三日月のザラ
ザラは腰を落として、剣をゆらゆらと揺らす。
カイルは剣を真横にして、顔の高さに掲げ、切っ先をザラに向ける。
「ジャッ……」
奇怪な掛け声とともに、ザラの剣筋が上から弧を描いてカイルに襲いかかる。カイルは距離を取り、一撃をかわすが、ザラは身体を捻り、もう一撃の弧を見舞う。その連撃をカイルは長剣で止めた。
ザラは意外な顔をして一歩下がる。
「ほぅ……確かに俺の剣を見たことがあるようだな……?ではこれならどうだ?」
ザラは反りのある剣を横に寝かせる。
カイルも同じく剣を横に構えたままだ。
「ジャッ!」
再びザラの剣が弧を描く。横薙ぎの斬撃。
カイルは長剣の切っ先を地面に向け剣を受ける。
だが、その一撃はあまりに重く、カイルは態勢を崩され、よろめく。
ザラは剣の軌道を横から縦に変え、まっすぐに振り下ろす。
その剣撃が狙うのはカイルの左目。
6年前のクロムウェル邸で、カイルを襲ったときと同じ剣撃。
それをカイルは僅かに頭を引いて、剣をかわす。
ザラの縦の一撃は流麗に曲線を描き、カイルの喉元を狙う。
これこそが、かつてカイルの命を奪った剣。
だが、その致命の一撃をカイルは下から弾いていなした。
ザラがたたらを踏んで後ろにさがる。
「驚いたな……俺の三連が防がれたのは初めてだぞ」
「言ったはずだ!あの時のようにはいかんと!」
カイルが吠える。
ザラはその黄金の眼を見て言う。
「あぁ、思い出したぞ。5年……6年前か?あの時の小僧だな?まさか生きていたとは」
ザラは感心したように言いながらも剣を突きつける。
「そうだ。あの時は、その三日月刀ではなかったな」
「この刀は俺の二つ名だからな……汚れ仕事の時には使うわけにもいくまい?」
ザラは勝ち誇って口を滑らせる。
「やはり、あの襲撃は侯爵の指示か?!」
「剣士ならば、力づくで吐かせてみろ!」
端で見るリズの目にも、二人の流儀は見て取れる。
守りを主体とした質実剛健なカイルの正統派剣術。
対してザラの剣術は変幻自在の命を奪うための暗殺者の剣。
手段を選ばないザラにカイルは立ち向かえるのか不安に思う。
(カイル……)
リズは成すすべもなく、手を合わせて見守るしかできなかった。
カイルは剣を頭上に高々と掲げた。カイルらしい真っ直ぐな剣。
「フン……」
ザラはその真正直さを、鼻で笑い、その場で身を揺らす。
いくらでも避けられると言わんばかりに。
「ハッ!」
カイルは地面を切り一気に距離を詰め、凄まじい勢いで剣を振り下ろす。
突進する体躯のあまりの素早さにザラは避けきれず、曲刀の刃を右手で押さえ、両手でカイルの一撃を受ける。
ガイン!鉄と鉄が噛み合う音がし、リズの鼓膜を揺らす。
カイルは剣に力を込め、ザラをそのまま押しつぶそうとする。ザラの構えが徐々に崩され、余裕の笑みが消えていく。
「これで終わりだ!ザラ!」
ザラはニヤリと笑うと、剣を受けたまま
「シュッ」
と音を立てた。
次の瞬間、カイルが目を覆い、のけぞってたたらを踏む。
おそらくは含み針のような目潰し。
ザラはその隙を見逃さずに、カイルの死角に回り、回転しながらカイルの左脇腹に蹴りを入れる。
カイルが右膝を折り、態勢を崩す。
その隙を見逃さずに、開いた脇腹の鎧の隙間にザラの湾曲刀が吸い込まれる。
「ガハッ!」
カイルは曲刀から力任せに逃れ、後ろに飛んだ拍子に、修繕の足場に突っ込んでしまう。足場は崩れ、横になった体の上に、木材が降りかかる。
「カイル!」
思わずリズは叫ぶが返事はない。
転倒の衝撃で意識を失っているようだ。
「だいぶ腕を上げたようだが……」
ザラは縮れた長髪をかきあげ、曲刀を構えながら、死神のように近寄る。
「このザラ相手には、力不足だったな……」
リズはカイルを守るように両手を広げて立ちふさがる。
「やめてください!私は王族特使です!これ以上の狼藉は許せません」
ザラはリズを、光のない黒い瞳で見つめた。
リズはその感情のない目にゾッとする。
「知らんな。俺はこの騎士を始末するように言われただけだ」
ザラは立ちふさがるリズを剣で脅す。
「どけ」
剣の切っ先が、リズの眼の前に突きつけられる。
絶体絶命の危機に、一年前のあの日を思いおこす。
ゲセン侯爵に傷を与えた能力――『リバーシ』を使えば、この剣士を倒せるかもしれない。少なくとも隙は作れるはずだ。
それでも、人を傷つけるこの力を使いたくはなかった。
「安心しろ、お前は生け捕りだ。だが、騎士はここで始末させてもらう」
黒衣の剣士は、リズのことなど目に入らないかのように、カイルに近寄り、剣を振り上げる。リズが手を伸ばせば、届く距離にザラはいる。
(人を傷つけたくはない……でも、今使わないとカイルの命が……)
リズはやむにやまれぬ選択に迷いながらも、古の言葉を呟く。
「コンウェルシオ・マキシマ……」
リズの身体の傷が赤黒い光を放ち始め、周囲の空気が動く。リズの髪が波打ち、広がり始める。
「なんだ?」
ザラが怪訝な顔でリズを見る。
(今、やるしかない……!)
リズが目をつぶり、力を発動しようとしたその瞬間、ゴンっという鈍い音がした。
目を開けると、ザラが頭を抱えて、よろめいている。
「な……なんだ?」
歴戦の剣士ザラが慌てて、周囲を見まわしている。
また、ゴッと鈍い音。
上から、次々とザラにめがけて何かが落とされているのだ。
リズは足元に落ちてきた赤い塊を見て、それが煉瓦であることを理解した。
「煉瓦?!」
リズが上を見上げるとそこには見慣れた小さな影があった。テオだ。
テオが足場の上から、煉瓦を次々とザラにめがけて投げつけているのだ。
「おらーッ!!白いねーちゃんをいじめるな!」
「テオ?!」
リズは目を丸くして驚く。
「なんでこんなところに?!」
へへっと鼻をこすりつつ、足場の上から胸を張ってこたえる。
「なんか大変なことになりそうだったからさ!ねーちゃんを追いかけて館まで追っかけていたんだ。そしたらねーちゃんとにーちゃん出てくるしさ!変なやつが狙ってるしさ!ここで待ち伏せてた!」
「クソッ!このガキ!」
ザラが余裕をかなぐり捨ててテオを睨みつける。
その時、カイルがようやく目を覚まして、周囲の状況を把握しようとする。
「これは?!」
「にーちゃん!ねーちゃん連れて逃げて!」
テオの呼びかけにカイルは驚く
「テオ?!」
「ここは俺に任せて、逃げて!」
そう言いながら、テオはなおもレンガをザラに投げつける。
ようやく平静さを取り戻したザラはレンガをこともなげに避ける。
「にーちゃん早く!」
「テオ……すまない……」
カイルはわき腹を押さえつつ、リズと連れ立って、街路を駆けていく。




