ララールゥ
男爵が消え、ハンマーナックルの躁屍時間も潰えた。
ガートランドももちろん消滅しているから、ここには僕一人だ。
『サクラさん、終わりました』
通信で呼びかける。
『え、マジで? 勝ったの?』
『はい』
いくつか腑に落ちない点はあるけれど、とにかく決闘は僕の勝ち。
なんか引っかかるけど。
ガサリ、と茂みからレツリンが歩いてきた。
「そうか、負けたか」
こともなげに言い放つその姿に……やっぱり僕は違和感を覚えた。
どこにいたんだ? 今まさにたどり着いたって感じじゃないぞ。
「……見てた?」
走ってきたなら多少は息が上がっているはずだ。戦闘してたんだからその確率はなおさら高い。しかも悠々歩いてなんて、一連の攻防を見てから出てきたとしか思えない。
だけど、なんで見てたんだ。スキーマーがタクティシャンの派生とは言え、腐っても二次職だ。盾くらいにはなったはずだ。
ハンマーナックルと二人で援護に入れば三対二。とてもじゃないが僕らに勝ち目はなかった。
サクラさん達に足止めされてたんならもっと余裕がないはずだ。だから考えられることは一つ。
こいつははなから、僕と男爵の戦いを隠れて見物してたことになる。
「操れるのは死者であればモンスターに限らない。裏技みたいなことをする」
レツリンはアイテムインベントリから分厚い本を出して開いた。
「なるほど。最初から狙いはバスを操ってバロンを倒すことか」
……
なんで急に反省会みたいなのしだしたんだ?
「……わかったよ。答えるよ。僕が男爵を倒すにあたって一番ネックなのは二次の前衛が相手だってことだった。自力じゃ絶対無理だから二つの条件を満たす必要があった。サプライズと、速攻」
その点、躁屍でプレイヤーが操れるなんてのはうってつけだ。ノリアキングから提案を聞いた時もアホかと思ったし、たぶん実際に見ていない連中は露とも思わない。それにこの効果、知ってる範囲が凄く狭い。ガランスギュエックの時にアドリブでお披露目だったけど、ほとんどのヤツはギリギリでノリアキングに回復が間に合ったとしか考えていない。知ってるのは僕が話したイイリコ小隊、ノリアキングが提案した時にその場にいたルシェイナさんとXXX。そしておそらくノリアキングが話したと思われるラメ。
男爵がネクロマンサーについて調べたとは思いにくいけど(昨日の今日だし)、いくらなんでもこのことは知らないだろう。と、言うのが一点。サプライズ。
もう一点は、そのサプライズであっという間に勝負を決めなければならない。もともと回避能力が高いファントムに、その中でも最高峰のプレイヤーである男爵。ちょっとびっくりしても落ち着いて考えれば対処法はすぐに思いつくだろう。だからそういうことは絶対にさせちゃいけない。びっくりしている間に倒さなければならないんだ。
「となると操るのは、サプライズの意味も含めて二次職であるそっちの人員になる。とくにハンマーナックルだったら最高で、増援に注文しといた。全滅させるのは難しいけど、勝敗度外視で一人をある程度削るならできないことじゃない」
そう、勝つ必要があるのは僕なのだから。
「後は男爵と僕との決闘に、僕側から一人、男爵側から一人、紛れ込ませる。今回はガートランドだった。HP差が二対一くらいあっても、相手がハンマーナックルなら全力で戦って同士討ち程度にはなると考えて微調整を僕がする。男爵から見ると、ハンマーナックルを倒して二人がかりで戦いたい、という風に見えるはずだから問題なし。死んだハンマーナックルの攻撃力と素早さで男爵をヤる。以上」
死んだ味方が生き返って攻撃してくるんだから、最初の一撃が決まらない道理がない。あとは回復させないように続けて攻撃させれば自動的に僕の勝ちである。
「ずいぶん回りくどいことをする」
「もちろん、増援は何人もいたからこっちに回すこともできたと思う。でもそのくらいじゃ男爵の予想を裏切ることはできないから、なにか対策をしてるんだろ? 例えば、スキーマーがあらかじめ落とし穴を仕掛けてたり」
その時、レツリンが笑った。いや、笑ったように見えた。ほんの少しだけ口元が緩んだような気がした。
「それより見てたんなら、どうして加勢しなかったんだ?」
「バロン・ド・ソワアルはスマートでなくてはね」
