夕闇男爵をすりつぶした
『なんとかもう一匹送れそうっす。それ以上は無理っすね』
ユージンの通信が届く。さっきちら見した限りじゃすでに利家とエイタローが危険水域だった。さすがに二次職相手じゃそう保たせることはできないけど、モンスター撃破役の姫代子をよく守ってくれたと思う。二正面で二体なんて上出来すぎる。しかもちょうど、ワームが男爵にやられそうだ。
男爵は毒対策をしているのだろうか。行動からすると、継続ダメージの毒をかなり警戒しているように見える。僕らのレベルで毒付加のスキルを持っている職業はグローバとハンターくらいだから対策はしていないかもしれない。だけどネクロマンサーなんてかなりそれっぽい職業だから(実際には暗黒魔法Lv4でも持ってないけど)対策しているかもしれない。見えるだけの相手の装備にはそれらしきものはないけど、外見に反映させるかは個別に選べるから断定なんてできない。
つまりわからん。してなさそうっぽい感じではあるから、もし毒になったら御の字の心構えでいこう。
おそらく最後の攻撃になる毒液を吐かせると同時に、僕は岸へあがった。男爵は遠い。理想的な遠距離だけど、注意しないとすぐに詰め寄られるだろう。
MP回復役を使って、そのままダークを発動する。距離があるから、ワームに相対している男爵からは僕の行動は見えにくいはずだ。だけど目ざといのか、ファントムの特性かなんなのか、ステップであっさりとよけられた。魔法の追尾性能なんかあのステップには歯が立たん。WWではグラップラーにも同じ効果の回避スキルがあったけど同一とは言い切れない。あれに時間制限とかMP消費がないならかなり厄介だぞ。
やってみるしかないか。頬の近くで右手を広げると、ターゲットポイントが五つ表示される。
男爵のカードが、ワームのHPをゼロにした。それと同時にアシッドアローを発動する。五つの酸の矢が弧を描いて飛んだ。弧の半径はランダムに増減するから、微妙に対象へあたる時間も変わる。その間に対象が動けば、遅れている矢はそれを追尾する。
男爵の姿が消え、二本が地面に突き刺さった。
僕はすぐにブラインドを発動しながら男爵を目で追う。ステップの移動距離は二メートルくらい。それが限界なのか、男爵がそれくらいで十分だとあたりをつけているのかはわからないけど、決闘が始まって以来極端な長距離をステップしたことはない。
ヒット。
ヒットだ。男爵の出現地めがけて飛んだ三本目以降の矢が男爵に突き刺さり、顔が苦悶にゆがむのが見えた。一本一本の攻撃力は泣けるほど低いけど、まとめて刺さればそれなりにはなる。しかも炎がリアルに再現されているなら、酸で焼かれる痛みも……想像したくないけど、再現されていておかしくはない。
こんなのゲームでなけりゃそうそう人間には発動したくないぞ。
続けて飛んだブラインドで男爵がよろけ、その間に僕は森の中に身を隠した。ひざまずいて様子をうかがう。まだ暗闇にはかからない。ともすれば暗闇くらいは対策されていてもおかしくない。こりゃブラインドは本当に目くらまし程度だな。
ちらりと、ユージンたちを見る。
姫代子の前にワーム一体。HPは赤。だけど姫代子も横やりを受けたのか、一人でワームと殴りあったせいか、HPはかなり減っている。すでにエイタローと利家は見えない。デスったんだろう。つまりまだまだ元気な正太郎、サムライと暗闇から復帰したハンマーナックルの相手を、イイリコさんとユージンが引き受けている。
今ブラインドを撃ったところであまり意味もないだろう。それより姫代子の一撃で、すぐにワームが死ぬだろう。それに備えて、すぐに繰屍をかけられるように……
しまった、考え込みすぎた。
慌てて目を戻したそこに男爵はいない。
森に入られた!
どうする、出るか? もう一度湿地に……いやいや、何のために湿地から出たんだよ! 絡んでくるモンスターを退治してくれるユージンたちがいなくなるからだろ。広場に出ると、視界の悪い森の中からカードが飛んでくる。相手の場所もわからない状態でそれも危険だ。だからといって、このままここにいるのは負けを待ってるようなもんだ。マジでヤバい。
こうなったらこっちも、森の中を動くしかない。
イイリコさんから聞いた話じゃ、ファントムのスキルには姿を隠すことができるものがある。かなり修得しづらいもののはずだと言ってたけど、それならプレイヤーのひしめく城からランタンを盗み出したことの説明がつく。
男爵はWWの頃からファントムを続けている。あらかじめ知識があるに決まってるから、シーフの頃から最低限しかSPを使っていないのなら、早い段階で修得していてもおかしくない。姿を隠すのは、ファントムがプレイヤーからアイテムを盗むためにはほとんど必須だから。
今の位置はばれてるか?
