表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傷跡令嬢のリバーシ  作者: ビヨンドほうじ
第四章 蛇の申し出
16/30

アントラーでの再会

黒い軍馬が最後の一丘を越えると、リズとカイルの眼下には、交易都市アントラーの全景が広がっていた。長い城壁の向こうに多くの建物が並んでいるのが見える。

「……すごい人ですね」

カイルの逞しい腕の中から身をひょっこりと乗り出して、リズは感心の声をあげた。城門へと続く街道は、すでに人と荷馬車で隙間なく埋め尽くされている。

「まもなくアントラーの大市が始まる。一年で一番賑やかなときだ」

カイルの説明を聞きながら、前回のアントラー滞在をリズは思い出していた。

「そうでしたね……」

秋の大市は近隣諸国からも商人が集まり、十日に渡って開かれる。


二人は城門の端にたどり着くと、馬を降りた。

「まずはゲセン侯爵に気づかれないようにアントラーに入ろう。街の様子を見て分かることもあるかもしれない」

「はい」

リズはローブの裾を掴んで答える。

「大市の直前でもあるし、通行税さえ払えば、問題なく入れるはずだ」

カイルは手早くマントを羽織り、鎧に王家の紋章を隠した。リズはもともと白い厚手のフードを深く被っているので、傷も隠れ、素性がばれる心配はない。

「でも……門の役人が……」

リズが消え入るように眉を寄せる。

高圧的な徴税官とのやり取りは、リズが一番苦手とするところだった。

「そうだな……商会の令嬢ということにしよう。直接言葉を交わすのを嫌って、護衛を通じてしか話せないといった体でやり過ごそう」

カイルの提案に、リズは小さく頷いた。


列が進み、不機嫌そうな徴税官が横柄な足取りで近寄ってきた。

「馬は一頭だな。アントラーへは何をしに」

リズはカイルの影に隠れるようにして、彼に耳打ちをするふりをした。

「大市の買い付けだ。こちらは我が主のイザベラ・ステラ様だ」

カイルが行方不明となっている姉の名を偽名として口にしたので、リズはドキリとする。


「荷物は改めさせてもらう」

徴税官の手が、馬の背の荷物にかかる。

目立った荷物は、鞄の中の一冊の本――白い魔導書『ブラン』くらいだった。

「これは?」

徴税官は鼻を鳴らし、白い本のページをパラパラとめくった。

「なんだ。何も書いてないな」

おっかなびっくりその様子をリズはちらちらと見た。

「帳簿だ。この市の取引で埋まると良いのだが」

カイルの言葉に、太った徴税官は無知な田舎者を蔑むような冷笑を浮かべた。

「ふん。どんな無能な商人だろうと、このアントラーで取引できないなんてことはないだろうよ」

通行税の銅貨を受け取ると、徴税官は興味を失ったように顎で門を指し示す。


カイルはリズを再び馬に乗せ、そのくつわを引きながらアントラーの東門をくぐった。

城門を抜けた瞬間、二人は街を支配する圧倒的な熱気に呑み込まれた。

「すごいな……前回来たときとは比べ物にならんな……」

「一年前、この街で会ったのは、大市の後でしたから……」


リズは馬上から賑わいを見渡した。

建物が立ち並ぶ街路の左右に色とりどりの天幕が連なる。

高さの違う建物と天幕で様々な商いが行われる。天幕の下では、布や羊毛、北方の琥珀、東方のスパイスがひしめきあって売られる。

その脇で両替商が分厚い机を並べ硬貨の音を響かせている。

取引の熱気に目を輝かせているうちに、二人は街の中心の広場までたどり着いた。

広場に天幕はなく、広く開かれ、その外縁にそびえ立つ何本かのポールには、ゲセン家の蛇をあしらった紋章旗が重々しく翻っていた。

「ゲセン侯爵は健在のようだな」

カイルは憎々しげにつぶやき、リズは唇を引き締めて、その旗を見つめた。

あの夜、自分の家族を奪った黒幕が、この町の領主かもしれないのだ。

「さて……せめて少し休憩したいが、この賑わいだとな……」

カイルが周りの混雑を眺めながら思案する。

「それでしたら、宿屋の『かささぎ亭』はどうですか?」

リズが『かささぎ亭』がある下角区を指した。

「あそこか……一年ぶりだな」

そこは、ゲセン侯爵との対決のあと、二人が肩を並べて夕食を共にした思い出の宿屋だった。カイルは腕を組みながら少し考えた後、「そうだな……身を隠すにも良いかもしれん」と、馬を南の街路に向けた。