その一言で答えたということらしい。会話を打ち切って、レツリンはようやく出てきた増援部隊を迎える。
ずいぶんつかみ所のないヤツだし……そう、他のメンバーと違って、あまり男爵の手下って感じがしない。
まだなんかあるのか。
ミウルの里に戻る。里の警護はあまりいい顔をしなかった……人数が何倍にもなってんだから、まあしょうがない……とにかく、復活しているはずのイイリコ小隊と男爵を拝まないと決闘は終わらない。
僕らが戻ってくるまでに、すでに全員復活していたようだ。広間に男爵含め、計八人。
「座れ」
僕は男爵の対面に座った。大きな平机を囲んで、ソファに男爵、レツリンの二人が向こう側。正太郎を初めとして、二小隊。総勢十二人。
僕らはソファに僕、イイリコさん。右の丸椅子にサクラさん、増援二小隊の小隊長、左にユージン、エイタロー、姫代子。それ以外は後ろ。総勢二十名。ガートランドも含めて足りない分は死者の数である。ここで一泊してないからオルトノグェイクで復活してるはずだ。
それらも合わせて、三十六人のプレイヤーがこの件に関わっていることになる。五〇〇人が三交代で休憩を取っている今、ゲーム内にいるプレイヤーの十分の一が集まっているわけで、ちょっとした大勢力だ。
足を組んでふんぞり返っていた男爵はダークミスト・ランタンをテーブルの上に出した。
「持っていけ。ただし条件がある」
「決闘に勝ったことだけじゃ不満?」
姫代子のヤジ。僕は手で不要であることを示した。
「地下に行く時は知らせろ」
「……ずいぶん、砦の地下に興味があるみたいだけど」
僕は横目でレツリンを見た。特に反応はなく、閉じた本の表紙に目を落としている。
「僕らが来るまでに行くチャンスはあっただろ?」
「ボスが張ってるが、今のレベルじゃ倒せん」
なるほど。アイテムを持ってるから無条件に行けるわけじゃないのか。
「推定レベルは?」
「わからん。変なボスだ」
……
ホラふいてるのかよくわからない。男爵くらいのプレイヤーなら、戦えば必要レベルのおおまかな値くらいはわかるはずだ。
協力する、とは言ったけど、なにもかもこっちの言うとおりにするわけじゃないらしいな。
「じゃあこれはもらう。ノリアキングにも今のことは伝えておくよ。ここからが本題だ。沼のワームを倒すのに協力してほしい」
ミウルの里を、ようやくゆっくりと回れる。
「まあまあまあまあ、いいじゃないっすかそういうのは、行け」
「話なら私たちが聞いておくから。あ、ジェストくんのこと信じてたからね。ありがと」
ユージンとイイリコさんのいらん気遣いで、僕はエイタローと二人で放り出された。
二人きりになるのはずいぶん久しぶりだ。たぶんリアルのバーでが最後のはずだ。
「おっきい木だね」
ミウルの里は大樹である。僕らは根っこのあたりを行ったり来たりしているが、ミウルはあまり地面に足をつけないようだ。長い指を枝に引っかけて渡り歩いている。
まわりの森は薄暗いのに、ここは明るい。だからたぶん、もしかしたらあの森とは違う場所なのかも知れない。隠していると言うよりは、特定の道を辿ることで別の空間に移動するのかも。地図上では移動していないから、だからここは地上ではないどこかだ。
「あのさ、僕、ちょっと不思議なんだけど」
エイタローは、まわりに人がいる時は今でも『僕』だ。相手がNPCでもそれは同じ。
「最初にミウルの人たちが僕たちを捕まえた時なんだけど、なんで出てきたのかな。包囲できるくらい身を潜めてたんでしょ?」
「子供だよ」
首を傾げるエイタロー。その頭上から、影が飛び降りてきた。
ほとんど音もなく降り立ったミウルの、少女。
「この子だ」
「え? え?」
突然現れた闖入者に目を白黒させるエイタロー。僕はちょっと驚いたけど、そこまでじゃない。
彼女は同じことを一度している。
「Raralu?」
彼女に尋ねた。
「Yha-boo!」
元気よく答える。手足が長いから身長も高いけど、他の連中に比べるとずいぶん幼いのがわかる。小学生くらいだろう。
「ララールゥ、この子の名前。El dood Gestz.」
「Merakasio vo Miulun?」
しまった、わからん。いやまて、こういうときに出す言葉って何だろう。アメリカ人が日本語で「ワタシハボブデス」みたいなこと言ったら……ああ、なるほど。
Miulunってミウル語のことか?
