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キャッスルガード・ヒーローズ  作者: 栗原寛樹
クエスト「新たな境地」
90/115

ダンジョンで二人

「……うーん」


 かれこれ一時間になる。


 僕らは出発したときとなにも変わらず、無限ループのごとき廊下を歩いている。


「一本道なんだよなあ。分かれ道、なかったよね」

「うん。少なくとも、見える範囲では」

「次の分かれ道、ちょっと調べてみよう」


 もしかしたら隠し通路なんかあるかもしれないし、ゴールの見えない道は予想以上に消耗する。休憩もかねて、壁に何かないか探索するのもありだ。


 探索技能は基本的にシーフ、次点でハンターに多く、逆にサムライやネクロマンサーには一つもない。だから無駄にも思えるけど、そもそもペアで飛ばされるという前提を考えれば、探索技能は決して必要ではないはずだ。


 ダンジョン内なのに明るいというのも、本来明かりの魔法を持っているライトメイジがいない場合を考えて設計されているはずなのだから。


 しかし出口はともかく、モンスターがいっさい来ないってのも気味が悪い。確かに回復手段に乏しい僕らにとってモンスターは全くありがたくないけど、時間さえかければ徐々に回復していくんだ。アイテムも補充済みだし、そのへんがどういうバランスになっているのかは気になる。


 レベルが高けりゃいいってもんじゃない、みたいなことを男爵が言ってたな。こういう意味なのだろうか。


「あそこ」


 エイタローの指の先、右への曲がり角があった。マップを開いてみたけれど、やはり新規の通路だ。右へ曲がり左へ曲がり、複雑な順路だけど交わりも分岐もない。


 なにをさせたいんだ、このダンジョン。


「静かだし、警戒の必要はなさそうだけど」


 壁を触りながら、エイタローが言った。


「ゴースト系は足音とかしないからな。っていってもまあ、ここまで出なかったのが急襲してくるかな。念のためってことで」

「うん」


 遠めにはきれいな壁だけど、近寄って見たら結構でこぼこしている。手で触るとざらざらしており、いかにも切り出しました、みたいな。


 これだけの凹凸を立体的に表現するために、どの程度のリソースが必要なんだろう。これだけじゃなくて、僕らがさまよっているこのダンジョン、すべてだ。


 それともなんだ。曲がり角の向こうは誰も見ていないから「描写されていない」ってのか? あんまりリアルだから疑問を持ってなかったけど、この世界は突き詰めれば0と1でできている。そしてサーバー上に保管され、演算によって稼働している。


 とんでもないデータ量のはずだ。だからそれなりに削る努力もしているに違いない。誰もプレイヤーがいないエリアはおそらく描写されていないだろうし……完全シームレスだけどまあ、このへんはどうにかなるのかな。


 にしたって、いくらなんでもオーバーテクノロジーすぎないか。WWから比べても相当の進化だし、最新のほかのゲームだってフルダイブ形式自体がまだ黎明期のはずだ。


 ゲーム開始前、帝は「催眠術みたいなもの」と僕に言った。もしかしてこれらは全然リアルには描写されてなくて、半分眠ったままの僕がただリアルに感じているだけなんだろうか。


 この世界を観察しろ。


 奇しくも帝と同じことを言ったプレイヤーがいる。レツリンだ。彼女は同様に「間に合わない」とも言った。


 もしかして帝はレツリンのアドバイザーでもあるのだろうか。そして彼女に対して、僕と同じような情報を与えているのだろうか。


 いったいなにに間に合わないんだ?


「ジェストくん」


 うお、ビビった。ちょっと考え込みすぎたかな。


 隣のエイタローは心配そうに僕の顔をのぞき込んできたけど、


「やっぱり、特に見あたらないよ」


 予想とは違う言葉をなげかけてきた。


「みたいだ……やっぱりどこかに繋がってるのか、それかなんか条件を満たさないと抜け出せないのか」


 大丈夫? とか言ってくるかと思ったんだけどな。


「この地域は湿地帯といい、進めそうで進めない地域が多いよね」


 その通りだ。ここに来て力押しの攻略は通用しなくなっている。運営の意図としては、南東域は大規模戦闘のチュートリアルみたいなもんで、オルトノグェイクからは搦め手が多くなってるから本格的に攻略が始まる、みたいな感じか。


 まだ僕ら、七つの地域のうち一つしか制圧していない。一年目だから本来の日程的には順調と言えるかも知れないのに、帝の言葉がどうしても僕を焦らせてくる。


 湿地帯でも足止めを食らったし、当たり前とは言えどうにもうまくいかないもんだ。


「例えばさ……戻ってみるっていうのは」


 それは僕も考えた。


「うまいタイミングが見つからなかった、かな。なまじループじゃなくて先に進んでるから、このまま行けば出口って可能性もありうる。逆に戻ることであっさり抜ける可能性もある」


