二人乗りは恥じらいの速度を超えて(1)
真白い騎乗服と共に、王国特使に任命されたリズ、その護衛騎士を任されたカイル。
二人は侍女たちから旅に必要なものを受け取っていた。
全てはヨハン王子が準備していたことだった。
「では支度は整ったな。リズ。大変な旅になると思うが、気を付けて」
王子は満足げに二人を見る。
「は……はい。アントラーまでだいぶ歩きますけど……頑張ります」
リズの言葉を聞いて、カイルは呆れる。
「何を言ってる?悠長に歩いていく特使なんて聞いたことがない。アントラーまで10日はかかるぞ?」
リズは放浪のとき一人で歩いていたのでほかの方法を思いつかなかったのだった。
歩いていればいつか着く。それがリズのおぼろげな感覚だった。
「あ、そうか。馬車ですよね?」
リズは1年前、王家使節団の馬車に乗せてもらったときを思い出す。
歩くよりだいぶ速かったはずだ。
「馬車では遅すぎる」
「ではどうやって?」
「早馬だ。馬を駆れば2日で着く。そもそも何のための騎乗服だと思っている?」
リズはローブを開いて、自身の服を改めて見てみる。
言われてみれば腰をびっちりと覆うレギンスも、腰元で割れたロングジャケットも騎乗のためのものだった。
「でっ……でも、私、馬になんか乗れませんよ?」
「それは……」
カイルが気まずそうに視線をそらす。耳が赤い。
「カイルが2人乗りで駆けてくれる。特別大きな馬も用意した。カイルの早駆けは我が国随一だ。よい旅路をリズ」
ヨハン王子がいたずらっぽくウインクしてよこした。
「ふ…二人乗りって……あの……」
おとぎ話のように、身を寄せて白馬にまたがる二人を想像して、リズの頬はこれ以上ないほどに赤くなってしまった。
秋晴れの中天に登った太陽が王都オムニスの白い城門を輝かす。
城門の前、リズの目の前に現れたのは、おとぎ話に登場するような優雅な白馬ではなかった。
それは、黒く、大きく、たくましい軍馬だった。
想像していたよりもずっと高く、野性味あふれるその姿に、ローブ姿のリズは思わず息を呑む。
城門には多くの人が群がっている。行きかう商人だけでなく、王都の住人が多く見物に来ている。
皆はリズを見に来ているわけではない。見送りに来たヨハン王子が目立つのだ。
「あっ……あの……特使なのに目立っていいんですか?」
「今回は目立ったほうが良い。人のうわさ話は速い、カイルの早駆けには敵わないだろうが、追ってアントラーまで届くさ」
王子は胸を張って周りにも聞こえるような声を放った。そして、カイルとリズに近寄ると声を落とし
「それに……この群衆のなかにゲセン卿の手のものがいる可能性が高い。王家の関与を見せておいたほうが君たちの安全につながる」
とささやいた。
リズは王子の配慮に感心したように目を丸くする。
カイルは轡を取り、リズの近くまで馬を連れてきた。
「リズ、先に馬に跨ってくれ」
カイルに促されるまま、リズは緊張で震える手で鞍を掴み、鐙に足をかけた。慣れない動作でよじ登り、なんとかその背に跨がると、視界が一気に跳ね上がる。
「わっ……」
今まで見たことのない景色にリズは息を呑む。いつもよりずっと高いところから遠くを見る。青い空の下の白い城門。その周りに群がる一人一人の顔が見える。
(本当にここにもゲセン卿の手下がいるのかな……)
平和な光景に混ざり込む、黒い澱。
それはゲセン侯爵が送ってきた黒い手紙と同じように穏やかな日々を侵す毒のようなものだった。
(この不安をぬぐいさることができるのかな……)
リズは立ちふさがる不安にけおされて、目を落としてしまう。
そこにはいつもより遠い地面があった。
高さと不安に身を強張らせ、手綱を握る手に力がこもったその時――背後に、包み込むような温かさが触れた。カイルがリズを追いかけるように、後ろから跨ってきたのだ。
群衆から「おぅ」と声が上がる。
「……大丈夫だ。俺がいる」
耳元で囁かれる低い声。それと同時に、カイルの逞しい腕が背後から伸び、リズの体を優しく、逃がさないようにしっかりと抱き止めた。
カイルの胸板がリズの背中にぴたりと密着する。
分厚い胸板越しに、彼の力強い鼓動が、リズの早鐘を打つ心臓に呼応するように伝わってきた。
「しっかり捕まっていろ」
その囁きにリズは身を固くする。こんなに密着している姿を皆に見られていると思うと、頭が蒸発しそうになる。
(馬に乗ってるだけ……馬に乗ってるだけ……
特使だから馬に乗るのは普通……馬に乗るのは普通……)
リズは心のなかで繰り返して平静を保とうとする。だがその呪文も、カイルが手綱を握り直して、ぐっと腕に力を込めたことで途切れた。
腕の中にすっぽりと収まったリズは、頬の燃えるような熱さを感じながらも、これまでにない確かな安心感に包まれていた。
「手綱を握って。振り落とされるなよ。リズ」
「は……はい……っ」
リズは大きく息を吸い込んで、手綱を握り直す。
「頼んだぞ。リズ!カイル!」
王子が大きく手を振る。
「行ってまいります!」
リズは珍しく大声で答えた。
「行くぞ!」
カイルの鋭い掛け声と共に、黒い軍馬が石畳を蹴る。
蹄の音が、二人の旅立ちを告げた。