なるべく音を立てないで、中腰のまま移動する。茂みから茂みへ。位置がばれてるならまったく意味はないけど、わざわざ自分から姿をさらす必要もない。
姿を隠すスキルはいくつかあるけど、ほとんどに共通するのは、あくまで見えなくなるだけで音は消せないということ。接触したときもわかる。僕らがマーシャヴェルナでそうだったように、向こうも位置がばれないよう慎重に移動しているはずなんだ。
まだ負けてない。
『ジェスト!』
姫代子の通信。ワームを操る準備が整ったようだけど状況が変わった。相手の姿が見えているならともかく、自分だけのこのこ姿を現すのは自殺行為だ。
ここからは湿地も見えないから、ターゲッティングのための視線が通らない。立ち上がるのもまずいし、どこで耳を澄ましているかわからない中、たとえ小声でも応えるのは避けたい。
『ジェストくん、ごめん、まかせ』
嫌な切れかた。イイリコさんもデスったからには、ユージンと姫代子も時間の問題。
おとりになってもらったようなもんで、デス確定な作戦に乗ってくれたことを感謝する。同時に、完遂できなかったことを申し訳なく思う。
だけどまだ負ける気はしない。もう一つの小隊が僕を攻撃してこないから、まだ大丈夫だ。
湿地の方が静かになった。
いよいよ一人だぞ。
CHが始まってからソロなんて初めてだ。小隊が僕一人になったことはあるけど、砦の時はルシェイナさんやエリスレル達がいたからな。こんな森の中で一人、周りは敵だらけ。
モンスターとエンカウントとかしたら、いくらなんでも運がない。
目を凝らす。耳を澄ませる。どこかで葉っぱが揺れないか。木の枝を踏まないか。男爵の場所がわかれば、ブラインドを当ててその隙に移動することができる。木々が障害物になって、迂闊にステップもできないはずだ。
あの通常移動のスピードさえ発揮する暇を与えなければ、まだ負けない。
移動するのもためらわれる。湿地の戦闘が終わって急激に静かになった森の茂みで、僕は神経を研ぎすませる。風が吹けば葉がすれる音がする。小動物もいるらしい。だけど何か音を出せば男爵はたちまち気づく、そんな確たる予感。
十五分。
僕にしちゃ辛抱強いほうだと思う。身を隠すスキルを使っていたとしてもとっくに効果切れのはずだ。ほかのスキルと同じような条件なら、こんな短時間で再使用できるとも思えない。
もう見つけられるはずなんだ。
そしてそれ以上に、見つかっている可能性も高い。だけど見つかってるなら、どうして攻撃が飛んでこないのか。
連絡はまだか。
「ネクロマンサーに告ぐ」
それはまるっきり出し抜けに……なんの緊張感もないような、のんきな声。
背中を冷や汗が流れる。
男爵の声。場所はわからないが遠くもない。
「勝敗は決した。続ける必要はない」
なんでだ。
なんで姿が見えない絶対的有利な状況で、自分から声を出すんだ。しかも勝敗は決したとか意味がわからん。もし僕の場所がわかってるんなら、問答無用で攻撃すればいいだけじゃないか。さらにいえば、一撃で倒せないんだからまだ決したかどうかわかるわけがない。確かに接近された僕が殴り勝てる道理はないけど、逃げるだけなら決闘開幕でやってみせたじゃないか。
ハッタリじゃないなら、なんかあるはずだ。
「……信じないなら、まあ、いいが。ならお前が考えていることを言ってやるよ」
僕は動かない。男爵は僕の作戦を看破していると言いたいようだ。最後まで聞いて、もし全部ばれて対策もうたれてるなら降参してやるよ。
『ついた。正確な場所を教えろ』