 僕はエイタローの目を見た。


「僕も決めかねてる」


 エイタローの瞳が少し揺れたのが見えた。


「……僕は、戻ってみたい」


 やっぱりだ。少し前のエイタローなら僕が決めたことに賛成するはずだった。


 僕が言うのもおこがましいけど、エイタローは僕と同格になることを望んでいる。作戦立案とまではいかないけど、一人の攻略プレイヤーとして並ぶようになりたいと考えている。今の逡巡で確信できた。


「なにか根拠はある?」


 困ったように目を伏せる。


「それは……絶対確実みたいなのはないよ。でも、でももう結構歩いて時間を使ってるから。一度戻ってもう少し時間がかかっても大きな影響はないと思う。だからその……」


 ……


 少し弱い。


 弱いけど、僕だって先に進めば抜けられるって確信はない。それにすでに時間を食ってるからせっかくだからってのもある程度同意できる。


 ここは乗ってみるか。


「じゃあ、十分休憩したら戻ろう」

「え?」


 まさかあっさりと賛成されるとは思っていなかったのか、エイタローは驚いた。


「このまま先に進めばいい、って僕も断言できないんだ。エイタローの言ったことが正しいかもしれない。間違ってたとして……このまま『戻った方が良いかも』みたいにモヤモヤしながら進むより、なにもないってことを確かめられるだろ?」

「あ……う、うん」

「ただ戻るなら徹底的に戻ろう。最初の場所から逆に進んでみる。今度はさっきより注意しながら。もし最初の場所に抜ける道があったら僕ら、ずいぶんな間抜けだ」


 そして僕は手を差し出した。


「休んでる時くらい、気を抜いてもいいだろ」


 戸惑ったように躊躇して……僕が諦めないことを悟ったのか、頷いて握り替えしてくる。


 そして僕らは手を重ねたまま、少しの間、ただ座っていた。







「……みんなはどうしてるかな」


 早歩きで道を戻りながら、エイタローは呟く。


「どうだろう。僕らみたいにここに飛ばされてる可能性もあるっちゃある……でもこれだけ歩いて会わないんだから、抜け出せるまで合流は難しいかも」

「もし飛ばされたのが僕たちだけだったら、心配してるかな」

「大丈夫だろ」


 苦笑しながら答える。


「トラップでバラバラになったことなんてWWじゃよくあったし。全部攻略したじゃんか」

「そうだよね……うん、そうだよね」


 エイタローの寂しさはわからないでもない。WWとCHは違う。あくまでヘッドセットのモニターに画面が映っていたWWと違って、僕らは今『ダンジョンの中にいる』。この感覚の違いは大きい。まだ僕が引きこもってなかった小学校のころ、母方の地元の近くに鍾乳洞があった。そこを探検して迷った時の恐怖。それにかなり近い。


 どことも知れない奥底に僕ら二人。いつ出られるかわからない迷子。


 忘れかけてたトラウマを思い起こさせるんだから極悪なゲームだよな。


「待って」


 エイタローの腕が僕を止めた。


 耳を澄ますと、角の向こうから物音がする。なにかがいる。


 鎧はどうしても音が出る。だからエイタローの存在は相手も気がついているはずだ。


 それにも関わらず声をかけてこない相手っていや……


 エイタローが刀を抜いた。僕も杖を握り直して構える。


 出来るだけ静かに……といっても完全に音を消すにはシーフのスキルが必要だ……僕らは角に張り付く。エイタローがゆっくりとのぞき込んで、


「ガイコツ」


 小さく声に出す。


 ダンジョンにスケルトンなんてありきたりだ。でも悪い知らせじゃない。


 道を引き返したらモンスターが出てきた。こういう場合、正しい道を歩いている可能性が高い。


「エイタロー、僕の魔法はアンデッドと相性が悪い。スケルトンならブラインドも効かない。アシッドアローで援護するから任せる」

「わかった」

「回復薬のタイミングは……」


 おっと。


 スケルトンは今の僕らに対してちょうど適正レベルだ。普段はこちらも相手も頭数が多いけど、今はどっちも少ない。差し引きでやっぱ適正レベル。


 適正レベルなら、攻撃力の高いサムライであれば勝つことは難しくない。


「サポートするから」


 余計な小言は不要。


 タイミングを合わせて角から飛び出す。先に僕がアシッドアローを放ってひるませ、続いてエイタローが突撃。酸属性はスケルトンには通常通りのダメージが入る。他の闇属性の魔法に比べればマシ。


 エイタローの袈裟斬りでスケルトンは傾いだ。刃物はやっぱりスケルトンと相性が悪いけど、サムライの攻撃力はそれを補ってあまりある。スケルトン系最弱なだけあって、一気に三割持っていった。アシッドアローと合わせて六割。こりゃやっぱ問題ないな。


 僕は間違っても挟み撃ちを取られないように、戻ってきた方を見た。


 スケルトンがもう一体。


 げ。


「エイタロー、倒したらこっちだ!」


 まだ距離は遠い。一体を片付けてからでも十分間に合う。それに倒した方を躁屍で操れば戦力的には十分過ぎる。


 どっからやってきたとかはもう深く考えないようにしよう。どっちかっていうと、僕らの順路が正しいことが証明されている気分なので悪い気はしない。スケルトンなら死ぬことはないし。