「さて、まずはこいつを休ませてやらないとな」

馴染みの宿の厩舎で、カイルは馬の首をなでながら、繋ぎ柱に手綱を括りつけようとしたその時

「あれ?やっぱり、リズねーちゃん?」

懐かしい声が背後から響いた。

声の主はテオだった。かつてリズが怪我を癒し、彼女の危機をカイルに知らせてくれた少年。

一年の間に少し背が伸びたようだが、元気な様子は、以前と全く変わらなかった。

「テオ……?!」

驚いた声をリズがあげる。

「きれいな女の人だなぁと思って見てたら、リズねーちゃんだった!」

テオは屈託のない笑みを浮かべて、駆け寄ってくる。

「テオ……久しぶりだな」

カイルが手を止め、懐かしそうに目を細めて声をかけると、テオは彼を仰ぎ見て元気に笑った。

「カイルのにーちゃん!相変わらずでかいね!」

「テオ……すまないが、今は公務の最中なんだ。

 人前で彼女の名前を呼ばないでくれるか?」

カイルが小声で諭すと、テオは不満げに頬を膨らませた。

「え〜、なんかめんどくさいなぁ。じゃあ、『白くなったねーちゃん』でいい?」

「なんだ?その『白くなったねーちゃん』ってのは?」

カイルが呆れたように問い返すと、

「前は『黒いねーちゃん』だったけど、今は白いから『白くなったねーちゃん』!」

と胸を張って答えた。その単純さにカイルは思わず苦笑を漏らす。

「そのままだな」

「……ふふ、リズでいいですよ。お久しぶり。テオ」

優しい笑みに、テオも満足そうに笑みを返した。


木扉が勢いよく開き、懐かしい女性の声が大きく響きわたる。

「なんだい!騒がしいと思ったら、リズじゃないか!」

鳥のレリーフの看板の下に姿をあらわしたのは、一年前、リズがお世話になった『かささぎ亭』のおかみさんだった。


「おかみさん、お久しぶり……です」

頭を下げてお辞儀をするリズ。

「よく戻ってきたね!さぁ入りな、入りな!」

「失礼いたします」

カイルも頭を下げる。

「ああ、いつぞやの騎士さんだね。あんたも入った、入った!」

二人が宿に入ると、テオもちゃっかりと滑り込んできた。

「テオ?!お前まで入ってくるのか?」

「だって、リズねーちゃんと久しぶりに会えたんだよ!?」

テオは無邪気な声を上げ、甘えるようにリズの腰にぎゅっと抱きついた。

「きゃっ!」

「テオ、貴様、何をしている!」

カイルの鋭い静止にも、少年はどこ吹く風で笑っている。

「えー、だって嬉しいんだもん!」

「ありがとう、テオ。私も嬉しい……です」

リズが優しく、その頭を撫でると、テオは誇らしげに胸を張った。

「えへへ。リズねーちゃんは優しくて大好き!」

「テオ、いい加減に離れるんだ」

カイルはいつになく険しい表情でテオの細い腕を掴むと、問答無用でリズから引き剥がした。

「カイル……そこまでしなくても……」

「だめだ。こいつは調子に乗りすぎている」

引き離されたテオは、ニヤニヤとカイルの顔を覗き込んだ。

「なんだよ!カイルにーちゃん、やきもち妬いてるんだろ!」

「なっ……!」

幼い少年の鋭いツッコミに、カイルは顔を強張らせた。

「はいはい、騒がしいね。しょうがない、テオも一緒に食べていきな。ほら、そこに座った座った!」

使い込まれたテーブルの上では、白黒ブチの猫があくびをし「ニャア」と短く鳴いて挨拶をした。

「ふふ……猫さん、お久しぶり……です」

リズが目を細めてその背を撫でる。

カイルとテオもいさかいをやめて席に着き、運ばれてくる料理を待った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