「あ、あの、ジェストくん……この子、あのときの?」
「そう。ええと……El merakasio……ちょっとってなんて言うんだ?」
利家謹製の単語帳を出してみたけど見つからない。
「ララールゥ」
僕らの背後から声が聞こえた。
「Retsulin!」
Retsulin。レツリン?
振り返ると、まさしくレツリンが立っている。何のようだ? そもそも男爵と協力関係になったのは確かだけど、一応敵対していたんだ。わざわざ一人で来るか?
なんか怪しい行動多いんだよな。
「彼女に説明したらいい。ララールゥは私が話しておこう」
……うーん。なんか親切だよな。男爵の一味だから裏があるには違いないけど、それがよくわからん。
「……つまり、彼女が僕らの前に姿を現したからだよ。あの森で僕らはまだ敵か味方かわかっていない。だから彼女を守るためにミウル達は姿を現したんだ」
「……それって、どうして? どうしてララールゥは敵か味方かわからない相手に……あ」
「勘違いだ。彼女は僕らのことを男爵だと思ってたんだ。そうじゃないと説明がつかない。だろ?」
頷くレツリン。
「男爵がミウルとある程度の信頼関係があるのは、僕らの処遇を自由に決めていることやあんな広間を使っていることからもわかる。指輪かなんかしらないけど、意思疎通ができるアイテムがあるなら僕らよりずっと交渉も会話もしやすい。そんで、たぶんあのときは男爵達も外に出てたんだ。僕らが捕まってから男爵が現れるまでにちょっとタイムラグ、あったろ」
「それで僕たちがやってきたのを、男爵達が帰ってきたって勘違いして……お迎えに出てきたの?」
「彼女の人なつっこさを見れば不思議じゃない」
「男だ」
ん?
「ララールゥは男だよ」
あ、そう。ショタですか。
「ミウルは若いうち、男と女の区別がしにくい。幼年期は性がないほどだ。その時少ない性別に変化するようになっている。だから男女比にあまり偏りがないのが種族的な特徴だ。従って名前にも男らしい名前、女らしい名前という概念はない」
一度、利家と話させてみたいな。
「ララールゥは私たちが来てから性が変わった。人間で言えば第一次性徴にあたる。この後三年ほどで第二次性徴、精通を迎え、生殖が可能になる」
おいおいおい、なに言い出すんだ。
「邪魔をして悪かった。だが話しておかなければならないとも思った。君にだ」
「つまり……どういうこと?」
「時間はたっぷりある」
この会話を一足飛ばしにするのは彼女のクセかなにかか。煙に巻かれたような気になる。
「ワームについて、私たちが手助けしたところで一次職だらけでは心許ない。二次職にクラスアップすべきだとは思う」
「場所を教えてくれるならすぐにでも転職しに行くよ」
「そうするといい。でなければ間に合わない」
「……なにに?」
「なんだ、まだ気づいてなかったのか」
レツリンは帽子を脱ぐと、それをインベントリの中に消した。
「この世界をもっと観察すれば、わかる」