不意に飛び込んできた通信。
ガートランド。
僕はすぐさまメッセージを起動した。場所に変更なし。
絶対に音を立てるな。これを待ってたんだから。
「この決闘のルールで割り込み禁止になっているのはお互いの小隊員だけだ。だとするなら、別の小隊員はルールに縛られることなく、相手を攻撃することができる」
男爵の声。
ルールの穴をつくのは、あまり推奨されることじゃないだろう。決闘ってのは一対一だからロマンがある。でも僕らがやったっておもしろくなるわけないし、そもそも僕に勝ち目があるはずもない。そこを強引にセッティングしたんだから、少しでも勝利のために頭を使ったんだ。
「つまり……俺の方にいるもう一小隊と、お前等が途中で分かれたもう一小隊が、この森の中にいるわけだ」
そこまで読んでることはわかっている。いつからかは知らないけど、少なくとも湿地にたどり着いた段階では男爵は僕らのことを見張っていたはずだ。気づいてないにしても丸一日準備期間があったんだから、誰かを呼ぶくらいは予想してもおかしくない。
「お前が積極的に攻撃してこないのは、俺との力差のほかに、その小隊の到着までの引き延ばしのためだ」
正解。
「そいつ等がくれば、俺を攻撃させたり、操るモンスターを補充したりできる。だからそれは邪魔させてもらった。こっちの小隊はあらかじめモンスターを討伐したり、そっちの小隊の行動を邪魔することが目的だ」
それも予想済み。
だけど男爵は知らない。あの夜から日数では二日。昨日ガートランドに連絡してから一日経っている。
場所がわかっていて時間もあったのに、なんで今の今まで到着していなかったのか、その理由。
砦からここまで二日。
「わかれろっ!」
懐かしい声が聞こえた。少し遠くから。同時に戦闘が始まる。
男爵の声が止まる。
僕は顔のにやけが止まらない。肝心な所は、やっぱりばれていなかった。
僕の援軍に来るのはサクラ小隊だけじゃない。
サクラ小隊を含めた三小隊だ。
湿地の化け物ワームに襲われた晩に、ジュリアさんが連絡を取ってくれたオルトノグェイクの二小隊。そいつがここまでやってくるのに、まっすぐ急いでもらってもまる一日かかる。
だから昨日の朝、男爵との決闘を受けて捕虜が解除されたすぐ後に、ユージンを通して作戦を伝えた。決闘のために砦から呼んだ増援がくるとは男爵も思ってなかっただろうけど、僕の幸運はワーム退治のための増援がすでに確定していたことだ。ついでに男爵との決闘を伝えたら、とるものとりあえずやってきてくれた。砦にいるのが嫌悪派じゃなくてよかった。
男爵側は二次職とはいえ6人。どう考えてもこっちが有利だぞ。
その時。
僕の後ろに気配が。
「しまった!」
叫びながら振り向き……杖でそいつを殴る。何故か避けなかった男爵はまともに杖を食らって、HPが一割減少したのが見えた。最大HPはそれほど高くない……けど、後ろをとって、どうして攻撃しなかったんだ。
よろけた男爵は、それでも笑ったままで……そんなことを考える前に逃げないと!
僕はブラインドのジェスチャーマクロを入力、すぐに数歩下がって、茂みに逃げ込む準備をした。
そして、男爵がなにをやったかってことに気づいたんだ。
「もう俺の目をくらまそうってのはナシだ」
ブラインドが発動しない。MPは隠れてる間にだいぶ回復しているから足りないってことはない。
「三小隊で援軍が来るとは思わなかったぞ。ずっと二小隊で行動してたのに合流する予定でもあったのか……ギブアップしない理由はわかった。だからKOしてやるよ」
盗まれた!
