて首を振った。
「いえ、私も連れて行ってください……考えがあります」
手がわずかに震えていたが、その青い瞳には強い意志が宿っていた。
「聞かせてくれ」
カイルもまたリズの手に自らの手を重ねた。




