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傷跡令嬢のリバーシ  作者: ビヨンドほうじ
最終章 傷跡令嬢のリバーシ
24/30

三日月のザラ

ザラは腰を落として、剣をゆらゆらと揺らす。

カイルは剣を真横にして、顔の高さに掲げ、切っ先をザラに向ける。


「ジャッ……」


奇怪な掛け声とともに、ザラの剣筋が上から弧を描いてカイルに襲いかかる。カイルは距離を取り、一撃をかわすが、ザラは身体を捻り、もう一撃の弧を見舞う。その連撃をカイルは長剣で止めた。


ザラは意外な顔をして一歩下がる。


「ほぅ……確かに俺の剣を見たことがあるようだな……?ではこれならどうだ?」


ザラは反りのある剣を横に寝かせる。

カイルも同じく剣を横に構えたままだ。


「ジャッ!」


再びザラの剣が弧を描く。横薙ぎの斬撃。

カイルは長剣の切っ先を地面に向け剣を受ける。

だが、その一撃はあまりに重く、カイルは態勢を崩され、よろめく。


ザラは剣の軌道を横から縦に変え、まっすぐに振り下ろす。

その剣撃が狙うのはカイルの左目。

6年前のクロムウェル邸で、カイルを襲ったときと同じ剣撃。

それをカイルは僅かに頭を引いて、剣をかわす。


ザラの縦の一撃は流麗に曲線を描き、カイルの喉元を狙う。

これこそが、かつてカイルの命を奪った剣。

だが、その致命の一撃をカイルは下から弾いていなした。


ザラがたたらを踏んで後ろにさがる。


「驚いたな……俺の三連が防がれたのは初めてだぞ」

「言ったはずだ!あの時のようにはいかんと!」


カイルが吠える。


ザラはその黄金の眼を見て言う。

「あぁ、思い出したぞ。5年……6年前か?あの時の小僧だな?まさか生きていたとは」


ザラは感心したように言いながらも剣を突きつける。


「そうだ。あの時は、その三日月刀ではなかったな」

「この刀は俺の二つ名だからな……汚れ仕事の時には使うわけにもいくまい?」

ザラは勝ち誇って口を滑らせる。


「やはり、あの襲撃は侯爵の指示か?!」

「剣士ならば、力づくで吐かせてみろ!」


端で見るリズの目にも、二人の流儀は見て取れる。

守りを主体とした質実剛健なカイルの正統派剣術。

対してザラの剣術は変幻自在の命を奪うための暗殺者の剣。

手段を選ばないザラにカイルは立ち向かえるのか不安に思う。


(カイル……)

リズは成すすべもなく、手を合わせて見守るしかできなかった。


カイルは剣を頭上に高々と掲げた。カイルらしい真っ直ぐな剣。


「フン……」

ザラはその真正直さを、鼻で笑い、その場で身を揺らす。

いくらでも避けられると言わんばかりに。


「ハッ!」

カイルは地面を切り一気に距離を詰め、凄まじい勢いで剣を振り下ろす。

突進する体躯のあまりの素早さにザラは避けきれず、曲刀の刃を右手で押さえ、両手でカイルの一撃を受ける。


ガイン!鉄と鉄が噛み合う音がし、リズの鼓膜を揺らす。

カイルは剣に力を込め、ザラをそのまま押しつぶそうとする。ザラの構えが徐々に崩され、余裕の笑みが消えていく。


「これで終わりだ!ザラ!」


ザラはニヤリと笑うと、剣を受けたまま

「シュッ」

と音を立てた。


次の瞬間、カイルが目を覆い、のけぞってたたらを踏む。

おそらくは含み針のような目潰し。


ザラはその隙を見逃さずに、カイルの死角に回り、回転しながらカイルの左脇腹に蹴りを入れる。


カイルが右膝を折り、態勢を崩す。

その隙を見逃さずに、開いた脇腹の鎧の隙間にザラの湾曲刀が吸い込まれる。


「ガハッ!」

カイルは曲刀から力任せに逃れ、後ろに飛んだ拍子に、修繕の足場に突っ込んでしまう。足場は崩れ、横になった体の上に、木材が降りかかる。


「カイル!」

思わずリズは叫ぶが返事はない。

転倒の衝撃で意識を失っているようだ。


「だいぶ腕を上げたようだが……」


ザラは縮れた長髪をかきあげ、曲刀を構えながら、死神のように近寄る。

「このザラ相手には、力不足だったな……」


リズはカイルを守るように両手を広げて立ちふさがる。


「やめてください!私は王族特使です!これ以上の狼藉は許せません」


ザラはリズを、光のない黒い瞳で見つめた。

リズはその感情のない目にゾッとする。


「知らんな。俺はこの騎士を始末するように言われただけだ」


ザラは立ちふさがるリズを剣で脅す。


「どけ」


剣の切っ先が、リズの眼の前に突きつけられる。


絶体絶命の危機に、一年前のあの日を思いおこす。


ゲセン侯爵に傷を与えた能力――『リバーシ』を使えば、この剣士を倒せるかもしれない。少なくとも隙は作れるはずだ。


それでも、人を傷つけるこの力を使いたくはなかった。


「安心しろ、お前は生け捕りだ。だが、騎士はここで始末させてもらう」


黒衣の剣士は、リズのことなど目に入らないかのように、カイルに近寄り、剣を振り上げる。リズが手を伸ばせば、届く距離にザラはいる。


(人を傷つけたくはない……でも、今使わないとカイルの命が……)


リズはやむにやまれぬ選択に迷いながらも、古の言葉を呟く。


「コンウェルシオ・マキシマ……」

リズの身体の傷が赤黒い光を放ち始め、周囲の空気が動く。リズの髪が波打ち、広がり始める。

「なんだ?」

ザラが怪訝な顔でリズを見る。

(今、やるしかない……!)

リズが目をつぶり、力を発動しようとしたその瞬間、ゴンっという鈍い音がした。

目を開けると、ザラが頭を抱えて、よろめいている。

「な……なんだ?」

歴戦の剣士ザラが慌てて、周囲を見まわしている。

また、ゴッと鈍い音。

上から、次々とザラにめがけて何かが落とされているのだ。


リズは足元に落ちてきた赤い塊を見て、それが煉瓦であることを理解した。

「煉瓦?!」

リズが上を見上げるとそこには見慣れた小さな影があった。テオだ。

テオが足場の上から、煉瓦を次々とザラにめがけて投げつけているのだ。


「おらーッ!!白いねーちゃんをいじめるな!」

「テオ?!」


リズは目を丸くして驚く。

「なんでこんなところに?!」

へへっと鼻をこすりつつ、足場の上から胸を張ってこたえる。

「なんか大変なことになりそうだったからさ!ねーちゃんを追いかけて館まで追っかけていたんだ。そしたらねーちゃんとにーちゃん出てくるしさ!変なやつが狙ってるしさ!ここで待ち伏せてた!」

「クソッ!このガキ!」

ザラが余裕をかなぐり捨ててテオを睨みつける。

その時、カイルがようやく目を覚まして、周囲の状況を把握しようとする。

「これは?!」

「にーちゃん!ねーちゃん連れて逃げて!」

テオの呼びかけにカイルは驚く

「テオ?!」

「ここは俺に任せて、逃げて!」

そう言いながら、テオはなおもレンガをザラに投げつける。

ようやく平静さを取り戻したザラはレンガをこともなげに避ける。

「にーちゃん早く!」

「テオ……すまない……」

カイルはわき腹を押さえつつ、リズと連れ立って、街路を駆けていく。


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