そう思った時にはすでに、男爵が間近にいた。
腹にステッキがめり込む。やべえ、痛いぞこれ。
ダメージの減少が絶望的だ。四回もくらったら死んでしまう。とにかくメチャクチャに杖を振り回したけど、男爵は後ろにステップしてかわした。
今度は左頬に痛み。くそ、速すぎて避けるのはかなり難しい。
最接近していた男爵を蹴りながら、僕は走り出した。念のため回復薬を使っておく。
「褒めてやるよ。もっとすぐに終わると思っていた」
後ろから男爵が追いかけてくる。ブラインドは使えないから足止めも難しい。ダークは追尾性能に劣るからステップですぐに避けられてしまう。
殴られた。つんのめるようによろけるけど、こけたらもうオシマイだ。こういうときくらい根性で耐えろ。
回復薬がどんどん減っていく。だけど確実に距離も稼ぐ。逃げている分、攻撃された時のダメージも低い。
「俺の小隊が合流している。さすがに11人いりゃ、相手が三小隊でも負けない」
だからってギブアップするヤツがいるか。そのうち一人でも二人でも、広場にたどり着けば勝機は高まるんだ。
回復薬が一つになったのと同時に、広場に飛び出す。左手には湿地。ユージン達はもちろんいない。
ガートランド達もまだいない。
嫌な予感がして振り向きざまに杖を振ると、すぐそこまで迫っていた男爵が身をかがめた。
今度は腰のあたりに痛み。慌てて蹴ると、今度はステップで右に回り込んでくる。
距離を取らせないつもりだ。男爵にしてみればここまで僕が保っているのは予想外のはずだから焦っている。ずっと張り付いていた嫌みな笑顔も消えて、鋭い目つきで僕を見てくる。
ダークのジェスチャーを入力。男爵の攻撃タイミングに合わせて発動する。
やっぱり最初みたいにクリーンヒットとはいかないか。男爵は攻撃を中断して、今度は左に飛んだ。
後ろに飛んでも避けられないから、左なのはわかっていた。僕はそこに杖を振り下ろす。男爵はさらに左へ避ける。敏捷が高いのを相手にすると攻撃が全然あたらない。
奇しくも今の状況は、男爵が開始直後に企んでいたものとまるっきり同じだ。隠れるところのない場所で接近戦。このままだとなぶり殺しに合うのはわかりきっている。
だけど開始直後と違うのは、僕がこの状況に仕上げたことだ。有利不利は全く逆転している。
ここまで、僕の作戦からほとんどはみ出してない。
「……お前、なんだその顔」
男爵の攻撃が止まる。僕は最後の回復薬を使いながら距離を取る。
「この増援がお前の作戦のキモなんじゃないのか? その先にまだありますって顔だな」
男爵は……凄く僕をナめている。ブラインドを盗む前にいろいろまくしてたり、今だってそのまま攻撃を続けるのが最善手だ。もちろんレベル差も職差も、そもそも決闘が成立しないくらいあるから当然だろう。いつだって僕をデスできる。
「……もう大詰めだから答えるよ。男爵、お前が僕を今、攻撃し続けないことこそが僕の作戦がうまくいってるってことだ」
「お前の考えは増援の一人でもこっちの邪魔を抜けて、ここに来ることだろう」
それだけのはずないだろ。
開始直後に集結を目論んでいた男爵にカウンターを与えて逃げ回った。ユージン達を巻き込んで、躁屍を見せた。森の中に逃げ込んで、増援の訪れを待った。
全部全部、こっちは自分一人で勝つ気は毛頭ありませんと印象づけるための行動。それしかないってのもあったけど、それしかないからこそ、男爵には強く感じられたはず。 森から誰かが飛び出してきた。
ハンマーナックルの男性。
「最初についたのはこっちの方だったな」
それでも釈然としない表情の男爵。
「先に仲間が来たら勝ちだなんて、そんな運勝負、するわけないだろ?」
ハンマーナックルのHPは黄色。増援はかなり頑張ってくれたみたいだ。
「気をつけろ、17人しかいなかった!」
ハンマーナックルが叫んで、だけど男爵の表情は変わらない。
無言で、攻撃してきた。
ここで決めるつもりか。男爵の立場で考えてみると、もともと僕らの方が人数が多いんだから、誰かがすり抜けてくるのは可能性として十分あり得る。だから最初から一人を隠しても、男爵としては大勢に全く影響はない。
だけどこっちはそれが大事なんだよ。
無傷のガートランドが茂みから飛び出してきた。時間をかけて大回りしただけあって、他の連中には見つからなかったみたいだ。サクラさん達が派手にやりあってくれているのもある。
「あっ」
というハンマーナックルの声。ガートランドはまっすぐ男爵めがけて突っ込んでくる。
「バス、来い!」
男爵が叫ぶ。その隙に僕は一発、杖をお見舞いしてやる。さっきのダメージと合わせて残り八割。
さあ、仕上げるぞ。
僕が増援に要求したのは三点。
一つ。ガートランドを大回りさせて、この場所まで無傷で、誰にも見つからないよう来させること。