「だあっ!」


 お……エイタローの気合いのかけ声、なんか久しぶりに聞いたな。WWの時は男の演技をしていただけあってよく叫んでたけど、最近はご無沙汰だった。


 とどめの一撃だったらしい、崩れるスケルトンを前に、すぐに踵を返して僕と場所を入れ替える。その間に僕はスケルトンに躁屍をかけて復活させる。操る時間は二十分。上等。


「ガイコツ行かせるぞ!」


 CHが始まってずいぶん経っている。だけどネクロマンサーが新規職業なのは変わらない。後衛スキルの常識であることも合わせて、追いかけるモンスターが敵ではないことをあらかじめ告げておくのはマナーだと思う。スケルトン二体で紛らわしいから、操った方はガイコツ(A)としよう。


 エイタローはスケルトンに向かってダッシュ。刀を腰だめに構えて、そのまま切り抜いた。衝撃でくるくる回るスケルトンに対し、ガイコツ(A)が追撃。お、背後からエイタローが挟撃する形になる。狭い廊下では有効だ。


 そうだよな。エイタローだって考えてる。ゲームが始まってからこっち、僕は頭脳労働を担当してきた。って言えば聞こえはいいけど、悪く言えば思い上がってたっつっていいだろう。


 一応回復薬を構えてたけど、やることないから手持ちぶさただっただけだ。作戦が功を奏して、エイタローはほとんど無傷だった。ガイコツ(A)はちょっとダメージを負ってるけど、どうせ使い捨てだから問題ない。


「骨、ドロップ」


 インベントリにしまいながら、エイタローは息を整える。


「サクラさん達にアクセにしてもらおう。もうけた」


 僕が冗談めかして言うと、エイタローは笑った。


 今までとはちょっと違って、目に自信の光が見え隠れする。


 なんでも来いって感じだな。


「行こう。たぶん道、あってるぞ」







 とはいっても、そう簡単に抜けられたら苦労はない。


 六体のスケルトンを倒しつつ、僕らは最初の場所に戻ってきた。このあたりはまだマッピングしてなかったし景色は相変わらずだからちょっと自信ないけど、歩いた時間からいってたぶんここだ。


「やっぱり分かれ道はなかった」


 確認する意味も兼ねて、僕は言った。


 エイタローはさっきの自信もどこへやら、心配そうに頷く。


「やっぱり間違ってたかな」

「まだ反対側があるよ。行こう」


 簡単に自信なくしてくれちゃ困る。


 取っ替えひっかえしたスケルトンはすでに(C)になっている。HPは半分くらいで、躁屍時間は残り十五分。たまにカタカタうるさくなってびっくりさせてくる。


 逆の道を進んだ。最初の曲がり角を覗くと、やっぱり同じような道が続いている。


 まあ、一筋縄じゃ行かないよな。


 一つ疑問がある。スケルトンしかモンスターが出てこないことだ。


 これまでゲーム内で、一つの地域で一種類のモンスターが出たことはない。正確に言うとゴブリン退治の時はゴブリンだらけだったけど、アレはそういう種族討伐イベントだったから例外だ。


 今回みたいに、特にモンスターが指定されていないにもかかわらず、一種類だけ。しかも適正レベルは少し高いはずなのに、はかったように僕らにとってちょうどいい相手が出てくる。


 ゴブリンシャーマンのときに比べてヌルい。


 やっぱり男爵が言ったように、単純なレベル押しじゃないのは確かなようだ。おそらく持久戦。この迷宮の謎を解くまで耐える必要があるのだから、あんまり強い敵で消耗が激しいと、僕らみたいな回復に乏しいペアは詰む可能性がある。実際は死んだらホームポイントに戻るのでシステム的に詰むってわけじゃないけど、それじゃただの運ゲーだし。


「壁に注意しよう。やっぱ隠し扉があるかもしれない」


 エイタローの後ろを歩く。エイタローは前を、僕は後ろを警戒しているから神経は結構使う。


 やっぱり特に変わりはない。相変わらずの石壁。


 だけど、心なしか暗くなっている気がする。


 それが確信に変わったのは、遅まきながら四つ目の角を曲がった時だ。


 急激に明かりがなくなっている。通路の先の曲がり角はまっくらで見えない。


「ジェストくん……」


 エイタローの声。怖いよな、やっぱ。僕も進みたくはない。


 でもやっぱり抜け道とかなさそうだし、変化が出たってことはいよいよクエストが進行しているって証拠でもある。問題はあの暗闇の中で、モンスターに襲われないかってことだ。夜間戦闘と違って月明かりもないのだから、状況としてはブラインドを食らって『暗闇』状態になるのと同じだ。


 このゲームでいかに『暗闇』が凶悪なステータス異常か、僕らはよく知っている。


「進もう」


 僕はエイタローの首のあたりに手をかけた。


「離さないからな。絶対側にいる」

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