二つ。攻撃職の誰かを集中的に狙い、ある程度のダメージを与えること。
三つ。そいつをっちによこすこと。
三つ目についてはかなり無茶な要求だけど、結果としちゃ上々。
男爵がステップで離れ、僕はそれを追う。
ここから大事だ。別行動していたイイリコ小隊がガートランドでよかった。彼こそ、僕らの中で一番器用に戦うことができる。
例えば男爵を狙いつつ、ハンマーナックルをいなすこともできる。ハンマーナックルはグラップラーの二次職だけあって攻撃能力は半端でなく、一撃でも食らえば致命打だ。男爵はさらにステップで、走ってきたハンマーナックルの影に飛び込んだ。ハンマーナックルは男爵の小隊員だから僕に手が出せない。恐れずに飛び込む。
男爵の顔にしてやったりとしたような表情が一瞬だけ浮かんだ。僕の思い違いかもしれない。瞬きしたあとはムッツリと僕の目を睨んでくるだけだ。
おそらく男爵の頭はシミュレートが進んでいるはずだ。出てきたガートランドはハンマーナックルが止めた。これは僕に取ってマズいことのはずなのだ。二人でリンチするのがもっとも効果的な方法であることは疑いなく、それが破綻したのだから結果は男爵対僕。条件は最初からなにも変わっていない。
にも関わらず、僕が果敢に攻め込む理由。
男爵がハンマーナックルの背後に非難したのは、ガートランドの得物、槍の広い攻撃範囲から逃れるためだ。これで流れ弾でダメージ、という可能性はぐっと低くなる。
僕としちゃ、男爵が漫然と戦ってくれるバカなら苦労はいらない。だけどガートランドとハンマーナックルが割り込んでいるこの状況、苦労して作り上げただけあって、どう転んでもオイシイ。男爵、それわかってないなら負けるぞ。
ステッキがしたたかに僕の手を打つ。いてえ。
「……お前が」
こんな時に余裕あるな。それともそれも、なにかの作戦か。
「なにを考えていても、二次職二人に初期職二人は勝てない」
僕のHPは八割。男爵のHPは七割。
それが、全回復した。
やっぱり回復薬持ってやがったか。当たり前だ。いくら舐めてたって持たないテはない。
だけど数はあまり多くないはずだ。男爵がこの決闘で放り続けたカード。あれはイイリコさんの話では消耗品である。どこから補充してるのかしらないけど、攻撃能力は高くないファントムの安価な遠距離攻撃手段だ。僕が沼に入った時のことを考えて、かなりの数を持っていたはずだ。インベントリを圧迫している。
それに回復薬なんか意味ないってことを教えてやる。
「3、2!」
ガートランドが叫んだ。最初がガートランドの、後がハンマーナックルのHP割合。満タンだったのがこの短時間で三割だから、決着はそう遠くない。
ステッキがさらに僕を打つ。僕はそれと同時にアシッドアローを放った。至近距離で放たれる酸の矢五本。さすがに男爵も避けきれずに食らう。
全部あたって、でもまだHPは緑のままだ。一方僕のHPはすでに黄色。もう回復薬はない。
「1、1!」
来た!
僕は振り返って、ハンマーナックルの後頭部に杖を見舞った。その背中の向こうで、ハンマーナックルに槍を突き立てるガートランドのHPがゼロになったのが見えた。
悪い、ありがと。
ヒット。ごん、と音が響いて、ハンマーナックルのHPがゼロに。
「かかれっ!」
「遅かったな」
背後から声。とんでもなく近い。背中を晒した僕を、すぐさま攻撃するために寄ってきている。
「運がよけりゃ二対一だった」
この速さ、助かる。そんで最後の最後で油断しやがった。
僕の前で倒れつつあるハンマーナックルが、踏ん張った。
そして思い切り体をねじって拳を振りかぶる。
僕はそのまま倒れ込む。全部見てやるために、仰向けに。
男爵の顔が見えた。
当たり前だけど、なにが起こったか全然わかっていなかった。
ハンマーナックルの拳が横っ面にめり込んで、次の瞬間、僕の視界から消えた。
「いけ!」
男爵が飛んだとおぼしき方向へあたりをつけ、僕は『躁屍』のかかったハンマーナックルを跳ばせた。すぐさま追いかけると、ゴロゴロ転がっている男爵の姿が見える。
ハンマーナックルを操れる時間はとてつもなく短い。最初に表示された時間は十五秒。すでに三秒消費している。
ハンマーナックルはグラップラーの二次職だけあって素早い。すぐに男爵の所までわずかの距離。スキル覚えてるかわからんけどとりあえずこのシチュエーションになったらさせることは一つだ。
起き上がろうとする男爵に向かって、ハンマーナックルはストンピングを浴びせた。恐ろしい威力で、最初の一撃で三割、あれは男爵が攻撃行動に入っていたからカウンターが適用されたんだろう。いまのストンピングは一撃毎に一割。
すなわち。
僕がたどり着いたその瞬間に、男爵のHPは尽きた。




